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重度知的障害者の逸失利益算定収入を一般男女計収入とした地裁判決紹介

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令和 1年12月10日(火):初稿
○知的障害者dが、被告の福祉型障害児入所施設を出て行方不明となり死亡するに至ったのは、被告の本件施設の利用契約上の債務不履行(入所利用者に対する安全配慮義務違反)又は被告自身若しくは被告の職員の過失によるものであると主張して、亡Bの両親である原告らが、被告(社会福祉法人)に対し、債務不履行又は不法行為を理由とする損害賠償請求権に基づき、包括的慰謝料の支払等合計1億1443万9400円等の支払を求めました。

○この請求に対し、自閉症で重度の知的障害者である亡Bにおいても、一般就労を前提とした平均賃金を得る蓋然性それ自体はあったものとして、その逸失利益算定の基礎となる収入としては、福祉的就労を前提とした賃金や最低賃金によるのではなく、一般就労を前提とする男女計の平均賃金によるのが相当であるとして逸失利益を算定し、合計5212万6442円を損害として認めた平成31年3月22日東京地裁判決(労働判例1206号15頁)を紹介します。

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主   文

(1) 被告は,原告らに対し,5212万6442円及びこれに対する平成27年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
3 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

1 被告は,原告らに対し,1億1443万9400円及びこれに対する平成27年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言

第2 事案の概要
1 原告らは夫婦であり,Bはその間の子である。知的障害を有するBは,原告らと被告との間で締結された利用契約に基づき,平成26年9月17日以降,東京都八王子市内に所在する福祉型障害児入所施設であるa学園(本件施設)に入所していた。ところが,Bは,平成27年9月4日に本件施設を出て行方不明となり,同年11月1日に●●●の山林で遺体となって発見された。

 本件は,Bが本件施設を出て行方不明となり死亡するに至ったのは,被告の本件施設の利用契約上の債務不履行(入所利用者に対する安全配慮義務違反)又は被告自身若しくは被告の職員の過失によるものであると主張して,被告に対し,債務不履行(民法415条)又は不法行為(民法709条,715条1項)を理由とする損害賠償請求権に基づき,包括的慰謝料として別紙記載のとおり合計1億1443万9400円及びこれに対するBの死亡した日と推認される平成27年9月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 被告は,責任論については積極的に争わず,損害論,とりわけ知的障害者であるBの逸失利益の有無及び額について主に争っている。


         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 前提事実

 証拠(甲23の1ないし3,甲24の1ないし4,甲36の1及び2,甲37の1及び2,甲48の1及び2,甲49,甲68のほか後記各書証,原告ら本人)並びに弁論の全趣旨によれば,本件施設入所前後におけるBの知的障害の程度,その生活状況,Bが本件施設を出て行方不明となり遺体となって発見された経緯,本訴提起までの当事者間の交渉経過等に関し,次の事実が認められる。

         (中略)

2 争点(B及び原告らの損害)についての検討
 原告らは一次的には包括的慰謝料を請求するものであり,集団的訴訟でなければかかる請求が直ちに不適法となるわけではないものの,別紙記載のとおり,原告らが包括的慰謝料の内訳として費目ごとの損害を主張する本件においては,損害をBの死傷そのものなどと捉え,上記のような包括的慰謝料を概括的に算定するのではなく,包括的慰謝料の内訳となる原告ら主張の費目ごとにその損害額を個別に検討することとする。
(1) 逸失利益
ア 障害者の雇用に関係する法令のうち,特に障害者の一般就労について中心的な位置を占める法律というべき「障害者の雇用の促進等に関する法律」(法)に着目すると,法は,今日までに数次の改正を経た上,障害者である労働者は,経済社会を構成する労働者の一員として,職業生活においてその能力を発揮する機会を与えられることを基本的理念とし(3条),障害者である労働者は,職業に従事する者としての自覚を持ち,自ら進んで,その能力の開発及び向上を図り,有為な職業人として自立するように努めなければならない(4条)一方,全て事業主は,障害者の雇用に関し,社会連帯の理念に基づき,障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであって,その有する能力を正当に評価し,適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならず(5条),国及び地方公共団体も,障害者の雇用について事業主その他国民一般の理解を高めるとともに,事業主,障害者その他の関係者に対する援助の措置及び障害者の特性に配慮した職業リハビリテーションの措置を講ずる等障害者の雇用の促進及びその職業の安定を図るために必要な施策を,障害者の福祉に関する施策との有機的な連携を図りつつ総合的かつ効果的に推進するように努めなければならない(6条)と定め,厚生労働大臣に障害者雇用対策基本方針の策定を命じている(7条)。

