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令和 7年10月 4日(土):初稿 |
○「妊娠中絶慰謝料1100万円請求に対し110万円支払を命じた地裁判決紹介」の続きで、女性の妊娠中絶について男性の責任を追及した令和6年8月7日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。 ○被告との間の子を妊娠し中絶した原告が、被告は、原告の妊娠発覚後に原告の不利益を軽減又は解消する義務を怠った、原告の妊娠に関する自己決定権を侵害したと主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料250万円と中絶費用・弁護士費用等合計283万5800円の支払を求めました。 ○これに対し判決は、被告が避妊を拒否して避妊せず性交渉に及び、その結果原告が妊娠し、その後中絶したことにより、原告が肉体的苦痛及び精神的苦痛を受けたと認められるとして慰謝料50万円の支払を命じました。 ******************************************** 主 文 1 被告は、原告に対し、63万5800円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを5分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、283万5800円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は、被告との間の子を妊娠し中絶した原告が、被告は、原告の妊娠発覚後に原告の不利益を軽減又は解消する義務を怠った、原告の妊娠に関する自己決定権を侵害したと主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金合計283万5800円及びこれに対する不法行為の後である本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、昭和59年生まれの女性である(甲6)。 イ 被告は、昭和62年生まれの男性である(乙9)。 (2)原告と被告の関係 ア 原告と被告は、令和5年3月末頃に知り合い、その後、性交渉をもつに至った。 イ 原告は被告との子を妊娠したが、令和5年6月17日、中絶した。原告は、人工妊娠中絶手術を受けた医療機関に対し、手術費用として7万8000円を支払った。 3 争点及び当事者の主張 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点1(不法行為の成否)について (1)認定事実 前記前提事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。 ア 原告と被告は、令和5年3月末頃、ポーカーを通じて知合い、同年4月頃から性交渉をもった。原告は被告に対して避妊を求めていたものの、被告は、自身を「不育症」であり、原告が妊娠することはないと思っており、その旨を原告にも伝え、また、当初、妊娠した場合には原告と結婚する、出産してよいなどと述べ、避妊を拒否し、原告も避妊をしない性交渉に応じていた。(前提事実(2)ア、甲5、6、乙10) 原告は、妊娠した場合には子を出産することを予定していた。他方、被告は、上記のとおり性交渉をもった当初は原告が妊娠した場合原告と結婚すると述べていたものの、同月中旬以降、原告と婚姻する意思までは有していなかった。(甲5、6、乙10) イ 原告は、被告との子を妊娠し、令和5年5月10日、被告に対して妊娠したことを伝えた。これに対し、被告は中絶を原告に提案した。原告は、被告に対し、出産するつもりである、子は実家で育てるなどと伝えた。(甲5、6、乙10) ウ 原告は、令和5年5月12日、産婦人科を受診し、被告も同行した。その後、原告と被告は、同月16日まで、出産するか否か、被告が金銭を支払うか否かなどに関してメッセージや電話で口論するなどしていたが、同日夕方頃、原告と被告で産婦人科の検診に同行すること、出産するかどうか話し合って決めることをメッセージの送受信により約束した。しかし、被告は、同日逮捕され、同日夜以降、原告からの連絡に応答できなくなった。被告は、いとこのCに連絡を取り、原告への連絡を依頼し、Cは同月22日に原告に連絡し、被告が勾留されていること及び被告の勾留場所を原告に伝えた。原告は、同月23日、被告と面会した。(甲5、乙3、乙10、弁論の全趣旨) エ 被告は、別の被疑事実により引き続き逮捕勾留されていたところ、令和5年6月8日頃、原告に対し、子について原則として中絶を希望する、しかし、原告が出産を決意する場合には原告の望むとおりに子の責任を取るなどと記載した手紙を送付した(甲4、乙10、弁論の全趣旨)。 オ 原告は、令和5年6月14日頃、それまでの被告の対応を踏まえ、子を犯罪者の子にしたくないなどとも考えて、子の中絶を決意した。そして、原告は、Cに対して中絶費用として30万9100円の支払を請求し、Cから同額の支払を受けて、同月17日、中絶手術を受けた。原告は、同日、医療機関に対し、中絶費用として7万8000円を支払った。(前提事実(2)イ、甲6、乙3) カ 被告は令和5年6月21日に釈放された。原告は、同月24日、Cに対し、自分はまだ妊娠しているとするメッセージを送信し、Cから中絶費用の返金を求められた。そして、原告は、同月29日、Cに対し30万9100円を返金した。(乙3) (2)検討 ア 原告は、被告が、原告を中絶せざるを得ない状況に追い込み、中絶後の慰謝料請求に応じなかったなど、原告の妊娠及び中絶に関して原告の負担軽減ないし解消に向けた行為をしなかったものであり、被告には原告に対する不法行為が成立すると主張する。 