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不貞行為慰謝料請求を信義則違反・権利濫用とし棄却した地裁判決紹介

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令和 6年 7月 4日(木):初稿
○原告が、被告は原告の妻Aと不貞行為をしたとして、被告に対し、不法行為に基づき、慰謝料300万円等の支払を求めました。

○被告は、不貞行為の事実は認め、原告と妻Aの婚姻関係破綻後であること、不貞行為の責任は第一次的には妻Aにあり、原告の妻Aに対する慰謝料請求が認められなかった以上、被告に対しても認められないと答弁しました。

○これに対し、被告と本件妻が性的関係を持った当時、原告と本件妻の婚姻関係が既に破綻していたとは認められないが、原告と本件妻Aの婚姻関係の破綻は、原告が起こした飲酒問題や女性問題等に起因するところが大きく、他方で、被告と本件妻の不貞行為が婚姻関係の破綻に寄与した程度は相対的に低く、このような事情の下で、原告が被告に対し不貞行為を理由とする本件損害賠償請求をすることは、信義則に反し、権利を濫用するものであって許されないとして、請求を棄却した平成26年9月29日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)全文を紹介します。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
 
事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成25年10月28日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告が原告の妻と不貞行為をしたとして,不法行為に基づき,慰謝料300万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成25年10月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。)
(1) 原告は,昭和46年生まれの男性であり,平成18年12月25日,A(昭和53年生まれの女性。以下「A」という。)と婚姻した。
被告は,昭和59年生まれの男性であり,平成23年6月から同年12月までの間,Aの勤務先において派遣社員として勤務していた。

(2) 被告とAは,平成23年11月2日から同年12月6日までの間,複数回にわたり性的関係を持った(甲2,4,6)。

(3) Aは,平成24年,原告に対し,慰謝料請求を含む離婚訴訟を提起し,原告も,Aに対し,Aと被告の不貞関係を理由とする慰謝料請求を含む反訴を提起した(乙1・以下「別訴」という。)。
 東京家庭裁判所は,平成25年5月20日,離婚を認容し,Aと原告の慰謝料請求をいずれも棄却する判決をし,原告はこれに控訴したが,東京高等裁判所は,同年10月24日,原告の控訴を棄却する判決をした
(乙2)。

2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(婚姻関係の破綻時期)
【被告の主張】
 原告とAの夫婦関係は,婚姻当初から平穏なものであったとはいい難く,原告の不貞行為,飲酒癖及び借金問題等によって悪化し,平成20年11月に,Aが死を覚悟する内容の置き手紙を残して自宅を出たことにより,事実上破綻していた。Aは,その後も,原告とやり直そうと再三の努力をしたが,原告は,平成21年に再び浮気をし,その後も飲酒を一向に控えず,態度を改めなかった。そのため,Aは,平成23年8月17日には,夫婦関係によるストレスが原因でめまいと吐き気のために病院に運ばれた。原告とAは,同年10月14日,原告の過度の飲酒を巡って口論となり,Aは,同月19日,原告がAの制止を振り切って飲酒をしようとしたことから,原告との離婚を決意し,原告との別居を開始した。
 以上のとおり,被告とAの交際関係は,原告とAの婚姻関係が破綻した後に開始したものであるから,被告は原告に対し不法行為責任を負わない。

【原告の主張】
 被告の主張は否認ないし争う。
 原告とAは,平成23年の夏にはバリ島に旅行に行くなどし,同年10月半ばまでは夫婦関係は円満であった。Aは,被告との不貞関係を開始する平成23年11月2日までは,外泊することはあっても基本的に自宅に帰ってきていたのであり,原告とAの婚姻関係は破綻していなかった。

 Aは,平成23年11月2日以降も,一切自宅に帰らなくなったわけではなく,同月27日からワンルームマンションを借りて居住するまでは,自宅で就寝することもあった。また,原告とAは,同月12日から同月13日にかけて,那須に旅行に行き,同年11月から12月にかけて,夫婦関係について何度も話し合いをした。
 原告とAの婚姻関係は,平成23年12月27日,Aが原告に対し包丁を突きつけてクレジットカードの代金を支払うよう迫り,原告が自宅を追い出されるようにして実家に帰ったことにより破綻した。