 そして,法は,障害者がその能力に適合する職業に就くこと(1条)を促進する措置として職業リハビリテーションの推進(8条ないし33条)を,雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会及び待遇の確保並びに障害者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするための措置として障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮(34条ないし36条の6)を,障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置として雇用義務制度(37条ないし74条の3)を,更に,これらの制度の実効性を高めるために,裁判によらない紛争解決制度を定めている(74条の4ないし74条の8)。

 なお,法7条に基づき策定された「障害者雇用対策基本方針」は,職業リハビリテーションの措置の総合的かつ効果的な実施を図るため講じようとする施策の基本となるべき事項,事業主が行うべき雇用管理に関して指針となるべき事項,障害者の雇用の促進及びその職業の安定を図るため講じようとする施策の基本となるべき事項を具体的に定め,また,差別禁止に関しては,法36条1項に基づき,事業主が適切に対処するために必要な指針として「障害者に対する差別の禁止に関する規定に定める事項に関し,事業主が適切に対処するための指針」が,合理的配慮に関しては,法36条の5第1項に基づき,事業主が講ずべき措置に関して,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針として「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針」が定められるに至った。

 以上のような法の定めが,知的障害者を含む障害者の一般企業への就労を積極的に推進していく大きな要因となることはいうまでもない。そして,実際の社会においても,特例子会社(法44条)の中には,単に雇用義務を履行するためという観点ではなく,知的障害者を含む障害者の有する能力を自社の事業ないし業務に活用して企業利益の創出や企業価値の向上につなげようとする観点から,障害者雇用を積極的に推進している企業も見られるなど●●●,知的障害者雇用に関連する社会の情勢も漸進的にではあるが改善されていく兆しがうかがわれる。

 このような事情に照らせば,我が国における障害者雇用施策は正に大きな転換期を迎えようとしているのであって,知的障害者の一般就労がいまだ十分でない現状にある(乙7ないし乙19,乙23)としても,かかる現状のみに捕らわれて,知的障害者の一般企業における就労の蓋然性を直ちに否定することは相当ではなく,あくまでも個々の知的障害者の有する稼働能力(潜在的な稼働能力を含む。)の有無,程度を具体的に検討した上で,その一般就労の蓋然性の有無,程度を判断するのが相当である。

イ これを本件について見ると,上記1で認定した事実によれば,Bは,平成26年11月時点で,知的障害(愛の手帳)判定基準上,1度(最重度)の判定を受けていたものの,少なくともその判定の基礎の一つとされた知能検査は,Bが検査それ自体に関心を示さない課題が多いこともあって,そもそも質問とこれに対する応答が必ずしも成り立たない状況下で実施されたものにすぎず,Bの実際の知能の程度を正確に検査したものとはいい難い。上記判定のもう一つの基礎とされた●●●によるBの診断についても,同様の状況下で実施されたのではないかとの疑いを払拭することができない。そうすると,上記判定がBの実際の知的障害の程度を正しく判定したものであったという点については大きな疑問がある。

