平成31年 3月27日(水):初稿 |
○「無職無収入妻の潜在的稼働能力を認め収入を認定した家裁審判紹介」の続きで、その抗告審である平成30年4月20日東京高裁決定(判タ1457号85頁)全文を紹介します。 ○妻である原審申立人が別居中の夫である原審相手方に対し婚姻費用分担金の支払を求めた事案において,原審平成29年12月15日さいたま家裁審判(ウエストロー・ジャパン)は,①無職無収入である原審申立人の潜在的稼働能力を認め,賃金センサスに基づき収入を認定した上,②原審相手方による原審申立人の監護する子らの連れ去りの態様及びその後の一連の行動は,原審申立人が子らを正当に監護することを違法に妨げたことが明らかであるなどとして,原審申立人が子らを監護していなかった期間についても,監護していたことを前提として婚姻費用分担金の額を算定しました。 ○当事者双方がこれを不服として即時抗告を申し立てた抗告審平成30年4月20日東京高裁決定(判タ1457号85頁)は,①子が幼少であり稼働できない原審申立人の潜在的稼働能力をもとに収入を認定するのは相当ではないとした上,②原審申立人が子らを現実に監護していなかった期間については,原審相手方に子らの監護に係る費用を請求し得ないものとして婚姻費用分担金の額を算定するのが相当であるとして,原審判を変更し,婚姻費用分担金の額を定めました。 *************************************** 主 文 1 原審判を次のとおり変更する。 2 原審相手方は,原審申立人に対し,194万5097円を支払え。 3 原審相手方は,原審申立人に対し,平成30年4月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り,1か月当たり14万円を支払え。 4 手続費用は,当審,原審ともに各自の負担とする。 理 由 第1 抗告の趣旨及び理由 本件は,妻である原審申立人が夫である原審相手方に対して婚姻費用の支払を求めたさいたま家庭裁判所平成29年(家)第30169号婚姻費用分担申立事件について,平成29年12月15日,同裁判所が,平成28年10月以降の婚姻費用を1か月当たり12万4000円とし,原審相手方に対し,同月から平成29年11月までの未払婚姻費用153万6000円を直ちに支払うとともに,同年12月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り,1か月当たり12万4000円の婚姻費用を支払うよう命じる原審判をしたのに対し,当事者双方がこれを不服として即時抗告を申し立てた事案であり,原審申立人の抗告の趣旨及び理由は,別紙「抗告状」,「抗告理由書」,「準備書面(1)」及び「準備書面(2)」に,原審相手方の抗告の趣旨及び理由は,別紙「抗告書」に記載のとおりである。 第2 当裁判所の判断 1 原審判の引用 下記(1)ないし(6)のとおり補正した上で,原審判の「理由」の第2の1を引用する。 (1) 原審判2頁7行目の「継続中」を「係属中」に改める。 (2) 原審判2頁22行目の「相手方」の後に「及びその母」を加える。 (3) 原審判3頁3行目の「相手方ら」を「拘束者である原審相手方及びその母」に改める。 (4) 原審判3頁4行目の「しかし,」から5行目の「勾引され,」までを削る。 (5) 原審判3頁6行目及び10行目の「同日」をそれぞれ「同年9月8日」に改める。 (6) 原審判3頁10行目の末尾の次に,改行した上で下記のとおり加える。 「 上記のとおり,平成29年1月21日から同年9月8日までの間,長男及び長女は原審相手方の下で監護されていたものであるが,その間にも,原審申立人は長男の幼稚園代金として合計18万9090円を支払っていた(甲27)。」 2 判断 (1) 夫である原審相手方は,妻である原審申立人に対し,生活保持義務に基づき,婚姻費用を分担すべき義務を負っているところ,原審相手方は,原審申立人は原審相手方の同意を得ることなく別居し,夫婦の同居義務に違反しているため,長男及び長女の分を除く,原審申立人に関する婚姻費用を支払う義務はないと主張する。 この点,別居に至った原因が専らあるいは主として婚姻費用の分担を求める権利者にある場合には,権利者の婚姻費用の請求が信義則に反し,権利を濫用したものとして許されないことがあるとしても,原審判の「理由」の第2,1(2)イの各事件における家庭裁判所調査官の調査報告書(甲4)によれば,原審申立人は,長男及び長女を主として監護してきたものであるが,原審相手方から長男や長女の育児の仕方に関して繰り返し注意を受けたりして精神的に辛くなっていたところ,平成28年9月15日にも長女の夜泣きについて大声で注意されるなどしたことから,翌日,長男及び長女を連れて実家に戻り,原審相手方と別居するに至ったものと認められ,その他に原審申立人の請求が信義則に反し,権利を濫用したものと認めるに足りる資料はないから,原審相手方は,原審申立人に対して婚姻費用を分担すべき義務がある。 (2) ア そして,原審相手方が分担する婚姻費用の額については,標準算定方式(当事者双方の総収入から税法等で論理的に算出される標準的な割合による公租公課,統計資料に基づいて推計される標準的な割合により算出される職業費及び特別経費を控除した基礎収入を求めた上で,双方が同居しているものと仮定した場合,権利者のために充てられたはずの生活費の額を生活保護基準等から導き出される標準的な生活費指数によって算出し,ここから権利者の基礎収入を控除したものを義務者が権利者に支払うべき婚姻費用の分担額を求める方法(判例タイムズ1111号285頁以下参照))により算定するのが相当である。 イ 原審申立人については,現在無職であり,収入はない。 原審申立人は,歯科衛生士の資格を有しており,10年以上にわたって歯科医院での勤務経験があるものの,本決定日において,長男は満5歳であるものの,長女は3歳に達したばかりの幼少であり,幼稚園にも保育園にも入園しておらず,その予定もないことからすると,婚姻費用の算定に当たり,原審申立人の潜在的な稼働能力をもとに,その収入を認定するのは相当とはいえない。 