令和 5年 8月25日(金):初稿 |
○「非親権者母の子連れ別居肯定助言弁護士に損害賠償を認めた地裁判決紹介」で、弁護士が、子ら及びその親権者父と同居していた親権を有しない母に対し、親権者父に無断で子らを連れて別居することを肯定する助言をしたことが、親権者父に対する不法行為を構成するとして母と弁護士らに対し連帯して110万円の支払を命じられた例を紹介していました。 ○原告夫が、弁護士である被告から自身の妻に対する不当な教唆により、自身が子を連れ去った等との虚偽の通報、告訴等がされ、これにより妻との関係が悪化したり、未成年者略取容疑での誤認逮捕を受けたりするなどして精神的苦痛を受けた旨を主張して、弁護士である被告に対し、民法709条に基づき、慰謝料150万円の支払を求めました。 ○被告とされた弁護士は、原告夫とその妻P3の間の夫婦関係調整(離婚)事件でP3の代理人となっていました。原告がP3との間の子P4を連れ去ったことについてP3が警察に通報し、原告が未成年者略取の被疑事実により原告を現行犯逮捕されたこと等について弁護士のせいだと逆恨みされたものです。 ○原告は、被告弁護士に対し平成29年5月頃,34万0300円の損害賠償等を求める訴訟を提起し、地裁で棄却され、控訴審でも棄却されていたものを蒸し返して訴えを提起したとし、前件訴訟においては,本件告訴を含む本件通報等全部についての教唆の不法行為が審理対象とされており,その訴訟物は本件訴訟と重複するとして請求を棄却した令和4年3月8日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。男女問題では、弁護士が相手方から逆恨みされる危険があり、慎重に対処する必要があります。 ********************************************** 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,金150万円を支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告が,弁護士である被告から自身の妻に対する不当な教唆により,自身が子を連れ去った等との虚偽の通報,告訴等がされ,これにより妻との関係が悪化したり,未成年者略取容疑での誤認逮捕を受けるなどして精神的苦痛を受けた旨を主張して,被告に対し,民法709条に基づき,慰謝料150万円の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実) (1)当事者及び関係者 ア 原告とP3(以下「P3」という。)は夫婦であり,P4(平成28年○月○日生,以下「P4」という。)は原告とP3の子である。 イ 被告は,P3と原告との間の夫婦関係調整(離婚)調停事件等においてP3の代理人となっていた弁護士である。 (2)原告被告間で係属していた関連訴訟(以下「前件訴訟」という。)の状況(甲42,乙2から4) ア 原告は,平成29年5月頃,被告に対して34万0300円の損害賠償等を求める訴訟を提起した(東京地方裁判所平成29年(ワ)第15879号事件)。同事件においては,平成30年4月26日に原告の請求を棄却する判決がされた。 イ 原告は上記請求棄却判決に対して控訴した(東京高等裁判所平成30年(ネ)第2733号事件)。同事件においては,平成30年9月5日に口頭弁論が終結し,同年10月17日に控訴棄却の判決がされた。 ウ 原告は上記控訴棄却判決に対して上告した(最高裁判所平成31年(オ)第278号事件)。同事件については,平成31年4月19日に上告棄却の決定がされた。 (3)P4の連れ去りに関する通報,告訴等の事実経過(甲6,7,10) ア P3は,平成28年10月23日午後4時49分頃,DV被害にあい別居中の夫である原告にP4を会わせたところ,原告が無断でP4を連れ去った等との警察への通報をした(以下「本件通報」という。)。 イ 上記通報を受けた警察官は,同日午後10時37分にP4についての未成年者略取の被疑事実により原告を現行犯逮捕した。 ウ P3は,同月27日に,上記アの連れ去りの事実について,原告とは別居状態にあったなどとの事実関係を主張して,原告を未成年者略取罪により告訴した(以下「本件告訴」という。また,本件通報と本件告訴をあわせて「本件通報等」という。)。 