平成30年11月28日(水):初稿 |
○「同居住居を一定地域内に定めることを条件に同居を命じた家裁判例紹介」の続きで、別居中の抗告人妻に対する相手方夫からの同居申立てを条件付きで認めた原審判を取消して,申立てを却下した平成29年7月14日福岡高裁決定(判タ1453号121頁)を紹介します。 ○同決定では、「同居義務があるからといって,婚姻が継続する限り同居を拒み得ないと解するのは相当でなく,その具体的な義務の内容(同居の時期,場所,態様等)については,夫婦間で合意ができない場合には家庭裁判所が審判によって同居の当否を審理した上で,同居が相当と認められる場合に,個別的,具体的に形成されるべき」と一般論を述べています。 ○本件では、「抗告人について,あらかじめ薬を服用することで適応障害の症状を抑えることができる可能性はあるとしても,そのようにしてまで相手方との同居生活を再開したところで,抗告人において,早晩,服薬によって症状を抑えることも困難となり,再度別居せざるを得なくなる可能性は高い」として、同居を命じるのは相当でないとしています。 ********************************************** 主 文 1 原審判を取り消す。 2 相手方の申立てを却下する。 3 手続費用は,原審及び当審を通じて各自の負担とする。 理 由 第1 抗告の趣旨 1 原審判を取り消す。 2 相手方の申立てを却下する。 第2 事案の概要 1 本件は,夫である相手方(昭和47年●月●日生)が,両名の間の長女C(平成24年●月●日生)を連れて別居中の妻である抗告人(昭和51年●月●日生)に対し,抗告人との同居を命じる審判を求めた事案である。 なお,抗告人は,平成26年●月●日,佐賀家庭裁判所に相手方との離婚を求めて訴えを提起し(同裁判所平成26年(家ホ)第●号),平成28年●月●日,離婚を認容する判決がされたが,相手方が,同月●日,福岡高等裁判所に控訴をし(同裁判所平成28年(ネ)第●号),同年●月●日,原判決を取り消して離婚請求を棄却する判決(控訴審判決)がされ,同判決は,同年●月●日,確定した。 原審は,抗告人に対し,相手方において,抗告人の通勤できる地域内に上記3名のみが同居できる住居を定めた時は,相手方とその住居において同居することを命じた。 2 これに対し,抗告人が抗告を申し立てた。 その理由とするところは,主として以下の2点である。 ① 婚姻関係が破綻状態にある場合,同居拒否の正当事由があるというべきところ,この場合の破綻状態は,離婚事由である婚姻を継続し難い重大な事由とされるものと同程度のものである必要はない。したがって,離婚訴訟(福岡高等裁判所平成28年(ネ)第●号離婚等請求控訴事件)で離婚が認められなかったからといって,その時点で,当然に同居拒否の正当事由までもが存在しなかったということにはならない。 そうすると,正当事由の有無については,別居に至る経緯も踏まえて判断すべきであるのに,原審判は,離婚判決後に婚姻関係が破綻したかどうかという視点のみからしか正当事由の有無を検討しておらず,不当である。 抗告人と相手方の婚姻関係は少なくとも同居拒否を正当化する程度には破綻している。 ② 抗告人は,原審において,家庭裁判所調査官らの立会いの下での相手方との面会を試みようとしただけも身体に不調を来しており,家庭裁判所技官によって,相手方をストレッサーとする適応障害と診断されている。原審判は,この点を正当に評価していない。 3 相手方の反論は以下のとおりである。 本件は,離婚訴訟と密接に関わる申立てであり,離婚訴訟での判決がされた直後の事案であるから,離婚訴訟における婚姻破綻に関する認定は尊重されるべきである。 抗告人は,適応障害と診断されていると主張するものの,具体的に治療を受けている様子はない。また,抗告人は,相手方がストレッサーであると主張する。しかしながら,相手方は3年以上にわたり別居を強いられながらも抗告人との距離を置き続けており,抗告人の訴える身体症状については相手方がストレッサーとなっているのではなく,離婚等の裁判がストレスの原因となっていると思われる。 原審判が,抗告人に対し,直ちに同居を命じず,相手方において住居を定めた時と条件を付しているのは,その住居を定めるに当たり,当事者双方の意向をすり合わせる必要があり,その中で,相手方と抗告人が連絡を取り合い,関係を改善することが期待されているのである。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所は,原審判と異なり,現時点において,抗告人に対し,相手方との同居を命じるのは相当でないと判断する。その理由は,以下のとおりである。 2 認定事実 以下のとおり,付加するほか,原審判の「理由」中「2 認定事実(原審判1頁16行目から3頁6行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原審判1頁25行目と26行目の間に次のとおり加える。 