令和 6年 3月13日(水):初稿 |
○申立人妻が、別居中の夫である相手方に対し、毎月20万円婚姻費用支払を求める審判を申し立て、相手方夫は、収入より支出が多く婚姻費用を支払う能力が無いと主張しました。 ○これに対し、申立人の基礎収入を総収入の38%と、相手方の基礎収入を総収入の50%と認定した上で、年齢0歳から14歳までの子の標準的な生活費の指数を55、15歳から19歳までの子の生活費の指数を90と算出して、未払婚姻費用約71万円と婚姻費用8万9000円(平成23年×月から9万3000円)の支払を命じた平成22年7月15日那覇家庭裁審判(家庭裁判月報63巻7号118頁)を紹介します。 ○相手方夫は、弁護士を代理人として、抗告理由書記載の通り、家裁審判は相手方夫の実際の支払能力を無視していること、申立人が得る長男についての子ども手当(月額月1万3000円)、長女についての高校授業料無償化の利益(月額9800円)を考慮せず婚姻費用を決めたのは不当として、福岡高裁に抗告しました。福岡高裁決定は別コンテンツで紹介します。 ************************************************ 主 文 1 相手方は,申立人に対し,金71万2000円を支払え。 2 相手方は,申立人に対し,平成22年×月から平成23年×月又は申立人と同居若しくは婚姻解消に至るまで月額金8万9000円を,同年×月から申立人と同居又は婚姻解消に至るまで月額金9万3000円をそれぞれ毎月末日限り支払え。 理 由 第1 当事者の主張 (申立人) 相手方は,申立人に対し,生活費として毎月20万円を支払え。 (相手方) 申立人は,平成21年×月まで,相手方の家賃収入が振り込まれる通帳を管理していたが,固定資産税等を支払わず,相手方の財産を酒代等に消費した。相手方の収入は月113万4278円,支出は月116万3356円であり,婚姻費用を支払えない。 第2 当裁判所の判断 1 一件記録によれば、次の事実が認められる。 (1)申立人(昭和41年×月×日生)と相手方(昭和30年×月×日生)は,平成6年×月×日婚姻し,同年×月×日長女を,平成8年×月×日長男をそれぞれもうけた。申立人は,平成21年×月×日,子らを連れて実家に戻り,相手方と別居している。申立人の申立てにより,那覇地方裁判所は,同年×月×日,相手方に対し保護命令を発令した。 (2)申立人は,倉庫でパート勤務をしており,税込収入は平成22年×月分が7万2370円,×月分が6万5835円である。 (3)相手方の平成18年分・平成19年分の確定申告書によれば,相手方は2軒のアパートの賃料収入があったほか,居酒屋を経営していたが赤字であり,平成19年×月,居酒屋を廃業した。平成20年分の確定申告書によれば,相手方の不動産所得金額は244万5928円であり,平成21年分の確定申告書によれば,相手方の不動産所得金額は337万8601円,社会保険料控除は21万6100円,青色申告特別控除額は10万円である。 (4)申立人は,平成21年×月×日,夫婦関係調整(離婚)調停事件及び婚姻費用分担調停事件を申し立てたが,平成22年×月×日,いずれも調停不成立となった。 2 以上の事実関係に基づき検討するに,申立人と相手方は別居している夫婦であるが,この別居について主として申立人に責任があることを認めるべき資料はないから,相手方は,申立人に対し,自己の経済状態に応じた婚姻費用を分担すべき義務がある。 婚姻費用の支払義務は自分の生活を保持するのと同程度の生活をさせる義務(生活保持義務)であることから,婚姻費用分担額の算定は,収入の多い義務者・収入の少ない権利者双方の実際の収入金額を基礎とし,義務者,権利者及び子が同居しているものと仮定し,双方の基礎収入の合計額を世帯収入とみなし,その世帯収入を権利者グループの生活費の指数で按分するという計算式が現在では一般に採用されている。 この場合,税込収入から公租公課,職業費及び特別経費を控除した金額を基礎収入とするが,公租公課については税法等で理論的に算出された標準的な割合によって,職業費及び特別経費については統計資料に基づき推計された標準的な割合によって基礎収入を推定し,給与所得者の基礎収入は総収入の34%から42%,自営業者の基礎収入は総収入の47%から52%とされている。また,成人の必要とする生活費を100とした場合,年齢0歳から14歳までの子の標準的な生活費の指数は55,15歳から19歳までの子の生活費の指数は90と算出されている。 以上の算定方式に基づき本件について検討すると,次のとおりとなる(計算式はいずれも円未満切捨て)。 (1)基礎収入 ア 申立人 税込収入の年額は,次のとおりとなる。 (7万2370円+6万5835円)÷2×12=82万9230円 申立人は給与所得者として,公租公課及び職業費を標準的な割合とみて,基礎収入を総収入の38%と認定する。 82万9230円×0.38=31万5107円 イ 相手方 相手方の平成21年分総収入は,次のとおりとなる。 337万8601円-21万6100円+10万円=326万2501円 相手方は自営業者として,公租公課及び職業費を標準的な割合とみて,基礎収入を総収入の50%と認定する。 