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夫の妻に対する使途不明金一部について不当利得返還を認めた地裁判決紹介

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令和 6年 9月10日(火):初稿
○夫の給料全額を長年に渡って管理していた妻に対し、使途不明金について不当利得・不法行為を理由に返還請求した事例の裁判例を探していたところ、関連判例として令和3年3月29日東京地裁判決(LEX/DB)が見つかりました。事案・結論等は以下の通りです。

○夫である原告が、別居中の妻である被告に対し、原告の預金口座(本件口座)から長年にわたり、総額約9205万円が払戻されており、被告が不当に利得していると主張して、不当利得返還請求権に基づき、一部請求として4150万円の支払を求めました。

○これに対し、東京地裁判決は、被告は、本件口座から払戻した現金のうち各種支払に充てた残金について、現金として保管しているか、被告の支配が及ぶ別の預貯金口座に預け入れて保管しているものと推認することができ、被告が任意にこれを明らかにしようとしない以上、この保管に係る現金又は預貯金は、もはや夫婦共有財産を構成しないものと認めるのが相当であり、その限度で法律上の原因なく利得しているということができるとし、その額を1180万円と算定して、請求を一部認容しました。

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主   文
1 被告は,原告に対し,1180万円を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その3を原告の,その余を被告の各負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請

 被告は,原告に対し,4150万円を支払え。

第2 事案の概要
1 事案の骨

 本件は,夫である原告が,別居中の妻である被告に対し,原告の預金口座から長年にわたり多額の金員が払い戻されており,被告が不当に利得していると主張して,不当利得返還請求権に基づき,一部請求として4150万円の支払を求めた事案である。

2 前提事実

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実に証拠(甲1~6,11~14の2,16,17,21,24,乙1の1~4,6~13,15~16の3,原告本人,被告本人,各調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1)原告の給与収入は,平成23年に外資系金融機関を退職するまでは手取りで月額140万円余りであり,その後,立命館大学に転職してからは手取りで月額55~90万円程度(いずれも賞与等別途)のことが多かった。
 他方で,原告及び被告の家庭では,毎月多額の支出があったが,その多くをクレジットカードや口座引落し等による支払が占め,現金による支払は少なかった。このうちクレジットカードによる支払額は,原告名義のものと被告名義のものとを合算すると,少ない月では10万円代のこともあるが,多い月には140万円に達することもあり,200万円を超える月もあった。

(2)原告の給与入金口座である本件原告口座〔1〕からは,毎月多額の現金払戻しがされており,その額は,30万円代の月もあるが,多い月には180万円余りに及んでいる。
 また,原告の外資系金融機関の退職金約2500万円のうち2200万円が本件原告口座〔1〕から本件原告口座〔2〕に振り替えられているが,本件原告口座〔2〕では,平成23年10月に2200万円が入金された後,平成24年1月から平成26年7月にかけて概ね毎月50万円を超える現金払戻しが続き,平成27年3月にはほぼ全額の払戻しが完了している。
 上記により本件原告口座から払い戻された現金は,平成22年4月頃からは本件被告口座に預け入れられた上,その多くがクレジットカードの決済に充てられるようになった。

(3)原告及び被告の家庭における平成21年,平成25年及び平成29年の月額平均収支は,次のとおりである。
ア 平成21年
 月額平均収入(現金預入れ分を除く。)171万2829円(小数点以下四捨五入。以下同じ。)に対し,本件原告口座〔1〕からの現金払戻し以外の支出の月額平均は89万8794円であり,この中にはクレジットカードの月間平均利用額54万7891円も含まれる。また,本件原告口座〔1〕からの現金払戻しの月額平均は80万7443円である。
イ 平成25年
 月額平均収入(現金預入れ分を除く。)135万8812円に対し,クレジットカードの月間平均利用額(二人分合算)が111万2427円に上っている。
ウ 平成29年
 月額平均収入(現金預入れ分を除く。)95万7645円に対し,クレジットカードの月間平均利用額(二人分合算)が95万7645円に上っている。

