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無職無収入妻の潜在的稼働能力を認め収入を認定した家裁審判紹介

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平成31年 3月26日(火):初稿
○無職無収入の妻が申し立てた婚姻費用分担調停申立について、妻が歯科衛生士の資格があること等から潜在的稼働能力があるとして平成28年賃金構造基本統計調査(賃金センサス)第3巻第13表「P医療,福祉」・企業規模計の女子短時間労働者(35~39歳)の年収額である151万円割程度の稼働能力を認めた平成29年12月15日さいたま家裁審判(ウエストロー・ジャパン)全文を紹介します。

○しかし、抗告審平成30年4月20日東京高裁決定(判タ1457号85頁)では、子が幼少であり稼働できない原審申立人の潜在的稼働能力をもとに収入を認定するのは相当ではないと変更されていますので、別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 相手方は,申立人に対し,153万6000円を支払え。
2 相手方は,申立人に対し,平成29年12月以降,当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り,月額12万4000円を支払え。
3 手続費用は,各自の負担とする。

理   由
第1 本件事案の概要

 本件は,申立人が,相手方に対し,婚姻費用として,月額14万円の支払を求めた事案である。

第2 当裁判所の判断
1 一件記録によれば,以下の事実が認められる。

(1) 当事者
 申立人と相手方は,平成23年11月25日に婚姻した夫婦であり,両名の間には,長男○○(平成24年○○月○○日生)及び長女○○(平成27年○○月○○日生)がいる。

(2) 本件に至る経緯等
ア 申立人は,平成28年9月16日,長男及び長女を連れて実家に戻り,相手方と別居した。

イ 相手方は,平成28年10月13日,千葉家庭裁判所木更津支部に子の監護者指定及び子の引渡しの各審判(同庁同年(家)第1005号ないし第1008号)並びにこれらを本案とする審判前の保全処分(同庁同年(家ロ)第2004号)を申し立てたが,その審理が継続中である平成29年1月21日に実施された面会交流の際,申立人の承諾を得ないまま長男及び長女を自宅に連れ帰り,同年2月8日,上記各事件をいずれも取り下げた。

ウ 申立人は,平成29年1月26日,さいたま家庭裁判所に子の監護者の指定及び子の引渡しの各審判(同庁同年(家)第30022号ないし30025号)並びにこれらを本案とする審判前の保全処分(同庁同年(家ロ)第1001号)を申し立て,同裁判所は,同年2月15日,上記保全事件について,長男及び長女の監護者を申立人と仮に定めるとともに相手方に対して長男及び長女を申立人に仮に引き渡すことを命じる旨の審判をした。これに対し,相手方は,東京高等裁判所に即時抗告を提起(同庁同年(ラ)第506号)したが,同裁判所は,同年5月16日,これを棄却した。

エ 申立人は,さいたま地方裁判所所属執行官に対し,前記ウの保全事件の審判に基づく強制執行(同庁同年(執ハ)第7号)を申し立て,執行官は平成29年2月27日に執行に着手したが,相手方が長男及び長女の引渡しを拒否したため,同手続は執行不能で終了した。

オ さいたま家庭裁判所は,平成29年6月21日,前記ウの本案事件について,長男及び長女の監護者を申立人と定めるとともに,相手方に対して長男及び長女を申立人に引き渡すべきことを命ずる旨の審判をした。

カ 申立人は,平成29年7月1日,さいたま地方裁判所に人身保護法に基づく人身保護請求(同庁同年(人)第4号)をし,同裁判所は,同年7月24日,相手方らに対して長男及び長女を審問期日に出頭させることなどを命ずる人身保護命令を発付した。しかし,相手方らは,審問期日に長男及び長女を出頭させなかったため,同年9月8日に勾引され,同裁判所は,同日,長男及び長女を釈放し申立人に引き渡す旨の人身保護判決をした。これに対し,相手方は,最高裁判所に上告したが(同庁同年(オ)第1405号),同裁判所は,同年11月21日,これを棄却した。
 申立人は,同日から長男及び長女の監護を再開した。

キ 申立人は,平成28年10月19日,さいたま家庭裁判所に婚姻費用分担調停(以下「本件調停」という。)を申し立てたが,本件調停は,平成29年5月15日に不成立となり,本件審判手続に移行した。

(3) 申立人及び相手方の収入等
ア 申立人
 申立人は,現在,就労しておらず,収入はない(甲16)。もっとも,申立人は,歯科衛生士の資格を有しており,平成13年4月から平成24年2月に至るまで複数の歯科医院での勤務歴がある。申立人は,長女の世話に手が掛からなくなったら,歯科医院での勤務を再開したいとの意向を示している。また,申立人は,現在,実家において,長男及び長女のほか,父,母及び弟と同居しており,同人らの監護補助を受けている(特に,申立人の母は,専業主婦であり,平日や土日も在宅していることが多い。)。

イ 相手方
 相手方の平成28年分の給与所得の支払金額は,668万3740円である(乙4)。

(4) 既払金
 相手方は,申立人に対し,婚姻費用(長男及び長女の生活費)として,平成28年11月6日,同年12月16日,平成29年1月17日,同年10月30日,同年11月30日にそれぞれ4万円(合計20万円)を支払った。

2 相手方が負担すべき婚姻費用の具体的な分担額
(1) 相手方は,申立人に対し,別居解消又は離婚に至るまで,双方の経済状況に応じた婚姻費用を分担する義務があるところ(民法760条),婚姻費用の具体的な分担額は,東京・大阪養育費等研究会による標準算定方式(判例タイムズ1111号285頁参照)によって算定するのが相当である。