(2) 争点(2)(被告の故意又は過失の有無)
【原告の主張】
 被告は,Aが婚姻していること及び自宅に帰宅していることを認識しつつ,不貞行為をしたのであるから,被告には不貞行為につき故意又は過失があった。被告が,夫婦の一方であるAから離婚を強く望んでいると聞いただけで,原告とAの婚姻関係が破綻したと誤認したとしても,被告に過失があったことは明らかである。

【被告の主張】
 Aは,平成23年8月頃から,被告に対し,家に帰りたくないので外を歩き回っているというメールを頻繁に送ってきており,入院後は傍目にも分かるほど落ち込んでいる様子であった。そして,平成23年11月2日,被告が予定していた旅行にAが無理矢理ついてきた際に,被告は,Aから,原告の借金,浮気,飲酒癖などを理由に離婚を強く望んでいること等を聞いた。
 以上によれば,被告は,原告とAの婚姻関係が破綻していたと信じていたといえ,かつ,これについて過失があったとはいえない。

(3) 争点(3)(信義則違反)
【被告の主張】
 原告とAの離婚訴訟の判決においては,原告とAの婚姻関係の破綻について原告にも過失があったことを理由に,原告のAに対する被告との不貞行為による慰謝料請求が棄却された。不貞行為の主たる責任は,第一次的には不貞行為をした配偶者にあり,不貞行為の相手方の責任は副次的なものというべきことからすれば,原告は,Aに対し,不貞の慰謝料を請求することができない以上,信義則上,被告に対して慰謝料の請求をすることもできないというべきである。

【原告の主張】
 被告の主張は争う。別訴の確定判決においても,被告とAも原告とAの婚姻関係の悪化の大きな要因となったことが認定されており,別訴の確定判決を前提としても,被告が原告に対し共同不法行為責任を負うことは明らかである。

(4) 争点(4)(原告の損害)
【原告の主張】
 被告の不貞行為により,原告とAの婚姻関係は破綻したところ,これによって原告が受けた精神的苦痛は慰謝料に換算して300万円を下らない。

【被告の主張】
 原告の主張は否認ないし争う。
①被告は,Aと交際することに積極的でなかったこと,②交際期間が2か月未満と短期であること,③就業先以外で被告とAが会う機会は少なかったこと,④被告は原告に謝罪をし,解決金の支払を申し出ており,誠意を示していること,⑤被告とAが関係を結んだ原因は,原告が借金,浮気,過度の飲酒癖などによりAを極度に追い詰めたことにあることからすれば,被告が不法行為責任を負うとしても,損害賠償額は制限されるべきである。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 証拠(甲7,乙1,2,9~12,原告本人,被告本人及び後掲各証拠)と弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,Aと婚姻前に交際していた頃から酒量が多く,平成20年には通風と診断され,投薬治療を受けた。このため,Aは,原告に対し,飲酒を控えるように注意したが,原告は酒量を制限すると約束しても実行せずに,原告に隠れて飲酒し,体調を崩したり,屋外で寝込んだりし,原被告間で被告の飲酒を巡って口論となることも多かった。

 Aは,原告との婚姻前に,原告から,原告の前妻への慰謝料の支払に必要だからなどと頼まれて,消費者金融から200万円を借りた上,これを原告に貸し付けたが,婚姻後,返済は進まなかった。
 また,平成19年頃,原告がAに無断で原告の前妻と会っていたことが発覚し,原告はAに謝罪し,Aは原告を宥恕した。

(2) Aは,原告が起こした上記(1)の問題,特に飲酒問題に深く悩み,平成20年11月頃,自殺を思い立ち,「これでおわりです。これ以上,Xを嫌いになりたくないです。私がいなくなったら,きっと普通の生活に戻れるはずです。」「人に迷惑がかかる死に方は選ばないので安心して下さい。おそうしきはA1(Aの旧姓)にして下さい。喪主はパパで。」などと記載した手紙を残して家出した(乙6)。

 Aが自殺を翻意し,自宅に戻ってくると,原告も「最後のお手紙です。本当に幸せにできずにごめんなさい」「父と祖母の所へ早く行きたくて,酒も飲み続けているのかもしれない。逃げてばかりでごめんなさい。とっても楽しかったよ,ありがとう。さようなら」などと記載した手紙を残して家出しており,実家に一週間ほど滞在していた(乙7)。

