平成30年 4月20日(金):初稿 |
○「通路段差つまずき左足首捻挫事故と土地工作物管理瑕疵判断判例紹介」の続きで、この判例と同様、民法第717条土地工作物管理瑕疵責任に関する判例紹介です。いずれも当事務所取扱事案に関連する参考判例です。 ○被告経営にかかるドラッグストアの店舗出入口手前の段差で転倒して鼻背部周辺に傷害を負い、鼻背部正中に3.1センチメートルの創瘢痕を残した原告が、顧客に対する安全配慮義務違反又は工作物責任に基づく損害賠償として約550万円の支払を被告に求めました。 ○これに対し、被告薬局を訪れる顧客らが通常の注意を払って歩行した場合には、タイル敷き部分とアスファルト舗装面との境目を識別し本件段差の存在を認識して歩行することが十分可能であり、被告が本件段差とタイル敷き部分との段差を解消するためアスファルト舗装等をすべきとはいえず、本件段差の存在に注意を促す措置を取るなどの対応をすべき義務があったとか本件段差が工作物の通常有すべき安全性を欠いていたとは認められず、被告に安全配慮義務違反や工作物責任の成立は認められないとして、請求を棄却した平成25年7月18東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)を紹介します。 *********************************************** 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 (1) 被告は,原告に対し,548万6381円及びこれに対する平成21年1月19日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 第2 事案の概要 1 本件は,被告経営にかかるドラッグストアの店舗出入口手前の段差で転倒し負傷した原告が,被告に対し,来店する顧客に対する安全配慮義務違反又は工作物責任に基づき,治療費及び慰謝料等の損害賠償並びにこれに対する負傷した日(不法行為日)からの民法所定の遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提となる事実等(当事者間に争いがないか,末尾掲記の証拠によって容易に認定することができる事実を含む。) (1) 原告は,昭和27年○月○日生まれの女性であり,被告は平成21年1月19日当時,埼玉県所沢市〈以下省略〉に所在していた「○○薬局」(以下「本件薬局」という。平成24年2月29日閉店。)を経営していた株式会社である。 (2) 原告は,平成21年1月19日(月曜日)午後10時頃,トイレットペーパーなどを買おうと本件薬局を訪れた際,本件薬局出入口外に敷き詰められていたタイルとアスファルト路面に生じていた段差(以下「本件段差」という。)につまずき,転倒して顔面を打った。原告は当時,プラスチックフレームの眼鏡をかけており,主に眼鏡の山(ブリッジ)や鼻当て(ノーズパッド)が当たる部分の鼻背部周辺に傷害を負った。 (3) 原告は上記(2)の転倒事故で負傷した結果,平成22年5月26日時点で鼻背部正中に3.1センチメートルの創瘢痕が残る状態であった。(甲2の1) (4) 原告は,平成23年1月12日付けで被告に対し,転倒事故により被った損害につき賠償を請求する旨の内容証明郵便を送付したが,被告担当者から回答はなかったため,平成24年1月18日,被告を相手方として簡易裁判所に民事調停を申し立てた。 (5) 上記調停において,被告から原告に対する見舞金の支払の申入れがあったものの,平成24年7月3日,調停は不成立となり,原告は本件訴訟代理人弁護士を委任して,平成24年7月13日,本件訴えを提起した。 (6) 本件薬局が閉店した後に同じ建物に開店した別の店舗は,本件段差部分にアスファルト舗装を施し,緩やかな傾斜を設けている。(甲15の1・2) 3 争点及びこれに対する当事者の主張 (1) 被告の工作物責任ないし安全配慮義務の成否(争点1) 【原告の主張】 原告は,本件段差付近に設置されていた可動式の棚にある商品を見た後,そのまま向きを変えて歩き出したところ,予期していなかった本件段差につまずいて転倒し顔面を強打した。 被告は,本件段差の生じているタイル敷きの部分に沿って商品を陳列した可動式の棚を複数設置していて,棚に陳列された商品に気を取られている顧客が本件段差を見落として転倒する危険があることを容易に予想し得たし,本件薬局の後に同じ場所に開店した別店舗は,本件段差につき工事を施したことを見ても,被告には本件段差についてアスファルト舗装をしてなだらかにするとか,本件段差の存在に注意を促す措置を取るなどの安全配慮義務を負うというべきである。また,本件段差は工作物に該当するところ,上記のとおり来店した顧客が転倒する危険性を有するもので,通常備えるべき安全性を欠いており,被告は工作物責任を負う。 【被告の主張】 安全配慮義務及び工作物責任に関する原告の主張はいずれも争う。 本件段差と同様の約5センチメートルの段差は,世間一般に存在しており,通常の注意を払って歩行する場合に歩行者を転倒させる危険性を有するものではなく,被告について安全配慮義務違反ないし工作物責任が成立するものではない。被告が本件薬局を営業していた期間において,来店した顧客が本件段差でつまずき負傷した旨の報告があったのは,原告の1例のみである。 (2) 原告に生じた損害及びその額(争点2) 【原告の主張】 ア 原告は,本件段差につまずきタイル敷き部分に顔面を強打し,かけていた眼鏡が壊れたために,眉間,鼻と唇の間や口腔内に裂傷を負うとともに,前歯のぐらつきや顔面全体・膝・肩等に内出血を負った。原告の鼻背部には転倒事故後の平成22年5月時点においても3.1センチメートルの創瘢痕が残っている(甲2の1)。 イ 原告の被った損害額は合計548万6381円(内訳は下記のとおり。)で,これらは被告の安全配慮義務違反ないし工作物責任と相当因果関係がある。 ・眼鏡代 9万7000円 ・治療費 合計10万5940円 ・交通費 合計2万4360円 ・内容証明郵便代 2370円 ・調停申立費用 1万9200円 ・休業損害 139万7511円(9か月分の給与相当額。) ・傷害通院慰謝料 84万円(通院期間3か月相当。) ・後遺障害慰謝料 300万円(12等級15号相当。) 【被告の主張】 原告の転倒による傷害の内容及び程度は不知,後遺障害を負ったとの主張及び損害額については争う。 第3 当裁判所の判断 1 証拠(甲1,2の2,11の3,14ないし16,乙1ないし3の⑪)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) 本件薬局の建物出入口である自動ドアから駐車場に向かう部分には,駐車場方向に向かって縦長約1.8メートル,上記自動ドアを挟む横幅約10メートルの範囲に,約5センチメートルの厚さの白色タイルが敷き詰められていた(以下「タイル敷き部分」という。)。このため,タイル敷き部分の左右には,駐車場のアスファルト路面との約5センチメートルの段差が存在していた。これに対し,自動ドア及びその延長線上のガラス戸に平行する面には,駐車場の路面との段差を埋めるようアスファルト舗装による緩い傾斜が設けられていた。なお,タイル敷き部分の本件段差付近の一部のタイルに欠けが生じていた。 (2) 本件薬局の建物出入口を出て右手にある上記(1)のタイル敷き部分には,当時,出入口の自動ドア及びこれに続くガラス戸に沿って,トイレットペーパーやティッシュペーパー,洗剤等が多数積載されている可動式の棚が6台程度置かれていた。タイル敷きが途切れた先の路面にも,上記と同様の可動式の棚が数台置かれていた。 本件薬局の建物は出入口に面する部分がほぼ全面ガラス戸で,営業時間内は,店内天井部分及び出入口外の天井部分に取り付けられた照明器具が点灯されていたほか,夜間は店舗出入口の上部外壁に設置された看板を照らす投光器も点灯されており,出入口に面する部分の照度が確保されていた。 (3) 原告は,本件薬局の建物外に置かれていた上記(2)の可動式の棚に積まれたトイレットペーパーの種類をよく確認しようと棚に近づいて見た後,向きを変えて歩き出そうとした直後に本件段差につまずいた。 (4) 本件薬局の店長は,平成21年1月19日の閉店間際であった午後10時頃,原告より本件段差につまずいて顔面から出血している旨の申出を受け,ティッシュペーパーを提供して出血を抑えてもらっていたところ,原告が希望したことから救急車の派遣要請をした。 (5) 原告は本件段差につまずいて顔面を強打し,かけていた眼鏡のフレーム及びレンズが割れるなどして,主に眼鏡の山(ブリッジ)と鼻当て(ノーズパッド)に相当する部分に,左右の目頭の上部約1センチメートルの位置を直線で結んだ線状の傷などを負った。 原告は,上記傷が腫れたこと,鼻や目元等の目立つ部分に傷を負ったことから,治療後も鏡で自身の顔を見ることが苦痛になったり,他人の視線等が気になり外出することに抵抗を感じるようになって,受傷後,平成21年10月末まで休職した。 (6) 被告が本件薬局を営業していた期間に本件段差につまずいて負傷したという申告がされたのは,原告からのみであった。 (7) 被告は,東京都内において10店舗を運営しているところ,それらの店舗の出入口についても何らかの段差が存在している。また,被告運営にかかる全国142店舗のうちの56店舗について,店頭の出入口付近に階段が存在するところがあるほか,公道と私有地との境界部分に設けられた縁石やL形側溝が存在するために段差が存在しているところがある。 上記店頭の出入口付近に段差の存在する店舗のうちの多くにおいては,車椅子又はベビーカーの利用者に配慮してスロープ等を設置している。 2 被告の工作物責任ないし安全配慮義務の成否(争点1)について 原告は,本件段差につき,被告においてアスファルト舗装をして段差を解消させたり,段差の存在に注意を促す措置を取るなどの安全配慮義務を負うというべきであるし,本件段差は来店した顧客が転倒する危険性を有するもので,通常備えるべき安全性を欠いているから,被告は工作物責任を負う旨主張する。 しかしながら,上記認定のとおり,本件段差は約5センチメートルのものであって,被告の運営する他の店舗の店頭に存在する公道と私有地との境界に設置されている縁石及びL形側溝以外にも,歩道上に植栽されている街路樹の根元を囲む縁石や,歩道部分と車道部分との境界に設置されている縁石等の世上一般に存在する段差と比較して著しく大きいものとは言い難い。 また,本件段差を生じさせていた白色タイルは,本件薬局出入口前のアスファルト舗装と色彩を異にしており,上記認定事実のとおり,営業時間内であれば夜間でも本件薬局前の照度が確保されていたことも併せ考えると,本件薬局を訪れる顧客らにおいて,通常の注意を払って歩行した場合にはタイル敷きの部分とアスファルト舗装面との境目を識別し,本件段差の存在を認識して歩行することが十分に可能であったというべきである。本件において,原告は棚に陳列された商品を見た後,向きを変えて歩き出そうとした直後に本件段差につまずいたというのであって,足元の注意がおろそかであった疑いも残るところである。 したがって,被告が本件段差とタイル敷き部分との段差を解消するためのアスファルト舗装等をしなかったことや,本件段差の存在に注意を促す措置を取るなどの対応をすべき義務があったとか,本件段差が工作物の通常有すべき安全性を欠いていたと認めることはできないというべきである。 3 以上のとおりであって,その余の点について判断するまでもなく,被告の原告に対する安全配慮義務違反及び工作物責任の成立をいずれも認めることはできないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 (裁判官 川畑薫) 以上:4,893文字
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