2 争点及び当事者の主張 (1)争点1(前件訴訟判決の既判力が本件に及ぶか否か)について (被告の主張) 本件訴訟の訴訟物は前件訴訟の訴訟物と同一であるから,前件訴訟の確定判決の既判力が及ぶ。そして前件訴訟における基準時後に生じた新たな事実の主張はないから,原告の請求は棄却されるべきである。 (原告の主張) 本件告訴を教唆した不法行為に基づく損害賠償請求権は,前件訴訟の訴訟物にはなっていない。 (2)争点2(被告がP3に対して不当な教唆をしたなどの不法行為があったか否か及びこれにより原告に生じた損害額)について (原告の主張) ア P3は,原告からDV被害を受けて別居しており,P4を単独監護していたところ,原告が無断でP4を連れ去った等との虚偽の内容の本件通報等をした。 イ 被告は,平成28年9月又はそれ以前から,原告とP3の婚姻関係を破綻させる目的でP3に対して虚偽の被害申告等をするよう教唆しており,P3はこれに従って本件通報等を行った。上記教唆行為に係る被告からP3へのメール等は,ミリオンウェーブズ合資会社が購入したiPad(以下「本件iPad」という。)に保存されている。 ウ 被告の上記不当な教唆は,原告に対する不法行為に当たる。これにより原告は,P3との夫婦関係が悪化するとともに誤認逮捕を受けるなどの被害を受けており,これによる精神的苦痛に対する相当な慰謝料額は150万円を下らない。 (被告の主張) ア P3による本件通報等が虚偽の内容であったことにつき否認する。 イ 被告がP5弁護士からP3を紹介された時期は平成28年10月25日であり,同人と初めて面会したのは同月26日であるから,原告の主張する時期に被告がP3に対する教唆をするということはあり得ない。上記時期以前から被告がP3と連絡を取っていたとの主張の根拠として原告が提出するメール等の証拠は,偽造されたものである。 ウ 原告の主張する損害額につき争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。 (1)前件訴訟の経過 ア 訴状には,「P3による嘘の暴力騒ぎ,嘘のDV相談による離婚事由の捏造は,法律の専門家である被告の教唆なくしては起こり得なかったことである。原告は被告の教唆により迷惑を被ったので,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料として10万円を請求する。被告による虚偽告訴の教唆については,捜査機関が現在調査中につき,現段階では請求しない。」との記載がある。(甲42) イ 平成30年1月11日に行われたP3の証人尋問において,原告は被告によるねつ造と虚偽告訴との間には関連性がある旨を述べた上で,P3に対し,同人が本件告訴をした事実の有無,本件告訴時点での原告とP3の同居関係の有無及び上記時点でP4の保護者が誰であったかなどの点につき質問した。(乙15) ウ 第1審判決においては,P3が本件通報をしたことは争いのない事実とされ,原告主張の摘示部分には「被告は,P3から,委任を受ける前の平成28年9月には,原告との離婚について相談を受け,P3に対し,離婚事由をねつ造することを教唆した。すなわち,被告は,P3に対し,まず,原告を無視し続けて怒らせ,暴力と暴言を誘い,これを録音して,原告との夫婦関係を破綻させ,別居状態を作り出すことを教唆し,次に,原告がP4を連れ去った旨を警察官に通報し,その際に原告との夫婦関係が破綻し,P3のみがP4を監護している旨の虚偽の説明をすることにより,警察を介入させ,原告との夫婦関係を破綻させることを教唆した。 被告の上記教唆により,P3は,同月28日には原告から暴力を受けた旨の虚偽の訴えをし,同年10月初旬にも警察署等を訪れて原告から暴力を受けている旨の虚偽の相談をするとともに,同月23日には原告がP4を連れ去った旨の虚偽の通報をした。」との記載があり,上記主張に対して「P3は,平成28年9月28日に原告から暴力を受けた旨を訴え,同年10月23日に原告がP4を連れ去った旨を通報したものであるが,これらに先立ち,被告がP3に離婚事由をねつ造することを教唆したと認めるに足りる証拠はない。」との判断がされている。(乙2) エ 平成30年9月5日の控訴審第1回口頭弁論期日において,原告は,控訴状中の控訴の趣旨欄記載の金額は,離婚原因のねつ造を教唆したこと等を内容とする不法行為による損害賠償請求権に基づく損害賠償に関するものである旨を述べた。