326万2501円×0.5=163万1250円 (2)権利者世帯に割り振られる婚姻費用 ア 長男が15歳に達する前月の平成23年×月まで (31万5107円+163万1250円)×(100+90+55) (100+90+55+100)=138万2195円 イ 平成23年×月以降 (31万5107円+163万1250円)×(100+90+90) (100+90+90+100)=143万4157円 (3)義務者から権利者に支払うべき婚姻費用の分担額 ア 長男が15歳に達する前月の平成23年×月まで 138万2195円-31万5107円=106万7088円(年額) 106万7088円÷12=8万8924円(月額) イ 平成23年×月以降 143万4157円-31万5107円=111万9050円(年額) 111万9050円÷12=9万3254円(月額) (4)そうすると,相手方は,申立人に対し,婚姻費用として,平成23年×月までは月額8万9000円を,同年×月以降は月額9万3000円を負担するのが相当である。 3 以上により,相手方は,申立人に対し,婚姻費用として,本件申立ての月である平成21年×月から平成22年×月までの未払分71万2000円と,同年×月から平成23年×月又は申立人と同居若しくは婚姻解消に至るまで月額8万9000円を,同年×月から申立人と同居又は婚姻解消に至るまで月額9万3000円を支払うこととし,主文のとおり審判する。 (家事審判官 鈴木順子) 相手方抗告理由書 第1 審判は抗告人の実際の収支を無視している 1 審判は婚姻費用分担額の算定に際して,抗告人の実際の収支を無視し,抗告人の基礎収入を抽象的に算定している。 その結果,抗告人に婚姻費用を分担する資力がないにもかかわらず抗告人に対し婚姻費用の未払分71万2000円と月額8万9000円の支払を命じている。 よって,審判は抗告人の支払能力を無視したものであるから,取り消されるべきである。 2 審判は,以下のように抗告人の基礎収入を算定した。 抗告人の平成21年度の不動産所得金額337万8601円から社会保険料控除額(21万6100円),青色申告特別控除額(10万円)を差引き,抗告人を自営業者として公租公課及び職業費を標準的な割合とみて,総収入の50%である163万1250円を基礎収入と認定した。 審判はこれに基づいて権利者所帯の婚姻費用を算定し,抗告人に対し上記の額の支払を命じた。 3 しかし,抗告人の総収入は月113万4278円(賃金+家賃収入)であるが,支出は116万3356円であり,支出が収入を3万円余り超えている(相手方準備書面1)。 このため抗告人の固定資産税と市県民税の滞納額は,合計185万8300円に及んでいる。 これは,抗告人が2つの建物(貸しアパート)のローンの支払と固定資産税を負担しているからである。 抗告人は,ローン返済のために月76万円余を支払い,また,その固定資産税も月額に直せば月9万7900円を負担している。 4 以上のように,抗告人には婚姻費用を分担する資力はない。 よって,抗告人に月額8万9000円の支払を命じた審判は取り消されるべきである。 第2 被抗告人の基礎収入の算定及び長女の生活費指数の誤り 1 被抗告人の基礎収入の算定の誤り (1)審判は被抗告人の基礎収入の算定において,被抗告人の倉庫の税込み収入平成22年×月分7万2370円,×月分6万5834円を基礎に算定している。 (2)しかし,平成22年3月31日に子供手当法(「平成二十二年度における子ども手当の支給に関する法律」)が成立し,4月1日より施行された結果,15歳以下の子供については,平成22年6月以降月額1万3000円の子供手当が親に支給されている。 長男は平成8年×月×日生まれであり,現在14歳であるから,子供手当の対象児童である。 よって,被抗告人には平成22年4月以降月額1万3000円の子供手当が支給されているはずである。 (3)しかし,審判は被抗告人の基礎収入の算定において,勤め先の倉庫の給与のみを基礎として,子供手当を収入に含めていない。 2 長女の生活費指数の誤り (1)審判は長女(平成6年×月×日生,15歳,高校1年生)の生活費指数を90として計算して,権利者所帯の生活費を算出している。 (2)しかし,高校授業料無償化法(「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律」)が平成22年3月31日成立し,4月1日から施行されたことから,県立高校生は平成22年4月から年額11万8000円の授業料が不要となった。 長女は県立高校に在学中であり,高校授業料無償化法により高校授業料は不要となった。 よって,長女に必要とされる,生活費(教育費も含めたもの)は従来の生活費より減少するはずである。 (3)しかし,審判は高校授業料無償化法が成立する前の生活費指数「90」を使用して,権利者所帯の生活費を計算している。 よって,同審判が使用した生活費指数「90」は,長女の生活実態を反映しておらず不適当である。 3 まとめ (1)以上のように,子供手当法と高校授業料無償化法の成立・施行により,被抗告人の基礎収入が増額(月1万3000円)し,また長女に必要とされる生活費が減少したにもかかわらず,審判はこれらを考慮せずに,義務者の婚姻費用分担額を定めている。 (2)よって,同審判はこの点からも取り消されるべきである。 以上 以上:4,448文字
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