令和 6年 7月 5日(金):初稿 |
○「不貞行為慰謝料請求を信義則違反・権利濫用とし棄却した地裁判決紹介」に続けて不貞行為慰謝料請求に関する裁判例として、平成4年12月10日東京地裁判決(判タ870号232頁)全文を紹介します。 ○原告妻が夫Aと平成3年6月から平成4年1月まで7ヶ月に渡って肉体関係を継続したAの職場の部下である被告に対し、慰謝料として500万円を請求する訴えを提起しました。被告とAとの関係は、Aが主導したもので、いったん関係を解消した後もAの方が被告に関係を迫り関係が継続し、最終的には平成4年1月に被告が職場を退職して、岩手県の実家に帰ることで関係を完全に解消しました。 ○被告が岩手県に帰ってからは、原告とAとの関係はともかくも修復し、同年4月ないし5月ころからは、夫婦間の性交渉を含めて、平穏な夫婦関係に復している事案について、判決は、夫の不貞行為にもかかわらず婚姻関係が破綻していないとしながら、被告に対し50万円の慰謝料支払を命じました。 ○判決は、原告の被った精神的苦痛に対しては、Aも不法行為に基づく損害賠償債務を負うことが明らかであり、被告の義務とAの義務とは重なる限度で不真正連帯債務の関係にあって、いずれかが原告の損害賠償債権を満足させる給付をすれば他方は給付を免れ、給付をした者は他方に対して負担割合(本件においては、Aの負担割合は少なくとも2分の1以上と認められる。)に応じて求償することのできる関係にあるとして、被告が原告に50万円を支払えば半分以上の金額を求償できることを附言しています。 ○私としては、原告とAとの関係が修復し、原告がAに対し慰謝料請求を免除している以上、被告には責任がないとすべきと思いますが、判決は原告を少しでも納得させる意味で50万円を認めたものと思われます。 ************************************************ 主 文 一 被告は、原告に対し、金50万円及びこれに対する平成4年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 二 原告のその余の請求を棄却する。 三 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の、その余を原告の負担とする。 事実及び理由 第一 原告の請求 被告は、原告に対し、金500万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 本件は、原告と訴外Aの婚姻中、被告がAと肉体関係を持ちいわゆる不倫関係となったことから、原告とAとの婚姻関係が破綻の危機に瀕し、原告が非常な精神的苦痛を被ったとして、原告から被告に対して慰謝料を請求するものである。 本件における争点は、被告とAとの交際状況と原告夫婦の不和に至る経緯、原告の被った精神的損害に対する評価等である。 第三 当裁判所の判断 一 証拠(甲1ないし5、甲6の1ないし4、甲7の1ないし4、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 1 原告(昭和44年10月25日生まれ)は、平成元年4月に、勤務先である飯田百貨店の同僚であったA(昭和37年11月14日生まれ)と婚姻し、その後、退職して専業主婦となって平穏な夫婦生活を営んでいたものであり、Aとの間に、同年7月に長男Bを、平成3年9月に次男Cをもうけた。 2 被告(昭和43年12月20日生まれ)は、都内練馬区所在の飯田百貨店氷川台店に勤務していたものであるところ、同店に主任(被告から見て上位の職である)として勤務していたAから職場の上司としての仕事上の指導助言等を受けるうちに親近感を覚え、平成3年6月ころ、都内豊島区要町所在の被告のアパートの部屋において肉体関係を持つに至った。Aと被告との関係は、そのころから急速に親密となり、勤務終了後、被告のアパートの部屋で性交渉を持つこともしばしばあった。 3 他方、平成3年6月ころから、Aの原告に対する態度が冷淡となり夫婦間の性交渉も疎遠となったことから、原告は、Aの女性関係を疑うようになった。同年9月9日、原告は、Aの財布に女性からの手紙を見付け、Aを問い詰めたが、Aは、当該女性とは特別な関係にあるわけではないと弁明して、その場を取り繕った。 4 当時、原告は、第二子(次男C)を妊娠中の身であったが、Aが他の女性と親密な関係にあることを察して、心労から睡眠不足や食欲不振に陥り、出産日を控えて憔悴した。他方、Aは、原告が次男Cを出産して病院から退院する日の同月17日も、午前中こそ原告の退院に付き添ったものの、同日午後からは、原告に対しては同僚(男性)と一緒に旅行に行くと偽って、被告と共に熱海に一泊旅行をした。 