令和 1年11月28日(木):初稿 |
○「対弁護士懲戒請求呼び掛け発信者情報開示請求を棄却した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審である令和元年10月25日大阪高裁判決(ウエストロー・ジャパン)関連部分を紹介します。 ○弁護士である控訴人が、インターネット上のブログにおける本件氏名不詳者による各投稿記事は控訴人に対する違法な懲戒請求を呼び掛ける行為ないし名誉毀損行為に該当し、これによって控訴人の人格権等の権利利益が侵害されたことが明らかであると主張して、本件氏名不詳者にサーバホスティング等のサービスを提供した被控訴人会社に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項に基づき、同社の保有する発信者情報の開示を求めていました。 ○ホスティングサービス(サーバホスティングとも)とはサーバの利用者自身でサーバの運営・管理をしなくてもいいように、有料または無料でサーバ機のHDDの記憶スペースや情報処理機能などを利用させるサービスで、サーバの運営・管理はプロバイダや通信事業者が行っているものから、SOHOで個人的に行っているものまであるが、総じて1台のサーバを仕切ってクォータとして複数の利用者に貸し出す形を取る場合が多いと解説されています。 ○高裁判決は、本件ブログ上の本件投稿による控訴人に対する懲戒請求の呼び掛け行為の掲載によって控訴人が受忍限度を超える精神的苦痛を被ったと認めるのが相当であり、本件投稿の発信者に対する人格的利益及び名誉権の侵害による不法行為に基づく損害賠償を求めるために発信者情報の開示を求めていることが認められ,発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるととして、発信者情報開示請求を認めました。 *************************************** 主 文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人に対し,別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 3 訴訟費用は,第1・2審を通じて,被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 主文同旨 第2 事案の概要等 1 事案の概要 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 当裁判所の認定した事実は,原判決「事実及び理由」中の第3の1(10頁17行目から14頁23行目まで)に記載のとおりであるから(ただし,原判決14頁23行目の次に改行して,「(4) 平成29年11月10日,本件ブログ上に本件投稿2がされた(甲26)。」を加える。),これを引用する。 2 争点2(懲戒請求の呼び掛けを内容とする本件投稿により控訴人の被った精神的苦痛が受忍限度を超えたものと認められるか。)について 事案に鑑み,争点2以下について,まず判断する。 (1) プロバイダ責任制限法4条1項1号について 発信者情報の開示請求について,プロバイダ責任制限法4条1項1号は,「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかなとき」に該当することを要件としているところ,プロバイダ責任制限法による発信者情報開示の制度は,発信者情報が発信者のプライバシー及び匿名表現の自由,通信の秘密といった憲法上の権利を根拠として保護されるべき情報であることを前提としつつ,情報の流通によって被害を受けた者の被害救済との利害を調整するものとして,厳格な要件のもとに開示請求を認めたものであること,発信者情報開示請求権は,侵害情報の発信者自体に対してではなく,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)に対する請求の形で実現されるものであることに鑑みれば,同法4条1項1号にいう「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」とは,侵害情報の流通それ自体によって他人の権利を侵害したということが明らかな場合をいうものと解するのが相当であり,また,「権利が侵害されたことが明らか」とは,権利の侵害がされたことが明白であるという趣旨であり,不法行為等の成立を阻却する事由の存在を窺わせるような事情が存在しないことまでを意味するものと解するのが相当である(甲24)。 (2) 懲戒請求を呼び掛ける行為と「情報の流通によって」について ところで,一般に特定の弁護士につき懲戒請求をするように呼び掛ける行為に応じて懲戒請求がされ,これによって当該弁護士の人格的利益が侵害され,当該弁護士が精神的苦痛を被ることもあるところ,呼び掛けに応じて実際にされた懲戒請求が違法な懲戒請求として不法行為を構成するのとは別個に,当該呼び掛け行為自体が不法行為を構成する場合もあるものと解され,このような場合には,呼び掛け行為自体によって権利の侵害が生じていると評価することができる。すなわち,このような場合には,懲戒請求の呼び掛けを内容とする情報の流通自体によって,つまり,「情報の流通によって」(プロバイダ責任制限法4条1項1号)権利の侵害が生じているものと解される。 (3) 懲戒請求を呼び掛ける行為と「権利が侵害されたことが明らかなとき」について そして,特定の弁護士につき懲戒請求をするように呼び掛ける行為が不法行為法上違法な権利侵害行為といえるかについては,懲戒請求を呼び掛けられた弁護士の被った精神的苦痛という人格的利益と懲戒請求をするように呼び掛ける表現行為との調整の問題であることから,当該呼び掛け行為の趣旨,態様,対象者の社会的立場及び対象者が被った負担の程度等を総合考慮し,対象者の被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるといえる場合には,そのような呼び掛け行為は不法行為法上違法の評価を受けると解するのが相当であり(最高裁判所平成21年(受)第1905号・第1906号,平成23年7月15日第二小法廷判決,民集65巻5号2362頁参照),このような場合は,対象者の「権利が侵害されたことが明らかなとき」に当たると解される。 (4) 本件投稿の発信自体によって控訴人の権利が侵害されたことが明らかといえるかについて ア そこで,弁護士である控訴人に対する懲戒請求を呼び掛ける本件投稿の発信自体によって控訴人に権利の侵害が生じていることが明らかであると評価できるかについて検討するに,本件投稿の内容は,控訴人が,本件会長声明に賛同し,その活動を推進しているというものであるところ,朝鮮学校に対する補助金の交付の適否に関して様々な見解が述べられていることは公知であるが,少なくとも,朝鮮学校に対する補助金の支給に向けた活動をすること一般が憲法及び何らかの法令に反するものではなく,弁護士としての品位を損なう行為でもないことは明らかであって,同活動に関する本件会長声明及びこれに賛同する行為についても,表現行為の一環として,同様に法令や弁護士倫理に反するものでないことは明らかである。 イ それにもかかわらず,前記1で引用した原判決の認定事実(3)アないしエのとおり,平成29年6月15日,a弁護士会に対し,本件投稿に掲載された本件ひな形に氏名が記載された控訴人を含む10名の弁護士につき,総勢190名から懲戒請求書が送付され,これらには本件ひな形と同一の懲戒事由が記載されており,その後も,控訴人についての同内容の懲戒請求が相次ぎ,同年10月頃までに少なくとも1000名を超える請求者から,a弁護士会に対し,懲戒請求書の送付があり,同年9月2日に控訴人がツイッターに懲戒請求者らに向けた記事を掲載すると,同月11日には,a弁護士会に対し,控訴人を対象弁護士とする本件投稿と同一の懲戒事由による懲戒請求が更に100件ほど申し立てられ,本件投稿が本件ブログに掲載された後,平成30年5月頃までに,控訴人について,a弁護士会に対して送付された懲戒請求書の総数は約3000件に及んだことが認められ,本件投稿による呼び掛けに呼応した多数の懲戒請求により控訴人が多大な精神的苦痛を被ったことは否定することができない。 ウ また,前記第2の2で補正の上引用した原判決の前提事実(2)ア及びイの本件投稿の内容に照らすと,本件投稿の趣旨は,朝鮮学校に対する補助金の支給に反対する自己の考えを踏まえて,朝鮮学校に対する補助金の支給を求める本件会長声明に賛同し,その活動を推進する行為が違法行為ないし犯罪行為であり,懲戒事由に当たるものとして,控訴人に対する懲戒請求を呼び掛けるものであり,不特定多数の者に懲戒請求を呼び掛ける行為により自己の考えと反対の立場の主張や表現行為それ自体を封じ込める意図が窺われるものである。 