令和 7年 9月13日(土):初稿 |
○「婚姻費用合意無効確認請求を確認利益なしとして却下した地裁判決紹介」の続きで、その上告審の令和7年9月4日最高裁判決(裁判所ウェブサイト)全文を紹介します。第一審令和5年3月16日東京地裁判決(LEX/DB)について、「合意した金額16万円より高い29万円の婚姻費用支払が認められているのに何故、婚姻費用の合意無効の確認を求めるのか疑問ですが、原告としてはこの合意がなければ更に高い婚姻費用が認められたと判断したのかも知れません。」と感想を述べていました。 ○却下された原告妻は、控訴し、控訴審令和5年9月27日東京高裁判決は、本件訴えを不適法として却下した第1審判決を取消し、本件を第1審に差し戻しました。この控訴審判決は、現時点では判例集等に公開されていません。控訴審の理由については、上告審判決によれば、夫婦の一方が婚姻費用分担審判の手続において婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することを求める場合には、これに先立ち、民事訴訟において婚姻費用合意が無効であることを確定することが紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要であるとしていました。 ○妻側が上告した令和7年9月4日最高裁判決は、控訴審判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして、一審判決を維持し、控訴を棄却しました。 ******************************************** 主 文 1 原判決を破棄する。 2 被上告人の控訴を棄却する。 3 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○○の上告受理申立て理由について 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 (1)上告人と被上告人は、婚姻後別居し、平成29年1月、上告人が被上告人に対し婚姻費用として同月以降月額16万円を支払う旨の合意(以下「本件合意」という。)をした。以後、上告人は、令和4年8月までの間、被上告人に対し、毎月同額を支払った。 (2)被上告人は、令和2年11月、東京家庭裁判所立川支部に対し、上告人を相手方として、婚姻費用分担審判の申立てをした。同支部は、令和4年9月、本件合意は上告人の当時の年収につき実際の額よりも低廉な額を前提としていたところ、このことは本件合意に基づく婚姻費用の分担額を変更すべき事情に当たるから、上記申立てがされた令和2年11月以降の上記分担額を改めるべきであるとして、変更後の分担額と既払額との差額及び令和4年9月以降月額29万円の婚姻費用の支払を上告人に命ずる旨の審判をした。 2 本件は、被上告人が、上告人に対し、上告人の年収について錯誤があったとして本件合意の無効確認を求める事案である。被上告人は、本件合意がされてから上記申立てがされるまでの期間における婚姻費用につき、本件合意に基づく分担額よりも多額の分担額を形成する審判の申立てをする予定であるところ、本件合意の無効を確認することがその前提となるので、本件訴えに確認の利益が認められる旨を主張している。 3 原審は、本件訴えが本件合意という過去の法律関係の存否を確定することを求める確認の訴えであるとした上で、要旨次のとおり判断し、本件訴えを不適法として却下した第1審判決を取消し、本件を第1審に差し戻した。 夫婦の間に婚姻費用の分担の内容を定める合意(以下「婚姻費用合意」という。)が有効に成立した場合、以後の婚姻費用の分担の内容は婚姻費用合意によることとなり、家庭裁判所は、事情の変更が生じたと認められない限り、婚姻費用分担の審判をすることができず、事情の変更が生じたと認められるとしても、婚姻費用合意がされた時点から事情の変更が生じたと認められる時点までの婚姻費用については、婚姻費用合意に基づく分担額と異なる分担額の支払を命ずる審判をすることができないから、夫婦の一方が婚姻費用分担審判の手続において婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することを求める場合には、これに先立ち、民事訴訟において婚姻費用合意が無効であることを確定することが紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要である。したがって、夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴えは、確認の利益を有するものとして適法である。 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。 過去の法律関係であっても、それを確定することが現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には、その存否の確認を求める訴えは確認の利益があるものとして許容される(最高裁昭和44年(オ)第719号同47年11月9日第一小法廷判決・民集26巻9号1513頁、最高裁平成3年(オ)第252号同7年3月7日第三小法廷判決・民集49巻3号893頁参照)。 そこで検討するに、婚姻費用の分担義務は、夫婦の生活の経済的な安定に関わるものである一方、その時々で変動する夫婦の収入、生活状況等の影響を受け得るものであることに照らすと、婚姻費用の分担の内容は、婚姻費用合意によって、以後、固定されるものではなく、適時に新たな形成があり得るものである。このため、婚姻費用分担審判の手続において、婚姻費用合意が有効に成立したか否かが争われるとともに、婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することを求める旨の主張がされた場合、家庭裁判所は、婚姻費用合意の存否、効力及び内容のみならず、夫婦の収入、生活状況等の一切の事情も踏まえ、婚姻費用の分担額やその支払の始期等を検討し、婚姻費用の分担の内容を新たに形成する審判をすることになる。 そうすると、別途民事訴訟で婚姻費用合意が有効に成立したか否かが確定されていないからといって、家庭裁判所が婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することが妨げられるわけではない(なお、上記の場合において、当事者が、婚姻費用合意が有効に成立したとしてもこれと異なる分担額を形成するよう主張しているときは、家庭裁判所は,審理の結果、婚姻費用合意に基づく分担額を改めるべき事情がないとの結論に達したとしても、申立てを不適法却下することなく、当該分担額と同額の分担額を新たに形成する審判をすることができる。)。 また、婚姻費用の分担の内容の形成をすることができない民事訴訟で婚姻費用合意が有効に成立したか否かのみ確認することをあえて認めるとすれば、家庭裁判所がその帰すうを待つことになり、夫婦の生活の経済的な安定のため適時に審判によってされるべき婚姻費用の分担の内容の形成が遅滞することになりかねない。したがって、婚姻費用合意が有効に成立したか否かについて別途確認の訴えをもって争うことを認める必要があるとはいえず、これを認めることが適切であるともいえない。 以上によれば、婚姻費用合意が有効に成立したか否かを民事訴訟で確認することが、婚姻費用の分担の内容に係る紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要であるとはいえない。 したがって、夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法であるというべきである。 5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、本件訴えを不適法として却下した第1審判決は是認することができるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 宮川美津子 裁判官 安浪亮介 裁判官 岡正晶 裁判官 堺徹 裁判官 中村愼) 以上:3,160文字
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