(乙18) オ 控訴審判決は,第1審判決に対する補正としてP3が本件告訴をしたことを含む複数の事実を認定し,この点を含む事実関係を引用した上で,「これらの訴えや通報がP3がねつ造した虚偽の事実であったと認めるに足りる証拠はない上,これらに先立ち,被告がP3に離婚事由をねつ造することを教唆したと認めるに足りる証拠はない。」との判断を示した。(乙3) (2)本件訴訟の経過 ア 令和2年10月8日の第3回口頭弁論期日において,裁判官から次回期日に弁論を終結する予定である旨の告知がされた。 イ 令和3年4月13日の第6回口頭弁論期日において当裁判所は本件iPadの鑑定嘱託申出を却下し,原告は裁判官忌避を申し立てた。 ウ 当裁判所は令和3年11月4日に,令和4年1月18日午後3時30分の口頭弁論期日を指定し,同日中に原告に告知がされた。 エ 原告は令和4年1月17日に,〔1〕令和3年12月26日に被告が原告を傷害罪で虚偽告訴したこと及び,〔2〕被告によるP4への医療ネグレクトの助長の各不法行為により精神的苦痛を受けた旨の請求原因を追加するなどの内容の訴えの追加的変更申立書を当裁判所に提出した(以下,同書面による申立内容を「本件訴え変更申立て」という。)。 オ 被告は令和4年1月18日付け準備書面において,本件訴え変更申立ては著しく訴訟手続を遅滞させるものであって許されない旨を主張するとともに,原告の追加主張する不法行為に係る事実関係については否認した。これに対し原告は,録音体等による立証の準備がある旨を述べた。 2 争点1(前件訴訟判決の既判力が本件に及ぶか否か)について (1)前件訴訟の訴状には現時点では虚偽告訴の教唆に関する請求はしない旨の記載(認定事実(1)ア)があるが,原告はその後に行われたP3の証人尋問においては,認定事実(1)イのとおり本件告訴の有無並びにその時点における夫婦関係及び親子関係の状況等が争点と関連性を有していることを前提とした尋問を行っており,控訴審第1回口頭弁論期日においては虚偽告訴の教唆に係る部分を除外することなく,離婚原因のねつ造を教唆したこと等を内容とする不法行為に基づく損害賠償請求である旨を述べている。 そして,これらの訴訟活動を踏まえてされた控訴審判決においても、本件告訴の事実を認定した上で,特段の限定を付することなく被告による離婚原因のねつ造の教唆の事実は認められないとして原告の主張する不法行為に基づく損害賠償請求権の成立を否定しているのであって,本件告訴に係る教唆の有無を判断対象から除外していたことをうかがわせる記載は存在しない。 (2)以上を踏まえれば,前件訴訟においては,本件告訴を含む本件通報等全部についての教唆の不法行為が審理対象とされており,その訴訟物は本件訴訟と重複するものというべきである。 3 争点2(被告がP3に対して不当な教唆をしたなどの不法行為があったか否か及びこれにより原告に生じた損害額)について (1)争点1における判断を前提とすれば,本件訴訟においては,前件訴訟の控訴審口頭弁論終結日である平成30年9月5日を基準時として,それ以前に生じた事情に関する主張は既判力により遮断されることになる。 (2)原告は平成28年9月又はそれ以前の時期に被告からP3に対して本件通報等を教唆する内容のメールが送信されていた旨を主張し,その立証のために本件iPadの鑑定を申し立てるが,上記主張及び立証は基準時以前の事情についてのものであるから,既判力により遮断されることになる。そして,他に上記基準時以降の事情についての有意な主張があるとは認められない。 (3)以上によれば,被告がP3に対して本件通報等に先立ち,これを教唆する不法行為を行ったものと認めることはできない。 第4 結論 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 なお,本件訴え変更申立ては従前主張されていたものとは別個の新たな不法行為の主張を追加するものである上,認定事実(2)オの状況に照らせば原告による立証,被告による反論等のために相当の期間を要するものと考えられる。さらに,これが期日指定の告知から2か月以上後の第7回口頭弁論期日の前日に至って提出されたとの事情も考慮すれば,本件訴え変更申立ては著しく訴訟手続を遅滞させるもの(民事訴訟法143条1項ただし書)として,同条4項により変更を許さないのが相当である。 東京地方裁判所民事第31部 裁判官 阿保賢祐 以上:5,497文字
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