平成30年12月24日(月):初稿 |
○「水分・油分付着飲食店通路転倒事故と土地工作物管理瑕疵判断判例紹介」の続きで、民法第717土地工作物管理瑕疵責任が認められた平成24年12月17日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)を紹介します。 ○当時84歳であった女性である原告が、10代後半から30代前半の女性向けの衣類等を販売する本件店舗の出入口と同店舗外の通路との間の本件傾斜及び段差部分で転倒した本件事故により変形性腰痛症を発症したなどと主張して、本件傾斜及び段差部分を占有する被告会社に対し、265万2213円等の支払を求めました。 ○判決は、本件店舗が来店を予定する年齢層の女性に同行して原告の年齢層の女性・男性が来店することは予測でき、本件傾斜及び段差部分の性状や同部分で足を取られた来店客もいることに照らすと、被告会社には来店者に対して同部分の存在を表示ないし告知して注意を促す措置を講じるべき義務があるところ、その措置を講じていた形跡はないから、本件傾斜及び段差部分には通常予定される安全性を欠いた設置ないし管理の瑕疵があるとしましたが、原告側の過失6割の過失相殺も認めました。 ******************************************* 主 文 1 被告は,原告に対し,76万5862円及びこれに対する平成21年5月6日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを10分し,その3を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,265万2213円及びこれに対する平成21年5月6日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告が,被告に対し,不法行為(土地工作物の占有者としての設置・保存に瑕疵があった)に基づく損害賠償請求として265万2213円及びこれに対する不法行為の日である平成21年5月6日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるものである。 1 争いのない事実 (1) 被告は,東京都豊島区〈以下省略〉所在の○○地下2階に店舗(以下「本件店舗」という。)を有している。 (2) 原告は,平成21年5月6日午前11時ころ,本件店舗を訪れた。 (3) 原告は,前同日,本件店舗の出入口から店舗外に出ようとしたところ,同出入口と通路との間で転倒した(以下「本件事故」という。)。 (4) 本件店舗の床は同店舗の出入口部分から同店舗外の通路に向かって傾斜し,同出入口と同通路との間には段差があり(以下「本件傾斜及び段差部分」という。),被告は本件傾斜及び段差部分を占有している。 (5) 原告は,本件事故後,平成21年5月6日から同月19日まで,東京都新宿区所在の目白病院に入院し,同月20日から平成21年12月8日まで茨城県猿島郡境町所在の茨城西南治療センター病院に通院し,平成21年6月16日から平成22年4月27日まで同郡五霞町所在の芝田クリニックに通院した。 (6) ア 原告は,上記入通院費用として合計18万3490円を負担した。 イ 原告は,上記目白病院を退院し住所地に帰宅するための交通費として953円を負担した。 ウ 原告は,上記通院のための交通費として合計7236円を負担した。 2 争点 (1) 被告による本件傾斜及び段差部分の設置・管理に瑕疵があったか(争点1) (原告の主張) 本件傾斜及び段差部分には,同部分がある本件店舗の出入口から店舗外の通路部分に出ようとする者において,同部分に気付かず,傾斜部分で足を滑らせ段差部分で足を踏み外し易い設置又は管理に瑕疵がある(以下「本件瑕疵」という。)。 本件事故は,上記瑕疵により原告が本件傾斜及び段差部分で足を滑らせ踏み外したことにより発生したものである。 (被告の主張) 否認し争う。 (2) 原告は本件事故により変形性腰痛症を発症したか(争点2) (原告の主張) 原告は,本件事故の際に転倒し腰部を強打して変形性腰椎症を発症した。 (被告の主張) 否認し争う。 (3) 原告の損害(争点3) (中略) 第3 裁判所の判断 1 争点1について (1) 本件店舗と同店舗外通路の間に本件傾斜及び段差部分があり,被告が同部分を占有していることは,争いのない事実(4)のとおりである。 (2) 掲記の証拠(争いのない事実を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア 原告は,大正13年○月○日生まれの女性であり本件事故当時84歳であった(甲12)。 イ 本件店舗は10代後半から30代前半の女性向けの衣類等を販売する店舗である(争いのない事実)。 ウ 本件傾斜及び段差部分は黒色で,同部分の端と本件店舗外の通路との間に4~5cm程度の段差があり,本件店舗内から同部分の端の方向に傾斜がある(甲3,8ないし10,証人B)。 エ 本件店舗を訪れた客が,本件傾斜及び段差部分で足を取られて転倒しそうになったことはある(証人D(以下「証人D」という。))。 (3) 以上によれば,本件店舗はその取扱商品が予定する年齢層に照らすと,原告の年齢層の女性が単独で来店することは予定していないとはいえるが,本件店舗が来店を予定する年齢層の女性に同行して,原告の年齢層の女性・男性が来店することは予測でき,本件傾斜及び段差部分の性状や同部分で足を取られた来店客もいることに照らすと,本件傾斜及び段差部分を占有する被告においては,来店者に対して同部分の存在を表示ないし告知して注意を促す措置を講じるべき義務があるというべきであるが,被告が本件店舗においてそのような措置を講じていた形跡はなく,そうすると本件傾斜及び段差部分には,通常予定される安全性を欠いた設置ないし管理の瑕疵があるものと認められる。 よって,争点1の原告の主張は理由がある。 