令和 2年 9月23日(水):初稿 |
○「唯一の財産である動産譲渡担保契約の詐害行為取消否認高裁判決紹介」の続きで、その上告審の昭和42年11月9日最高裁判決(判時505号34頁、判タ215号89頁)全文を紹介します。 ○訴外B・A夫婦に対し売掛金債権を有する上告人が、訴外B・A夫婦が被上告人と本件各動産につき譲渡担保契約を締結した当時、被上告人及び訴外B・A夫婦は、上告人が訴外B・A夫婦に対し売掛金債権を有しており、訴外B・A夫婦が無資力で、本件各動産が唯一の財産であることを知っていたと主張して、詐害行為取消権に基づき譲渡担保契約の取消を求め、一審は詐害行為取消を認めましたが、控訴審は請求を棄却していました。 ○最高裁判決は、訴外B・A夫婦による所有権移転行為は債権者の一般担保を減少し債権者間の平等弁済を妨げる行為ではあるが、他に資力のない債務者が生計費及び子女の教育費に充てるため、家財、衣料等を売却し、あるいは新たな金借のためこれを担保に供する等生活を維持するための財産処分行為をもって取消の対象とするのは行過ぎであるとして、一般財産の現象が不当であると認められるべき事情のない限り取消の対象とならないとして請求を棄却した控訴審判決を支持し、本件の事情の下では詐害行為は成立していないとして上告を棄却しました。 ******************************************** 主 文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○○の上告理由第一ないし第三について。 原審が所論の点についてなした事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できる。そして、当事者間に争なき事実と右認定により原審の認定した事実によれば、被上告人は訴外B、同A夫妻に対し、昭和36年3月頃同人らの生計費として金10万円を貸与し、同年3月22日同夫妻はそれぞれその所有にかかる原判示の物件を被上告人に対して譲渡担保に供し、さらに、同37年2月被上告人は右B・A夫妻の長女の大学進学に必要な費用として金6万円を貸付け、同夫妻は同月13日被上告人に対し追加担保として原判示二回目の譲渡担保を供し、結局金16万円の借入れのため金10万円を出ない物件を譲渡担保に供したというのである。 右のような事実関係に徴すれば、前記各譲渡担保による所有権移転行為は、当時B・A夫妻は他に資産を有していなかつたから、債権者の一般担保を減少せしめる行為であるけれども、前記のような原審の確定した事実の限度では、他に資力のない債務者が、生計費及び子女の教育費にあてるため、その所有の家財衣料等を売却処分し或は新たに借金のためこれを担保に供する等生活を営むためになした財産処分行為は、たとい共同担保が減少したとしても、その売買価格が不当に廉価であつたり、供与した担保物の価格が借入額を超過したり、または担保供与による借財が生活を営む以外の不必要な目的のためにする等特別の事情のない限り、詐害行為は成立しないと解するのが相当であり、右と同旨の見解に立つて本件詐害行為の成立を否定した原判決の判断は、正当として是認できる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切ではなく、原判決には所論違法はない。論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用できない。 よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎) 上告代理人○○○○の上告理由 第一、民法第424条の規定におけるいわゆる債権者取消権は,申すまでもなく、同法第423条の規定するいわゆる債権者代位権と同じように、債務者が債権の共同担保が不足することを知りつつ財産減少行為をした場合に、債権者の最後のよりどころである債務者の一般財産の維持、回復を目的とするもので、債権者が自ら債務者の資力を維持して債権の満足を得ることを認めたものであり、『債権者ヲ害スルコトヲ知リテ為シタル債務者ノ法律行為ヲ取消シ、債務者ノ財産上ノ地位ヲ其法律行為ヲ為シタル以前ノ原状ニ復シ、以テ債権者ヲシテ其債権ノ正当ナル弁済ヲ受クルコトヲ得シメ其担保権ヲ確保スルヲ目的トスル』(大聯判明44、3、24、民録17・171頁参照)権利である。 このように、債権者取消権は、債務者がなした行為の効力を否認して第三者から担保財産を取戻してくるものであつて、債務者と第三者との間では本来あるべからざる状態を債権の共同担保の保全のためにつくり出すものであるから、債務者及び第三者に対して影響するところは極めて甚大である。従つて、これらの要件については、債権の共同担保保全の必要と債務者および第三者の利害関係とを比較考量して厳格に定めなければならないものとせられる。 第二、本件の事実関係 本件の事実関係の概要は、原判決の認定せられたところによるとおよそ次の通りである。 一、上告人の訴外債務者B、Aに対して有する債権 上告人が右訴外債務者両名に対し、広島地方裁判所福山支部昭和33年(ワ)第160号売買代金残額請求事件(同年11月24日言渡)の確定判決に基づき金62万5675円の売掛代金債権並びにに損害金債権を有しており、上告人は同確定判決に基づく債権について、昭和38年7月26日債務者両名に対し本訴物件について強制執行に着手するまで、両債務者から厘毛の弁済も受けておらなかつた。