平成31年 2月13日(水):初稿 |
○平成30年7月17日最高裁判決(判タ1453号68頁、判時2390号○頁)は、NHKの放送受信契約に基づく受信料債権には、民法168条1項前段の規定は適用されないとしましたが、事案を見るためその第一審平成29年3月22日大阪地裁判決(最高裁判所民事判例集72巻3号304頁)を紹介します。 ○事案は、平成7年6月30日にNHKに対し受信料1370円を支払い、その後21年近く経過した平成28年4月4日,NHKからその時点で未払となっている平成7年8月~平成28年5月の放送受信料合計34万1480円支払催告を受け、更に同年9月に訴えを提起された反訴被告が、NHKに対し、20年以上請求がなかったので、以下の規定で受信料は全額時効消滅していると争ったものです。 第168条(定期金債権の消滅時効) 定期金の債権は、第1回の弁済期から20年間行使しないときは、消滅する。最後の弁済期から10年間行使しないときも、同様とする。 2 定期金の債権者は、時効の中断の証拠を得るため、いつでも、その債務者に対して承認書の交付を求めることができる。 ○平成29年3月22日大阪地裁判決は、放送受信料債権は,一定の金銭を2か月ごとの定期に給付させることを目的とする債権であるから定期金債権に当たるとしながら、放送受信料債権につき民法168条1項が適用されると解した場合,同債権の時効消滅以降,将来にわたり放送受信料のない放送受信契約が続くことになるが,そのような解釈は,契約当事者間の公平を害する程度が大きく,上記受信設備を設置した者らの間の公平も害する結果になるから,認められるべきではないとしました。 ○根元の放送契約が時効消滅したら、将来にわたり放送受信料のない放送受信契約が続くすなわち、ただで、NHKをズッと見ることができ、大変有り難い話です。反訴被告は最高裁まで争いましたが、残念ながら、最高裁も地裁判決を支持しました。やむを得ない解釈でしょう。 ******************************************* 主 文 1 反訴被告は,反訴原告に対し,8万9080円及びこれに対する平成29年2月1日から,支払済みの日が奇数月に属するときはその月の前々月末日まで,支払済みの日が偶数月に属するときはその月の前月末日まで,2か月当たり2%の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は,反訴被告の負担とする。 3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 主文1項と同じ。 第2 事案の概要 1 本件は,反訴原告が,反訴被告との間で締結した放送受信契約に基づき,放送受信料及び遅延損害金の支払を求めた事案である。本件反訴の本訴として,反訴被告の反訴原告に対する債務不存在確認請求事件(当裁判所平成28年(ワ)第7351号)が提起されていたが,同事件は取下げにより終了した。 2 前提事実 以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる本件の前提事実である。 (1)放送法及び本件規約の規定 ア 反訴原告の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は,反訴原告とその放送の受信についての契約(以下「放送受信契約」という。)を締結しなければならない(放送法64条1項本文,平成22年法律第65号による改正前の同法(以下「旧放送法」という。)32条1項本文)。 イ 反訴原告は,放送受信契約の条項については,予め総務大臣の認可を受けなければならない(放送法64条3項,旧放送法32条3項)。反訴原告が放送受信契約の条項として予め総務大臣の認可を受けた日本放送協会放送受信規約(乙5,以下「本件規約」という。)6条は,放送受信料につき月額又は6か月若しくは12か月前払額で定め,その支払方法につき1年を2か月ごとの期に区切り(第1期が4月及び5月,第2期が6月及び7月であり,以下第6期まで同様である。),各期に当該期分の放送受信料を一括して支払う方法又は6か月分若しくは12か月分の放送受信料を一括して前払する方法によるものとしている。 (2)本件受信契約及び放送受信料の支払 ア 反訴被告は,反訴原告とカラーの放送受信契約を締結し(以下「本件受信契約」という。締結時期に争いがあるが,それは結論に影響しない。),反訴原告に対し,少なくとも平成7年7月分の放送受信料を支払った。 イ 反訴被告は,平成7年8月分以降の放送受信料を支払っていない。 (3)反訴被告による消滅時効の援用 ア 反訴被告は,平成28年9月14日の本件第1回口頭弁論期日において,反訴原告の放送受信料の請求に対し,20年の経過による消滅時効(民法168条1項)を援用する旨の意思表示をした。 イ 反訴被告は,平成28年10月26日の本件弁論準備期日において,平成23年8月より前の放送受信料に係る反訴原告の請求に対し,5年の経過による消滅時効(民法169条)を援用する旨の意思表示をした。 3 争点及び当事者の主張 本件の主な争点は,民法168条1項所定の消滅時効の成否である。 (反訴被告の主張) 放送受信料債権は定期金債権に当たるから,これにつき民法168条1項が適用される。放送受信料債権は,永小作料債権や賃料債権と同様には解されないから,反訴原告の下記主張は理由がない。 (反訴原告の主張) 定期金債権には,永小作料債権や賃料債権のように民法168条1項が適用されないものがあるところ,放送受信料債権もこれらと同様に解される。したがって,放送受信料債権が定期金債権に当たるとしても同項は適用されない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(民法168条1項所定の消滅時効の成否)について (1)民法168条1項の規定 民法168条1項は,定期金の債権は,第1回の弁済期から20年間行使しないときは消滅し,最後の弁済期から10年間行使しないときも同様とすると定めている。同項にいう定期金の債権(以下「定期金債権」という。)とは,一定の金銭等を定期に給付させることを目的とする債権である。各期の支払を求める債権を支分権といい,それを発生させる基本となる債権を基本権というが,同項にいう定期金債権は基本権を指すものである。 (2)民法168条1項が適用されない定期金債権について 定期金債権であっても民法168条1項が適用されないものがあり,例えば,基本権としての永小作料債権や賃料債権は,定期金債権に当たるが,同項が適用されないものと解される。なぜなら,永小作権や賃貸借契約は必ず永小作料や賃料を伴うものであり(民法270条,601条),永小作料のない永小作権や賃料のない賃貸借契約は認められるべきではないからである。 (3)放送受信料債権への民法168条1項の適用の有無 放送受信料債権(基本権としてのもの。以下この項において同じ)は,一定の金銭を2か月ごとの定期に給付させることを目的とする債権であるから(前提事実(1)イ),定期金債権に当たるといえる。 そして,放送法64条1項本文及び旧放送法32条1項本文は,反訴原告の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は,反訴原告と放送受信契約を締結しなければならないと定め,各同条2項は,反訴原告は,予め総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ,上記契約の締結者から徴収する放送受信料を免除してはならないと定めている。上記基準は,例外として公的扶助受給者及び身体障害者等につき放送受信料の免除を認めている。 上記規定によれば,反訴原告は,放送受信契約に基づき,反訴被告に対し,放送受信料債権を有する一方,その放送を受信させる債務を負い,放送受信料債権と対価性のある債務を負っているといえる。また,放送法は,上記受信設備を設置した者に対して放送受信契約の締結を強制し,放送受信料の免除を原則として禁止することにより,反訴原告の運営費につき広く上記の者らに公平な負担を求めているといえる。そうすると,放送受信料債権につき民法168条1項が適用されると解した場合,同債権の時効消滅以降,将来にわたり放送受信料のない放送受信契約が続くことになるが,そのような解釈は,契約当事者間の公平を害する程度が大きく,上記受信設備を設置した者らの間の公平も害する結果になるから,認められるべきではないといえる。 したがって,放送受信契約は,前記の例外を除き,必ず放送受信料を伴うものであり,受信料のない放送受信契約は認められるべきではないから,民法168条1項が適用されないものと解すべきである。 (4)反訴被告の主張について ア 反訴被告は,基本権としての放送受信料債権に民法168条1項が適用されると解した上で,時効消滅するのは放送受信債権でなくその発生原因である放送受信契約自体であると解したり,基本権としての放送受信債権が時効消滅すれば反対債権も当然に消滅すると解したりすれば,不合理な結果にならないから,同項の適用を否定する理由はない旨主張する。 