なお,本決定で原審相手方に支払を命じる婚姻費用は,長女が幼少であり,原審申立人が稼働できない状態にあることを前提とするものであるから,将来,長女が幼稚園等に通園を始めるなどして,原審申立人が稼働することができるようになった場合には,その時点において,婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして,婚姻費用の額が見直されるべきものであることを付言する。 ウ 前記(原審判の「理由」の第2,1(3)イ)のとおり,原審相手方の平成28年の給与収入は668万3740円であり,標準算定方式における基礎収入割合は37パーセントとするのが相当である。そうすると,原審相手方の基礎収入は,247万2983円(668万3740円×0.37)となる。 原審相手方は,その基礎収入を算定するに当たっては,原審相手方の収入から,①扶養手当や児童手当,②自宅土地建物の住宅ローンの支払予定額,③原審相手方と同居する母の生活費を控除すべきであると主張する。 しかし,①前記認定の原審相手方の給与収入には,そもそも児童手当は含まれておらず,また,原審相手方が受給していた扶養手当が別居を機に支給されなくなったと認めるに足りる資料もないから,これらを控除する必要はなく,②住宅ローンについても,原審相手方とその母が居住する土地建物に関するものである上,この支払には資産形成としての側面があり,婚姻費用の分担額の算定において考慮すべきものとはいえない。また,③原審相手方がその母の生活費を支出しているとしても,原審相手方の原審申立人に対する生活保持義務は,原審相手方の母に対する扶助義務に優先するものであるから,これも考慮することはできない。 エ 上記によれば,原審申立人が長男及び長女と同居している期間中に原審相手方が分担すべき婚姻費用は,概ね月額14万円(247万2983円÷(100+100+55+55)×(100+55+55)÷12か月=13万9603円≒14万円)となり,原審相手方が長男及び長女と同居していた期間については,概ね月額6万6000円(247万2983円÷(100+100+55+55)×(100)÷12か月=6万6478円≒6万6000円)となる。 (3) ところで,原審相手方の原審申立人に対して分担する婚姻費用は,原審申立人が本件にかかる調停を申し立てた平成28年10月を始期として認めるのが相当であるが,その後の平成29年1月21日から同年9月8日までの間,長男及び長女は,事実上原審相手方によって監護されていたものである。 上記の期間原審相手方が監護したのは,原審相手方が,同年1月21日の面会交流の際に原審申立人に無断で長男及び長女を連れ帰り,その後,原審申立人を長男及び長女の監護者と仮に定め,原審相手方に対し,長男及び長女を仮に原審申立人に引き渡すことを命じる審判前の保全処分がされて確定したにもかかわらず,これに応じず,強制執行に際しても引き渡しを拒否し,上記の本案事件でも,原審申立人を長男及び長女の監護者とし,その引渡しを命じる審判がされてもこれに応じず,人身保護請求を認容する判決が言い渡されるまで,長男及び長女を原審申立人に引き渡さなかったことによるものである。 このように,原審相手方は,審判前の保全処分にも,本案事件の審判にも従わなかったものであり,遅くとも,審判前の保全処分が確定した後の原審相手方による長男と長女の事実上の監護は違法なものであった。 しかし,婚姻費用の分担の問題は,子の監護に要する費用の分担の問題を含み,その費用を夫婦間で公平に分担させようというものであるから,実際に発生した費用ないし発生すると統計等により算出される費用を双方に収入その他の考慮要素に応じて負担させることが相当である。 そうすると,例えば,子を違法に監護した者から,監護に要した費用を請求された場合には,これを権利濫用ないし信義則違反に当たるとして許されないことはあっても,逆に,子を監護しなかった者から,違法に監護していた者に対し,現に負担しなかった監護費用を請求することは,監護費用には損害賠償の趣旨は含まれていない以上,これを認めるべきではないと考える。 したがって,原審申立人が長男及び長女を現実に監護していなかった期間については,原審相手方に長男及び長女の監護に係る費用を請求し得ないものとして,婚姻費用分担額を算定するのが相当である。ただし,その間に原審申立人が支出した長男の幼稚園代については,原審相手方が分担すべきである。 (4) そうすると,原審申立人が長男及び長女を監護する,平成28年10月1日から平成29年1月20日まで及び同年9月9日から当審の審理終結日までに支払期限(支払期限は,毎月末日限り,当月分を支払わせるのが相当である。)の到来した平成30年3月までの間の婚姻費用は,合計145万2988円(14万円×9か月+14万円÷31日×20日+14万円÷30日×22日)になる。 また,原審相手方が事実上長男及び長女を監護していた平成29年1月21日から同年9月8日まで,1か月当たり6万6000円の婚姻費用は,合計50万3019円(6万6000円×7か月+6万6000円÷31日×11日+6万6000円÷30日×8日)になり,これに上記期間中に原審申立人が負担した長男の幼稚園代18万9090円を加えると69万2109円になる。 他方,原審相手方は,平成28年11月6日から平成29年11月30日までの間に合計20万円を支払っているものと認められる。 (5) 以上によれば,原審相手方に対し,支払期日の到来した上記婚姻費用の合計214万5097円から既払金20万円を控除した残金194万5097円を直ちに支払わせるとともに,平成30年4月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り,1か月当たり14万円を支払わせるのが相当である。 よって,上記と異なる原審判を変更することとして,主文のとおり決定する。 東京高等裁判所第23民事部 (裁判長裁判官 垣内正 裁判官 髙宮健二 裁判官 小川理津子) 以上:5,075文字
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