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東日本大震災当日の状況-私の場合・友人知人の場合

平成23年 4月24日:初稿
○平成23年3月11日午後2時46分発生東日本大震災は、特に被災地の人々には生涯忘れられない大事件でした。岩手・宮城・福島が中心被災地ですが、その中でも地震と津波被害の大きさでは宮城県が最大でした。しかし,被害の多くは地震後の誰も想定できなかったとてつもなく大きな津波によるもので、建物倒壊等の地震の揺れ自体による被害は、阪神淡路大震災に比較し小さなものでした。

○「震災後初めての郷里気仙沼入り-余りの惨状にただ涙」に「不思議なのは同じ海岸線でも,僅かの高低差で、壮絶な光景となっているところと、何事もなかったかのように平然としているところに明確に分かれているところです。どうやら地震そのもので建物が崩壊した例は殆ど無く、被害の殆どは津波によるもの」に思われると記載していました。

○とは言っても、地震自体の揺れは凄まじいもので、私自身も「大地震発生、事務所・自宅内部めちゃめちゃ、でも無事」に「対向車線の一番近くに停車した大型トラックが左右に揺れ続け、これは横転するのではと思い、底知れぬ恐怖感を感じる大揺れでした。」と記載しております。私が大震災に遭遇した場所は、当日午後2時40分、お客様の自動車助手席に同乗して名取市役所を出て6分後、仙台東部道路仙台空港IC経由で角田市に向かう途中でした。数百m先に前方に仙台東部道路が見える西から東方向で、大きな揺れを感じ、自動車は道路左端に停止しました。

○走行中も車の中でも揺れが大きく感じ、これは結構大きな地震だと思いましたが、道路左端に停止してから、益々揺れが大きくなり、道路左端に連なる電信柱が左右に大きく揺れ、電線も切れんばかりに飛び回り、前方対向車線左端に停車していた背の高い大型貨物自動車も、左右に激しく揺れて、大きく傾き、これは横転するかも知れないと思ったとき、この地震は尋常ならざる大きさと感じ、底知れぬ恐怖感に襲われました。しかし、ここで一巻の終わり、命がなくなるまでの恐怖感は感じませんでした。

○ところが後日、仙台市内でビルやマンション内に居た方々から聞くと、揺れの大きさに、このままビルが倒壊しもはやこれまでと、観念した方も多かったようです。当事務所がある14階建てマンション旭コーポラス一番町の直ぐ南側に11階建てマンションプレジデント一番町があります。このマンション内にある法律事務所の事務員で地震当時裁判所からの帰り道、裁判所前の道路からプレジデント一番町の揺れる状況を見た人がおり、その話では、マンションがヒラヒラ木の葉のように揺れて建物全体が倒壊すると覚悟したそうです。翌12日所用でプレジデント一番町を訪れましたが、2階通路の壁の多くの箇所に多数の亀裂が入って、表面モルタルが落下している箇所も多数ありました。

○友人のSさんは、「最近読んだ本・・・三陸海岸大津波」の中で、地震当時仙台中心部のレストランでコーヒーを飲みながら仕事の打ち合わせをしていたときに大震災に遭遇し、「このまま建物内部に留まることは危険だと感じ」建物の外に出るも、「今まで居たレストランの建物も周囲のビル群も高層建築物ばかりで、それらが倒れてきたら一大事と思い、道路の交差点の中心辺りに空間があるのでそちらへ向い」で「途中で目まいの様なものを感じ、足がふらつき」、交差点の中心部に着いても「あのビルが倒れてきたらこっちに逃げて、こっちのマンションが倒れてきたら向うに逃げてなどと考えていた」と地震時の恐怖をリアルに表現されています。

○Sさんは、サービス精神が旺盛で何事も面白おかしくオーバーに表現する傾向が強くあり、その言葉をそのまま鵜呑みには出来ないところもありますが(^^)、この大震災時の表現に関しては記憶を忠実に再現されているはずです。当マンションでも、地震発生後まもなく停電となり、エレベーターも使えなくなりましたが、地震の揺れが一段落した時点で住人が一斉に階段を下りてマンション前玄関口に集まり、口々に恐怖の状況を語り合ったとのことです。

○当事務所内ですが、当日は常勤事務員3名と非常勤事務員1名の4名が勤務中で、全員701号事務室に居たときに大震災に遭遇しました。まだ揺れが小さい時点で非常勤事務員が702号室玄関ドアの鍵を開けて701号室の机に戻った時から揺れが異常に大きくなり、椅子に座ったまま身動きが出来なくなり、目の前の書棚から書類がバタバタ落下する状況をなすすべもなく見ていたそうです。常勤事務員は、一人は701号室と702号室の間のドアの位置に立ち、一人は702号室の打ち合わせ机の下に潜り込み、一人は701号室自分の机の前に座り身動きできない状況になったとのことです。

○物凄い揺れが随分長いと感じる程継続し、天井から粉のような物が落ち始め、このまま揺れが続けば建物全体が倒壊することを覚悟し、全員このまま死んでしまうと覚悟したそうです。前述の通り私自身は、それほどの状況とは思っていませんでした。角田市の出張先で、なんで事務員達は、パソコン内アウトルックで状況を知らせてこないのかと腹を立てていた程です(^^;)。事務所では、正に「事務所はメチャメチャ」状態で、電源が落ちてパソコンを使うどころではありませんでした。私自身、建物内でこれほどの揺れを経験した事実が無く、この経験が出来なかったことは、幸いと思うべきでしょう。
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