5 Aの態度に不審を持った原告は、結婚前に飯田百貨店に勤務していた当時の原告の上司で、被告とも面識のあるKに対して、Aの女性問題の解決について相談し、同年10月には、Kを立会人として、喫茶店で被告に会い、Aとの関係を問いただした。しかし、被告は、Aとは仲の良い同僚に過ぎないとして、男女関係を否定した。 6 その後も、Aは、被告との関係を続け、原告に内密に被告のアパートに泊まったりしていたが、同年11月5日には、被告が岩手県の実家に帰省する機会を利用して、被告に同行し、同県内の旅館に同宿した。 7 同年12月下旬、原告が悩んでいる姿をみかねた原告の実姉がAに対して女性問題解決のために原告と話し合うことを求めたが、Aは原告に対して、被告とは別れられない旨を述べ、原告はAの言葉に絶望して一時実家に戻った。しかし、Kから解決に助力するから自宅に戻るように諭されたことから、原告は、自宅に戻ってAと話し合った。その際、Aが原告に謝罪し、被告とは別れて単なる友達となる旨を述べたので、原告も、夫婦関係の修復のために努力しようと思い直した。 他方、被告は、Kの同席のもとで原告と会ってからは、Aとの関係を解消しなければならないと内心では思いながらも、Aとの関係を続けていたが、同年12月ころには、Aとの関係を解消することを真剣に考えるようになった。同月下旬、被告とAは、話し合った結果、関係を解消することを合意し、Aは被告から預かっていたアパートの鍵を返した。 8 しかしながら、その後も、Aは、被告に電話をかけるなどし、平成4年1月3日には、被告のアパートを訪問して被告と性関係を持った。いったんはAと別れる決心をした被告も、Aのこのような態度に押し切られる形で、関係を続け、同年2月5日には、勤務先の忘年会で酔った被告をAがアパートまで送りとどけたことから、両名は同所で性関係を持った。なお、Aと被告との間では、同日を最後として、その後は、性的関係は持たれていない。 9 同月6日、原告が、Aに対して、被告との関係を続けていることを責めたことから、Aは、今後は被告とは仕事以外には会わず交際を一切断つ旨の念書(甲4)を書いて、原告に渡した。しかし、Aの言葉に不信を持つ原告は、このままではAは被告と別れないであろうと考え、Aと被告との不倫関係を解消させるためにはもはや被告に対する訴訟を提起するほかはないと決意して、弁護士に相談し、この結果、同月17日、原告の依頼を受けた弁護士から被告に対して、500万円の慰謝料の支払を請求する内容証明郵便が送付された。 10 被告は、これに動揺して、勤務先である飯田百貨店氷川台店の店長及び上司の立会のもとで、Aとの交際により原告に迷惑をかけたことを謝罪しAとの交際を断つことを誓う旨の誓約書(甲1)を作成して、原告に提出した。その後、被告は、Aを避けるようにしていたが、帰宅途中の被告をAが路上等で待ち伏せするなどのことがあったことから、Aを避けるために、アパートに帰宅せずに友人宅に泊り、そこから勤務先に出勤するなどした。被告は、そのころ、転職を計画してそのための準備等もしていたが、Aとの交際により生じた紛争に疲れ、Aとの関係を解消するため、新たな就職の話も断って、郷里の岩手県に帰ることを決意し、同年3月15日に勤務先である飯田百貨店を退職し、同月22日には、岩手県の実家に帰った。 11 なお、この間、原告は、同年3月9日、東京地方裁判所に、被告を相手として本件訴訟を提起したが、本件訴状は、被告が岩手県に帰った後である同年4月15日に、被告に対して送達された。 12 被告が岩手県に帰ってからは、Aと被告との間では、交際等は一切なされておらず、現在、被告は、Aと再び交際することは一切考えていない。また、Aも、被告との関係を反省して、被告との交際を復活することはまったく考えておらず、原告との夫婦関係を維持していくことを強く希望している。同年3月に被告が岩手県に帰ってからは、原告とAとの関係はともかくも修復し、同年4月ないし5月ころからは、夫婦間の性交渉を含めて、平穏な夫婦関係に復している。 なお、現在に至るまで、原告からAに対して、離婚調停、離婚訴訟等が提起されたことはなく、両者の間で親族等を交えて離婚を前提としての話し合いが行われたこともない。また、原告からAに対しては、被告と関係を持ったことについて慰謝料の請求等は行われていない。 二 前記認定事実を前提として、判断するに、被告は原告とAとが婚姻関係にあることを知りながらAと情交関係にあったもので、右不貞行為を契機として原告とAとの婚姻関係が破綻の危機に瀕し原告が深刻な苦悩に陥ったことに照らせば、原告がこれによって被った精神的損害については不法行為責任を負うべきものである。しかしながら、婚姻関係の平穏は第一次的には配偶者相互間の守操義務、協力義務によって維持されるべきものであり、不貞あるいは婚姻破綻についての主たる責任は不貞を働いた配偶者にあるというべきであって、不貞の相手方において自己の優越的地位や不貞配偶者の弱点を利用するなど悪質な手段を用いて不貞配偶者の意思決定を拘束したような特別の事情が存在する場合を除き、不貞の相手方の責任は副次的というべきである。 