しかし,民法168条1項の文言上,時効により消滅するのは定期金債権であるとされており,その発生原因である契約自体が消滅するとか,その反対債権も当然に消滅するなどとはされていない。そして,消滅時効に係る他の規定の文言も同様であるところ(民法167条,169条,170条,172条~174条の2),反訴被告の主張に係る解釈をとれば,上記規定すべてについて同様の解釈をすることになるが,そこまでの結果を正当化する根拠があるとはいえない。 したがって,反訴被告の上記主張は採用することができない。 イ 反訴被告は,20年間もの長期間にわたり放送受信料債権が行使されない場合は,債権者である反訴原告の懈怠が明らかであるから,民法168条1項による消滅時効の成立を認めることは,権利の上に眠る者は保護しないという時効制度の趣旨からみてやむを得ないと主張する。 しかし,時効制度は上記趣旨のみから設けられているものではないし,仮に同項の適用を認めた場合,前記(3)のような認め難い結果が生じることは重視すべきである。また,同項の適用を否定しても,支分権としての各期の放送受信料債権は5年の経過により時効消滅するから(民法169条,最高裁判所平成26年9月5日判決・裁判集民事247号159頁参照),反訴原告と反訴被告の公平を著しく害する結果になるとはいえない。 したがって,反訴被告の上記主張は採用することができない。 (5)以上のとおり,放送受信料債権には民法168条1項は適用されない。 2 反訴被告が支払うべき放送受信料の金額 (1)前提事実,証拠(乙1,2,7,8)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア 反訴被告は,平成7年6月30日,反訴原告に対し,本件受信契約につき少なくとも同年7月分の放送受信料1370円を支払った。 イ 反訴原告は,平成28年4月4日,反訴被告に対し,その時点で未払となっている平成7年8月~平成28年5月の放送受信料合計34万1480円の支払を求める書面を発送し(乙8),これが平成28年4月上旬に反訴被告に到達した。 ウ 反訴原告は、平成28年9月9日,反訴被告に対し,平成7年8月~平成28年7月の放送受信料合計34万4100円及び遅延損害金の支払を求める本件反訴を提起した。 エ 反訴被告は,平成28年10月26日の本件弁論準備期日において,上記請求に対し,5年の経過による消滅時効(民法169条)を援用する旨の意思表示をした。 オ 反訴原告は,平成28年12月21日の第2回弁論準備期日において,反訴請求を平成23年4月~平成28年11月の放送受信料合計8万9080円及び遅延損害金の支払を求めるものに減縮した。 カ 平成23年4月~平成28年11月の本件受信契約による放送受信料は,下記(ア)~(ウ)の合計8万9080円である。 (ア)平成23年4月~平成24年9月の毎期払による放送受信料は2万4210円である(月額1345円×18か月)。 (イ)平成24年10月~平成26年3月の継続振込等・毎期払による放送受信料は2万2950円である(月額1275円×18か月)。 (ウ)平成26年4月~平成28年11月の継続振込等・毎期払による放送受信料は4万1920円である(月額1310円×32か月)。 (2)前項の認定事実によれば,反訴被告は,平成28年10月26日に5年の経過による消滅時効(民法169条)を援用したことにより,平成23年3月より前の放送受信料債権(支分権としてのもの。以下同じ)は時効消滅したものといえる(前掲最高裁判所平成26年9月5日判決参照)。他方,平成23年4月~9月の放送受信料債権については平成28年4月上旬の催告(前項イ)及び同年9月9日の本件反訴提起により消滅時効が中断し,平成23年10月以降の放送受信料債権については平成28年9月9日の本件反訴提起により消滅時効が中断しており,いずれも消滅時効が完成していない。 そうすると,本件受信契約に基づき,反訴被告に対し,平成23年4月~平成28年11月の未払放送受信料合計8万9080円の支払を求める反訴原告の請求は理由がある。また,本件受信料契約の条項に当たる本件規約の6条,12条の2によれば,反訴被告に対し,上記未払放送受信料に対する平成28年12月19日付け訴えの変更申立書の送達の日である平成28年12月21日の翌々月初日である平成29年2月1日から主文1項掲記の遅延損害金の支払を求める反訴原告の請求も理由がある。 3 結論 よって,本件反訴請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。 (大阪地方裁判所第20民事部) 以上:5,618文字
|