しかし、前記認定事実のとおり、原告は、それまでの被告の対応や子を犯罪者の子にしたくないとの希望等を考慮し、自ら中絶を決意したものである(上記(1)オ)。また、被告は、妊娠を伝えられた直後に原告に中絶を提案し(同イ)、逮捕された後に原告に送付した手紙でも中絶を希望する旨記載していたものの(同エ)、同手紙において同時に原告が出産を決意する場合には子の責任を取るとも記載していたものである(同)。そうすると、被告が原告を中絶せざるを得ない状況に追い込んだとまでは認められない。 また、中絶後の慰謝料請求に直ちに応ずる義務が被告にあったとも認め難く、慰謝料請求に応じなかったことが直ちに原告に対する不法行為に当たるとは評価し難い。 以上に加え、被告が原告の受診に同行し、令和5年5月16日には今後の受診にも同行するとともに出産するかについて話し合って決めることを約束したほか(同ウ)、逮捕勾留された後もCを通じて原告に連絡し(同)、原告から請求された中絶費用をCが支払った(同オ)など、被告が原告に配慮した対応を全くしなかったとは評価できないこと、被告が同日から同年6月21日まで逮捕勾留されており(同ウ、エ、カ)、被告がこの間に原告に寄り添った対応ができなかったことはやむを得ないとも評価し得ることも併せ考慮すれば、被告には原告の妊娠及び中絶に関して原告の負担軽減ないし解消に向けた行為を行う義務の違反があったとまでは認められず、被告に同義務違反による不法行為が成立する旨の原告の上記主張は採用することができない。 イ 前記認定事実のとおり、原告が避妊を求めていたものの被告は拒否し、原告も避妊をしない性交渉に応じ、その結果原告は被告との子を妊娠し、その後中絶している(上記(1)ア、イ、オ)。 前記認定事実のとおり、原告は妊娠した場合子を出産することを予定していたものである(同ア)。そして、被告は、原告が妊娠した場合には原告と結婚する、出産してよいなどと原告に述べていた(同)。これらの点からすれば、原告が避妊を求めていたものの避妊をしない性交渉に応じたのは、妊娠した場合には被告と婚姻して出産し、被告と子を共同で養育できると考えたからであると推認することができる。 そうすると、原告は、原告が妊娠した場合に原告と婚姻しないか又は中絶を求める者に対しては、その者との避妊をしない性交渉に応じることはなかったということができる。そして、被告は、令和5年4月中旬以降原告と婚姻する意思を有しておらず(同)、また、原告から妊娠したと伝えられた後原告に中絶を提案している(同イ)のであって、このような被告の意思や妊娠発覚後の対応を原告が認識又は予見していれば、原告が被告との避妊をしない性交渉に応じることはなかったということができる。 以上によれば、原告が避妊を求めたにもかかわらずこれを拒否し、避妊せず性交渉に及んだ被告の行為は原告に対する不法行為に該当すると認めるのが相当である。なお、被告は自身が「不育症」であり原告が妊娠することはないと思っていた(同ア)ものの、被告がそのように考えた客観的根拠の存在を証する証拠はなく、当該事実は被告の行為が不法行為に該当するとの上記判断を左右しない。 したがって、原告が避妊を求めたにもかかわらずこれを拒否して避妊せず性交渉に及んだ被告の行為について、原告に対する不法行為が成立し、これにより生じた損害について被告は原告に対して賠償すべき義務を負う。 2 争点(2)(損害の有無及び額)について (1)前記認定事実のとおり原告は自身の判断で中絶を決意しているものの(前記1(1)オ)、被告が避妊を拒否して避妊せず性交渉に及ぶことがなければ原告が中絶する必要もなかったというべきであるから、原告が中絶に要した費用7万8000円(同)は被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる(なお、前記認定事実(前記1(1)オ、カ)のとおり、原告は中絶手術に先立ちCから中絶費用として30万9100円の支払を受けたものの、その後全額返金している。)。 (2)被告が避妊を拒否して避妊せず性交渉に及び、その結果原告が妊娠し、その後中絶したことにより、原告が肉体的苦痛及び精神的苦痛を受けたと認められる。 そして、妊娠発覚時及び中絶時に原告が39歳であり(前提事実(1))、中絶によって原告が相当の苦痛を受けたということができること、他方、被告の原告に対する言動に基づく判断であるとはいえ原告も自ら避妊をしない性交渉に応じたものであり(前記1(1)ア)、当該判断の結果妊娠する可能性があることや妊娠発覚後に被告が中絶を希望すること等について原告に予見可能性がなかったとはいえないこと、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、被告の不法行為によって原告に生じた苦痛に対する慰謝料の額は50万円が相当である。 (3)また、弁護士費用5万7800円を被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。 (4)したがって、被告は、原告に対し、不法行為による損害賠償として、63万5800円及びこれに対する不法行為の後である本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負う。 3 結論 以上のとおり、被告は、原告に対し、不法行為による損害賠償として63万5800円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負う。 よって、原告の請求は主文の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第1部 裁判官 栢分宏和 以上:4,728文字
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