仙台,弁護士,小松亀一,法律事務所,宮城県,交通事故,債務整理,離婚,相続

旧TOPホーム > 法律その他 > なんでも参考判例 >    

通路段差つまずき左足首捻挫事故と土地工作物管理瑕疵判断判例紹介

法律その他無料相談ご希望の方は、「法律その他相談フォーム」に記入してお申込み下さい。
平成30年 4月13日(金):初稿
○「側溝蓋段差つまずき転倒負傷事故と道路管理瑕疵判断裁判例紹介」の続きで、民法第717条土地工作物管理瑕疵責任に関する判例紹介です。

○原告が、被告に対し、被告が管理運営していた本件プラネタリウムにおいて、通路の段差につまずき左足首を捻挫したとして、民法717条1項に基づく損害賠償を求めた事案において、本件段差の存在が分かりにくい構造になっていることは否定し得ないとしても、プラネタリウム施設が本来備えているべき安全性を欠く瑕疵があったとまでいうことはできないとして、原告の請求を棄却した平成25年6月25日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)全文を紹介します。

**************************************

主  文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,252万1750円及びこれに対する平成21年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告に対し,被告が管理運営していた○○館内のプラネタリウムにおいて,通路の段差につまずき左足首を捻挫したとして,民法717条1項に基づく損害賠償として252万1750円及びこれに対する損害発生の日である平成21年11月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(以下の事実は当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨によって認められる。)
(1) 原告は,練馬区内に住む専業主婦である。

(2) 被告は,板橋区から委託を受けて,平成19年4月以降,東京都板橋区〈以下省略〉所在の○○館(以下「本件施設」という。)の指定管理者としてこれを運営している。本件施設の用に供されている建物は,板橋区が設計・建設し,現に所有する地上2階建,地下1階建ての建物である。

(3) 本件施設の1階部分には,主要施設としてプラネタリウム(以下「本件プラネタリウム」という。)が設置されており,昭和63年の開館以降,総計91万人以上が本件プラネタリウムを利用している。
 本件プラネタリウムの床面には,別紙図面に図示するとおりの段差又はスロープが設けられている(同図面中に「+0」,「-200」,「-300」などと記載されているのが,出入口付近の床面の高さをゼロとした場合の各床面の高さ〔単位mm〕である。)。コントロールデスクの前方(前後左右の方向は座席の向きに従って表記する。)付近は,別紙図面の〈ア〉,〈イ〉,〈ウ〉,〈エ〉を結ぶ線に沿って,出入口付近と同じ高さの床面が張り出した形になっており,周囲と段差が生じている(以下,この段差を「本件段差」といい,このうち〈ア〉,〈イ〉を結ぶ線に沿う段差を「段差①」と,〈ウ〉,〈エ〉を結ぶ線に沿う段差を「段差②」という。)。

(4) 原告は,平成21年11月28日,本件プラネタリウムを訪れ,その内部を移動中,左足首を捻挫した(以下「本件事故」という。)。

(5) 本件プラネタリウムは,投影の10分前に開場され,入場者は,入場後,内部の座席に自由に座って観覧する。投影時,本件プラネタリウム内は暗いが,開場から投影開始までの時間は照明が付けられている。本件事故時も,投影開始前であり,照明が付けられていた。

2 当事者の主張
(1) 本件事故の発生位置(争点1)

 [原告の主張]
 原告が転倒したのは,段差②を降りた位置である。原告は,段差①を上り,コントロールデスク前を通行しようとしたところ,その土台が途切れていることに気づかないまま段差②を降りてしまい,左足首を捻って転倒したのである。
 [被告の主張]
 争う。被告の従業員は,後日,原告から,左側通路(左側壁に沿って階段状の通路になっている部分)でつまずいた旨の説明を受けた。仮に,原告が段差②で転倒したならば,コントロールデスクで投影の準備をしていた被告職員は原告の転倒に気付いたはずである。

(2) 瑕疵の有無(争点2)
 [原告の主張]
ア 本件プラネタリウムの入場者が正面に向かって左側座席を目指す場合には,入場者は本件段差を通行する必要があり,また,左側座席から退出する際にも,本件段差を通行するなど,入場者の通路として使用されているところ,本件段差は,上り口と降り口とで高さも人の通過する幅も異なる複雑な構造となっている。プラネタリウムのように室内の光量が十分でない施設内において上記のような段差がある複雑な構造を通路として使用する場合,必然的に本件事故のような入場者の転倒事故を招くことになるのであり,このような用法及び場所的環境に照らせば,本件段差を有する本件プラネタリウムは,本来有すべき安全性を欠くものであり,これが「瑕疵」に該当することは明らかである。