(成立に争のない甲第4、5号証参照。) 二、被上告人と訴外債務者両名との間における本訴物件に対する譲渡担保契約 (一) 本件一審判決添付の第一、第二目録記載物件については、被上告人が昭和36年3月25日訴外Aに金10万円を、弁済期を昭和39年5月9日、利息の定めをしないで貸付け、夫であるBは同借受債務について連帯保証人となり、貸付けてから約3ケ月を経過した昭和36年6月22日金銭債務弁済譲渡担保使用貸借公正証書によつてAからその所有の原判決添付第一目録記載、Bからその所有の原判決添付第二目録記載の各物件を右Aに対する10万円の貸金債権のための譲渡担保契約によつてその所有権の譲渡を受けたというのである。 しかし、成立に争のない甲第6号証(公正証書)の第一条によると、被上告人がAに金10万円を貸与したのは昭和36年5月10日であり、原判決が認定せられた昭和36年3月25日ではない。しかも、公正証書を作成したのが昭和36年6月22日であることは甲第6号証によつて明白で、被上告人は右公正証書を作成するまで借主Aから借用証を取つた形跡がない。昭和36年3月25日に金10万円を弁済期を3年以上も先の昭和39年5月9日とし、利息の定めをしないで目前の生活不安をうつたえたことによる生活費としての貸借であるとする場合、(この貸借の際には本訴物件の譲渡担保の約定はなかつたと認められる)借主は進んで借用証を差入れるであろうし、貸付も特別の事情のない限り借用証も取らないで貸与するということは常識上からあり得ない。 このように借用証の差入もしないで10万円の貸借が行われた間柄において、数ケ月を経過してから当時借主A、連帯保証人Bの残されていた全動産についてイキナリ譲渡担保契約公正証書を作成したと云うことは、その間にスッキリしない影があり、財産隠匿行為との疑念を抱かざるを得ない。 (二) 本件一審判決添付の第三目録記載物件については、被上告人が昭和37年2月13日訴外Aに子供の進学に必要な費用として金6万円を、弁済期及び利息の定めをしないで訴外Bが連帯保証人となつて貸付け、それから約5ケ月を経過した昭和37年7月13日追加契約書によつて前に貸付けた10万円とあとから貸付けた前記6万円とについて原判決添付の第三目録記載物件を譲渡担保契約がなされてその所有権の譲渡を受けたというのである。 しかし、この場合も前記(一)の場合と同様の疑念が生じるばかりでなく、甲第7号証の追加契約はその記載内容から、前になされた甲第六号証の公正証書第九条の目的物件を加、除する契約であり、同契約書中には前記貸付金6万円のことについては何等の記載がなされておらない。 三、詐害行為 原判決は、『A、Bの前記各譲渡担保契約による被上告人に対する所有権移転行為は、生計費、子女の教育費支出の必要に迫られてなしたものであるから、一般の債権者において右借入金により債権の弁済を受けることは至難であり、従つて、被上告人に対する右担保供与は債権者の一般担保を減少し債権者間の平等弁済を妨げる行為であることは否定しえないが、……生活を維持するための財産処分行為をもつて共同担保の減少行為として一律に取消の対象とするのは行きすぎであり、……一般財産の減少が不当であると認められるべき事情のない限り取消の対象とならないと解するのが相当であり……生活維持のための緊急の必要にせまられてなしたものであつて、不当な一般財産の減少とは認め難く、従つて、本件各譲渡担保契約は債権者取消権の対象とならないものというべきである』と認定された。 しかし、原判決において認定されているように、被上告人からの本件10万円の借入金は、B・A一家の目前の生活不安による生活費であり、6万円は子女の進学に必要な費用であつたとしても、被上告人はB・A一家の窮状に同情して好意的に金員を貸与したもので、その貸与に際しては本件の担保供与を条件としたものではない。金員貸与後数ケ月を経過してから改めて本件譲渡担保契約がなされたものである。 金員貸与の動機、原因はそれとして、上告人と被上告人の宇治田夫婦に対する債権者としての地位は、その間に優劣はなかつたに拘らず、後に至つて被上告人に改めて担保を供与することは資力の減少であるから詐害行為となるものと云わねばならない。 第三、判例違反、法令違反 一部の債権者のために改めて抵当権その他の物的担保を供与することは、担保債権者に優先弁済権を得させ、他の債権者の共同担保を減少せしめることになるとして、これは詐害行為となり得るとするのが判例(昭和32、11、1、最高民判、民集11巻1832頁、その他)であり、通説である。(法学全集、債権総論169頁)。 然るに原判決は、『被上告人に対する本件譲渡担保は、債権者の一般担保を減少し債権者間の平等弁済を妨げる行為であることは否定しえないが……供与した担保物の価額が借入額を超過したり、或は担保供与による借財が生活を維持する以外の不必要な目的のためになされる等一般財産の減少が不当であると認められるべき事情のないかぎり取消の対象とならないと解するのが相当である』と判示されるのであるが、本件の事実関係は前記の通りであり、叙上の判例に違反し、民法第424条の解釈を誤つている違法があると思料される。 以上:4,443文字
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