令和 7年 3月 7日(金):初稿 |
○元妻原告が、元夫Cが経営する美容サロン従業員の被告に対し、代表取締役社長Cと2回性交渉を持ったことで、Cと離婚に至ったことの慰謝料として300万円の支払を求めて提訴しました。 ○被告は、原告に対し、不貞行為を認め、Cとの不定関係を解消する等を約束した書面を提出しており、不貞行為時21歳で17歳年上の社長に呼び出されて過度に飲酒を勧められてC主導で不貞行為に及んだもので、原告とCの婚姻関係を破壊する積極的害意はないので責任はないなどとと主張しました。 ○これに対し、被告の主張を全て排斥し、慰謝料120万円と弁護士費用の支払を命じた令和5年7月20日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。私の感覚としては、被告の主張が妥当と思うのですが、組織内の裁判官は、前例踏襲派が多いようです。 ******************************************** 主 文 1 被告は、原告に対し、132万円及びこれに対する令和4年3月22日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを10分し、その4を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、330万円及びこれに対する令和4年3月14日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が、被告に対し、自身の配偶者と被告の不貞行為によって精神的苦痛を受けたなどと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、330万円及びこれに対する不法行為日(令和4年3月14日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがない。) (1)原告は、平成21年(2009年)1月11日にC(以下「C」という。)と婚姻した女性であり、Cとの間に3人の未成熟子(平成21年○月生まれの長男、平成25年○月生まれの長女、平成27年○月生まれの二男。甲1。)がいる。 (2)被告(旧姓D)は、令和3年6月頃から令和4年3月31日までの間、クリスタル株式会社(代表取締役はC)が運営する美容サロンに、従業員として勤務していた女性である(乙1、弁論の全趣旨)。 (3)被告は、令和4年(2022年)3月14日、Cが既婚者であることを知りながら、同人とホテルの同室に宿泊し、性交渉を持った。また、被告は、同月22日にも、Cとホテルの同室に宿泊した(後述のとおり、同日の性交渉の有無には争いがある。)。この当時、被告も既婚者であったが、同年5月11日に離婚した(甲2)。 (4)被告は、令和4年3月30日、原告が作成した書面(乙5)に署名をした。当該書面には、Cが既婚者であることを知りながら不貞行為を行っていたこを認めること、Cとの不貞関係を解消すること、不貞行為について被告が守秘義務を負担すること、原告に対する迷惑行為をしないことが定められていた外、違約金の定めが設けられていた。 (5)被告は、令和4年3月31日、上記(2)の美容サロンを退職した。 (6)Cは、原告の求めに応じて離婚届に署名押印をし、これを原告に預けた(甲6、弁論の全趣旨)。 2 争点及び争点に対する当事者の主張 (1)争点1(不貞行為の内容) 【原告の主張】 被告は,令和4年3月14日の外、同月22日にもCと性交渉を持った。 【被告の主張】 被告が、令和4年3月22日にもCとホテルの同室に宿泊したことは事実であるが、同日に性交渉があったという記憶はない。 (2)争点2(不貞行為の相手方に対する慰謝料請求の当否) 【原告の主張】 不貞行為の相手方に対する慰謝料請求が認められることは、最高裁判所の判例に照らし明らかである(不貞によって侵害される法益は、夫婦関係の平穏に限られるものではなく、人格的利益も含まれるところ、本件の不貞によって、原告の人格的利益が侵害されたことは明らかと言える。)。 被告は、不法行為が成立するのは婚姻関係を破壊しようとする積極的害意がある場合に限られるなどと主張するが、独自の見解であり、相当でない。 【被告の主張】 ア 婚姻生活の平穏は、当該婚姻当事者が多様なかく乱要因に対抗する努力を続けることのみによって維持されるものであり、これによる利益を第三者が侵害可能であると評価することは、婚姻生活の本質に反する。一方当事者が不貞行為に及び婚姻当事者間の平穏な婚姻生活が乱されたとしても、それは当該不貞配偶者の行為によるものというほかないから、婚姻関係内で処理すべきものであって、不貞の相手方が巻き込まれるべき問題とはいえない。 また、婚姻当事者が婚姻関係にあることを前提とする行動を取らなかった場合、それによって当該婚姻当事者間の自然的婚姻関係が破綻したと評価することもできるのであって、被侵害利益が存在したとも言えない。 したがって、配偶者の不貞行為について、他方配偶者から不貞の相手方に対する慰謝料請求は、そもそも否定されるべきである(判例は見直されるべきである。)。 イ 仮に不貞相手方に対する慰謝料請求が認められる場合があるとしても、それは、不貞相手方において、婚姻関係を破壊しようとする積極的害意があるときに限られると解すべきである(本件においてこのような事情は認められない。)。 (3)争点3(損害等) 【原告の主張】 ア 本件の不貞は、被告とCの共同不法行為である。共同行為者の故意行為が介入したからといって、因果関係が否定されることはない。 イ 原告の婚姻期間が13年以上に及び、3人の未成熟子がいること、原告が本件の不貞を原因として離婚を決心し、Cも了承していること(子の生活を激変させないために、離婚自体はしていない。)、不貞行為の発覚から訴訟に至るまでの被告の不誠実性(一切の反省の態度が見られないこと)などを考慮すれば、原告の精神的損害は300万円を下らないというべきである。 