イ 後記被告の主張イは否認する。本件事故当時,本件段差の前に「足もと注意」の立て看板は設置されておらず,段差部分に白色テープも貼ってなかった。

 [被告の主張]
ア 本件プラネタリウムは,前部の方が後部よりも低く,後部から前部にかけて傾斜している構造となっているが,これは舞台,映画館,その他の観劇施設において一般的に採用されているのと同様の構造である。こういった構造の施設においては,座席や操作室を水平に設置することができるように高低差を合わせるために土台を設置したり,通路と座席の間に段差を設けたりすることも一般的に行われているころ,本件段差も,傾斜のある床面上にコントロールデスクを水平に設置するための土台の設置によって生じたものである。したがって,本件段差は,構造上一般に生じうる段差であり,「瑕疵」に該当しない。

イ また,被告は,本件段差上に「足もと注意」の立て看板を設置し,本件段差の周縁部には白線テープを貼るなど,本件段差を通行する者に対して注意喚起のための措置を採っており,損害の発生を防止するのに必要な注意をしていた。

(3) 原告の損害及び因果関係等(争点3)

 略

第3 争点に対する判断
1 争点1(本件事故の発生位置)について

(1) 証拠(甲13,原告本人)によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 平成21年11月28日,原告は,2人の息子とともに,本件施設を訪れ,投影が始まる5分前の午前10時55分頃,本件プラネタリウム出入口から入場した。原告は,向かって左奥の座席に座ろうと思い,段差①を上って,コントロールデスク前を通行し,最後列の座席とその前列の座席の間を通り抜けようとして進んだところ,段差②の存在に気付かなかったため,段差②を降りる際に左足首を捻ってバランスを崩し,そのまま転倒した。

イ 転倒後,原告は,しばらく動くことができず,その場にうずくまっていたが,なんとか投影開始までに当初目指していた左側奥の座席に息子らとともに着席することができた。しかし,上映開始後も,足を捻ったことによる痛みが収まらず,さらに激しくなったことから,原告は,投影開始の約10分後,息子らを残して病院に向かおうと席を立った。これに気づいた被告職員が左側通路上にいた原告の元へ向かったところ,原告は,足が痛く一人では歩けない旨訴えたため,被告職員が,本件施設外まで原告を支えながら連れ出し,車いすで病院まで原告を送り届けた。搬送された病院において,原告は,診断を受けた医師から左足首捻挫である旨伝えられ,治るまで3週間を要する旨伝えられた。

(2) 以上の認定につき,被告は,本件事故の発生位置は左側通路である旨主張し,被告職員の陳述書(乙9,乙10)にはこれに沿う記載がある。
 しかし,上記陳述書は,いずれも本件事故を直接目撃したものではなく本件事故後に原告から聞いたという話に基づくものである。他方,原告は,原告本人尋問において上記認定(1)に沿う供述をしているところ,原告にとっては転倒して足を捻挫するということは特異な経験であり,印象に残る出来事であるのみならず,転倒の場所につき虚偽の説明をする動機に乏しいことからすると,原告本人の供述に従って,上記(1)のとおり認定するのが相当である。

2 争点2(瑕疵の有無)について
(1) 証拠(乙1~11〔枝番を含む。〕,検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 本件プラネタリウムは,半径が約9mの円形状で,後方の中央に出入口がある。本件プラネタリウムの中央付近には投影機が設置され,観覧者用の座席は,投影機を挟んで左右に分かれ,それぞれ,前方中央に正対するように弧を描いて9列設けられている。このうち十分な仰角を確保できない後部4列は,観覧者が前列の観覧者の頭等によって前方のスクリーンを観るのが妨げられないよう,前列よりも10cmずつ高くなるように床面の段差が設けられている(したがって,出入口付近が最も高い床面となっている。)。出入口から前方に進む(下る)通路としては,投影機左右脇に設けられたスロープと,左右壁沿いに設けられた階段状の通路(左側通路,右側通路)とがある。

イ 出入口やや左には,出入口付近と同じ高さの床面にコントロールデスクが設けられているところ,その後端は後方壁にほぼ接するような位置にあるものの,その前縁は,最後列段差の延長線を越えた前方にまで及んでいる。このため,コントールデスク全体を水平に保持するための土台として,出入口付近と同じ高さの床面が前方に張り出す形で本件段差が設けられている。本件段差は,段差①(別紙図面の〈ア〉-〈イ〉),段差前縁(同〈イ〉-〈ウ〉),段差②(同〈ウ〉-〈エ〉)から成るところ,段差①は,高さが最大10cm(別紙図面〈イ〉の部分),実質的な幅(コントロールデスク前縁と別紙図面の〈イ〉との間隔)が75cm,段差前縁は,高さが20cm,長さが2m04cm,段差②は,高さが10cm,実質的な幅(コントロールデスク左前端と別紙図面の〈ウ〉との間隔)が60cmである。

