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婚姻関係破綻と信じたことに過失ありとして損害賠償を認めた地裁判決紹介

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令和 2年10月 9日(金):初稿
○原告が被告に対し、被告が原告の夫であるCと不貞行為を行ったとして、不法行為に基づき、損害賠償金及び遅延損害金の支払を求め、一部請求を認めた平成31年3月27日東京地裁判決(LEX/DB)理由分を紹介します。

○判決は、被告がCとの交際を開始した時点において原告とCの婚姻関係が破綻していたとは認められず、また、被告は、交際開始時において、長年Cが配偶者及び未成熟の子らと同居していたこと及び別居後数か月しか経過していないことを知っていたことが認められ、原告と離婚について合意済みであるとのCの言葉については、何らかの客観的な根拠を確認したわけではなかったことが認められるため、被告が、原告とCの婚姻関係が破綻していたと信じて交際を開始したものであったとしても、この点につき過失を否定することはできないとして、550万円の請求に対し66万円を認めました。

○66万円が多いか少ないかは評価の分かれるところです。

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主   文
1 被告は,原告に対し,66万円及びこれに対する平成28年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを9分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決の主文第1項は,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨

 被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成28年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が被告に対し,被告が原告の夫であるC(以下「C」という。)と不貞行為を行ったとして,不法行為に基づき,損害賠償金550万円及びこれに対する不法行為時からの遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提となる事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)原告(昭和48年○○月○○日生)とC(昭和48年○月○○日生)は,平成10年11月20日に婚姻をした夫婦であり,両者の間には,平成12年○月○○日に長男が,平成14年○○月○○日に二男が出生した。
 被告(昭和50年○月○日生)は,Cが平成28年1月まで務めていたグラクソ・スミスクライン株式会社(以下「GSK社」という。)の従業員であり,Cの同僚であった。

(2)Cは,平成28年1月,GSK社を退職し,同月29日,家族で居住していた社宅を退去したが,その際,原告及び子らと別居し(以下「本件別居」という。),同年5月30日以降,現在の住所地において被告と同棲している。

(3)Cは,平成29年4月,原告を相手方として離婚調停を申し立てたが,原告が離婚に応じなかったことから,同年9月,調停は不調に終わった。

2 原告の主張


              (中略)



第3 当裁判所の判断
1 前記前提となる事実
に,証拠(甲2~5,9~13,25~27,32,44の1~15,甲45,47~49,乙1,3,5~9,証人C,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(1)原告とCは,平成10年11月20日に婚姻をした後,原告の実家のある富山県に住み,平成12年に長男を,平成14年に二男を儲けるなど,円満な婚姻関係を築いていた。

(2)Cは,平成16年,京都に単身赴任し,平成17年4月には,原告も当時従事していた保健師の仕事を辞め,2人の子らと共に京都に転居してCと同居するようになった。その頃,原告は,育児や家事の負担でノイローゼ気味となって精神科に通院するようになり,平成17年頃,万引きをして警察に連行されることもあった。もっとも,Cは,そのような原告に対し配慮を示し,厳しく接することはなかったため,これが原因で夫婦関係が悪化することはなかった。原告とCは,平成22年3月まで京都で暮らし,その後東京に転居した。

(3)被告は,平成20年にGSK社に入社し,平成22年10月から2年間Cと同一の部署に所属していた。被告とCは,別々の部署となった平成24年10月以降も,元の部署のメンバー等と共に飲みに行くことが良くあり,お互いのフェイスブックでコメントのやりとりをしたりもしていた。

(4)Cは,婚姻期間中,少なくとも平成27年5月頃まで,原告の誕生日や結婚記念日,クリスマス等の節目に,原告に対する感謝の意を伝えるメッセージカードを送ったり,母の日に手料理を振る舞ったりするなどし,原告と円満な家庭生活を営んでいた。また,原告とCは,婚姻期間中,しばしば家族で旅行やキャンプ等に出かけており,平成27年中も,3月に原告の母らを交えて沖縄に,5月に原告の母や弟と共に富山に旅行に出かけた。また,原告とCは,2人でよく飲みに出かけており,Cの誕生日の前日である平成27年○月○○日にも,2人で居酒屋に飲みに行った。

