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産科医師のダブルセットアップ義務を否定した地裁判決紹介

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令和 5年 8月26日(土):初稿
○原告X3が、大津市が開設する病院において原告X1を吸引分娩にて出産し、原告X1が、低酸素性虚血性脳症による脳性麻痺の後遺障害を負ったことについて、原告X1並びに同人の父母である原告X2及び原告X3が、被告病院の医師らには、吸引分娩実施前に帝王切開術に移行するためのダブルセットアップを怠った過失などがあったと主張して、大津市から本件訴訟を承継した被告法人に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、それぞれ損害賠償金等の支払を求めました。

○ダブルセットアップとは、帝王切開術が必要になる可能性が高い妊婦に対し,いつでも帝王切開術に切り替えられるだけの準備をして経腟分娩にのぞむ体制と説明されています。本件事案では、ダブルセットアップ義務懈怠以外に論点は多岐に渡りますが、取り敢えず、この点についてのみ取り上げます。吸引分娩とは、子宮口が全開し、何らかの事情で急速に児を娩出する必要が生じた時に、陰圧をかけた吸引カップで児の頭を牽引し、児の娩出を助けることと、クリステレル胎児発出法とは、助産師が子宮底を両手で圧迫ことと、説明されています。

○この請求に対し、被告病院においては、夜間帯に帝王切開術を行うには、その準備や麻酔科医の確保等に時間を要するため、遷延一過性徐脈が確認され、早急に胎児を娩出するため、緊急に吸引分娩を実施する必要があった本件において、本件吸引分娩実施前にダブルセットアップをしている時間的余裕はなかったと認められるから、被告病院の医師らに、本件吸引分娩開始前にダブルセットアップを実施すべき注意義務があったとは認められないとした令和2年3月25日名古屋地裁判決(判時2557号23頁参考収録)の関連部分を紹介します。

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主   文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は、原告X1に対し2億5497万4849円、原告X3に対し550万円、原告X2に対し550万円及びこれらに対する平成23年1月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 原告X3は、平成23年1月14日、大津市が開設するY病院(以下「被告病院」という。)において、原告X1を吸引分娩にて出産したところ、原告X1は、低酸素性虚血性脳症による脳性麻痺の後遺障害を負った。

そこで、原告X1並びに同人の父母である原告X2及び原告X3は、被告病院の医師らには、吸引分娩実施前に帝王切開術に移行するためのダブルセットアップを怠った過失などがあったと主張して、大津市から本件訴訟を承継した被告に対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償として、原告X1においては2億5497万4849円及びこれに対する不法行為の日である平成23年1月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告X2及び原告X3においては各550万円及びこれらに対する同日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(訴えの変更後の請求。その後、後記のとおり、原告X1は、損害額の一部を減額したが、請求の趣旨は減縮されていない。)。

1 前提事実(当事者間に争いがない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

     (中略)

(3)争点〔3〕(吸引分娩実施前のダブルセットアップを怠った過失の有無)について
【原告らの主張】
 前記(2)【原告らの主張】で述べたとおり、被告病院の医師らは、男性型骨盤による頭頂位、不正軸進入や、母体の体重増加による軟産道狭小化・軟産道強靭により、児の娩出が容易ではなく、クリステレル胎児発出法を併用した吸引分娩では娩出が困難となって、他の急速遂娩を実施しなければならない可能性を十分認識することができた。

 吸引分娩は、吸引回数5回以内あるいは総牽引時間20分以内に娩出できない場合、別の急速遂娩法(鉗子分娩か帝王切開術)に切り替えることが不可欠である。その上、クリステレル胎児圧出法を併用した吸引分娩は、娩出が難渋した場合、吸引分娩単独より子宮及び胎児の循環環境を悪化させて、胎児の低酸素状態を誘発するため、より速やかに別の急速遂娩法に切り替える必要がある。