(4)本件原告口座及び本件被告口座のいずれについても,平成20年から平成30年にかけて残高はほとんど増加しておらず,同年9月末の時点で有意な残高は残されていない。
 なお,本件原告口座〔1〕からは,平成20年から平成30年にかけて,住宅ローンの返済として毎月16万5442円又は15万7985円が口座引落しの形で継続的に支払われている。

(5)平成20年11月から平成30年9月までの間に本件原告口座から払い戻された現金の合計額は1億0478万7430円であり,預け入れられた現金の合計額は1841万5000円であるから,差引額は8637万2430円となる。
 これに対し,上記期間中に本件被告口座に預け入れられた現金の合計額は8149万7500円である(ただし,本件被告口座への預け入れが開始されたのは,平成22年4月からである。)から,本件原告口座から払い戻された現金(差引額)との差額は487万4930円となる。
 また,上記期間中に本件被告口座から払い戻された現金の合計額は2787万9997円であり,上記差額と合算すると3275万4927円となる。

(6)原告は,専業主婦の被告に本件原告口座の管理を任せ,その取引履歴や預金残高には余り関心を払ってこなかった。
 そのような中,被告は,東日本大震災後の平成23年4月頃,原告との離婚を考え,原告に無断で本件原告口座〔1〕から1000万円を払い戻し,これを本件被告口座〔1〕に入金したことがあった。なお,その後,同年5月に1000万円が本件被告口座〔1〕から払い戻され,950万円が本件原告口座〔1〕に入金されている。
 原告は,この件を受けて,その後数か月間,被告から本件原告口座〔1〕のキャッシュカード等を取上げ,自ら本件原告口座〔1〕を管理したが,その間の現金払戻しの額は月額20万円程度にとどまり,それ以外の支出も学費を除けば月額50万円以内に収まっていた。

(7)原告は,立命館大学における研究のために要する経費や日常的な小遣いについては,その都度被告に依頼して本件原告口座〔3〕に入金してもらうか,直接現金で交付してもらっていた。本件原告口座〔3〕の預金については,原告が自らキャッシュカードで払戻しをしていた。
 上記経費については,後日,被告が請求書を作成して大学に立替金の支払を求め,本件原告口座〔1〕に立替金が支払われる形となっていた。

(8)原告は,交際費や飲食費に多額の支出をすることはなく,特に高額の支出を要する趣味等も持っていない。また,被告は,いわゆるママ友とのランチ会等に参加することもあったが,それほど頻繁に開催されていたわけではない。
 また,原告及び被告の二人の子は,大学生になってからはクレジットカードを与えられ,これを用いて支払をすることが多かったが,サークル活動等で数万円単位の現金が必要となる場合もあり,その際には都度現金を渡されていた。

2 争点に対する判断
(1)原告は,被告が原告の預金を不正に払い戻して別の預金口座等に保管していると主張して,不当利得としてその返還を求めているが,これに対し,被告は,原告が主張する払戻しは夫婦共有財産である本件口座からのものであるから,財産分与において精算されるべきであると主張する。

 そもそも,妻である被告は,他人の財産である原告の預金について,それが夫名義の財産として夫婦共有財産を構成するからこそ,夫婦共有財産として用いることを前提に,その払戻しをする権限を有する(民法761条参照)。したがって,上記払戻しに係る金員を被告が飽くまでも夫婦共有財産として保管している限りにおいては,被告が法律上の原因なく上記金員を利得しているということはできず,この場合には,被告の保管する金員を財産分与の基礎に算入すれば足りることとなる。

 しかし,原告は,被告が上記金員をあたかも自己の固有財産として原告に開示せずに別途保管していることを前提に,法律上の原因なく上記金員を利得したと主張しているのであるから,この場合には,上記金員は必ずしも夫婦共有財産に属する状態にあるとはいえず,原告の被告に対する不当利得返還請求権が財産分与における精算の基礎とされ得るにとどまる。