(5)Cは,平成27年秋頃,原告に対し,突然離婚して欲しい旨伝え,その理由として,原告の子供に対する接し方に耐えられないことなどを述べた。また,Cは,同年11月頃,原告に対しGSK社を辞めることにした旨伝え,社宅を退去する際に原告及び子らとは別居する旨告げた。

(6)Cは,平成27年12月24日,原告及び2人の子とクリスマスの食事会をしたが,その際,原告との離婚を考えていること,平成28年1月に社宅を退去した後に別居する予定であることを伝えた。これに対し,原告は離婚には反対であり,せめて長男が高校を,二男が中学を卒業するまでは待って欲しいと述べた。

(7)Cは,GSK社を平成28年1月末で退職し,原告家族は,同月末頃同社の社宅を退去し,Cが契約した賃貸住宅に転居した。Cは,原告と同居することを拒み,東京都文京区α所在のワンルームマンションに転居したが(本件別居),原告に対し転居先の住所を知らせなかった。Cの転居先は,被告が当時居住していたマンションから徒歩約2分の距離にあった。

(8)原告とCは,別居後の平成28年2月に会い,別居期間中の生活費等について話し合い,子供のことについても今後相談し合うことを確認した。話合いは穏やかに行われ,両者の間で離婚の条件等が話題になることはなかった。Cは,その後,原告に対し,約束した生活費(月額23万円)を毎月支払っていた。

(9)Cは,平成28年5月5日,長男と会い,一緒に釣りに行ったりした後,長男と焼き肉店で夕食を取ったが,その席に被告を呼び,長男に紹介した。原告は,長男からその話を聞き,初めて被告の存在を知った。

(10)Cと被告は,平成28年5月30日,新たに借りた東京都豊島区βのマンションにおいて同棲生活を始め,現在に至るまで同居している。

(11)原告は,平成28年6月以降,離婚の条件等の話し合いを求めるCとの間で面談の日程を設定しては体調不良を理由にキャンセルすることを繰り返し,実際に面談が実現したのは平成29年2月であった。そして,当該面談において原告が離婚には応じない意思を明確にしたことから,Cは,同年4月,原告を相手方として離婚調停の申立てをした。

(12)Cは,離婚調停が不調に終わり,原告が本件訴訟を提起した平成29年9月頃以降,月額23万円の婚姻費用を月額10万円に減額した。

2 被告とCが交際を開始した時期について
(1)原告は,被告とCは本件別居以前から交際を開始しており,本件別居は,Cが被告と同棲するために計画的に実行したものであると主張する。
 確かに,Cは,本件別居に際し,被告の居住するマンションの目と鼻の先にマンションを借りて転居し,しかも原告に対し転居先を告げなかったというのであり,Cと被告が,職場の同僚として,それ以前から面識があったことを考慮すれば,Cは,転居先として,あえて被告の居住するマンションの近くを選んだものと推認するのが相当である。

 この点,被告は,平成28年1月当時Cは被告の住所を知らず,Cの転居先が被告の住所の近くになったのは単なる偶然であると主張するが,Cが,しばしば一緒に飲みに行っていた被告の住所を全く把握していなかったとは考えにくい上,Cの転居先が,新たな勤務先が所在する東京都渋谷区γに通うために必ずしも利便性が高い場所ではないこと(甲23,24)からすれば,Cが被告の住居の近くに転居したことが単なる偶然であるとは考えられず,被告の主張は採用できない。

(2)しかしながら,本件別居以前にCが被告と2人で会っていたことや,両者の間に男女関係があったことをうかがわせる証拠は存在せず(甲28も,被告とCが2人で会っていたことを示すものとはいえない。),被告とCが相当親しい関係にあったとは認められても,当時既に性的関係を伴う交際を開始していたとまでは断定することはできない。そして,被告がCと不貞関係を初めて持った時期を確定するに足りる的確な証拠はないから,被告がCと交際を始めた時期は,被告が認める平成28年4月頃であることを前提に被告の不法行為の成否を判断すべきである。

