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転倒事故について民法第718条動物占有者責任を認めた地裁判例紹介

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平成31年 2月12日(火):初稿
○ランニング中の者が,散歩中に飼い主が持っていたリードが放れ,単独で進行して前方に現れた犬を避けようと転倒し,負傷した場合に,ランニング中の者にも過失があるとして,過失相殺をした上で,飼い主に対する損害賠償請求及び飼い主を被保険者とする保険契約を締結する保険会社に対する保険金支払請求が,一部認容された平成30年3月23日大阪地裁判決(判タ1451号184頁、判時2386号47頁)必要部分を紹介します。

○関連条文は次の通りです。
第718条(動物の占有者等の責任)
 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。


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主   文
1 被告Aは,原告に対し,1284万5130円及びこれに対する平成27年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Bは,前項の判決が確定したときは,原告に対し,1284万5130円及びこれに対する平成27年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余は被告らの負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請

1 被告Aは,原告に対し,3948万8179円及びこれに対する平成27年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Bは,前項の判決確定を条件として,被告Aと連帯して,原告に対し,3948万8179円及びこれに対する平成27年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,ランニング中の原告が,路上で,被告Aが散歩させていた犬を避けようとして転倒した事故(以下「本件事故」という。)により負傷し,損害が生じたと主張して,
(1)上記犬の占有者である被告Aに対し,民法718条に基づき,原告に生じた損害3948万8179円及びこれに対する本件事故日である平成27年6月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,
(2)被告Aを被保険者とする,個人賠償責任補償特約及び賠償事故解決に関する特約が付された自動車損害保険契約を締結した被告Bに対し,同保険契約の約款に基づき,被告Aに対する上記請求の判決の確定を条件として,被告Aと連帯して,上記金員の支払を
それぞれ求める事案である。

1 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに証拠〔個別に掲げるもののほか枝番を含む。以下同じ〕及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)

         (中略)


第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について

(1)前記前提事実並びに証拠(後掲各証拠〔枝番を含む。以下同じ〕のほか,甲10,乙2,11,証人E,原告本人,被告A本人。ただし,後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,休日にランニングをすることがしばしばあり,その際,ランニングコースとして本件事故現場を通っていた。また,原告は,20キロメートルを1時間50分前後で走ることができた。

イ 本件事故現場付近の概況は,別紙事故発生状況図(以下「別紙図面」という。なお,縮尺は必ずしも正確とはいえない。)記載のとおりであり,本件事故は,東西に延びる道路(以下「東西道路」という。)上で生じ,本件事故が起きた付近の幅員は約4.4メートルであるが,別紙図面〔ア〕付近より西側は,道路幅が北側にかまぼこ状に膨らんでいる。東西道路の東側には,別紙図面記載の交差点(以下「本件交差点」という。)があり,同交差点を基点に北方向に延びる最大で幅員約6.3メートルの道路(以下「北側道路」という。)と,同交差点を基点に南方向に延びる幅員約1.5メートルの道路(以下「南側道路」という。)とがある(乙2,3)。
 本件事故現場付近は,民家等がある住宅街であり,本件事故発生時の人通りは多くない。

ウ 被告Aは,本件犬を散歩させており,平成27年6月14日午前10時20分頃,北側道路を北方向から本件交差点方向に向かって歩いており,当初,本件犬につないだリードを手に持っていた。
 その頃,Eが,飼い犬(柴犬。平成29年11月時点で7歳。以下「本件柴犬」という。)を散歩させており,南側道路を南方向から本件交差点に向かい進行し,当初は,本件交差点を渡って,北側道路を北方向に進もうとしたが,前方から本件犬が南方向に進行してきており,本件犬がほえだしたことから,本件柴犬と本件犬がけんかなどにならないように,北側道路に進行するのをやめ,本件交差点を横断した後,左折して,東西道路の北端を西方向に進行しようとした。

 Eが東西道路を西側方向に曲がる少し手前,別紙図面のbにいた頃,本件犬が,突然南方向に走り出し,被告Aが手に持っていたリードが放れてしまった。
 Eが、東西道路を西方向に進行する際,本件柴犬は,Eの後ろについて進行しており,Eに抱きかかえられていなかった。本件犬は,Eと本件柴犬を追うように本件交差点を西方向に右折して,東西道路を西進した。