 したがって,原告の主張する明示又は黙示の合意の存否にかかわらず,本件における原告の請求が専ら財産分与手続において審理されるべきものであるということはできず,むしろ,財産分与の前提問題として,上記の不当利得返還請求権の存否及び額を既判力をもって確定することを要するものと認められるから,被告の上記主張を採用することはできない。


(2)そこで,次に,本件原告口座から払い戻した多額の現金を被告が法律上の原因なく利得したと認められるかどうかについて検討する。
ア 不当利得返還請求に際しては,請求原因事実として法律上の原因がないことの主張立証を要すると解するのが相当である(最高裁昭和59年12月21日第二小法廷判決・裁判集民事143号503頁参照)が,ここでいう「法律上の原因がないこと」とは,あらゆる法律上の原因が存在しないことの立証までを要するのではなく,原告において通常想定し得る法律上の原因が見当たらないことを一通り立証すれば,その余の法律上の原因の存在を被告の側で積極的に立証しない限り,法律上の原因の不存在が推認されることとなるものと考えられる。

イ この点に関する原告の立証方針は,本件原告口座からは多額の預金が払い戻されているところ,被告は日常的な生活費を始めとして夫婦共同生活における支出のほとんどをクレジットカード等により決済しており,これらの決済の原資として用いられたと思われる金員を除いてもなお相当額の使途不明金が残されているから,被告が別の預金口座等にこの使途不明金を自己の財産として保管しているはずであるというものと解される。そして,この使途不明金の額は,最終的な原告の主張によれば3275万4927円であり,このうち少なくとも約9割に相当する3000万円を被告があたかも自己の固有財産として原告に開示せずに別途保管しているというのである(請求額を下回るが,請求の減縮はされていない。)。

 3275万4927円という金額は,それ自体としては相当多額といえるが,原告は,平成20年11月から平成30年9月までの9年11か月にわたる多数回の現金払戻しの総額としてこの金額を主張しているのであるから,平均すると1か月当たりの金額は27万5251円となる。

ウ 前記認定事実によれば,原告は,平成23年に外資系金融機関を退職するまでは相当額の収入を得ており,原告及び被告の家庭における暮らし振りは,その支出額から見て相当裕福であったものとうかがわれる。これに対し,原告が立命館大学に転職した後は,給与水準はやや下がったものと認められるが,暮らし振りは従前とそれほど変わらず,むしろ二人の子が大学に通うようになった平成25年頃には,教育関係費の負担が増すなどしていたことがうかがわれる。

 具体的に検討すると,平成21年当時は,いまだ本件被告口座への入金はされていないところ,月額平均収入171万2829円に対し,月額平均89万8794円が現金以外の支出に充てられており,この中にはクレジットカードの月額平均利用額54万7891円も含まれる。他方で,現金払戻しの月額平均は80万7443円に及んでおり,現金以外の支出と合わせると月額平均170万6237円に達し,ほぼ収入額と等しくなるから,払戻額の全額が現金支払の形で夫婦共同生活における何らかの支出に充てられていたとは考え難い。

 他方で,平成25年当時は,月額平均収入135万8812円に対し,クレジットカードの月額平均利用額が111万2427円に上っており,このほかに住宅ローンの毎月16万5442円の支払があることを踏まえると,判明している支出額だけでもほぼ収入額に迫ることとなる。また,平成29年当時についても,月額平均収入95万7645円に対し,クレジットカードの月額平均利用額が95万0531円であり,住宅ローンの支払を加えると既に赤字となっている。そして,このクレジットカードについては,食費を含む生活費の支払がその多くを占めており,収入額にほぼ拮抗する額の支払がされていた状況を踏まえると,現金でしか決済することのできない支払(割り勘等を含む交際費,学校・サークル関係の現金支払等が代表例と思われる。)について若干の現金支払が残されていた可能性はあるとしても、原告は飲食費に多額の支出をすることはなかったというのであり,毎月平均数十万円単位の現金が現金支払の形で夫婦共同生活における何らかの支出に充てられていたとは考え難い。