3 原告とCの婚姻関係破綻の有無
(1)被告は,被告とCが交際を開始した平成28年4月頃には,原告とCの婚姻関係は破綻していたと主張する。
 前記認定のとおり,原告と被告は同年1月末に別居しており,一見すると,原告と被告の婚姻関係は破綻していたかのように見えなくもない。しかしながら,婚姻関係が破綻し,婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益が消滅したといえるためには,単に夫婦が別居しているというだけでは足りず,両者の婚姻関係が修復不可能な程度に悪化し,その結果別居という状況が生じていることが必要であると解される。

 そこで,この見地からCが別居に至った経緯を見ると,原告とCは,平成27年5月頃までは,普通の夫婦としての生活を送っており,同年○月にも,Cの誕生日の前日に前祝いに2人で飲みに行くなどしているほか,同年9月頃の原告とCのメッセージのやりとり(甲5)を見ても,両者の婚姻関係が危機に瀕していることをうかがわせるようなものは一切存在しない。そして,前記認定事実のとおり,Cは,同年秋頃,突然,一方的に原告に対し離婚を提案し,そのわずか3,4か月後である平成28年1月に本件別居に踏み切ったというのであり,原告が上記離婚の提案を受け入れたことを認めるに足りる証拠もない。

 また,証拠(甲45,49,乙3,原告本人)によれば,原告は,離婚に応ずる意思はなく,別居は不本意であったが,Cの機嫌を損ねることで一層婚姻関係が悪化することをおそれ,いったんは別居を受入れることにしたことが認められる。このような経緯に照らすと,本件別居は,長年にわたる婚姻関係の悪化の結果もたらされたものではなく,Cの一方的な意思により突如としてもたらされたものであって,婚姻期間が平成28年1月時点で17年以上に及び,原告とCの間には2名の未成熟子があることをも考慮すれば,原告とCの婚姻関係が,本件別居時において既に破綻していたとはいえないというべきである。

(2)これに対し,被告は,〔1〕原告とCの婚姻関係は,原告の万引きが発覚した平成17年頃から悪化していた,〔2〕原告とCは,平成26年8月頃いったん離婚することに合意し,離婚届を作成した,〔3〕原告とCは,平成27年8月に離婚について話し合い,原告も離婚することを承諾し,同年11月には原告の母にも報告した,〔4〕原告とCは,同年12月24日,子らに対しても離婚すること及び来月から別居することを伝えた等と主張し,本件別居時には,原告とCが離婚することは合意済みであり,婚姻関係は完全に破綻していたと主張する。

 しかしながら,平成17年の万引きの発覚により婚姻関係が悪化したとは認められないことは,原告とCがその後も従前と変わらない家庭生活を送っていたことから明らかである。また,平成26年8月に離婚の合意が成立したことを裏付ける客観的証拠は一切なく,その前後を通じ原告とCが従来と変わらない家庭生活を送っていることに照らせば,そのような合意があったというのも不自然である。そして,平成27年○月には,原告とCはCの誕生日を祝うために飲みに行っているのであり,その頃離婚について話し合ったというのも不自然である。そうすると,〔1〕ないし〔3〕の事実については,これを認めることはできない。

 もっとも,同年秋頃にCが原告に対し離婚を求めたこと,同年12月24日にはCが子らに対しても離婚を考えていることと別居することを伝えたこと,原告も正面から離婚を否定せず,その先送りを求めるような対応を取ったことは前記認定のとおりであり,原告とCのメールのやりとりも,平成28年1月以降は,お互いに敬語を使用したややよそよそしいものとなっている(甲45)。

しかしながら,この時期においても,原告はCを気遣うようなメールを多数送っており,関係改善のきっかけをつかもうとしていることが認められ,乙3により認められるその後の両者のメールのやりとりを見ても,原告が,Cの機嫌を損ねないように真っ向から離婚を拒絶する姿勢は示していないものの,離婚は不本意である旨の意向がうかがわれるのであって,両者の間に離婚の合意が成立していたと認めることはできない。

