○亡Dの父母である原告らが、被告のDに対する婚約の不当破棄等の一連の不法行為によって、Dの自死が招来されたとして、被告に対し、民法711条に基づき、損害賠償として慰謝料3000万円と弁護士費用の支払を求めました。
○事案概要は、原告らの長女亡Dが、平成29年以降妻子がある先輩社員の被告と男女関係になり、平成30年に被告の子Fを出産し、被告は同年6月にDと同居を開始し、同時にDとの婚姻届を提出するも受理されず、同年7月に被告は、同居アパートを出て戻らず、悲観したDは、同年7月に投身自殺をし、Dの両親が被告に損害賠償請求に至ったものです。
○これに対し、被告とDとの間で婚約が成立したが、Dは、Fの出産後、被告から婚姻することができない旨を告げられ、婚約破棄に係る被告の一連の行為によってDが受けた精神的苦痛は、極めて重大なものであったと考えられるが、婚約の一方当事者による破棄によりその相手が自死に至るということは、社会通念に照らして通常生ずべき事態であるとまでいうことはできず、被告において、Dが自死に至ることを予見していた又は予見し得たと認めることはできないし、そうである以上、被告において、Dの自死を防ぐための措置や配慮を講じなかったということもできず、婚約破棄に係る被告の一連の行為とDの自死との間に、相当因果関係があるとは認められないとして請求を全て棄却したた令和6年2月26日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。
○亡Dの両親は、被告の婚約破棄により自死が生じたと主張したため、通常は、婚約破棄によって自死に至ることはあり得ないとして因果関係を否認されました。婚約破棄により亡Dが被った精神的苦痛による慰謝料請求権は、子Fが唯一の相続人として相続し、両親は相続人とはならないための請求と思われます。
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主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告Aに対し、1650万円及びこれに対する平成30年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、1650万円及びこれに対する平成30年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、亡D(以下「D」という。)の父母である原告らが、被告のDに対する婚約の不当破棄等の一連の不法行為によって、Dの自死が招来されたとして、被告に対し、民法711条に基づき、それぞれ損害賠償金1650万円及びこれに対する平成30年7月23日(Dの死亡日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠等により容易に認められる事実)
(中略)
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、Dの死亡に至る経緯等について、前記前提事実のほか、次のとおりの事実が認められる。
(1)被告及びDは、平成29年夏頃から肉体関係を持ち、同年12月頃、Dが被告との子を妊娠したこと(出産予定日平成30年7月25日頃)が判明した。これを受けて、Dが被告に対して婚姻を求めたところ、被告は、妻であるEと離婚してDと婚姻する旨答えた。
Dは、平成29年12月頃、原告Aに対し、勤務先会社の先輩社員である被告との子を妊娠したこと、被告は婚姻中であるが離婚してDと再婚する予定であることを伝えた。原告Aは、Dに対し、被告との関係や出産を考え直すように説得を試みたが、被告との婚姻及び出産に向けたDの意思は変わらなかった。(以上につき、甲16、17、乙6、原告ら各本人、被告本人)
(2)被告は、平成30年3月から6月にかけて、勤務先会社から事実関係の聴取を受け、その際、Dと不貞関係にあること、妻と離婚してDと再婚する予定であること、Dが被告の子を妊娠していること、D及び子と一緒に生活していくつもりであること等を述べた。(甲13)
(3)被告は、川崎市内の社宅でEと同居していたが、平成30年5月9日、Dとの同居を目的として、横浜市α区内に本件アパートを賃借した。他方、Eは、被告の異動に伴い上記社宅から退去する必要が生じたことから、同月下旬、Eの実家がある秋田市内に転居した。(甲8、13、18、20、被告本人)
