平成30年11月 6日(火):初稿 |
○「民法第235条”目隠し”設置要求が一部認められた判決紹介1」を続けます。判決理由部分です。 *************************************** 理 由 一 目隠設置請求について 1 請求原因について (一) 請求原因1(一)(民法235条に基づく目隠設置請求)(1)ないし(3)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。 本件窓及び本件ベランダが原告A及び原告Bの各宅地を観望すべき窓に該当するか否かについて判断する。 (1) 当事者間に争いがない事実に、〈書証番号略〉、原告A及び被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ① 被告建物は、原告A土地との境界線から約35センチメートル離れた位置に存在する三階建てのアパート兼居宅(1、2階部分が賃貸用アパートであり、三階部分に被告が家族とともに居住している。)であって、本件窓は、いずれも、別紙図面記載のとおり、被告建物の一階から三階にわたって、原告A建物及び同B建物と面する壁一面に設置されている。 ② 本件窓のうち、別紙図面記載の(2)ないし(5)、(8)ないし(11)、(13)及び(14)の各窓(以下「本件小窓」という。)は、いずれも、縦約50センチメートル、横約40センチメートルの押開き式の小窓であり、そのうち(2)、(5)、(8)及び(11)の各窓は各室の便所に設置された換気用窓であって、便器越しに身を乗り出すような姿勢でわざわざ覗き込まない限り、原告ら宅地内を見ることはできず、他の(3)、(4)、(9)及び(10)の各窓は各室の浴室に設置された換気用の窓であって、同様に、浴槽内からわざわざ覗き込まないかぎり原告ら宅地内を見ることはできない。 ③ 本件窓のうち、別紙図面記載の(1)、(6)、(7)、(12)、(15)及び(16)の各窓(以下「本件引戸窓」という。)は、縦約100センチメートル、横約90センチメートルの大きさの曇りガラス二枚の引戸窓であって、そのうち一階の(1)及び(6)の窓並びに二階の(7)及び(16)の窓は、いずれも、アパート四所帯の各ダイニングキッチンの窓となっており、三階の(12)及び(15)の窓は、被告の応接室及び居室の窓となっている。原告A建物及び同B建物はいずれも二階建てであるため、三階に設置された(12)の窓からは、右各建物の屋根及び庇並びに下方を覗いた際に原告A建物の裏側及び原告B建物の軒下が見えるにすぎず、(15)の窓からは、同様に下方を覗いた際に原告B建物の裏側が見えるにすぎない。 本件引戸窓のうち、(6)の窓は原告B建物の壁に面しており、(1)の窓は原告A建物の脱衣所の窓に、(7)の窓は原告A建物の居室の引戸窓に、(16)の窓はその南側半分が原告B建物の居室の窓にそれぞれ面しているが、(16)の窓には既に目隠が設置されている。 ④ 本件ベランダは、本件窓が設置されている北東側の壁と直角に、南東側の道路に面して被告建物の二階及び三階部分に設置されており、二階のベランダの高さは、ほぼ原告A建物の二階居室の畳の上の高さと等しく、ベランダ伝いに原告A建物を見ると、原告A建物の壁及び戸袋の一部が見えるほか、右戸袋の隣に設置された原告A建物の引戸窓を開け放した場合には、原告A建物の居室の一部がわずかにその視界に入る。三階のベランダからは、原告A建物の屋根が一部見えるのみであり、ベランダの原告A建物側まで行って覗いた場合に原告A建物の裏庭の一部をみることができるに過ぎない。 以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。 (2) 右事実によれば、本件小窓及び三階に設置されたベランダについては、通常の状態で原告A宅地内を眺望しうるものではないから、民法235条にいう「他人の宅地を観望すべき窓」に該当しないといわざるを得ない。さらに、二階ベランダと本件引戸窓のうち(6)、(12)及び(15)を除く窓については、原告B宅地内を眺望しうるものではなく、また、(6)及び(15)の本件引戸については原告A宅地内を眺望しうるものではないから、右各原告との関係においては、いずれも同様に、民法235条にいう「他人の宅地を観望すべき窓」に該当しないといわざるを得ない。 しかしながら、本件引戸窓のうち(1)、(7)及び(12)の各窓及び二階ベランダからは原告A宅地内の一部を、本件引戸窓(6)、(12)及び(15)からは原告B宅地内の一部をそれぞれ眺望しうるものであるから、民法235条にいう「他人の宅地を観望すべき窓」に該当する。もっとも、本件引戸窓は、いずれも曇り硝子がはめこまれていて締め切った状態では硝子を通して外部を見ることができないものの、右各窓はいわゆるはめ殺し窓ではなく、換気のため等の理由で開けることを日常的に予定されているものと考えられるから、本件引戸窓が曇りガラスであるというだけでは右の判断を左右するものではない。 (二) 請求原因1(二)(本件合意に基づく目隠設置請求について) (1) 〈書証番号略〉、原告A及び被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告と原告らを含む近隣の住民らとの被告建物の建築をめぐる交渉の中で(その経緯は後記のとおり。)、被告は、平成2年7月2日、建築会社の担当者から、原告Aの要求のうち、被告建物一階のダイニングキッチンの東側窓(本件引戸窓(7))、同二階のダイニングキッチン東側窓(本件引戸窓(1))及び同二階ベランダについて目隠しの設置に応じる旨記載した回答書を受け取り、それを原告Aに渡すよう依頼して原告Bに渡した事実が認められる。 被告は、その本人尋問において、目隠設置については建設会社が独断で回答したものであって被告はこれに同意していない旨供述するけれども、他方、同尋問の結果によれば、原告会社において記載した前記の回答書の内容を認識した上で、それを自ら原告Bに渡していることが認められるのであって、かかる事実に照らせば、前記回答書の記載は被告の意思に基づくものと推認するほかはなく、被告の右供述は採用することができない。 本件引戸窓(6)及び(16)の目隠設置については、その合意を認めるに足りる証拠はない。 (2) したがって、原告Aについては、民法235条とともに、本件合意に基づき、本件引戸窓(1)、(7)及び二階ベランダについて目隠設置請求権の存在が認められる。 2 抗弁について (一) 異なる慣習の存在について 被告は、被告建物が所在するような都市部においては民法235条1項と異なる慣習が存在する旨主張し、被告本人尋問の結果により被告建物の近隣を撮影したものと認められる〈書証番号略〉によれば、隣地との境界線からの距離が1メートル未満であって目隠を設置していない建物があることが認められるけれども、右事実のみでは、被告建物が所在する地域に右条項と異なる慣習が存在するとまでいうことはできず、他に、右事実を認めるに足りる証拠はない。 (二) 建築基準法65条と民法235条の関係について 建築基準法65条は、「防火地域又は準防火地域内にある建築物で、外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる。」と規定しており、これは、隣地との境界線から50センチメートル以上離して建物を建築すべきことを定めた民法234条1項の特則と解されるけれども、同条は、単に隣地境界線に接して建物を建築することを認めているに過ぎず、その場合の目隠設置義務の存否・要件等については何も触れるところがないのであるから、目隠設置義務に関しては民法235条1項の規定がそのまま適用になるものと解するのが相当であって、建築基準法が民法235条1項の特則である旨の被告の主張は、採用することができない。 (三) 本件合意の撤回について (1) 当事者間に争いがない事実に、〈書証番号略〉、原告A及び被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。 ① 被告は、平成2年5月ころ、被告建物建築の基礎工事を開始したが、翌6月ころ、原告らを含む近隣の住民ら6世帯から、説明会を開催するよう要請され、同月15日及び26日の2回にわたって説明会を開き、建築会社の担当者から住民らの要求・質問等に対して説明・応答を行った。被告も同席していた第2回説明会の席上で、原告Aからの要求として、被告建物の窓の硝子を透明でないものにすること、北東側の1、2階のダイニングキッチンの窓及びベランダの袖に目隠をすること等の要求が出され、それらに対する回答を第3回説明会で提出することとなった。 ② 第3回説明会は、同年7月2日に開催される予定であったが当日になって中止された。被告は、同日、前記1(二)のとおり、建築会社の担当者から、原告Aの要求のうち、被告建物一階のダイニングキッチンの東側窓、同二階のダイニングキッチン東側窓及び同二階ベランダについて目隠の設置に応じる旨記載した回答書を受け取り、それを原告Aに渡すよう依頼して原告Bに渡した。原告らは、被告からの右回答をみて納得し、それ以降は、本件訴訟に至るまで、他の付近住民らによる建築続行禁止仮処分申立及び訴訟提起等の要求運動に加わることはなかった。 以上の事実が認められる。 (2) 被告は、結局第3回説明会は開催されず、それ以前の交渉は白紙に戻して訴訟で争うことになったのであるから、前記回答書記載の合意は撤回された旨主張するけれども、前記②認定のとおり、原告らは、前記回答書を受け取って後は、付近住民らによる運動からは手を引いており、従前の交渉を白紙に戻して訴訟で争うとの話にも加わっていなかったのであるから、原告Aとの関係では、これによって本件合意が撤回されたということはできず、他に、本件合意が撤回されたことを認めるに足りる証拠はない。 (四) 権利濫用について (1) 前記1(一)(1)認定の各事実及び右(三)(1)認定の事実を前提に、原告らによる目隠設置請求が権利の濫用にあたるかについて検討する。 ① 本件引戸窓のうち、三階に設置された別紙図面記載の(12)及び(15)の各窓は、前記1(一)(1)認定のとおり、原告ら建物の屋根・庇及び下方を覗いた際に(12)の窓からは原告A建物の裏側と原告B建物の軒下が、(15)の窓からは原告B建物の裏側がみえるにすぎない。また、一階に設置された(6)の窓は、原告B宅の壁に面していて原告B建物の内部を観望することができるものではなく、右窓に目隠が設置されていないことによって原告Bが日常的に被る不都合は、さほど重大なものとは考えられない。 以上の事実に、原告A建物及び同B建物自体も、境界線から1メートル未満の位置に被告宅地を観望することのできる窓を設置していること、被告の側でも、被告建物を建築するに際し、原告らからの要求に応じて、窓の硝子を曇り硝子にし、一部の窓を小窓に変更するなど一定の配慮を示していることをあわせ考えると、民法235条1項が互譲の精神から相隣接する不動産相互の利用関係を調整しようとしている趣旨及び本件合意に照らし、原告らの目隠設置請求は、少なくとも別紙図面記載の(6)(12)(15)の各窓については権利の濫用として許されないものと認めるのが相当である。 ② しかしながら、同図面記載の(1)、(7)の各窓及び二階に設置されたベランダについての原告Aの目隠設置請求は、前記1(一)(1)及び右(三)(1)認定の事情(特に、被告自身、原告Aに対して本件合意に基づいて目隠設置を約している。)のもとではこれを権利の濫用とまでいうことは困難である。なお、被告は、本人尋問において、原告Aは、被告旧建物に向けて窓を設置した際にこれは明かり取りの窓であると述べた旨供述しているけれども、他方、同尋問の結果によれば、右窓について被告から原告Aに目隠を設置するよう要請したことも、それが話題になったこともなかったことが認められるのであるから、原告Aが同人宅の窓について明かり取りの窓であると述べたことがあったとしても、これをもって直ちに原告らから被告に対する目隠設置請求が権利濫用になるということはできない。 (3) したがって、被告の権利濫用の抗弁は、原告らの被告に対する別紙図面記載(12)の窓及び原告Bの被告に対する同図面記載(6)及び(15)の窓についての目隠設置請求に対する限度で理由があるが、その余は理由がない。 二 プライバシー侵害について 1 前記一1(一)(1)認定のとおり、別紙図面記載の(1)及び(7)の窓は原告A建物の居室の窓と向かい合っており、それによって原告Aが日常生活上不便を感じたことは推認できるが、本件全証拠によっても、原告Aのプライバシー侵害の程度が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えるものであったことを認めることができず、その他本件の各窓やベランダの設置によって原告らのプライバシーが侵害されたことを認めるに足りる証拠はない。 2 したがって、原告らのプライバシー侵害による損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 三 以上の次第で、原告Aの本訴請求は、被告に対し、別紙図面記載の(1)及び(7)の各窓に接着してその窓全面に高さは1.2メートル、幅1.8メートルの、同図面の二階北東側に面するベランダの端の手すりに高さ1.5メートル、幅1.2メートルのアルミまたはステンレス製の格子状フレーム付きの不透明のアクリル樹脂製波板又はこれに類するものをもって目隠塀を設置すること(目隠設置の方法、目隠設置物の材質等については本件証拠によって原告らの請求が是認できる。)を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、原告Bの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法89条、92条本文を、仮執行の宣言につき同法196条1項をそれぞれを適用して、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官天野登喜治 裁判官加々美博久 裁判官増森珠美) 別紙 物件目録〈但し、一及び三省略〉 二 所在 文京区千石弐丁目40番地参壱・40番地参七 家屋番号 40番参壱の弐 種類 共同住宅 構造 鉄骨造陸屋根参階建 床面積 壱階 99.95平方メートル 弐階 95.63平方メートル 参階 95.63平方メートル 以上:5,941文字
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