エ 他方,原告は,本件事故現場付近をランニングしており,時速10キロメートルを超える程の速度で,東西道路を西方向から東方向に,東西道路の北端に沿うように走行していた。
 そして,原告が,東西道路の別紙図面〔ア〕付近に差し掛かった際,東西道路を東方向から西方向に走行してきたEが前方に現れる形になった。その際の,原告とEの距離は,約1,2メートルであった。原告は,Eを避けようと原告から見て右側(南側)にEを避けたところ,Eの後方を東方向から西方向に本件犬が単独で進行してきたことに驚き,避けようと,転倒した。原告が転倒したのは別紙図面〔ウ〕付近(東西道路の北側にある民家の出入口付近。乙3・3頁一番下の写真×印付近)であり,その際,本件犬が原告の足元まで来たり,本件犬と接触したわけではなかったが,倒れた際の原告と本件犬との距離はおおよそ50センチメートル程であった。

オ 被告Aが本件犬を追い北側道路から本件交差点を右折して東西道路に入ると,既に原告が上記〔ウ〕付近で倒れており,上記東西道路北側の民家の出入口付近を本件犬がうろついていた。被告Aは,原告が転倒した場面を見ていない。

カ 本件事故後まもなくして,大阪府高槻警察署の警察官が本件事故現場を通りかかった。原告は,興奮した様子で,被告A等に対し,大声で文句を述べていた。警察官は,E,原告及び被告Aから事情を聴き取った。その後,原告は,救急車で搬送され,警察官から治療後の聴取りはされなかった(甲1,11,乙2)。

(2)事実認定の補足説明
ア Eの証言の信用性について
 Eは,証人尋問で,上記(1)に沿う供述をする。
(ア)この点,Eは,本件事故の状況を間近で目撃しており,原告が目の前に現れてから原告が転倒するまでの状況を,目を離さず見ており,目撃状況に問題がなく,また,本件事故後証言までに期間が経過しているものの,反対尋問も含めて,基本的に自己の記憶する範囲の部分を明確に述べている。また,Eに,原告や被告Aとの利害関係等,虚偽供述をする動機があることを窺わせる事情はない。

(イ)これに対し,原告は,〔1〕Eの供述する事故状況は,高槻警察署が作成した回答(甲1)添付の現場見取図と異なる,〔2〕東西道路を進行する際,本件犬が向かってきているのに,Eの後ろを本件柴犬が歩いていたのは不自然である,〔3〕Eは,本件事故前から被告Aと面識があり,本件事故の責任を問われる可能性があり,被告Aと意思を通じる動機を有していた旨主張する。
 この点,高槻警察署が作成した上記現場見取図は,原告,本件犬,被告Aの大まかな位置関係や,原告の進行状況や原告が本件犬をかわそうとして転倒した旨が記載されている。

 しかし,高槻警察署による聴取は,人身の交通事故のように捜査を念頭においてなされたことが窺われず,上記現場見取図も本件事故現場の状況,距離等が具体的に記載されていないかなり簡潔なものであることからすると,上記現場見取図が事故現場や本件事故の状況を正確に聴取り,それを再現したものであるとはいえない(なお,上記現場見取図では,原告が,本件犬の周囲を,半円を描くようにかわしている旨が図示されているが,E及び原告の供述に照らしても,そのような事実までは認められない。)。

 そうすると,原告が東西道路において本件犬を避けようとして転倒したこと以上に,上記現場見取図記載の状況が信用できるとはいえず,かつ,原告が本件犬を避けようとして転倒したことと,Eの述べる原告が本件犬に驚いて転倒したという供述が矛盾するものとまではいえないから,上記現場見取図の記載をもってEの供述が信用できないとはいえない。