ウ 出入口から右側に進む場合には,特に障害物はなく直接右側通路に入ることができるが,左側に進む場合には,コントロールデスクが障害となって壁に沿って進むことはできず,左側通路に入るためには,本件段差を横切って,最後列の座席の前(左側最後列は座席として使用されておらず,その前は専ら通路として使用されている。)を経由して左側通路に至るルートが想定されている。その場合,いったん段差①(高さ最大10cm)又は段差前縁(高さ20cm)を上った後,段差②(高さ10cm)を降りることになる。

エ 本件プラネタリウムでは,本件段差の存在について注意を喚起するため,本件段差上に「足もと注意」などと書かれた立て看板を置くようにしていたほか,本件段差の視認性を高めるために,少なくとも平成11年頃以降は,本件段差の周縁にテープを貼っていた。また,別紙図面の〈オ〉の座席横にはフットライトが設置されている

(2) 上記(1)エの認定に関し,原告は,本件事故当時,本件段差に立て看板及びテープはなかった旨主張し,原告本人はこれに沿う供述をする(甲13の陳述書も同旨)。しかし,本件プラネタリウムの複数の関係者は,上記(1)エの認定に沿う記載のある供述書(乙5~7,乙9~11)を提出しており,その内容を疑わせるような事情も見当たらない(乙4の1の写真に写っている本件段差の周縁にはテープが貼られていないが,コントロールボックス改修前のかなり古い写真であり,上記陳述書で述べられている時期よりも古いものと推察される。)。他方,段差②に気づかずに転倒した原告が,上記のような立て看板及びテープに格別の注意を払わず,その存在を意識していなかったとしても不思議ではなく,これらに気付かなかった旨を述べる原告本人の供述をもって,上記各陳述書の記載を排斥することはできない。

(3) 以上の認定に基づいて判断するに,本件プラネタリウムにおいては,コントロールデスクが左後方に設置されている関係で,出入口から左側通路に至る動線が複雑になっており,本件段差をいったん上ってから降りるという動作が必要になることは上記のとおりである。そして,別紙図面の〈イ〉付近から最も見通しのよい本件段差下の床面(別紙図面の「-200」の面)は左に向かって同じ高さの平面になっているのに,本件段差を左に進むと,後傾する座席の背もたれの背後に,上記床面と高さの異なる床面(別紙図面の「-100」の面)に降りる段差②が存在するという構造になっており,このような構造が,段差②の存在を分かりにくくしていることは否定し得ないと解される。

 しかし,このような構造は,観覧者の観覧の質を確保するために座席列ごとに段差を設ける一方,相当のスペースを必要とするコントロールデスクを水平に保って設置するとともに,可能な限りの座席数を確保したいという要請との折り合いから生じたものと解され,相応の合理的な理由に基づく構造的な要請に由来するものということができる。

 そして,前記認定事実によれば,本件プラネタリウム内を入場者が移動するのは,投影開始前の照明が付けられた状態であることが想定されている上,段差②のすぐ近くの座席横にはフットライトが設置されており,段差②付近が暗がりになって見づらいといった状況にはないと考えられること,段差②は高さ10cmであり,劇場,映画館等で一般的に見られる段差と比較して,特に高低差が大きいとか,それ自体として危険な態様であるとはいえないこと,本件段差上には,段差の存在について注意喚起する立て看板が置かれ,本件段差の視認性を高めるために本件段差の周縁にテープが貼られていたこと等の事実が認められ,他方,本件プラネタリムの開館(昭和63年)以来,多数の来場者があった中で,本件段差における転倒事故が多発していた等の事実もうかがわれない。これらの事実を総合すれば,本件段差②の存在が分かりにくい構造になっていることは否定し得ないにしても,プラネタリウム施設が本来備えているべき安全性を欠く瑕疵があったとまでいうことはできない。

 ところで,甲14の1~11,甲15によれば,東京都内のプラネタリウム施設(原告代理人からのアンケートに対し回答があった11施設)において,観覧者が通過する通路に「階段」がある施設は多いものの,本件段差に相当するような「段差」(一度段差を上ってから降りる動作が必要となる通路)のある施設はないことが認められる。しかし,この事実は,上記のような意味での「段差」が土地工作物の瑕疵に当たるという評価を直ちに導くものとはいえず,上記認定判断を左右するものとはいえない。

3 まとめ
 よって,原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判断する。
 (裁判長裁判官 宮坂昌利 裁判官 川畑薫 裁判官 上木英典)
 
以上:6,108文字

タイトル
お名前
email
ご感想
ご確認 上記内容で送信する(要チェック

(注)このフォームはホームページ感想用です。
法律その他無料相談ご希望の方は、「法律その他相談フォーム」に記入してお申込み下さい。


 


旧TOPホーム > 法律その他 > なんでも参考判例 > 通路段差つまずき左足首捻挫事故と土地工作物管理瑕疵判断判例紹介