2 争点2について 証拠(甲25,28)によれば,原告は,平成21年5月6日臀部打撲と診断され,同年6月12日,腰痛・右下肢しびれを訴え,レントゲン撮影により上腰椎の変形性変化が確認され,変形性腰椎症と診断されたことが認められる。 原告は,上記変形性腰椎症の原因が,本件事故における転倒であると主張する。 変形性腰痛症の原因は,腰椎部分は,体重を支えるために大きな負担がかかり,加齢や長年にわたる労働などの影響を受けやすく,椎骨の変形ないし椎間板の変性が生じることにある(乙7)。原告が指摘する医学文献(甲29)の記述は,腰痛の原因疾患を鑑別するために問診において確認すべき事項の1つとして,発症に至った誘因の有無を挙げて,転倒などの外傷が腰痛を発症する誘因になっていることがあると指摘しているに止まり(522,523頁),かえって,腰痛の原因として最も多いのが,腰椎の退行性疾患であり,腰椎変性の進展と腰痛等の発現機序として,椎間板が一生を通じ力学的荷重にさらされ,加齢と共に椎間板が変性の過程をたどり,そのような椎間板の変性が進むと椎間関節に関節症が生じ,脊柱機能単位は全体として高度な退行変性に陥ると共に可動域が減少していくと指摘しており,同文献も,腰痛の原因となる腰椎の退行性疾患が,加齢や長年にわたる力学的荷重に起因するものであるということを述べているものと認められ,転倒等の一時の衝撃を原因として変形性腰椎症を発症するという一般的知見を示したものとはいえない。 原告の前記主張は,本件事故において原告が転倒し臀部を打撲したうえ,本件事故後に原告が腰痛等を訴えて変形性腰椎症の診断を受けたことを踏まえたものと理解されるが,上記認定した変形性腰椎症の病像や原告の年齢に照らすと,原告に変形性腰椎症が認められたことは,変形性腰椎症が加齢や長年にわたる力学的荷重を原因とするという上記認定した一般的病像とも合致する上,転倒等の一時の衝撃を原因として変形性腰椎症を発症するという一般的知見は見当たらないから,原告に認められた変形性腰椎症の原因が,本件事故における転倒であるとは認められない。 よって,争点2の原告の主張は理由がない。 3 争点3について (中略) 4 争点4について (1) 本件事故の態様は争いのない事実(3)のとおり,本件傾斜及び段差部分の性状は同(4)のとおりである。 (2) 証拠(甲30,乙8,証人B,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,原告,原告の孫であり当時21歳であった証人B,原告の甥の娘であり当時15歳であった訴外C,同甥の息子であり当時9歳であった訴外E(以下「訴外E」という。)が,平成21年5月6日,埼玉県飯能市にある訴外C及び同Eの自宅から連れだって本件店舗のある○○を訪れ,原告と訴外Cが本件店舗に入店し,先に本件傾斜及び段差部分のある本件店舗の出入口から訴外Cが退店し,原告が訴外Cを追って同出入口から退店しようとしたところ本件傾斜及び段差部分で足を踏み外して転倒し本件事故が起こったことが認められる。 これに対し,証人Bは,原告に同行して本件店舗に入店し,先に本件傾斜及び段差部分のある本件店舗の出入口から退店しようとした際,本件傾斜及び段差部分で足を踏み外してよろけて体勢を立て直すのに1,2歩進んだところで,店内では3メートルくらい後方にいた原告に注意を促そうとしたところ,原告が転倒し本件事故が起こったと証言するが,仮に同証言のとおりであれば,証人Bが注意を促そうとした時点では原告が本件傾斜及び段差部分に到達していたとは認め難いうえ,証人Dは,本件店舗内で証人B及び訴外Eを目撃しておらず,同人らを見たのは,本件事故後店長の指示で水を買いに行き本件店舗に戻ってきた際のことであると証言し,本件店舗が10代後半から30代前半の女性向けの衣類等を販売する店舗であり,訴外Eが興味を示すとは考え難く,証人Bは訴外Eに付き添って本件店舗外にいたと窺われることに照らすと,証人Dの前記証言は信用でき,そうすると,証人Bの前記証言は採用できず,同証言に即した事実を真実と認めることができない。 以上によれば,証人Bは,原告に同行して本件店舗のある○○を訪れたが,本件事故当時,訴外Eに付き添って本件店舗外にいて,訴外Cに同行して本件店舗に入店した原告には付き添っていなかったと認められ,本件事故は,原告が,先に本件店舗から退出した訴外Cを追って本件傾斜及び段差部分がある出入口から退出しようとしたところ,同部分で足を踏み外して転倒したと認められる。 (3) 以上の認定事実によれば,原告は,本件店舗外に出る際に足元に注意を払うべきであったのに,これを怠り本件傾斜及び段差部分があることに気付かず,足を踏み外して転倒したというのであり,また,証人Bは,高齢の原告と連れだって本件店舗がある○○を訪れ,訴外Cと原告が同行して本件店舗に入店し,その年齢に照らすと原告の動静に十分な注意を払うことを訴外Cに期待することが困難なのであるから,証人Bにおいて原告に危険がないようその動静に注意を払うべきであったのに,これを怠り,訴外Cのみを原告に同行させて,原告ないし訴外Cにおいて本件傾斜及び段差部分に注意を払うよう配慮せず,本件店舗外にいたというのであるから,原告及び証人Bには,原告が本件傾斜及び段差部分で足を踏み外して転倒し本件事故が起こったことにつき考慮すべき過失があったというべきである。 上記認定した落度の内容,本件傾斜及び段差部分の性状,その設置ないし管理に係る瑕疵の内容に照らすと,本件事故に係る原告側の過失と被告の過失の割合は,原告側が6割,被告が4割とするのが相当であり,争点4についての被告の主張はその範囲で理由がある。 5 結論 3で認定した損害額に4で認定した被告の過失割合を乗じた金額は,76万5862円となる。 よって,本件請求は主文の限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 (裁判官 前澤功) 以上:4,953文字
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