 かえって,上記1で認定した,長期間にわたってBを観察,指導してきた本件施設や●●●所見によれば,Bには対人,対物の他害行動が見られるものの,その学習能力では,平仮名の限度ではあるが,簡単な読みが一部可能な程度に知識の習得が見られ,作業能力では,手本ないし見本の提示や作業工程の複数回にわたる確認を前提とすれば,簡単な作業が可能であり,社会性では,自己と他者を区別した上,他者と協調したり,定められたルールを遵守したりするなど,対人関係の理解や集団的行動がある程度は可能であり,意思疎通では,最低でも2,3語を用いて自己の依頼や要求を他者に伝えるなど,言語による意思疎通がやや可能であり,基本的生活では,食事,排せつ,着脱衣等,自己の身辺生活の処理が部分的には可能であるなど,知的障害(愛の手帳)判定基準上,少なくとも2度(重度)に該当する要素が多数あることがうかがわれる。さらに,最重度障害児加算と知的障害(愛の手帳)とではその判断基準が異なるとしても(乙24),本件施設自身が,Bの知的障害の程度を知的障害(愛の手帳)判定基準上,2度(重度)と判断していたことは,Bを長期間にわたって観察,指導していた本件施設や●●●の上記所見ともよく合致するものである。

 以上のような事情を総合すれば,少なくとも平成27年当時におけるBの実際の知的障害の程度は,知的障害(愛の手帳)判定基準上,直近に受けた判定である1度(最重度)ではなく,せいぜい2度(重度)にとどまっていたというべきである。

ウ そして,重度の知的障害者であるBにおいて,その就労開始年当初から障害者でない者と同等の稼働能力があったことを的確に認めるに足りる証拠はないものの,特定の物事に極端にこだわる(乙21)という自閉症の一般的な特性のほか,上記1で認定した事実,とりわけ,本件施設を出たBの実際の行動が,本件施設の担当職員のみならず,Bの両親である原告らの想定を超えるものであったことに照らせば,Bには特定の分野,範囲に限っては高い集中力をもって障害者でない者と同等の,場合によっては障害者でない者よりも優れた稼働能力を発揮する蓋然性があったことがうかがわれる。

 もとより,重度の知的障害者が有すると思われる潜在的な稼働能力の認識,発見は必ずしも容易ではなく,Bが具体的にいかなる分野,範囲について,その有する能力を有効に発揮することができたかを的確に認めるに足りる証拠はなく,仮にBの有するであろう潜在的な稼働能力を有効に発揮し得る分野,範囲を早期に認識,発見することができたとしても,これに適合する労働環境の整備が一朝一夕に実現されるわけではない(例えば,自力による通勤が困難な重度の知的障害者の雇用が困難●●●在宅勤務の選択肢を用意することが考えられるが,そのような選択肢の準備が事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなる(法36条の2ただし書)のであれば,その早期実現は困難であろう。)ものの,Bの就労可能期間(49年間)が極めて長期に及ぶことに鑑みると,Bの特性に配慮した職業リハビリテーションの措置等を講ずることにより,上記就労可能期間のいずれかの時点では,その有する潜在的な稼働能力が顕在化し,障害者でない者と同等の,場合によっては障害者でない者よりも優れた稼働能力を発揮した蓋然性は高いというべきである。

 以上のような事情を総合考慮すれば,自閉症で重度の知的障害者であるBにおいても,(その具体的な金額は別としても)一般就労を前提とした平均賃金を得る蓋然性それ自体はあったものとして,その逸失利益算定の基礎となる収入としては,福祉的就労を前提とした賃金や最低賃金によるのではなく,一般就労を前提とする平均賃金によるのが相当である。

エ もっとも,Bが原告らの主張するような平均賃金額(547万7000円)をその就労可能年当初から得られる高度の蓋然性があると見ることは障害者と障害者でない者との間に現に存する就労格差や賃金格差を余りにも無視するものであって,損害の公平な分担という損害賠償制度の趣旨に反することとなる。また,Bが就労可能期間のいずれかの時点でその有する潜在的な稼働能力を顕在化させ,障害者でない者と同等の,場合によっては障害者でない者よりも優れた稼働能力を発揮した蓋然性は高いとしても,それがBの就労可能期間のいかなる時点(始期に近い時点であるか,終期に近い時点であるか)を的確に認めるに足りる証拠もない。