(3) その後も,原告はアルコール依存症の治療のため通院するなどし,Aも,アルコール依存のカウンセリングを受けるなどして原告との婚姻生活を維持しようと努力していた。ところが,原告は,平成21年2月頃,不貞行為をしてそのことがAに発覚し,Aに対し,二度と女性と連絡をとったり会ったりしないことを約束した(乙3,4)。さらに,原告は,平成23年8月頃にも,再び不貞行為をしてそのことがAに発覚し,Aに対し謝罪した(乙5)。この頃,Aは体調を崩して救急車で病院に搬送され,ストレスが原因の可能性がある起立性調節障害と診断された(乙8)。

 原告とAは,平成23年10月19日,原告の飲酒を巡って口論となり,Aは,飲酒問題について改善の努力をしない原告との婚姻関係に失望し,原告との離婚を決意した。Aは,以後,外泊することが多くなり,平成23年11月以降は,ほとんど自宅に帰らなくなり,原告との別居を開始した。

(4) Aは,勤務先において,平成23年6月に派遣社員として入社した被告を指導する立場にあったが,Aと被告は,同年8月頃から,メールでプライベートな事項についても連絡をするようになった。そのやりとりをする中で,被告が,平成23年11月初めに軽井沢に一人でバイク旅行に行く予定であることを話したところ,Aは,旅行の数日前になって,自分も旅行についていきたいと申し出て,被告もこれを了承し,レンタカーで一緒に旅行に行くことになった。

 被告は,平成23年11月2日,Aとともに車で軽井沢に旅行に出かけ,旅行中,Aから,原告の飲酒問題や浮気について打ち明けられた。被告は,当初,宿泊を予定していなかったが,Aと話をしているうちに時間が遅くなり,Aの提案でホテルに宿泊した(甲10)。被告は,そこで初めてAと性的関係を持った。

2 争点(1)及び(3)について
(1) 前提事実及び上記1の認定事実によれば,被告とAが性的関係を持つようになったのは,原告とAの別居開始時期を被告主張の平成23年10月19日と見たとしても,それから間もない時期であり,被告とAが性的関係を持った当時,原告とAの婚姻関係が既に破綻していたとは認められない。

(2) もっとも,以下に述べるとおり,原告の請求は信義則に反し権利を濫用するものであって許されないと認めるのが相当である。
 すなわち,上記認定した原告とAの婚姻関係の経緯のとおり,原告は,Aとの婚姻中,借金問題のほか,特に女性問題及び過度の飲酒など,それだけで離婚原因となり得る問題をたびたび引き起こし,これに耐えかねたAが,平成23年10月以降,外泊を繰り返すようになり,被告と性的関係を持つに至ったのであって,Aが被告と性的関係を持つに至った原因が,原告が引き起こした上記問題にあることは明らかである。

しかも,原告自身,Aとの婚姻中に少なくとも2度不貞行為に及んでおり,それについてはAから宥恕を得ており,Aが被告との不貞行為をやむを得ないものと考えたとしても無理からぬものがあるというべきである。加えて,上記1(4)の認定事実のとおり,被告とAの交際は,Aが被告を誘う形で始まっており,被告が不貞行為を主導した等の事実も見当たらない。以上のとおり,原告とAの婚姻関係の破綻は,原告が起こした飲酒問題や女性問題等に起因するところが大きく,他方で,被告とAの不貞行為が婚姻関係の破綻に寄与した程度は相対的に低いのであって,かかる事情の下で,原告が被告に対し不貞行為を理由とする本件損害賠償請求をすることは,信義則に反し,権利を濫用するものであって許されないと認めるのが相当である。

 これに対し,原告は,Aとの婚姻中に飲酒問題や女性問題を起こしたことを否認し,これに沿う供述をする(甲7,原告本人)。しかし,原告の供述は,上記1(2)の原告の手紙の記載内容(父と祖母の所へ早く行きたくて,酒も飲み続けているのかもしれない。逃げてばかりでごめんなさい。)やA宛のメールの記載内容(乙3~5)と整合しない。また,原告は,平成23年10月まで原告とAの婚姻関係は円満であったと供述するところ,上記1(2)の家出の事実やメールのやりとり(乙3~5)等によれば,原告とAの婚姻関係が円満といえるものでなかったことは明らかであり,原告の供述は全体的に信用性が低いというべきである。したがって,原告の上記供述を信用することはできず,上記認定判断は左右されない。

3 結論
 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。(裁判官 砂古剛)


以上:5,647文字

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