また、原告は、被告の不誠実な態度によって訴訟提起をせざるを得なかったから、上記損害額の1割である30万円についても、本件の不貞と因果関係のある損害といえる(弁護士費用相当額)。 【被告の主張】 ア 本件の不貞は、Cが積極的・欺罔的に被告を誘ったことによって発生した。Cは、業務上の個別面談等の趣旨で被告を呼び出した上、被告よりも17歳も年上であり、当時21歳であった被告の飲酒を諌めるべき立場にありながら、過度の飲酒をさせ、被告とホテルで同宿するに至った。このように、本件の不貞はCの計画が実現したものであって、Cの故意行為が介在しているから、原告の損害との間に相当因果関係を認めるべきではない。 イ 損害額は争う。損害額を定める際は、C主導による不貞であること、性交渉の存在が明確なのは一晩に過ぎないこと、原告の目的は被告を排除することにあり、既に実現されたこと、被告は本件の不貞を原因として夫と離婚しており、既に応報を受けていることなどの事情を考慮すべきである。また、被告が賠償義務を負う場合、Cに対して求償が可能であるから、このような求償分も調整した上で賠償額を定めるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(不貞行為の内容)について 被告とCが令和4年3月14日に性交渉を持ったことは当事者間に争いがない。被告は、同月22日に性交渉を持った積極的な記憶は無いと主張するが、性交渉のあった3月14日と同様にCとホテルの同室で宿泊したことは認めていること、訴訟提起前には同月22日に不貞行為に及んだ事実をも認めていたこと(甲4)、Cも同日の不貞行為を認めていること(甲3)からすれば、同日にも性交渉を持ったと認めることが相当である。 したがって、本件で認定できる不貞行為は、令和4年3月14日及び同月22日の2回の性交渉である(以下「本件不貞行為」という。)。 2 争点2(慰謝料請求の当否)について (1)配偶者の一方と肉体関係を持った第三者が他方の配偶者に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うことは、最高裁判所の判例とするところであるから(最高裁判所昭和54年3月30日第二小法廷判決・民集33巻2号303頁等)、これに反する被告の主張は採用できない。被告は判例変更の必要性を縷々主張するが、現在までの社会状況の推移等を考慮しても、判例を変更する必要性は見出し難い。 (2)被告は原告とCの婚姻関係を認識していたものであり、本件不貞行為については、不法行為の要件事実に欠けるところがない。被告は、不貞相手方に対する慰謝料請求が認められるのは婚姻関係を破壊しようとする積極的害意がある場合に限られるなどと主張するが、条文等の根拠に基づかない独自の見解と言わざるを得ず、採用の限りでない。 (3)したがって、原告は、被告に対し、本件不貞行為を理由とする不法行為による損害賠償請求をすることができる。 3 争点3(損害等)について (1)被告は、本件不貞行為はCが積極的・欺罔的に被告を誘ったことによって発生したものであるなどとして、被告の行為と原告の損害の間にCの故意行為が介在する以上、相当因果関係を認めるべきではないなどと主張する。 しかしながら、本件において、被告がCから性交渉を強要されたとか抗拒不能の状態にあったなどの事情は見当たらず、Cとの性交渉は、被告の意思に基づくものと認められる。被告が主張するように、Cが被告と性交渉を持つことを計画し、本件不貞行為を主導したという事情が認められるとしても、被告とCの共同不法行為が成立するにとどまるのであって、相当因果関係が否定されるものではない。 したがって、被告の主張は採用できない。 (2) ア 本件不貞行為に至るまでの間、原告とCの婚姻関係は約13年間に及んでいたが(前提事実(1))、特に問題が生じていたとは認められない。原告とCの間には3人の未成熟子がいるが(前提事実(1))、本件不貞行為を契機としてCが離婚届に署名押印し、これを原告に預けるなどしており(前提事実(5))、原告の婚姻生活は危機に瀕していることがうかがわれる(被告は、原告とCは共同で新店舗を開設しているなどと主張するが、これを裏付ける的確な証拠はない。また、仮にそのような事情が認められるとしても、婚姻関係が良好であることを直ちに推認させるものではない。)。被告が指摘する乙5号証には確かに慰謝料の定めはないものの、これをもって、原告に慰謝料を請求する意思がなかったとか、精神的損害が小さいなどとは言えない。 以上の事情に加えて、認定できる不貞行為は2回にとどまることなど本件に現れた一切の事情を考慮すれば,被告が原告に支払うべき慰謝料の額については,これを120万円と定めるのが相当である。なお,被告は,自身が経済的に困窮していることや、Cが主導的な立場にあったことなどを自己に有利な事情として主張するようであるが、いずれも慰謝料額を減額することを相当とする事情には当たらない。 イ 以上に述べたところを踏まえれば、本件不貞行為と相当因果関係の認められる弁護士費用は、これを12万円と認めることが相当である。 4 結論 (1)前記3で認定説示したとおり、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、132万円及びこれに対する最終の不法行為日(令和4年3月22日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金を請求することができる。 (2)よって、原告の請求は、主文記載の限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第12部 裁判官 小西俊輔 以上:4,823文字
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