被告病院においては、鉗子分娩ができないため、帝王切開術に切り替えることになるところ、夜間帯に緊急で帝王切開術を行おうとした場合には、麻酔科医等を呼んだり、手術の準備をしたりするのに1時間~1時間半程度かかってしまう状況であった。そうすると、被告病院の医師らは、迅速に手術室の準備、麻酔科医、小児科医への連絡というダブルセットアップ(以下単に「ダブルセットアップ」という。)をした上で吸引分娩を実施すべきであったにもかかわらず、これを怠り、本件吸引分娩を実施した。
 したがって、被告病院の医師らには、吸引分娩実施前のダブルセットアップを怠った過失がある。

【被告の主張】
 前記(2)【被告の主張】で述べたとおり、頭頂位、不正軸進入、軟産道狭小化、軟産道強靭は生じていなかったし、ガイドライン2008においても、これらを理由としてダブルセットアップをすべきとはされていない。男性型骨盤であることや、妊婦の体重が15キログラム増加したことをもって、吸引分娩で児が娩出されないことを予見することはできなかったし、ダブルセットアップすべき義務が生じるものでもない。

原告らは、吸引回数5回あるいは総牽引時間20分を超えたら別の急速遂娩法に切り替えるべきであるとか、ダブルセットアップとして手術室の準備、麻酔科医、小児科医への連絡をすべきである旨主張するが、これらが本件当時の医療水準であったとはいえない。一般的には、術前検査として、胸部X線検査、心電図検査、採血を行うことがダブルセットアップと呼ばれることが多い。
 したがって、本件吸引分娩実施前に、原告らの主張するダブルセットアップをする注意義務はなく、被告病院の医師らに過失はない。

     (中略)

第3 争点に対する判断
1 争点〔1〕(遷延一過性徐脈が生じる前に吸引分娩が開始されたか)について


     (中略)

3 争点〔3〕(吸引分娩実施前のダブルセットアップを怠った過失の有無)について
 原告らは、被告病院の医師らは、男性型骨盤による頭頂位・不正軸進入や、母体の体重増加による軟産道狭小化・軟産道強靭により、児の娩出が容易ではなく、クリステレル胎児圧出法を併用した吸引分娩では娩出が困難となって、他の急速遂娩法を実施しなければならない可能性を十分認識することができたから、ダブルセットアップをした上で、吸引分娩を実施すべきであった旨主張する。

 前記2で既に認定判断したとおり、頭頂位、不正軸進入や、軟産道狭小化・軟産道強靭が生じていたとは認められない。また、骨盤X線画像で、児頭骨盤不均衡はなく、経膣分娩可能と診断されたこと(前提事実(2)ア(ウ))からすれば、分娩初期から分娩進行が遅延していたとしても、男性型骨盤(前提事実(2)ア(ウ))及び約15キログラムの体重増加(前提事実(2)ア(ア))をもって、吸引分娩で娩出できない可能性が高いことを事前に予見することは難しかったと認められる(実際にも、前記1(1)認定事実ア・エのとおり、子宮口全開大となった時点で児頭はStation+2まで下降していること、吸引分娩においても2回の牽引で排臨に至っていることからすれば、男性型骨盤であることが3回目以降の牽引で娩出困難となった原因であるとは認められない。)。

 そして、本件当時の被告病院においては、夜間帯に帝王切開術を行うには、その準備や麻酔科医の確保等に1時間~1時間半程の時間を要するところ、前記1で認定したとおり、午後9時53分頃に遷延一過性徐脈が確認され、早急に胎児を娩出するため、緊急に吸引分娩を実施する必要があったから、本件吸引分娩実施前にダブルセットアップをしている時間的余裕はなかったと認められる。

 したがって、被告病院の医師らに、本件吸引分娩開始前にダブルセットアップを実施すべき注意義務があったとは認められない。


4 争点〔4〕(遷延一過性徐脈が生じた時点で吸引分娩を中止しなかった過失の有無)について

              (中略)

第4 結論
 よって、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末吉幹和 裁判官 松田敦子 西ヶ谷恵)
以上:3,524文字

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