令和 1年 7月29日(月):初稿 |
○申立人は、相手方と婚姻し、申立人の前夫であるCとの間の長女Dが相手方と養子縁組をし、その後申立人はDと共に自宅を出てFに転居し、別居を開始したところ、申立人が、相手方に対し、婚姻費用分担金として、平成28年10月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで毎月34万円を支払うよう申し立てました。 ○相手方は、別居の原因は、前夫との復縁を企画していた申立人が、相手方との紛争を敢えて引き起こし、ありもしない暴力事件をでっち上げて別居を決行したことによるもので、申立人が自身の生活費相当分も含めた婚姻費用を求めるのは権利濫用であると主張しました。しかし、そのような事実を認める的確な資料はないなどとして、相手方に対し、申立人に344万3446円を支払い、また婚姻費用の分担金として、当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで、平成30年7月から平成32年3月までは月額28万円、平成32年4月以降は月額21万円を、毎月末日限り申立人に支払うよう命じた平成30年7月10日大阪家裁審判(判タ1460号121頁)全文を紹介します。 ○本件では、申立人は平成24年10月、相手方と婚姻し、同時に前夫との子Dと相手方が養子縁組をしましたが、前夫から平成30年12月までDの養育費を相当額受領していました。この前夫からの養育費は、申立人の収入ではないとして、全く考慮されずに婚姻費用が認定され、相手方が抗告しています。 ********************************************* 主 文 1 相手方は,申立人に対し,344万3446円を支払え。 2 相手方は,申立人に対し,婚姻費用の分担金として,当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,平成30年7月から平成32年3月までは月額28万円,平成32年4月以降は月額21万円を,毎月末日限り支払え。 3 手続費用は各自の負担とする。 理 由 第1 申立て 相手方は,申立人に対し,婚姻費用分担金として,平成28年10月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月34万円を支払え。 第2 認定事実 本件記録によれば,次の事実が認められる。 1 当事者 申立人(昭和37年*月*日生)と相手方(昭和38年*月*日生)は平成24年10月1日に婚姻した。申立人と申立人の前夫であるC(以下「前夫」という。)との間の長女D(平成9年*月*日生。〈以下略〉)は,平成24年10月30日,相手方と養子縁組をした。 申立人は,平成28年9月8日頃から同年10月12日までの間,Dを連れてE市内のホテルやウィークリーマンションに宿泊しながら,相手方が不在の時間帯に自宅に戻って家事をしていたが,同月12日,Dと共に自宅を出てFに転居し,別居を開始した。 2 当事者の収入等 (1)申立人 ア 申立人は,教員免許を保有し,平成25年4月から私立高校の非常勤講師(英語科)として勤務し,平成27年の年収は253万0895円であったが,相手方との別居後である平成28年10月,転居に伴い退職した。申立人は,別居後求職活動をしているが,再就職の目途はたっていない。 イ また,申立人には,ホームページのメンテナンス作業により月額4000~7000円程度,不定期で行うエキストラ業務により月額6000~9000円程度の収入がある。 ウ 申立人は,○○のため,平成23年9月27日,○○,○○および○○を含む手術を受けたことにより,現在も長時間同じ姿勢でいるとリンパ浮腫の症状が強くなるため,同じ姿勢で長時間勤務することは難しい。 (2)相手方 ア 相手方は,G株式会社に勤務する会社員であり,給与のほかに講師等による不定期の収入がある。相手方の平成29年の年収は1958万5448円(G株式会社からの給与1956万8268円及びH大学からの講師料1万7180円)であった。 イ 相手方の勤務先においては,55歳以降(平成30年2月以降)は例月相当に0.9,賞与相当に0.6をそれぞれ乗じた額に給与が減額されることとなっており,その結果,55歳以降の給与は全体として54歳までの年俸の8割程度(約1566万円)になる。 3 その他の事情 (1)Dの学費 ア Dは,平成28年4月,I短期大学に入学し,J大学又は他大学への編入を目指していたが,平成28年度の後期の授業料が工面できず,平成28年12月から休学し,平成29年3月までに退学した。 イ Dは,平成29年4月,K大学(4年制大学)に入学したが,入学に際し,相手方の同意は得ておらず,相手方においても学費を負担する意思はない。 同校の入学金は36万円,授業料,実習費,施設費,維持費及び保険料を含む大学経費は年間158万5160円である。 (2)前夫からの養育費 ア 申立人は,平成24年9月28日,前夫との間で,離婚給付等契約公正証書(E法務局所属公証人○○作成に係る平成24年第*号)を作成し,〔1〕前夫が,申立人に対し,Dの養育費として,平成24年4月からDが大学(医・薬・歯・獣医学部の場合は6年制課程)を卒業する月又は22歳になるまでのいずれか遅い方に達するまで,1か月金14万円を,毎月末日限り,申立人が指定する預貯金口座に振り込んで支払うこと,〔2〕〔1〕に定めるほか,入学費用,就学費用の教育費,入院等の費用を要する場合は,申立人の請求に基づき,前夫は必要費用の全額を,毎年金100万円を上限として申立人に支払う,ただし,協議の上,状況に応じて,前夫は申立人の請求時に応じることを合意した。 イ 申立人は,前夫から,〔1〕平成28年4月まで,上記ア記載の公正証書に基づき,前夫から毎月14万円の養育費の支払を受け,〔2〕平成27年12月頃,Dの受験費用等として,合計120万円の支払を受け,〔3〕平成28年3月頃,平成28年5月から同年12月までの養育費(月額14万円×8か月分)として112万円及び平成29年1月分の養育費うち8万円の合計120万円の支払を受け,〔4〕平成28年10月頃,平成29年1月分の養育費うち6万円及び平成29年2月から平成30年6月までの養育費(月額14万円×17か月分)238万円の支払を受け,〔5〕平成29年4月以降,平成30年7月分から12月分までの養育費(月額14万円×6か月分)84万円の支払を受けた。 ウ 申立人は,上記〔3〕をDの大学受験費用,I短期大学の入学金及び平成28年度前期の授業料に,〔4〕をDの休学費用や相手方と別居した際の費用に,〔5〕をK大学の入学金及び平成29年度の授業料に,それぞれ充てた。 (3)倉庫代 相手方が契約している倉庫(月額3万5000円)の中には,申立人及びDの段ボール箱23箱,ギター1台及びキーボード1台並びに相手方の荷物が置いてあった。申立人が,平成29年2月27日付け文書により,相手方に対し,早急に○○の倉庫の解約をして婚姻費用に充てるよう連絡したのに対し,相手方は,平成29年4月17日付文書で,申立人に対し,倉庫内にある申立人の荷物を,申立人の費用負担において撤去することを求めたが,まずは手前に収納されている大量の相手方の荷物を撤去しなければ,奥の方に収納されている申立人及びDの荷物を撤去できない状態であった。申立人は,平成29年12月から1月にかけて,相手方に対し,申立人及びDの荷物を撤去できる程度に,まずは相手方が荷物を撤去するよう求め,平成30年1月頃までに,申立人は,申立人及びDの荷物を同倉庫から撤去した。 4 既払婚姻費用 別居日以降に相手方が支払った婚姻費用及び相手方が負担した申立人及びDの生活費のために使用されたクレジットカードの使用料は別紙1のとおり339万6554円である。 なお,相手方が平成28年10月及び11月に支払ったクレジットカード代金(10月分22万2911円,11月分7万9613円)については,いずれも使用日が別居前であり,同居中の生活費として費消されたものであるから,既払婚姻費用とは評価できない。 5 本件申立て等 申立人は,平成28年10月31日,大阪家庭裁判所において,相手方に対し,婚姻費用分担調停(大阪家庭裁判所平成28年(家イ)第**号。以下「本件調停」という。)を申し立てたが,平成30年3月23日不成立となり,本件審判手続に移行した。 第3 判断 1 婚姻費用分担金支払義務の始期 婚姻費用分担金支払義務の始期は,申立人が相手方に対し本件調停を申し立てた日の属する月である平成28年10月とする。 2 当事者の総収入について (1)申立人 ア 上記認定のとおり,申立人は,教員免許を保有しているものの,平成28年10月,転居に伴い勤務先を退職し,再就職の見込みは立っておらず,その年齢に照らしても,教員としての再就職が容易であるとはいい難い。そうすると,申立人が教員として稼働していた別居前の収入を前提として婚姻費用を算定することは相当ではない。 また,申立人が,○○のため,平成23年9月27日,○○,○○および○○を含む手術を受けたことにより,現在も長時間同じ姿勢で長時間勤務することは難しいことに鑑みれば,申立人の潜在的稼働能力としては,平均的な短時間労働者の年収である120万円の半分の60万円と認めるが相当である。 イ なお,相手方は,申立人が前夫から受領したDの養育費について,収入と評価して加算すべきであると主張する。しかしながら,養父である相手方がDの第一次的な扶養義務者であり,実親の扶養義務に優先することに照らせば,これを申立人の収入と評価して加算することは相当ではない。 (2)相手方 ア 平成28年10月から平成30年1月まで婚姻費用算定の基礎となる相手方の総収入は,相手方の平成29年の年収に照らし,年額1958万5448円(給与)とするのが相当である。 イ また,相手方の勤務先においては,55歳以降の給与が,54歳までの給与額の約8割(約1566万円程度)に減額される。