 なお,男女同一賃金の原則を定める労働基準法4条や労働者の性別を理由とする差別的取扱いの禁止を定める雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律6条の規定を指摘するまでもなく,知的障害者に限って男女という性別が将来にわたって稼働能力の高低に影響をもたらす要因であり続けるとは考え難いから,本件における一般就労を前提とする平均賃金としては,男性の平均賃金によるのではなく,男女計の平均賃金によるのが相当である。

 以上のような事情を総合考慮すれば,Bにはその就労可能期間を通じて平均すれば238万1500円(平成27年賃金センサス第1巻第1表,男女計,学歴計,19歳までの平均賃金)の年収を得られたものと控え目に認定するのが相当である。この基礎収入額の認定は,Bが将来,障害基礎年金や●●●心身障害者福祉手当(甲93,甲97,乙6)を受給し得るか否かによって左右されるものではない。

オ 生活費控除率については,Bが重度の知的障害者であることを重視すれば,通常よりも高く設定することが考えられるが,上記のとおり,その基礎収入として控え目な平均賃金を採用したこととの均衡上,40%をもって相当と認める。また,中間利息控除については,本件においてライプニッツ係数ではなく新ホフマン係数によらなければならない理由は見当たらないから,ライプニッツ係数によることとする(なお,現行民法の下では,損害賠償額の算定に当たり被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は民事法定利率によらなければならないことについては,最高裁平成16年(受)第1888号同17年6月14日第三小法廷判決・民集59巻5号983頁参照)。

カ 以上によれば,Bの逸失利益は,次式のとおり,2242万6442円となる。
 基礎収入額238万1500円×(1-生活費控除率0.4)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数(18.4181-2.7232)=2242万6442円

(2) 慰謝料
 上記1で認定した事実によれば,Bが本件施設を出て行方不明となり死亡するに至ったのは,B自身の行動にも由来するものの,被告において,本件契約上,負担する,本件施設の利用児童の生命,身体の安全に配慮すべき義務(甲11の5条)の違反の程度は著しく,これを軽視することはできない。原告らは,Bの健やかな成長を願って本件施設に託したはずであるのに,かかる期待を裏切る担当職員の過失により長期間にわたって行方不明の状態が続いた後に変わり果てた我が子と対面することとなったのであって,その悲しみは相当に深い(原告ら本人)。その他,本件に現れた諸般の事情を考慮して,B本人の慰謝料を2000万円,原告ら固有の慰謝料を合計500万円(原告1人当たり250万円)と算定するのが相当である。

(3) 弁護士費用
 原告らが本件訴訟の追行を同訴訟代理人弁護士に委任したことは記録上明らかであるところ,本件事案の難易,請求額,認容額その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,その弁護士費用としては合計470万円(原告1人当たり235万円)をもって相当と認める。

(4) まとめ
 以上によれば,B及び原告らの総損害額は合計5212万6442円(2242万6442円+2000万円+500万円+470万円)となる。なお,遅延損害金の起算日はBが死亡したと推認される期間(平成27年9月上旬)の最終日である平成27年9月10日とするのが相当である。

3 以上と異なる原告ら,被告の各主張は,上記1で認定し,上記2で判示したところに照らして,いずれも採用することができない。

第4 結論
 以上によれば,被告は,原告らに対し,使用者責任(民法715条1項)として合計5212万6442円及びこれに対する平成27年9月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うというべきである。なお,債務不履行(民法415条)構成,他の不法行為(民法709条)構成による場合であっても,上記の認容額を上回るものではない。
 よって,原告らの請求は上記の限度で理由があるから,この限度で認容することとして,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第39部 (裁判長裁判官 田中秀幸 裁判官 椙山葉子 裁判官 細包寛敏)
以上:7,425文字

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