令和 7年 2月10日(月):初稿 |
○「トランスジェンダー女性への認知請求を一部認容した高裁判決紹介」の続きで、その上告審令和6年6月21日最高裁判決(判タ1527号45頁)全文を紹介します。 ○被上告人Y(身体は男で心は女性の性同一障害者)の提供精子により生まれた第一審原告A及び第一審原告B(上告審上告人)が、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律によって性別が女性に変更されたYに対し、認知の訴えを提起しましたが、第一審は原告らと被告との間に法律上の親子関係を認めることは現行法制度と整合しないので本件各認知を認めることはできないとして原告らの請求をいずれも棄却され、第二審では、Yが性別変更前に生まれた長女Aについては認知を認め、性別変更後に生まれた二女Bについては棄却し、Bが上告してしました。 ○私は、第二審判決について、いずれもYの精子に因って生まれ血縁関係があるのだから、性別変更前後で区別するのはおかしいとの感想を持っていました。最高裁判決は、この福祉の観点を全面的に打ち出して、嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができると解するのが相当であり、そして、本件事実関係等によれば、上告人Bは、被上告人に対し、認知を求めることができるとしました。極めて常識的で妥当な判決です。 ********************************************* 主 文 原判決中、上告人に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消す。 上告人が被上告人の子であることを認知する。 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○○ほかの上告受理申立て理由第4について 1 本件は、上告人が、被上告人に対し、認知を求める事案である。 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 (1)被上告人(*年*月*日生まれ)は、*年又は*年頃、自己の精子を凍結保存した。 (2)被上告人は、平成*年、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項に基づく性別の取扱いの変更の審判を受け、法令の規定の適用の前提となる性別(以下「法的性別」という。)を男性から女性へと変更した。 (3)上告人の母は、被上告人の同意の下で上記精子を用いた生殖補助医療により懐胎し、令和*年*月*日に上告人を出産した。上告人は、上告人の母の嫡出でない子である。 (4)被上告人は、*年*月、Aに上告人に係る胎児認知の届出をしたが、被上告人の法的性別が女性であることなどを理由に当該届出は不受理とされた。 3 原審は、要旨次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。 嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者の法的性別が当該子の出生時において男性である場合に限り、その者に対して認知請求権を行使し得る法的地位を取得するのであるから、当該子の出生時においてその者の法的性別が女性へと変更されていた場合には、その者に対し、認知を求めることができない。そして、上告人の出生時において被上告人の法的性別は女性へと変更されていたから、上告人は、被上告人に対し、認知を求めることができない。 4 しかしながら、原審の前記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 民法その他の法令には、認知の訴えに基づき子との間に法律上の父子関係が形成されることとなる父の法的性別についての規定はないところ、平成16年に特例法が施行されるまで、法律上の父となり得る者の性別が例外なく男性であることにつき疑義が生ずる状況にはなかった。 しかし、生殖補助医療の技術が進歩し、性別の取扱いの変更を認めることとした特例法が施行されるなどしたことで、法的性別が女性である者が自己の精子で生物学的な女性に子を懐胎させ、当該子との間に血縁上の父子関係を有するという事態が生じ得ることとなった。 そして、本件では、上告人との間に血縁上の父子関係を有しているものの、その法的性別が女性である被上告人に対し、上告人が認知を求めることができるか否かが問題となっている。以下、この点について検討する。 民法の実親子に関する法制は、血縁上の親子関係をその基礎に置くものである。父に対する認知の訴えは、血縁上の父子関係の存在を要件として、判決により法律上の父子関係を形成するものであるところ、生物学的な男性が生物学的な女性に自己の精子で子を懐胎させることによって血縁上の父子関係が生ずるという点は、当該男性の法的性別が男性であるか女性であるかということによって異なるものではない。 そして、実親子関係の存否は子の福祉に深く関わるものであり、父に対する認知の訴えは、子の福祉及び利益等のため、強制的に法律上の父子関係を形成するものであると解される。仮に子が、自己と血縁上の父子関係を有する者に対して認知を求めることについて、その者の法的性別が女性であることを理由に妨げられる場合があるとすると、血縁上の父子関係があるにもかかわらず、養子縁組によらない限り、その者が子の親権者となり得ることはなく、子は、その者から監護、養育、扶養を受けることのできる法的地位を取得したり、その相続人となったりすることができないという事態が生ずるが、このような事態が子の福祉及び利益に反するものであることは明らかである。 また、特例法3条1項3号は、性別の取扱いの変更の審判をするための要件として「現に未成年の子がいないこと。」と規定しているが、特例法制定時の「現に子がいないこと。」という規定を平成20年法律第70号により改正したものであり、改正後の同号は、主として未成年の子の福祉に対する配慮に基づくものということができる。未成年の子が、自己と血縁上の父子関係を有する者に対して認知を求めることが、その者の法的性別が女性であることを理由に妨げられると解すると、かえって、当該子の福祉に反し、看過し難い結果となることは上記のとおりである。 そうすると、同号の存在が上記のように解することの根拠となるということはできず、むしろ、その規定内容からすると、同号は子が成年である場合について、その法律上の父は法的性別が男性である者に限られないことをも明らかにするものということができる。そして、他に、民法その他の法令において、法的性別が女性であることによって認知の訴えに基づく法律上の父子関係の形成が妨げられると解することの根拠となるべき規定は見当たらない。 以上からすると、嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができると解するのが相当である。 そして、前記事実関係等によれば、上告人は、被上告人に対し、認知を求めることができるというべきである。 5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、上告人に関する部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、上告人の請求は理由があるから、上記部分につき第1審判決を取消し、上告人の請求を認容すべきである。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官三浦守、同尾島明の各補足意見がある。 以上:3,027文字
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