 次に,Eは,東西道路に入った後,本件柴犬がEの後ろ側をついてきた理由について,本件事故現場は車道が迫っていて,通りにくいので,リードで指示をして後ろ側に位置を変えた,トレーニングを受けた犬は,自分の飼い主より前を歩くことを許されていないので,後ろ側にする,Eが本件柴犬を抱きかかえることは困難である旨,本件柴犬がEの後ろ側を歩いた理由について具体的に供述しており,その内容も不合理とはいえないから,Eが,本件犬がEの側の方に来ていることを認識していたことを踏まえても,このようなEの行動が不自然とはいえない。

 また,本件事故前から被告AとEの間に面識があったとの事実を認めるに足りる証拠はなく,本件柴犬のリードを握りながら東西道路の北端を直進し,特段問題のある行動を取っていないEが,原告が主張するような虚偽供述の動機を有していたとは認められない。
 そうすると,原告の上記主張は採用できない。

(ウ)よって,Eの供述は,信用できるといえる。

イ 原告は,本人尋問で,Eが本件柴犬を抱きかかえており,原告の顔か胸にかけて本件柴犬とぶつかった,その後,足元で本件犬とぶつかって転倒したと思う,原告が転倒したのは,別紙図面〔ウ〕の地点よりも東側であった旨供述する。
 確かに,原告の診療録(乙4の1・9頁)や診断書(乙5・1頁)にも,原告が犬を抱いていた女性や本件犬とぶつかった(又は飛びついてきた際にバランスを崩した)旨を説明した旨の記載がある。

 しかし,〔1〕原告は,本件訴訟において,本人尋問まで,E及び本件柴犬や本件犬とぶつかったなどとは主張しておらず,原告の陳述書(甲10)にもその旨の記載がないこと,〔2〕原告が,本人尋問で述べるEとぶつかった箇所が上半身,顔から胸にかけてと明確ではないこと(原告本人・18,19頁),〔3〕原告は,本件犬とぶつかった場面を見たわけではなく,何か足にぶつかった感触があったので,本件犬とぶつかったと思う旨供述するにとどまり,また,転倒するまでのわずかな時間の間に,何かと接触した記憶があったとしても,それが本件犬との接触であったかは明らかでないこと,〔4〕原告が本件事故後,興奮状態にあり,本件事故の状況を正確に記憶できたか疑問があること,〔5〕Eの後ろを本件柴犬が進行し,原告とは接触していない旨の信用できるEの供述に反していることからすると,原告の上記供述は,採用できない。

ウ よって,信用できるEの供述を踏まえ,本件事故の態様について,上記(1)のとおり認定した。

(3)上記(1)のとおり,本件事故は,ランニングをしていた原告が,東西道路を別紙図面〔ア〕に来た時点で,約1,2メートルの距離にいるE及び本件柴犬の存在に気付き,原告から見て右側(南側)にEを避けたものの,さらに,前方にいる本件犬に気付いて驚き,本件犬を避けようと,本件犬に接触することなく,転倒した(転倒した際の位置は約50センチメートル)ものと認められる。

 本来,犬を含む動物は,飼い主を含めて予想できない行動をとり,人の身体等に損害を及ぼすこともあり得るから,動物の占有者は,動物を散歩させる際,動物を係留する義務を負う。しかるに,被告Aは,本件柴犬が前方から現れたという特別な状況でもないにもかかわらず,突然,本件犬が走り出したことにより手を放してしまい,本件犬が単独で道路を進行したことにより,本件事故が発生したものであって,被告Aの過失は,動物を占有する者としての基本的な注意義務に違反したもので,過失の程度は重いといえる。そうすると,本件事故は,主として,本件犬のリードが被告Aから放れて単独で原告の近くを進行したことにより発生したものと認められ,本件事故の主たる原因は,被告Aが本件犬を係留しない状態にさせたことにあるといえる。


 これに対し,原告は,動物が係留されずに単独で走っていることまでを予見すべきであるとまでは直ちにいえないものの,道路を進行する際,一般的に前方を注視して,第三者等と衝突することのないよう適切に進行する注意義務を負っているといえる。この点,東西道路における,別紙図面〔ア〕地点より西側の北端部分から東方向への見通しは必ずしも良くなく(乙3・3頁一番上の写真),原告もこのことを認識又は認識し得たと認められるにもかかわらず,原告は,本件事故現場付近を,時速10キロメートルを超える程の速度で進行し,別紙図面〔ア〕付近で直前になってE(本件柴犬を含む)の存在に気付き,これを避けようとバランスを崩したと認められ,この点で原告の前方確認やこれに応じて自己の進行速度を適切に調節することが不十分であったといえる。