(4)被告は、平成30年5月9日、原告Bに対し、SMSにより、同日に離婚届を提出した旨、新しい家も契約して同月14日に引越しをする旨、Dと同年6月に入籍をする旨を伝えた。なお、被告は、実際には、Eとの離婚の届出をしていなかった。(甲3、17、原告B本人、被告本人)
(5)Dは、平成30年○月○○日、横浜市α区内の病院において、妊娠32週2日でFを出産した。Fは、早産極低出生体重児であったことから、Dが退院した後も、同病院に入院していた。(甲9、16)
(6)被告は、平成30年6月9日、横浜市鶴見区長に対し、Dとの婚姻届を提出したが、被告が婚姻中であったことから、受理されなかった。同婚姻届には、被告は同年5月9日に前妻と離別した旨が記載されていた。(甲4)
(7)被告及びDは、平成30年6月、本件アパートにおいて同居を開始した。しかし、被告は、同年7月10日頃、DがFの入院先病院に行って不在の間に、自身の家財道具等を搬出し、Dに行き先を告げることなく本件アパートから出て行った。
その後、Dは、Dの状況を心配して本件アパートから職場に通うこととした原告Aの援助を受けるとともに、被告の両親を通じるなどして被告との連絡を試みたところ、被告から、仙台にいる旨の電話連絡を受けた。なお、被告は、この時、実際には秋田市内においてEとの同居を再開していた。(以上につき、甲16、18~20、乙6、原告A本人、被告本人)
(8)上記電話連絡を受けたDは、平成30年7月20日頃、被告を追って、仙台に赴き、同月23日まで、仙台市内のホテルに滞在した。(甲10、11)
その間、被告は、Dと電話やSMSを通じてやり取りをした。Dは、当初、自殺をほのめかしていたが、被告において、自殺をしないように説得するとともに、Dと婚姻することはできないこと、今後は連絡を取ること等を伝えたところ、Dから、SMSにより、「自立するように頑張るね。」、「大丈夫、ちゃんと自立して忘れるから。(略)これからは親として責任持ってFを幸せにするよ。どうしても頼る時もあるかもしれないけど、最初だけだよ!」、「G(被告)なんていなくてもへっちゃらってなるくらい、強くなるよ」、「お互いちゃんと幸せ掴むの」等のメッセージ(絵文字の記載は省略する。以下同じ。)を受け取った。(乙1、2、6、被告本人)
他方、Dは、その間、原告AともSMSを通じてやり取りをし、Dの状況を案ずる原告Aに対し、「ごめんねこんなことして」、「でもなんか吹っ切れなくてね」、「いままでも苦しむまで苦しんだらここまでこれたし、いいかなって。死のうとするよりましかなって」、「でもなんかちょっと楽になったよ、もう少しいていいよね、だめ?」、「お金勿体無いけどさ、でも気持ちを治すのが一番大事じゃない」等のメッセージを送り、「これから出来ないんだから好きなことしたら、良かったねFがいて。」との原告Aのメッセージに対し、「そうおもう」、「裏切られても一番好きな人の子供を産めたんだもんね」、「お金はないけど、なるべく相手に頼らずにやっていこうと思う。助けてもらう時があるかもしれないけど、頑張るからさ」等のメッセージを送った。(甲12の1・2、甲16、原告A本人)
(9)Dは、平成30年7月23日、被告に対し、SMSにより、「お父さんが」、「だめだって」、「Gしっかりしてるよ、大丈夫だからね」、「私、ちゃんとするのだめだってさ、」、「権利がないんだってさ」、「へへっ」、「人生終わったウケる。Gと約束したから死なないけど」とのメッセージを送った。(乙3、被告本人)
他方、Dは、同日、原告Aに対し、SMSにより、「なるべく早く帰るようにする」、「悲しいけどがんばる」等のメッセージを送った。さらに、Dは、同日午後8時30分頃、原告Aの携帯電話に電話をかけたが、原告Aが地下の職場にいて電波状態が悪く、通話することができなかった。(甲12の3、甲16、原告A本人)
Dは、同日午後8時30分頃、東京都新宿区内の原告らが居住する建物(マンション)から自ら身を投げて死亡した。(甲5、原告A本人)
(10)原告らと被告とは、平成30年7月26日、電話により会話をし、その際、被告は、原告らに対し、Dを死亡にまで追い込んでしまったことについて謝罪した。(甲14の1・2)
2 争点1(被告がDの生命を侵害したと認められるか否か)について
