令和 6年 6月26日(水):初稿 |
○海外勤務の被告(夫)と別居している原告(妻)は、婚姻費用について、被告が原告に対して住宅ローン以外に生活費として月額16万円を支払うことについて合意しました。その後、有責配偶者である被告からの離婚調停の不調、離婚訴訟の請求棄却判決確定を経て、原告が婚姻費用分担審判を申し立て、被告は原告に対し婚姻費用月額29万円を支払えとの審判がなされました。 ○その後、原告(妻)が被告(夫)に対して、審判の前になされた婚姻費用の合意が無効であることの確認を請求しました。原告としては、この合意の存在により婚姻費用分担審判の結果が不利になったと考えたと思われます。合意した金額16万円より高い29万円の婚姻費用支払が認められているのに何故、婚姻費用の合意無効の確認を求めるのか疑問ですが、原告としてはこの合意がなければ更に高い婚姻費用が認められたと判断したのかも知れません。 ○この婚姻費用合意無効確認請求に対し、本件合意の無効を確認することは、当事者間の現在の権利又は法律的地位を直接に決することにならず、本件の経過からも原告の権利又は法律的地位についての現在の危険ないし不安を除去するために有効適切であるとも解されないとして、本件訴えは確認の利益を欠くものとして却下した令和5年3月16日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。 ******************************************** 主 文 1 本件訴えを却下する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 原告及び被告との間において、平成29年1月12日にされた月16万円の婚姻費用の合意は無効であることを確認する。 第2 事案の概要 本件は、妻である原告が、夫である被告に対し、過去に合意した婚姻費用に関する合意が錯誤により無効(平成29年法律第44号による改正前民法95条)であると主張して、同合意の無効確認を求めた事案である。 1 前提事実 以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲各書証又は弁論の全趣旨によって容易に認められる。 (1)当事者 原告(昭和54年○月生)と被告(昭和51年○月生)は、平成19年12月10日に婚姻し、長男(平成21年○月生)及び二男(平成23年○○月生)の2人の子をもうけた(争いがない、甲1等)。 (2)婚姻費用に関する合意 ア 原告と被告は,平成24年頃から被告の勤務地であるシンガポールに子らを連れて転居したが、原告は、平成28年9月頃、子らを連れて日本に帰国し、以後、子らと日本で居住している。 被告は、原告と子らの帰国後もシンガポールに居住している。 したがって、同月以降、原告と被告は別居している。 (上記の限度で争いがない) イ 原告と被告は、平成29年1月12日、被告が原告に対して住宅ローン以外に生活費として月額16万円を支払うことについて合意した(甲4の1〈2頁〉:以下「本件合意」という。)。 被告は、以後、令和4年8月まで月額16万円を生活費として原告に支払った(甲4の1〈8頁〉)。 (3)婚姻費用に関する調停・審判手続等 ア 被告は、平成29年9月には東京家庭裁判所立川支部に対して原告を相手方とする夫婦関係調整(離婚)調停を申し立て、同調停不成立後の平成30年2月には同支部に対して離婚訴訟を提起したものの、被告が不貞をした有責配偶者であることを理由として被告の離婚請求は棄却され、令和2年6月18日には同請求に係る控訴も棄却され、その後離婚請求棄却の判決は確定した(争いがない、甲1、2)。 イ 原告は、令和2年11月5日、東京家庭裁判所立川支部に対して、被告を相手方とする婚姻費用分担審判を申し立て(同支部令和2年(家)第2358号)、その後付調停及び調停不成立を経て、同支部裁判官は、令和4年9月9日、被告に対して〔1〕令和2年11月から令和4年8月までの未払の婚姻費用184万円及び〔2〕同年9月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまでの婚姻費用として1か月29万円を支払うことを命じる審判をするとともに(甲4の1)、同月16日に上記〔1〕の金額を184万円から284万円に更正する決定をした(甲4の2:以下、更正決定以後の上記審判を、「本件審判」という。)。 本件審判は、要旨、平成29年1月の本件合意(月額16万円)の存在、原告の収入及び被告の収入(ただし、被告の収入については公租公課等を勤務先が負担している実態を踏まえ、実質的な年収相当額に引き直して算出したもの)を認定した上で、本件合意については、被告の平成28年の給与総額約860万円を前提としてされたものであるところ、上記引直計算後の実質的な年収は約1315万円であったとして公平の見地から事情変更を認め、双方の収入(被告は実質収入)を踏まえ、令和2年の婚姻費用を月額28万円・令和3年の婚姻費用を月額29万円と定め、婚姻費用分担の始期を本件審判申立てのあった令和2年11月として同月から令和4年8月までの本件合意との差額分284万円を未払婚姻費用とし、令和4年9月以降の婚姻費用を月額29万円と定め、被告に対しそれぞれその支払を命じるというものであった。 第3 当裁判所の判断 1 被告は、本件訴えは訴えの利益を欠くか、あるいは、本件審判で審理が尽くされた紛争の蒸し返しであって訴訟上の信義則に反するとして、訴え却下を求める本案前の答弁を行っているため、まずこの点について検討する。 2 婚姻費用の分担額について夫婦間の協議がととのわないときは、家事事件手続法の定めるところに従い家庭裁判所が夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して決定すべきものである(最高裁昭和43年9月20日第二小法廷判決・民集22巻9号1938頁)。 そして、本件合意は、当事者間の過去の一時点における法律行為にすぎず、その無効を確認したとしても、夫婦間の協議がととのうか又は家庭裁判所が「一切の事情」を考慮して婚姻費用の分担額を定めるかしない限り、当事者間の現在又は過去の婚姻費用の分担額は定まるものではない。 そうすると、本件合意の無効を確認することは、当事者間の現在の権利又は法律的地位を直接に決することにならないことはもとより、前提事実記載の本件の経過も踏まえると原告の権利又は法律的地位についての現在の危険ないし不安を除去するために有効適切であるとも解されない。 以上によれば、本件訴えは確認の利益を欠くものとして却下することが相当である。 3 原告は、本件訴えには確認の利益があるとして種々の主張をするが、いずれも独自の見解をいうものであって採用の限りではない。 以上によれば、その余の点を検討するまでもなく、本件訴えは不適法なものとして却下すべきである。 第4 結論 以上の次第であるから、本件訴えは却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第7部 裁判官 坂本隆一 以上:2,857文字
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