 そして,原告が転倒した時点で,本件犬が原告に相当程度接近していたとはいえ,原告と接触するほどまで迫っていなかったことからすると,原告が転倒したのは,上記のとおり原告の前方確認等が不十分でバランスを崩したところ,さらに,本件犬が前方から現れてこれを避けようとしたことにより更にバランスを崩したことによると考えられる。このように,原告が,前方確認の不十分等もあってEとの接触を避けようとバランスを崩した上,本件犬が現れて更にバランスを崩して転倒したものと認められることからすると,原告が転倒したのは,上記の前方確認不十分等が影響したことも否定できない。

 以上の事情を総合考慮すれば,本件事故の過失割合は,被告A9割,原告1割とするのが相当である。


2 争点(2)について
(1)証拠(甲2)によれば,原告は,平成28年4月25日,D病院の医師から,右手関節について,症状固定とともに関節機能障害の診断を受けたこと,その際,原告の手関節は,健側である左手関節については,他動で,背屈90度,掌屈80度(合計170度),橈屈30度,尺屈40度(合計70度),患側である右手関節については,他動で,背屈55度,掌屈55度(合計110度),橈屈25度,尺屈25度(合計50度)であったこと,自動で,背屈50度,掌屈50度(合計100度),橈屈20度,尺屈20度(合計40度)であったことが認められる。
 そうすると,手関節の主要運動である背屈と掌屈において,原告の右手関節の可動域は,健側である左手関節の170度に対し,他動で110度,自動で100度と,4分の3以下に制限されていたといえるから,「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」として,後遺障害等級12級6号に該当するといえる。

         (中略)

3 争点(3)について

         (中略)


(9)過失相殺,損害の填補
 前記1のとおり,本件事故については,原告についても1割の過失相殺をするのが相当であるところ,過失相殺後の金額は,以下の計算式のとおり,1290万5901円となる。
1433万9891円×(1-0.1)=1290万5901円
 前記前提事実記載のとおり,被告Bは,原告に対し,127万8629円(うち物的損害の填補分5万7858円)を支払ったものの,原告は,本件訴訟で人的損害について請求するものであるから,物的損害の填補分まで原告の人的損害額から控除するのは相当でない。そこで,上記1290万5901円から,122万0771円(127万8629円から物的損害の填補分5万7858円を除いた金額)を控除すると,原告の人的損害額は1168万5130円となる。
(10)弁護士費用
 本件事案の内容,原告の認容額等からすれば,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は116万円とするのが相当である。
(11)合計 1284万5130円

4 損害保険契約の約款に基づく保険金支払債務
 原告は,被告Aの民法718条に基づく損害賠償債務及び被告Bの損害保険契約の約款に基づく保険金支払債務は,連帯債務の関係にある旨主張する。
 しかし,被告Bの原告に対する損害保険契約の約款に基づく保険金支払債務は,被告Aの原告に対する民法718条に基づく損害賠償債務の支払を填補するものではあるが,両債務が,連帯債務であるとの意思表示や法律上の規定があるとは認められないから,両債務が連帯関係にあるとはいえず,原告の上記主張は採用できない。

5 まとめ
 よって,原告は,(1)被告Aに対し,民法718条に基づき,1284万5130円及びこれに対する本件事故日である平成27年6月14日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,(2)被告Bに対し,被告Bが締結した損害保険契約の約款に基づき,被告Aに対する判決が確定したときは,1284万5130円及びこれに対する本件事故日である平成27年6月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第4 結論
 以上の次第で,原告の被告Aに対する請求は主文第1項の限度で理由があり,被告Bに対する請求は主文第2項の限度で理由があり,その限度でこれらを認容し,その余は理由がないから,いずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。なお,仮執行免脱宣言は相当でないから,付さないこととする。大阪地方裁判所第24民事部 裁判官 塩原学
以上:7,501文字

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