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時効完成後の債権回収-平成28年年6月6日浜松簡裁判決復習

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平成30年10月30日(火):初稿
○「時効完成後の債権回収-昭和35年9月28日秋田地裁湯沢支部判決復習」の続きで、消滅時効完成後の債務承認に関して、債務者側に有利な最近の判例を紹介します。

○事案の概要は、貸金業者の原告が顧客の被告債務者に対し、貸し付けた金員の残元金及び利息並びに遅延損害金の支払を求めた際、貸金業者として消滅時効に関する十分な知識経験を有していた原告は、被告に督促状を送付した時点で、本件債務につき消滅時効が完成していたこと、被告が本件債務の一部を弁済すれば、被告は消滅時効を援用できなくなることを知っており、被告との交渉の過程で、被告が本件債務について消滅時効が完成していることを知らないままに行動していることを認識しつつ、消滅時効の援用を阻止する目的で、被告に対して督促をして、被告に本件債務の一部である1万円を弁済させたものです。

○この事案について、平成28年6月6日浜松簡裁判決(金融法務事情2055号91頁)は、本件においては、被告が時効の援用をしない趣旨で上記弁済をしたとの信義則上保護すべき信頼が生じたとはいえないとして、原告の請求を棄却しました。

○消滅時効が完成した後に債権者に債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなくても、消滅時効の援用は認めないと解するのが信義則に照らし相当であるが、債務の承認前後の具体的事情を総合考慮して、債権者において、債務の承認が時効の援用をしない趣旨であるとの保護すべき信頼が生じたとはいえない場合には、消滅時効を援用することは信義則に反せず、許されると解するのが相当としています。

○本件では、債務者は、債権者の督促により、元金と確定遅延損害金だけで120万円を超える本件債務の一部である1万円を1回支払ったことをもって、債務者が時効の援用をしない趣旨で弁済をしたとの信義則上保護すべき信頼が生じたとは到底いえず、債務者が本件債務の消滅時効を援用することは、信義則に反するとはいえず、本件債務は時効により消滅しているとしました。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、128万2194円及びうち41万7678円に対する平成27年11月19日から支払済みまで年26.28パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、原告と被告との間の平成18年3月27日締結の金銭消費貸借契約(以下「本件契約」という。)に基づいて、原告が被告に対し、別紙計算書のとおり原告が被告に対して貸し付けた金員の残元金41万7678円及び平成27年11月18日までに生じた利息及び遅延損害金86万4516円の合計128万2194円並びに前記残元金に対する同月19日から支払済みまで約定の年26.28パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1 争いのない事実等
(1)原告と被告は、平成18年3月27日、本件契約を締結した。
(2)原告は、本件契約締結当時、金融業等を営む株式会社であった。
(3)被告は、原告に対し、平成19年11月30日、本件契約に基づく残債務(以下「本件債務」という。)のうち2万円を弁済したが、その後は弁済を行わなかった。
(4)原告は、被告に対し、平成27年9月上旬、本件債務の支払を督促する通知(以下「督促状」という。)を送付した。
(5)督促状を受領した被告は、原告に対し、平成27年9月7日、電話をしたところ、原告の男性従業員が対応した。同従業員は、被告の現在の生活状況を聞いた上で、被告は長期にわたる延滞状況であるため、一括弁済が必要である旨説明した。
(6)被告は、原告に対し、平成27年9月8日、1万円を支払った。

2 争点
 時効援用権の喪失の有無
(被告の主張)
(1)被告が原告に対し最後に弁済をした平成19年11月30日から5年が経過した。
(2)被告は、原告に対し、平成27年12月17日の第1回口頭弁論期日において、商事消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(3)被告は、原告に対し、前記時効期間が経過した後である平成27年9月8日、1万円を支払っているが、次に掲げる事情があることから、被告の消滅時効の援用が信義則に反するとは言えず、消滅時効の援用は認められる。
ア 被告は法的に無知であるのに対して、原告は、貸金業者であり、取引経験や法的知識に関して、被告を大きく上回っている。
イ 平成19年11月30日に被告が原告に対して最後の弁済をした以降、原告から被告へ連絡はなく、被告から原告へ連絡したこともなかった。
ウ 平成27年9月頃、原告から、被告に対し、裁判にかける、差押えをする等の記載のある督促状が届いた。督促状を見て怖くなった被告は、督促状を受け取った翌日、原告に電話をかけた。この電話に対応した原告従業員は、被告に対して、とにかく金を払え、明日必ず払えというようなことを言い、被告が何を言っても、聞き入れようとしなかった。被告は、電話で対応した原告従業員の話し方がやくざのように怖い印象であったことから、畏怖して、1万円を原告が指定した口座に振り込む方法で支払った。