(2) 申立人の総収入について
ア 前記1(3)アに認定したとおり,申立人は,現在,就労しておらず,収入がないことが認められる。
 しかしながら,他方で,申立人は,歯科衛生士の資格を有しており,これまでに10年以上にわたる歯科医院での勤務歴があること,相手方が監護養育する長男及び長女はいまだ幼少であるが,長男は幼稚園に通園しており,また,申立人は,平日や休日にも在宅していることの多い申立人の母の監護補助を受けられる状況にあることからすると,申立人の就労が不可能ないし困難であるということはできず,申立人には潜在的稼働能力があると認められるから,申立人の総収入を0円とするのは妥当でない

 もっとも,申立人は,同居する親族ら(特に母)の監護補助を受けているとはいえ,いまだ幼少である長男及び長女を監護養育していることからすると,その勤務時間は相当程度制約されるものと考えられる。このことに加え,上記のような申立人が有する資格や勤務歴等に鑑みると,申立人は,平成28年賃金構造基本統計調査(賃金センサス)第3巻第13表「P医療,福祉」・企業規模計の女子短時間労働者(35~39歳)の年収額である151万円割程度の稼働能力を有すると認めるのが相当である。

イ これに対し,申立人は,長男及び長女がいまだ幼少であり,愛着の対象としての母親を必要とする年齢であること,特に本件では,相手方による違法な連れ去りのため,長男及び長女との交流が長期間断たれており,一般的な子どもよりも長男及び長女に接するべき必要性が高いことを理由に,申立人が現在無職でいるのは長男及び長女の健全な成長のためであり,合理的な理由があると主張する。

 しかしながら,申立人の就労が不可能ないし困難であるとまでいえないことは前記説示のとおりであり,また,申立人が短時間就労することによって長男及び長女の健全な成長が阻害されるとはいえず,長男及び長女の健全な成長のために申立人が無職でいる必要性があるとはいえないから,申立人の上記主張には理由がない。

(3) 相手方の総収入について
 前記1(3)イに認定したとおり,相手方の平成28年分の給与所得の支払金額は,668万3740円であることが認められるから,これを相手方の総収入とすべきである。
 これに対し,相手方は,相手方の収入から,①扶養手当や児童手当に相当する金額を差し引くべきである,②土地及び新築の住宅を購入し,年末若しくは年明けにローンの支払が始まり,ローンの支払を無視して計算すると著しく相手方の生活を圧迫するため,ローンの支払予定額を差し引くべきである,③相手方の母が相手方と同居し,相手方が相手方の母を養っているため,相手方の母の生活費を差し引くべきであると主張する。

 しかしながら,①及び②については,相手方が分担すべき婚姻費用の額を算定するに当たって,相手方が主張する額を相手方の収入から差し引くべきであるとは認められないし,また,③についても,相手方の母は,相手方が面会交流の際に長男及び長女を自宅に連れ帰って間もなく,長男及び長女を事実上監護するために相手方と同居するに至ったものであり(甲18・6頁),かかる経緯に鑑みれば,相手方が相手方の母を養わなければならない必然性があるとはいえず,相手方が分担すべき婚姻費用の額を算定するに当たって,相手方の母の生活費を相手方の収入から差し引くべきであるとも認められない。
 したがって,相手方の上記主張にはいずれも理由がない。

(4) 以上によれば,相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用の額は,次のとおり,月額12万4000円(1000円未満四捨五入)となる。
① 申立人の基礎収入
 151万円×0.39=58万8900円

② 相手方の基礎収入
 668万3740円×0.37=247万2984円

③ 義務者が分担すべき婚姻費用の額
 (58万8900円+247万2984円)÷(100+100+55×2)×(100+55×2)-58万8900円=148万5279円(月額12万3773円)

3 平成29年1月21日から同年9月8日までの婚姻費用について
 前記1(2)で認定したとおり,申立人は,平成29年1月21日から同年9月8日までの間,長男及び長女を監護していなかったことが認められる。
 しかしながら,その原因は,相手方が,自ら申し立てた子の監護者指定及び子の引渡しの各審判並びにこれらを本案とする審判前の保全処分申立事件の審理継続中であったにもかかわらず,かかる司法手続を無視して,面会交流の際に申立人の承諾のないまま長男及び長女を自宅に連れ帰り,その後に申立人が申し立てた子の引渡しの保全審判に基づく強制執行にも抵抗して執行不能とさせ,申立人が申し立てた人身保護請求における人身保護命令にも従わずに勾引され,人身保護判決に基づいて長男及び長女が申立人に引き渡されるまでの間,長男及び長女の監護を事実上継続したことによるものであり,このような相手方による長男及び長女の連れ去りの態様及びその後の一連の行動は,法手続を甚だ軽視するものというほかなく,相手方は,上記期間中に申立人が長男及び長女を正当に監護することを違法に妨げたことが明らかである。

 それにもかかわらず,上記期間中に申立人が長男及び長女を監護していなかったことを前提として相手方が分担すべき婚姻費用の額を算定することは,当事者間の公平に著しく反し,また,違法状態を追認することにもなって相当でない。
 そうすると,相手方が分担すべき婚姻費用の額を算定するに当たっては,上記期間中も申立人が長男及び長女を監護していたことを前提としてこれを算定すべきである。

4 そして,婚姻費用分担の始期については,申立人が本件調停を申し立てた平成28年10月とするのが相当であるところ,前記認定によれば,相手方は,平成28年11月から平成29年11月までの間,申立人に対し,婚姻費用(長男及び長女の生活費)として合計20万円を支払ったことが認められるから,平成28年10月から平成29年11月までの婚姻費用の未払分は,合計153万6000円(12万4000円×14か月-20万円)となる。

5 よって,主文のとおり審判する。
 さいたま家庭裁判所家事部 (裁判官 長谷川武久)
以上:4,907文字

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