エ そして,前記第2の2で補正の上引用した原判決の前提事実(2)ア及びイの本件投稿の内容に照らすと,本件投稿の態様も,朝鮮学校に対する補助金の支給を求める本件会長声明に賛同し,その活動を推進する行為が違法行為ないし犯罪行為であるという懲戒事由が記載された控訴人に対する懲戒請求書のひな形(本件ひな形)の形式を掲載し,これに懲戒請求者の氏名・住所等を書き込めば,簡単に控訴人に対する懲戒請求書が作成できる体裁のものであり,控訴人に対する懲戒請求を強く誘引する性質のものというべきである。 また,前記1で引用した原判決第3の1(1)イのとおり,本件投稿者は,本件投稿以前から本件ブログへの投稿を通じて,在日韓国人や同朝鮮人に関する問題等を取り上げ,これらについて繰り返し多数の意見を表明し,本件ブログの投稿記事をまとめた複数の書籍が出版されていることや,前記イのとおり,実際に本件投稿者の呼び掛けに応じて多数の懲戒請求がされたことからすると,本件投稿の社会的影響は,本件投稿者の意見に同調する者を中心に少なからずあったと認めるのが相当である。 これらのことを総合すると,控訴人に対する懲戒請求が最終的には本件投稿における呼び掛けに応じた各懲戒請求者の判断によるものであるとしても,控訴人に対する懲戒請求を呼び掛けた本件投稿の発信自体が,本件投稿に挙げられた本件ひな形どおりの多数の懲戒請求がされたことの不可欠かつ重要な原因になったというべきである。 オ 以上で認定・説示した本件投稿における懲戒請求の呼び掛け行為の趣旨,態様,対象者の社会的地位,本件投稿の発信によってもたらされた結果等の事情を総合すれば,控訴人が弁護士であり,その資格や使命に鑑みて,様々な意見や批判を受けるべき社会的立場にあるとしても,本件投稿の発信自体によって控訴人の被った精神的苦痛は社会通念上受忍すべき限度を超えたものであると評価することができるから,控訴人は,本件投稿の発信自体によって権利が侵害されたことが明らかであると認めることができる。 (5) 違法性阻却事由について 前記(4)のとおり,本件投稿の発信自体によって控訴人の被った精神的苦痛は社会通念上受忍すべき限度を超えたものであるところ,本件全証拠を検討しても,本件投稿に関する違法性阻却事由の存在を窺わせるような事情は見当たらない。 (6) 被控訴人の主張について ア これに対し,被控訴人は,発信者情報が発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密に深く結びついた情報であることに照らし,その開示については慎重な取扱いが求められ,プロバイダ責任制限法4条1項1号の要件についても厳格に解釈すべきであり,同号が「侵害情報の流通によって」,「権利が侵害された」と規定していることに照らし,同号は掲載されている情報自体が他者の名誉権等の権利を侵害するものであることが明白な場合を予定していると解釈するのが自然である旨主張する。 イ しかし,「侵害情報の流通によって」とは,権利の侵害が情報の流通自体により生じたものであることを意味するにすぎず,情報自体が開示請求者の権利を侵害することが明らかな内容であるものに限定されるものではなく,権利の侵害が明らかであるか否かは,裁判所が当該情報自体のほか,それ以外の当事者の主張した事実をも踏まえつつ,証拠及び経験則から認定した事実に基づき,違法性阻却事由の不存在などを含めて,総合判断した結果,その情報の流通自体によって開示請求者の権利が侵害されたことが明らかであると認められる場合も含まれると解するのが相当である。 ウ 確かに,開示関係役務提供者にとっては,投稿された情報以外に開示すべきか否かを判断する材料が乏しく,当該情報自体が開示請求者の権利を侵害することが明らかなものであるか否かによって,任意の開示に応じるか否かを判断せざるを得ないという面があることは否定することができない。 エ しかしながら,プロバイダ責任制限法による発信者情報開示の制度は,発信された情報による被害の拡大防止のために緊急の判断や処理が求められる制度というより,むしろ,同法4条1項2号が,開示を受けるべき正当な理由として,開示請求者の損害賠償請求権の行使のため必要である場合を挙げていることからしても,情報の流通によって被害を受けた者の被害救済と情報を発信した者の保護との間の権利調整という事後的,総合的判断を求められる制度であるから,開示関係役務提供者の判断の容易性の要請は,必ずしも最優先に考慮すべきことにはならないと考えられる。 