本件においては、 (1) 被告とAとの関係は、職場における同僚であるが、Aは主任として被告の上役にあったものであって、被告においてAの自由な意思決定を拘束するような状況にあったものとは到底認められず、前記認定事実に照らせば、むしろ、右両名が不倫関係に至り、これを継続した経緯においてはどちらかといえばAが主導的役割を果たしていたものと認められること、 (2) 原告とAの婚姻関係において不和を生じ、破綻の危機を招来したことについては、確かに被告と不倫関係を生じたことがその契機となっているとはいえ、夫婦間の信頼関係が危機状態に至ったのはAの生来の性格ないし行動に由来するところもあるものと認められ、また、Aがこのような行動をとったことについては、原告とAとの夫婦間における性格、価値観の相違、生活上の感情の行き違い等が全く無関係であったかどうかは疑問であること、 (3) 婚姻関係破綻の危機により原告が被った精神的苦痛に対しては、第一次的には配偶者相互間においてその回復が図られるべきであり、この意味でまずAがその責に任ずるべきところ、原告はこの点についてAに対する請求を宥恕しているものと認められること、 (4) 原告が本件訴訟を提起した主たる目的は被告とAとの不倫関係を解消させることにあったところ、本件訴訟提起の結果被告とAとの関係は解消され、この点についての原告の意図は奏功したものと認められること、 (5) この結果、原告とAとの夫婦関係はともかくも修復し、現在は、夫婦関係破綻の危機は乗り越えられたものと認められること(この点につき、原告は、本人尋問において、Aと離婚するつもりであり、夫婦間の性交渉も拒否していることを供述するが、Aは証人尋問において、原告から明確な形で離婚を求められたことはなく、平成4年5月以降は性交渉を含めて平穏な夫婦関係に復している旨を証言しているものであって、原告の右供述は、Aの右証言内容及び周囲の客観的状況(原告とAは同居しており、現在に至るまで、原告からAに対して離婚調停、離婚訴訟等は一切が提起されていないことはもとより、離婚について親族を含めての話し合いが持たれたこともない。)に照らし、にわかに信じることはできない。原告本人の右供述は、法廷当事者席の被告に聞かせることを意識しての発言というほかはない。)、 (6) 被告とAとの関係解消は、Aの反省によるというよりも、むしろ被告の主体的な行動により実現されたものであって、被告が勤務先を退職して岩手県の実家に帰ったことによって最終的な関係解消が達成されたこと、 (7) 被告自身もAとの不倫関係については相応に悩んでいたものであって、Aとの関係解消に当たって、勤務先を退職し、意図していた東京における転職も断念して岩手県の実家に帰ったことで、相応の社会的制裁を受けていること(これに対して、Aは、従来の職場に引き続き勤務しているものであって、少なくとも社会生活上の変化はない。) 等の各事情が指摘できるところである。 右各事情に加えて、その他本件において認められる一切の事情を考慮すれば、本訴において認容すべき慰謝料額は金50万円をもって相当と認める(ところで、原告の被った精神的苦痛に対しては、Aも不法行為に基づく損害賠償債務を負うことが明らかであるところ、被告の義務とAの義務とは重なる限度で不真正連帯債務の関係にあって、いずれかが原告の損害賠償債権を満足させる給付をすれば他方は給付を免れ、給付をした者は他方に対して負担割合(本件においては、Aの負担割合は少なくとも2分の1以上と認められる。)に応じて求償することのできる関係にある、と解される。)。 なお、付言するに、本件においては、現在、本件訴訟の提起を契機として被告とAとの関係は完全に解消されており、被告においてはもはやAとの交際の再開を全く考えておらず、Aにおいても、被告と関係を持ったことを反省して、原告との夫婦関係を修復してこれを維持していくことを強く希望していることが認められるものであるから、原告においても、過去における被告とAとの関係に徒らに拘泥することなく、今はむしろ、Aとの間の夫婦関係を速やかに修復して、ふたりの間の信頼関係の構築に務め、今後夫婦関係を平穏、円滑に発展させていくことが、強く望まれるところである。 三 よって、原告の本訴請求は、金50万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、訴訟費用の負担につき民訴法89条、92条本文を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官三村量一) 以上:6,006文字
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