 なお,原告の外資系金融機関の退職金のうち2200万円のほぼ全額が平成23年から平成27年にかけて払い戻されており,月額に換算すると約60万円ずつが払い戻されたこととなる。平成25年当時は,この退職金からの払戻金も支払の原資とし得る状況にあったということができるが,その全額が月々の生活費に充てられていたとは考え難い。 
 以上によれば,被告による本件原告口座からの預金の払戻しのうち原告が使途不明金に当たると主張するものについては,その多くの部分が法律上の原因を欠く蓋然性が高いこととなる。

エ これに対し,被告は,過去の細かな支出については覚えていないなどとし,当時の具体的な収支状況を積極的に明らかにしようとしていない。
 そうすると,被告は,本件原告口座から払い戻した現金(一旦本件被告口座に預け入れた後に払い戻しているものを含む。)のうち各種支払に充てた残金について,現金として保管しているか,被告の支配が及ぶ別の預貯金口座(被告名義のものとは限らない。)に預け入れて保管しているものと推認することができ,被告が任意にこれを明らかにしようとしない以上,この保管に係る現金又は預貯金は,もはや夫婦共有財産を構成しないものと認めるのが相当である。
 したがって,その限度で,被告は,法律上の原因なく利得しているということができる。


オ もっとも,具体的な利得額については更に検討を要する。
 前示のとおり,原告が使途不明金として主張する金員は,月額平均に換算すると27万5251円となる。原告の収入と支出との均衡や時代背景等を考慮に入れると,前示のとおり,平成21年当時は,被告が最終的に現金として払い戻す金額が大きかった反面,現金支払をする機会が近時よりも多かったものと考えられる。他方で,平成25年及び平成29年当時は,収支状況からして被告が最終的に現金として払い戻す金額が少なかったと思われる反面,支払のほとんどがクレジットカード等の非現金決済によっていたものと考えられる。

 そして,上記の27万5251円という金額は,飽くまでも10年間の平均値であるが,交際費その他の現金支払が避けられない支出としては原告,被告及び二人の子の分を多めに見積もっても月額15万円を超えることはないと思われること,平成21年当時にはそれ以外にも現金支払が相当額存在した可能性があること等を踏まえると,10年間の平均値として控えめに見積もっても,このうち月額平均10万円の限度では,本来夫婦共有財産として貯蓄に回されるべき金員を専ら被告が利得しているものと認めるのが相当であり,原告が請求の対象とする平成20年11月から平成30年9月までの9年11か月分の総額は1190万円となる。
 ただし,原告及び被告は,平成30年8月22日に別居しているのであるから,不当利得の額としては,同月分までの1180万円と認めるのが相当である。


(3)被告は,そもそも原告の請求は具体的にどの払戻しが不当利得に当たる行為であるのかを明らかにしておらず,請求原因の特定に欠けると主張する。
 しかし,原告の主張は,本件原告口座からの全ての払戻しが不当利得の対象行為であるとした上で,差額説の考えに基づき,その払戻しに係る金員のうち本件被告口座に預け入れられた後にそこからクレジットカード等の決済に充てられた金額を控除した残額が被告の利得額であると主張しているのであるから,主張が広汎に過ぎる嫌いはあるものの,不当利得の対象の特定という面では,理論上,特に欠けるところはないものと認められる。
 したがって,被告の上記主張は採用することができない。

(4)以上によれば,原告の不当利得返還請求は,1180万円の支払を求める限度でこれを認めることとするのが相当である。

3 結語
 よって,原告の請求は主文の限度で理由がある。
東京地方裁判所民事第31部 裁判官 高橋玄
以上:7,086文字

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