「 抗告人と相手方は,別居直後から,抗告人の両親を含めて相手方の実家で同居を再開することを含めて話合いをし,同年●月に入ると,相手方から,相手方の両親とは別居する案も示されたが,これには抗告人にも抗告人の実家に行ってもらいたくないという相手方の要望が付されており,話合いの途中で相手方が感情的になって抗告人を非難するということもあった。 かかる状況下で,抗告人の父親が,相手方に対し,第三者に話合いの間に入ってもらった方がよいという連絡を行ったところ,相手方は同月●日ころから,抗告人に対し,調停離婚よりも協議離婚を望む旨やその場合の面会交流,養育費等,離婚条件に関する内容のメールを送信した。これに対し,抗告人が,離婚調停などを調べていく相手方の様子を想像すると,長女を含めた3人の未来が想像できなくなった旨のメールを返信するに至った。」 (2) 同2頁20行目の「切望しており,申立人と」を「切望しており,相手方がその両親との同居を解消するなどし,抗告人も相手方の母の病状について理解を深めるなどして,相手方及び抗告人が真摯に話し合えば,婚姻関係の修復の可能性があり得ないとはいえず,別居期間なども考慮すると,申立人と」と改める。 (3) 同22行目と23行目の間に次のとおり加える。 「 なお,控訴審判決には,今後,両者の婚姻関係について,修復するにせよ,結局は離婚の合意に至るにせよ,夫婦関係がこのような状態に立ち至ったことについて,自己の正当性のみを主張し,相手方が自己の意に沿わない主張をすることをいたずらに非難するのではなく,互いの至らなかった点を真摯に反省しつつ,相互に納得し得る結論を導くよう真摯で継続的な努力をすることが望まれる旨が記載されている。」 (4) 同3頁6行目と7行目の間に次のとおり加える。 「(3) ア 抗告人は,平成28年●月●日,医師によりストレスなどによる慢性蕁麻疹と診断された。また,同年●月●日には,医師により,病名は適応障害(抑うつ状態)であり,ストレス因子は明確であって,治療には環境調整が必要であると診断されている(乙11,18)。 イ 原審において,抗告人に対し,家庭裁判所調査官の同席の下に,相手方との面会を行うことが提案された際に,抗告人は,それだけで手が震え,呼吸が荒くなり嗚咽するという状況になった(顕著な事実)。 そこで,抗告人について平成29年●月●日,佐賀家庭裁判所技官(医師)による状況確認が行われ,抗告人については,相手方との物理的ないし心理的な接近のたびに皮疹などの皮膚症状が出現し,不安感も強くなるが,それ以外には問題は生じない状態であり,精神医学的には適応障害と考えられ,ストレッサー(相手方)との面会をするためには拡張薬の事前服用が必須で,それでも精神症状が悪化する可能性があることは否定できないと判断された(医務室技官の家事事件関与報告書)。 ウ 相手方は,このような抗告人の状態について,抗告人との同居を求める調停を申し立てた後の平成28年●月●日付け書面で,異常と言ってよい状態であり,もう病気であるとして精神科の受診を薦め(乙1),長女の保育園におけるイベント(芋ほり)の際の面会交流をめぐって,抗告人が相手方を半端ないほど嫌悪していることは伝わっているが,それを理由に相手方が長女に関わる権利を奪うことはできないとする書面(平成28年●月●日付け)を抗告人手続代理人に送付した。」 3 検討 (1) 抗告人と相手方は夫婦である以上,一般的,抽象的な意味における同居義務を負っている(民法752条)。しかしながら,この意味における同居義務があるからといって,婚姻が継続する限り同居を拒み得ないと解するのは相当でなく,その具体的な義務の内容(同居の時期,場所,態様等)については,夫婦間で合意ができない場合には家庭裁判所が審判によって同居の当否を審理した上で,同居が相当と認められる場合に,個別的,具体的に形成されるべきものである。 そうであるとすれば,当該事案における具体的な事情の下において,同居義務の具体的内容を形成することが不相当と認められる場合には,家庭裁判所は,その裁量権に基づき同居義務の具体的内容の形成を拒否することができるというべきである。 そして,同居義務は,夫婦という共同生活を維持するためのものであることからすると,共同生活を営む夫婦間の愛情と信頼関係が失われる等した結果,仮に,同居の審判がされて,同居生活が再開されたとしても,夫婦が互いの人格を傷つけ,又は個人の尊厳を損なうような結果を招来する可能性が高いと認められる場合には,同居を命じるのは相当ではないといえる。 そして,かかる観点を踏まえれば,夫婦関係の破綻の程度が,離婚原因の程度に至らなくても,同居義務の具体的形成をすることが不相当な場合はあり得ると解される。 (2) ア 本件において,もともと抗告人が相手方との別居を開始したのは,相手方の両親との不和に原因があったものと思われるが,その後,相手方との話合いが繰り返される中で,その内容が,相手方実家での同居,別の場所での同居,離婚といった経緯をたどるうち,上記離婚訴訟の判決に至るまでの間に,抗告人の相手方に対する不信感,嫌悪感が強まっていき,前記のとおり,現時点で,抗告人は,適応障害の症状を呈しており,そのストレッサーとされるのが相手方であることは明らかである。 