(原告の主張)
(1)被告は、原告に対し、平成27年9月8日、1万円を原告が指定する口座へ振り込む方法により弁済した。被告は、時効期間経過後に自己の債務を承認したことにより、時効援用権を喪失したのであり、その後時効を援用することは信義則に反し許されない。
(2)原告従業員は、平成27年9月7日、被告からの電話に対応したが、被告の現在の生活状況を聞いた上で、契約条項を説明し、被告は長期にわたる延滞状況であるため、一括弁済が必要であり、分割弁済に応じるのは困難である旨説明したところ、被告は、返済意思はあると回答したことから、その日に返済可能な金額を聞くと、1万円は可能である旨答えたので、弁済を約束して電話を終えた。同月8日、被告から電話があったことから、今後の弁済について確認したところ、被告は、無職であり、分割弁済しかできない旨回答した。同月18日、被告から電話があり、入院することになった旨の連絡があったので、原告従業員は、退院後の連絡を依頼したが、その後、被告から連絡等はなかった。以上のとおり、原告は、貸金業法の規定を順守して取立てに当たっており、被告に恐怖心を抱かせるような言動はなく、債務の承認を目的として甘言により被告を欺罔・誘導して債務を一部弁済させた等の事実はない。

第3 争点に対する判断
1 前記争いのない事実等、証拠(乙4、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)原告と被告との間で締結された本件契約に基づき、被告は、平成18年3月から継続的に金銭の借入れと返済を繰り返したが、平成19年11月30日に2万円を弁済したのを最後に、弁済をしなかった。
(2)原告は、被告に対し、平成27年9月上旬、督促状を送付した。これを受領した被告は、同月7日、原告に対し電話をかけたところ、原告の男性従業員が対応した。被告は、同従業員から、被告の現在の生活状況を聞かれた上で、被告は長期にわたる延滞状況であるため、一括弁済が必要であり、分割弁済に応じるのは困難である旨の説明を受けた。
(3)被告は、年金生活者で経済的に困窮していたが、平成27年9月8日、1万円を知人から借り入れ、原告が指定した口座に振り込む方法で支払った。

2 以上に基づき、時効援用権の喪失の有無について判断する。
(1)債務者が、自己の負担する債務について時効が完成した後に、債権者に対して債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかったときでも、その後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。なぜなら、時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないと解するのが、信義則に照らし相当であるからである(最高裁判所昭和41年4月20日大法廷判決)。そうすると、時効が完成した後に、債務者が債権者に対して債務の承認をしたとしても、承認前後の具体的事情を総合考慮して、債権者において、債務の承認が時効の援用をしない趣旨であるとの保護すべき信頼が生じたといえない場合には、消滅時効を援用することは信義則に反せず、許されると解するのが相当である。

(2)これを本件についてみると、被告は、平成19年11月30日、原告に対して2万円を弁済したのを最後に、弁済をしなかったが、原告は、平成27年9月上旬に督促状を送付するまで、約7年9か月にわたり、本件債務の請求をしておらず、本件債務の履行を請求した時点では、消滅時効完成から約2年9か月経過しており、消滅時効が完成していることが明らかであった。それにもかかわらず、原告は、被告に対し、督促状を送付し、本件債務の履行を求めたことから、平成27年9月7日、同督促状を見て不安や恐怖を感じた被告が原告に対して電話をかけた。この電話の対応をした原告の男性従業員は、被告の現在の生活状況を聞き、一括弁済が困難な生活状況であることを把握したにもかかわらず、被告は長期にわたる延滞状況であるため、一括弁済が必要であり、分割弁済に応じるのは困難である旨説明した上で、被告に対して、重ねて支払を求めたことから、これに困惑又は畏怖した被告は、同月8日、1万円を知人から借入れ、原告が指定した口座に振り込む方法で支払った。

 そうすると、貸金業者として消滅時効に関する十分な知識経験を有していた原告は、被告に督促状を送付した時点で、本件債務につき消滅時効が完成していたこと、被告が本件債務の一部を弁済すれば、被告は消滅時効を援用できなくなることを知っており、被告との交渉の過程で、被告が本件債務について消滅時効が完成していることを知らないままに行動していることを認識しつつ、消滅時効の援用を阻止する目的で、被告に対して督促をし、被告は長期にわたる延滞状況であるため、一括弁済が必要であり,分割弁済に応じるのは困難である旨説明した上で、本件債務の一部である1万円を弁済させたものと推認できる。他方、被告は、1万円を支払った後は一切支払っておらず、被告には任意に本件債務を履行する意思はなかったことが看取できる。

 なお、原告は、貸金業法の規定を順守して取立てに当たっており、被告に恐怖心を抱かせるような言動はなく、債務の承認を目的として甘言により被告を欺罔・誘導して債務を一部弁済させた等の事実はない旨主張するが、時効完成後の債務承認後に消滅時効を援用することが信義則に反しない場合を、債務承認に至る経緯において、債権者による暴言、強要、欺罔等を行った場合に限定する理由はない。 

 以上の事情を総合考慮すると、被告は、原告の督促により、元金と確定遅延損害金だけで120万円を超える本件債務の一部である1万円をわずかに1回支払ったことをもって、被告が時効の援用をしない趣旨で弁済をしたとの信義則上保護すべき信頼が生じたとは到底言えないというべきである。
 したがって、被告が本件債務の消滅時効を援用することは、信義則に反するとはいえない。よって、本件債務は、平成19年11月30日から5年の経過をもって時効により消滅した。

3 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判官 岸野明人
【別紙】計算書《略》
以上:4,779文字

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