オ また,プロバイダ責任制限法が,発信者情報を開示すべきであるのに開示されなかったことにより開示請求者が損害を被った場合について,同法4条4項本文で,開示しないことが故意又は重大な過失がある場合でなければ開示関係役務提供者は賠償の責めに任じない旨を規定していることからすると,同法は,発信者情報が開示されるべきであるのに,開示関係役務提供者において過失なく開示されない場合,すなわち,発信情報自体を見ても,それだけでは通常人において開示請求者の権利を侵害することが明らかであるとは判断することができない場合が存在することを想定しているというべきであり,前記イのとおり解釈することは,同項の規定とも整合するというべきである。 カ したがって,被控訴人の主張は採用することができない。 (7) 以上のとおり,本件ブログ上の本件投稿による控訴人に対する懲戒請求の呼び掛け行為の掲載によって控訴人が受忍限度を超える精神的苦痛を被ったと認めるのが相当である。 (8) したがって,本件投稿による控訴人の人格的利益の侵害については,「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」(プロバイダ責任制限法4条1項1号)に該当するというべきである。 3 争点3(本件投稿及び本件投稿2が控訴人に対する違法な名誉毀損に当たるか。)について (1) 本件投稿について (中略) しかし,朝鮮学校に対する補助金の支給の適否について,様々な見解が述べられていることは公知であるが,朝鮮学校に対する補助金の支給を要求することやその活動を推進する行為の相当性と適法性の区別について明確に意識することが一般に浸透しているとは限らない状況にあり,その状況下で,本件投稿の意見論評は,同補助金の支給を要求する本件会長声明が違法であり,控訴人が違法な本件会長声明に賛同し,その活動を推進する行為が確信的犯罪行為であり,これが懲戒事由に該当すると断言しているものである。 そして,弁護士の懲戒処分は,弁護士法又は所属弁護士会若しくは日弁連の会則に違反し,所属弁護士会の秩序又は信用を害し,その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったときに出されるものである(弁護士法56条1項)。 以上に照らすと,一般の読者の普通の注意と読み方を基準として,本件投稿を読んだ場合,本件投稿によって摘示された事実及びこれを前提とする意見の表明によって,一般人においては,控訴人が違法行為ないし犯罪行為に加担したり,懲戒処分に値する非違行為を行ったりしたという否定的な印象を抱くものというべきである。 (中略) オ 以上に照らすと,本件ブログ上の本件投稿により控訴人の名誉権が侵害されたと認めるのが相当である。 (2) したがって,本件投稿による控訴人の名誉権の侵害については,「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」(プロバイダ責任制限法4条1項1号)に該当するというべきである。 4 争点4(発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無)について 発信者情報の開示請求について,プロバイダ責任制限法4条1項2号は,「当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使に必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき」に該当することを要件としている。そして,弁論の全趣旨によれば,控訴人は,本件投稿の発信者に対する人格的利益及び名誉権の侵害による不法行為に基づく損害賠償を求めるために発信者情報の開示を求めていることが認められる。したがって,控訴人には,発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるというべきである。 5 結論 以上の次第で,争点1並びに争点3及び4のうち本件投稿2の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する別紙発信者情報目録記載の各情報の開示請求は理由があるから認容すべきところ,これを棄却した原判決は失当である。 よって,本件控訴は理由があるから,原判決を取り消した上,控訴人の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第5民事部 (裁判長裁判官 本多俊雄 裁判官 木太伸広 裁判官 河本寿一) 以上:7,196文字
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