この点,相手方は,自身はストレッサーではなく,相手方との紛争状態こそが抗告人のストレス原因であると主張する。しかしながら,抗告人について,調停において相手方と同席した際にのみ身体症状が現れていることなども踏まえると,紛争状態の継続が抗告人の適応障害の背景にあることは否定できないとしても,ストレッサーとなっているのは,相手方自身あるいは相手方との関わりであるというべきである。 また,相手方が作成している書面の内容からは,相手方において,面会交流のあり方を含めた長女との交流について強いこだわりを有していること,それが,長女を監護している抗告人との同居を求める大きな動機になっている様子はうかがわれるものの,抗告人自身の体調などに対する労りといった心情などはうかがわれず,相手方が,抗告人から嫌悪されていることを自覚している様子がうかがわれる。 イ かかる事情を踏まえると,抗告人について,あらかじめ薬を服用することで適応障害の症状を抑えることができる可能性はあるとしても,そのようにしてまで相手方との同居生活を再開したところで,抗告人において,早晩,服薬によって症状を抑えることも困難となり,再度別居せざるを得なくなる可能性は高いということができ,上記相手方の作成した書面の内容や,これまで当事者双方が互いに批判的で疑心暗鬼の状態にあることに照らすと,そのような事態に至った時に,相手方から抗告人に対し,適切な配慮がされるとは思われず,相互に個人の尊厳を損なうような状態に至る可能性は高いといわざるを得ない。 (3) また,本件においては,抗告人が提起した離婚訴訟において,いまだ婚姻を継続し難い重大な事由があるとまでは認められないとして抗告人の請求を棄却する判決が平成28年●月●日に確定しているものの,控訴審判決は上記の別居期間が,抗告人と相手方において共に生活を営んでいくのが客観的に困難になるほどの長期に及んだものとはいえないとし,婚姻関係の修復の可能性がないとまではいえないことから抗告人の離婚請求を棄却したにとどまるものであって,抗告人と相手方の婚姻関係は,上記判決の時点でも既に修復を要するような状態にあったことは,明らかである。 そして,控訴審における弁論終結の時点で,婚姻期間中の同居期間が約3年10か月であるのに対し,別居期間は約2年7か月に及んでおり,その後,抗告人の相手方に対する不信感等は,相手方自身をストレッサーとして適応障害の症状を呈するほどに高まっている。そうすると,抗告人と相手方の夫婦関係の破綻の程度は,離婚原因といえる程度に至っていないとしても,同居義務の具体的形成をすることが不相当な程度には至っていたというべきである。 (4) 以上に述べた諸事情を踏まえると,現時点において,抗告人と相手方について,同居義務の具体的内容を形成するのは不相当と認められる状況にあるということができる。 原審判は,抗告人に対し,相手方による住居地の確保という条件付きで同居を命じたものであり,その調整の間に夫婦関係が改善することを期待したものと解されるが,原審判の主文に定める住居地の確保自体は,終局的には相手方が独断で決定することが可能なものであり,その決定に当たり当事者間で話合いが十分に行われる保証はなく,そのような場合に両者の関係改善が見込めるとはいい難いのであるから,かかる条件付きであっても,やはり現時点で,抗告人に対し,相手方との同居を命じるのは相当ではない。 相手方自身が,抗告人について,治療を行って心と体の健康を取り戻し,まずは普通に話せるように治ってから今後のことを一緒に考えてもらえないか相談させていただけないかとも述べている(平成29年●月●日付け主張書面10,11頁)ことも踏まえると,抗告人に身体症状まで現れている現時点においては,当面は抗告人の心身に配慮してその意向を尊重し,別居状態を維持した上で,長女の面会交流等を円滑に行う中で,徐々に夫婦間の信頼関係を醸成していくといった形で,円満な夫婦関係の回復の道を探るのが相当と思料される。 なお,離婚訴訟における控訴審判決のなお書きは,抗告人に対し,離婚の合意に至る努力のみを望むものではないし,相手方に対して,控訴審判決があるからといって,自己の正当性のみを主張することを許容するものではない趣旨のものと解されることを付言する。 (5) 以上のとおりであるから,条件付きであるとはいえ,現時点での同居を命じた原審判は相当ではなく,取消しを免れない。 4 よって,原審判を取り消した上,主文のとおり決定する。 福岡高等裁判所第3民事部 (裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 坂本寛 裁判官 横井健太郎) 以上:6,276文字
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