(1)前記認定事実によれば、被告は、Dと肉体関係を伴う交際をし、Dが被告の子を妊娠したことが判明すると、Dに対し、Eと離婚してDと婚姻する旨伝え(前記認定事実(1))、Dとの同居のために本件アパートを賃借し(同(3))、Dが被告との子であるFを出産した直後には、Dとの婚姻届を提出し(同(5)、(6))、本件アパートでDとの同居を開始するに至っている(同(7))。これらの経緯からすれば、被告とDとの間で、婚約が成立していたことは明らかであり(被告も、婚約の成立自体を争うものではない。)、Dは、Eと離婚する被告と婚姻し、被告と一緒に生活することができるものとの期待の下、Fを出産したものと解される。
この点につき、被告は、Dに対してEと離婚できないことを説明しており、Dはそのことを知りながらFを出産したと主張し、その旨供述する。しかし、当該主張は、〔1〕被告は、Dの妊娠判明後に行われた勤務先会社の事情聴取に対し、妻と離婚してDと再婚する予定である旨説明していたこと(同(2))、〔2〕被告は、平成30年5月9日に至っても、Dの母である原告Bに対し、Eとの離婚届を提出した旨や翌月にDと入籍予定である旨説明していたこと(同(4)),〔3〕被告及びDは、Fの誕生後に、実際に婚姻届を提出したこと(同(6)。当該婚姻届につき、Dが受理されないことを知りながら提出を求めた旨の被告の主張は、不自然というべきである。)等の事情と整合しないものといわざるを得ず、これを裏付ける他の証拠も存在しないから、採用することはできない。
そして、Dは、Fの出産後、本件アパートにおいて被告との同居生活を開始したものであるが、間もなく、被告は、行き先を告げることなく本件アパートから出て行き(前記認定事実(7))、Dは、ようやく連絡がついた被告を追って仙台に赴いたものの、被告に会うことはできず、かえって、被告から婚姻することができない旨を告げられたものである(同(8))。このような婚約破棄に係る被告の一連の行為によってDが受けた精神的苦痛は、極めて重大なものであったと考えられる。
(2)もっとも、婚約の一方当事者による破棄により、その相手が自死に至るというということは、その婚約の破棄が両者間に子が出生して両者が同居を開始した後にされたものであるとしても、社会通念に照らして通常生ずべき事態であるとまでいうことはできない。
また、本件においては、Dは、平成30年7月20日頃、被告を追って仙台に赴いた後、被告と電話やSMSを通じてやり取りをしていたところ、当初は自殺をほのめかしていたものの、被告の説得等を経て、同月23日までには、被告に対し、被告がいなくてもFと共に自立して生活していく旨のメッセージを送るようになり、被告と約束したから死なないとも述べていたこと(前記認定事実(8)、(9)。Dは、その間、Dの状況を案ずる原告Aに対しても、死のうとするより気持ちを治すために仙台滞在を続けたい旨や、なるべく相手に頼らずにやっていこうと思う旨のメッセージを送っており、少なくとも外形的には、自殺をほのめかす言動をやめていたものといえる。)からすれば、被告において、Dが自死に至ることを予見していた又は予見し得たと認めることはできないし、そうである以上、被告において、Dの自死を予見し得たにもかかわらず、それを防ぐための措置や配慮を講じなかったということもできない。なお、被告は、Dの死亡後の同月26日、原告らに対し、Dを死亡にまで追い込んでしまったことについて謝罪しているが(同(10))、道義的な謝罪をしたものと解され、そのことをもって、被告がDの自死を予見していた又は予見し得たと認めることはできない。
そうすると、婚約破棄に係る被告の一連の行為とDの自死との間に、相当因果関係があるとは認められないというべきである。なお、被告が主張するような、Dと原告らとの間にDの自死の原因となるようなトラブルがあったと認めるに足りる証拠はないが、そのことによって上記の認定が左右されるものではない。
(3)以上によれば、被告がDの生命を侵害したとは認められないから、被告がDの父母である原告らに対して民法711条に基づく損害賠償責任を負うものということはできない。
3 結論
よって、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第37部
裁判官 貝阿彌亮
以上:5,543文字
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