平成16年 6月 1日(火):初稿 |
■始めに 前回は、刑事裁判での当事者主義の考え方について筋弛緩剤事件を例に説明しました。今回は、更に難しい話で恐縮ですが、刑事裁判での実体的真実と手続的真実の説明をします。 ■実体的真実と手続的真実 裁判で裁くのはあくまで過去の事実です。過去の事実はもはや人が見ることは出来ません。残された痕跡-証拠で推測するだけです。証拠で推測するルールを決めるのが刑事訴訟法、民事訴訟法など手続法と呼ばれる法律です。 例えばB氏宛の金100万円の借用証書にA氏の署名押印があった場合、押印がA氏の印鑑で押された場合その署名はA氏の意思に基づく署名と推定され、最終的には借用書全体がA氏の意思で作成されたもので、A氏はB氏から100万円を借りたと推定されます。A氏が100万円借りたことが無いという事実を証明するためには例えばC氏がA氏の印鑑を盗んで勝手に押印して借用書を作ったこととをA氏自身が立証しなければなりません。 逆に借用書なしでAさんがBさんからお金を借りた場合、裁判で借りた覚えがないとしらを切れば裁判所としては証拠がない以上、実際には借りていたとしても借りた事実を認定できず借りていないという認定になります。 要するに裁判での認定は手続的真実であり実体的真実ではないのです。 ■実体的真実と手続的真実の葛藤 被告人が、ホントは自分は殺人を犯している、しかし、証拠がないはずだ。だから弁護人として徹底して無罪を主張して欲しいと要請された場合どうするか-これは弁護人の真実義務の問題で、最も難しい問題とされます。 教科書通りのやり方は、弁護人としては先ず真実を言うべしと言う助言をすべきで、その助言に被告人が応じない場合、弁護人としては、出てきた証拠では有罪は認定できない等主張をすべきで、辞任は許されないとされています。何故なら辞任によって被告人に不利な状況になるからです。 結局、あくまで手続的真実の追究として、出てきた証拠では有罪には出来ないと言う主張に徹すべき事になります。その結果、真犯人が無罪になる場合もあります。しかし、この結果は、立証が出来なかった検察官の責任です。 尚、弁護人の任務はあくまで被告人の正当な利益の擁護で、被告人の罪障隠滅、偽証工作まで弁護人が手伝うことは到底許されません。 ■実際例-覚醒剤使用事件 暴力団員Bの事務所に警察の捜索が入ったとき、たまたまB事務所に居たAが明らかに覚醒剤症状で任意で尿検査をされ、覚醒剤が検出され、Aは使用剤で逮捕されました。Aはそれ以前の覚醒剤使用裁判で執行猶予を判決を受け釈放されて1週間目のことでした。 Aは、当初、警察官には前日にスナックで誰かが自分のウイスキーに覚醒剤を入れたのを知らずに飲んだと主張しました。裁判が始まると、裁判官に対しては、前日、B事務所台所で白い米粒のようなものを発見した、何だろうと思って口にしたが、それが覚醒剤だったと主張を変えましたが一審は当然有罪でした。 しかし、Aはあくまで無罪を主張し控訴し、たまたま私が控訴審でのAの国選弁護人となりました。私は記録上Aの主張は見え透いた嘘であり、覚醒剤使用は間違いないと思い、最初の接見でそのことを伝えると実はやっていたと認めてくれたので、ホッとしました。 ところが、2回目以降の接見では、やはり覚醒剤を使用していないので無罪を主張して欲しいと言い張ります。さて、どうするか悩みました(以下、次号に続きます) 以上:1,409文字
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