 以上によれば,本件別居時に原告と被告が離婚について合意していたと認めることはできず,被告の主張は採用することができない。

(3)以上のとおり,本件別居時に原告とCの婚姻関係が破綻していたとは認められず,その後両者の関係が劇的に変化したことをうかがわせる事情も見当たらないから,被告とCが交際を開始したと認められる平成28年4月頃においても,両者の婚姻関係が破綻していたと認めることはできない。

4 被告の不法行為責任について
(1)被告の故意過失の有無について
 被告がCとの交際を開始した時点でCと原告は別居しており,被告本人によれば,Cは,被告との交際を開始するに当たり,原告とは離婚することで合意済みである旨述べていたことが認められる。また,被告本人は,Cから原告とやりとりしたメールを見せてもらい,その内容から婚姻関係が破綻していることは間違いないと考えたとも供述する。

 しかしながら,被告本人によれば、被告は,交際開始時において,長年Cが配偶者及び未成熟の子らと同居していたこと及び別居後数か月しか経過していないことを知っていたことが認められるところ,原告と離婚について合意済みであるとのCの言葉については,何らかの客観的な根拠を確認したわけではなかったことが認められる。そうすると,被告が,原告とCの婚姻関係が破綻していたと信じて交際を開始したものであったとしても,この点につき過失を否定することはできない。なお,被告本人は,原告とCのメールのやりとりを確認したと供述するが,どのようなメールであったのかあいまいな供述に終始しているし,仮に甲45で提出されているようなメールであったとしても,これにより原告とCの婚姻関係が破綻していることが明らかであるとはいえないから,これにより前記判断は左右されない。

(2)損害について
ア 前記判示のとおり,被告がCとの交際を開始した時点において原告とCの婚姻関係が破綻していたとは認められないから,被告は,Cと不貞関係を持つことで,原告が有する平穏な婚姻共同生活の維持を図る利益を侵害したものといわざるを得ず,これにより原告が被った損害を賠償すべき義務を負う。そして,前記認定によれば,原告とCの婚姻関係は,現時点においてはもはや修復不可能な程度にまで破壊されているというべきところ,その大きな原因の一つが被告とCの不貞関係にあることは否定できない。 

イ もっとも,前記認定によれば,原告とCの婚姻関係は,平成27年秋頃Cが原告に離婚を求めたことで急速に悪化し,本件別居時においては,少なくともCは原告との婚姻関係を維持しようとする意欲を失っていたものと認められる。そして,本件別居後,両者の関係が改善されるような事情が生じた形跡も見当たらないから,原告とCとの婚姻関係は,被告がCとの交際を開始した時点において,Cの一方的な意思によるものであるにせよ,既に相当程度悪化していたものといわざるを得ない。そうすると,原告とCの婚姻関係が,現時点においてもはや修復不可能な程度にまで破壊されているとしても,その原因の相当部分は,被告がCと不貞関係を持つ前に生じていたというべきである。

 なお,本件別居に至る経緯及びその後の被告とCの関係に照らせば,Cが原告との婚姻関係を維持する意欲を失ったことについては,被告の存在が大きく影響していた可能性は否定できないが,被告が原告に対し不法行為責任を負うのは,Cと不貞関係を持つことにより原告が被った損害に限られるのであって,平成28年4月以前に被告がCと不貞関係を持った証拠がない以上,同月以前に原告とCの婚姻関係が悪化したことについて,被告に責任を負わせることはできない。

ウ 以上の諸事情に加え,原告がCとの婚姻関係の悪化によるストレスからうつ病に罹患したこと(甲22)など,本件に現れたすべての事情を総合考慮すれば,被告とCの不貞行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,60万円を相当と認める。また,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,6万円を相当と認める。

5 結論
 以上によれば,原告の請求は,被告に対し66万円及びこれに対する不法行為の後である平成28年5月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は棄却することとして、主文のとおり判決する。 
東京地方裁判所民事第16部
裁判官 谷口安史
以上:7,293文字

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