よって,平成30年2月以降の相手方の総収入額は,相手方の平成29年の年収の8割に相当する約1566万(給与)と認めるのが相当である。 3 婚姻費用の算定 (1)婚姻費用の算定については,一般にいわゆる標準的算定方式(判例タイムズ1111号285頁以下)が実務上その合理性を肯定されていることから,これにより試算される額を参考に,修正要素を加味して検討する。 (2)ところで,Dは,平成29年4月,K大学(4年制大学)に入学し,現在も在籍しているところ,婚姻費用の算定上は,平成32年3月まで未成熟子と扱うことが相当である。 すなわち,DのK大学への入学に際し,相手方の同意は得られていないものの,Dが平成28年4月にI短期大学に入学した頃からJ大学又は他大学への編入を目指していたことや,相手方の収入状況を併せ考慮すれば,一般的に浪人や留年をしないで4年制大学を卒業する時期である22歳になった後最初に到来する3月までは,Dを未成熟子と評価して婚姻費用を算定するのが当事者の公平に資する。 ただし,標準的算定方式により算定される婚姻費用に含まれる教育費を超える学費については,DのK大学入学に対する相手方の同意がなかったことや,申立人が,上記第2の3(2)記載の公正証書に基づき,Dが大学を卒業するまでの期間,前夫からDの養育として月額14万円の支払を受けていることに鑑み、加算しないこととする。 (3)平成28年10月から平成30年1月まで 申立人の収入を60万円(給与),相手方の収入を1958万5448円(給与)として,標準的算定方式の表12(婚姻費用・子1人表[第1子15~19歳])を適用すると,34~36万円の枠の中間付近に位置するところ,申立人が,平成30年1月まで相手方が賃借する倉庫の一部を使用していたことなど,本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用分担額は月額34万円と解するのが相当である。 (4)平成30年2月から平成32年3月まで 申立人の収入を60万円(給与),相手方の収入を1566万円(給与)として,標準的算定方式の表12(婚姻費用・子1人表[第1子15~19歳])を適用すると,28~30万円の枠の下方に位置するところ,本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用分担額は月額28万円と解するのが相当である。 (5)平成32年4月以降 申立人の収入を60万円(給与),相手方の収入を1566万円(給与)として,標準的算定方式の表10(婚姻費用・夫婦のみ表)を適用すると,20~22万円の枠の中間付近に位置するところ,本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用分担額は月額21万円と解するのが相当である。 (6)既払婚姻費用 ア 上記第2の4記載のとおり,別居後,相手方が申立人に対して支払い,又は負担した339万6554円は既払婚姻費用と認められる。 イ なお,申立人は,そのうち80万3833円は,平成28年6月から平成28年10月12日までの間に,申立人が相手方に代わって立替えて支払った生活費を相手方へ請求したことに対して受けた支払であり,平成28年10月以降の婚姻費用として支払われたものではないと主張する。 しかしながら,上記ア記載の金員は,いずれも相手方が当月分の婚姻費用の趣旨で支払い又は負担したものである上,当事者の別居前の生活において,申立人と相手方との間に,明確な生活費の分担合意があったということもできない。そうすると,申立人が相手方に対して,生活費に関する立替金債権を有していたとは認められず,申立人の主張は採用できない。 (7)その他 相手方は,別居の原因は,前夫との復縁を企画していた申立人が,相手方との紛争を敢えて引き起こし,ありもしない暴力事件をでっち上げて別居を決行したことによるもので,申立人が自身の生活費相当分も含めた婚姻費用を求めるのは権利濫用であると主張するが,同事実を認める的確な資料はない。 (8)以上に,本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば,本件の婚姻費用の分担金は,平成28年10月から平成30年1月までは月額34万円,平成30年2月から平成32年3月までは月額28万円,平成32年4月以降は月額21万円とするのが相当である。 4 以上より,相手方は,申立人に対し,平成28年10月から平成30年6月までの婚姻費用分担金合計額684万円(34万円×16か月+28万円×5か月)から既払金339万6554円を控除した344万3446円については即時に,当事者の別居解消又は離婚に至るまでの間,平成30年7月から平成32年3月までは月額28万円,平成32年4月以降は月額21万円を,毎月末日限り支払う義務がある。 よって,主文のとおり審判する。 以上:6,082文字
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