平成23年 9月17日(土):初稿 |
○「セックスが全くなかったことによる慰謝料請求国内版2」を続きで、平成2年6月14日京都地裁判決(判時1372号、123頁)において裁判所の判断を全文紹介します。A女が原告、B男が被告で、裁判所は判断では明確にしていませんが、 「第二 事案の概要 本件は、もと妻である原告がもと夫である被告に対し、被告が性的不能者であることを秘して結婚し、離婚のやむなきに至らせたとして、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を請求した事案である。」 と事案のポイントを明確に断言しています。 ○事案が裁判所認定通りとすれば、B男の結婚についての不誠実極まりない考えによって、A女は、「結婚のために、これまで10年かかって築き上げてきたエレクトーン教室の生徒60名も手放し、楽器店を辞め、貯金も相当額費消して結婚生活に臨んだのに、Bのために無残な結果となり、人生を一からやり直さなければならず、極めて甚大な精神的苦痛を被った。」ことは、明白であり、私が裁判官だったら、請求額の8割位は認めたいところです。 *********************************** 1 以上認定した事実関係のもとで検討するに、被告が原告と性交渉に及ばなかった理由として、被告は、当初原告の生理で出端をくじかれたとか、原告は疲労困憊の状態であったとか、原告の体調が回復しなかったので、性交渉は原告の健康状態が良くなってからしようと思っていたとか、原告の睡眠薬の服用による奇形児出生の危険があって性交渉を避けたり、躊躇したとか、キスは取り立ててする必要がないし、被告としてはもともと性交渉をあまりする気がなかったとか、昭和63年6月に入って隣地の飲食店が営業を止めてからは原告も元気になり、睡眠薬を服用しているという感じはなくなったので、何度か性交渉をしようとして被告方二階に上がりかけたが、何となく気後れしたとか、また、同月10日ころ原告の健康状態が良くなったので性交渉をしようと考えたが、過去原告が睡眠薬を常用していたので後遺症としても奇形児が生まれる可能性があると思ったし、自分の性本能を満たせばよいというものではないと思ったから、などと供述する。 2 当初原告の生理で出端をくじかれたというのはそのとおりであろうけれども、右供述自体相互に矛盾するものもあるほか、前記認定と異なる事実関係を前提とするものもある。この点をさしおくとしても、被告が真実原告の健康のことを気づかっていたのであれば、渋らないですぐに原告を健康保険の被扶養者に入れる手続もするであろうし、原告に健康診断や治療を受けるように促すであろう。また、被告において原告が真実睡眠薬を常用していると思っていたのであれば、それが身体に悪いことなどを原告に話すであろう。しかしながら、前記認定のとおり被告は原告が睡眠薬を服用しているかどうか確認することもせず、これを止めるようにも言っていないのであって、被告は昭和63年7月2日丁原方における原告との話し合いにおいて初めて睡眠薬のことを問題にし始めたのであるから、これはその場の思いつきによる言い逃れであり、その場凌ぎであったといわざるを得ない。そうすると、性交渉に及ばなかった理由の説明としては被告の右供述は信用することができないし、ことに、性交渉をしたとしても妊娠を避ける方法はいくらでもあるのであるから、睡眠薬服用による奇形児出生の危惧が性交渉に及ばなかった真の理由であるとは到底思えない。 3 また、前記認定事実によると、性交渉についてのみならず、被告には原告を自らの妻と認めて外部へ公表し、原告とともに真に夫婦として生活していこうという真摯な姿勢が認められず、被告自体が原告を避けてその間に垣根を作り、原告との間で子供(妊娠)のことや性交渉自体について自ら積極的に何ら話題としたことがないことが認められ、このようなことからすると、あるいは、被告にとって年齢的に子をもつことが負担になるとしても、妊娠を避ける方法はあるのであり、その点について原告と十分に話し合い、納得を得ることは可能であるのに、何らそのようなことに及ばなかったことからすると、この点も性交渉を避けた理由とはなりえない。 4 結局、被告が性交渉に及ばなかった真の理由は判然としないわけであるが、前記認定のとおり被告は性交渉のないことで原告が悩んでいたことを全く知らなかったことに照らせば、被告としては夫婦に置いて性交渉をすることに思いが及ばなかったか、もともと性交渉をする気がなかったか、あるいは被告に性的能力について問題があるのではないかと疑わざるを得ない。 5 そうだとすると、原告としては被告の何ら性交渉に及ぼうともしないような行動に大いに疑問や不審を抱くのは当然であるけれども、だからと言って、なぜ一度も性交渉をしないのかと直接被告に確かめることは、このような事態は極めて異常であって、相手が夫だとしても新妻にとっては聞きにくく、極めて困難なことであるというべきである。 したがって、原告が性交渉のないことや夫婦間の精神的つながりのないことを我慢しておれば、当面原被告間の夫婦関係が破綻を免れ、一応表面的には平穏な生活を送ることができたのかもしれず、また、昭和63年6月20日丁原の面前で感情的になった原告が被告方に二度と戻らないなどと被告との離婚を求めるものと受け取られかねないことを口走ったことが、原被告の離婚の直接の契機となったことは否めないとしても、以上までに認定したような事実経過のもとでは原告の右のような行為はある程度やむを得ないことであるといわなければならない。 むしろ、その後の被告の対応のまずさはすでに認定したとおりであって、特に同年7月2日丁原方での原告との話し合いにおける被告の言動は、なんら納得のいく説明でないし、真面目に結婚生活を考えていた者のそれとは到底思えず、殊に、被告は右話し合いの前から最終結論を出し、事態を善処しようと努力することなく、事前に離婚届を用意するなど、原告の一方的な行動によって本件婚姻が破綻したというよりは、かえって被告の右行動によってその時点で直ちに原被告が離婚することとなったのであるといわざるを得ない。 6 そうすると、本件離婚により原告が多大の精神的苦痛を被ったことは明らかであり、被告は原告に対し慰謝料の支払をする義務があるところ、以上の説示で明らかなとおり、原被告の婚姻生活が短期間で解消したのはもっぱら被告にのみ原因があるのであって、原告には過失相殺の対象となる過失はないというべきであるから、被告の過失相殺の主張は失当である。 7 そして、前記認定の事実や右説示のほか、諸般の事情を総合考慮すると、本件離婚のやむなきに至らせたとして被告が原告に支払うべき慰謝料は500万円をもって相当と認める。 結論 よって、原告の請求は500万円及びこれに対する離婚の日の翌日である昭和63年7月8日以降完済に至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。 以上:2,909文字
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