平成27年 2月 4日(水):初稿 |
○「賃料増減額確認請求訴訟物時点説平成11年3月26日東京地裁判決紹介1」を続けます。 ******************************************** 第三 争点に対する判断 一 争点1について 前記前提事実3に加えて証拠(甲六ないし9、31、32の一及び二、鑑定)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。 1 本件賃料額の変遷の状況は別紙のとおりであるが、昭和61年以降現在に至るまでの間、本件賃料額は据え置かれたままになっている。 この間の経済情勢の変化は顕著なものがある。すなわち、昭和61年ころは、金余りを背景に消費の爆発と財テクブームが起こり、株価も史上最大の上げ幅を記録する等いわゆるバブル経済の幕開けとなり、地価は本件のような大都市における商業地の場合急騰した。しかし、その後バブル経済は崩壊し、平成3年ころ以来の景気後退、低迷により、昭和の終わりころには地価が横這いに転じ、平成3年ないし同4年ころから現在まで下落が続いている。 しかし、地価の低落傾向にもかかわらず、公租公課の額は平成8年度まで大幅な上昇を続け、ようやく平成9年度に下がった。平成6年度から同9年度までの間の本件一及び二の土地を合わせた一筆の土地(鷹番三丁目59番一の土地)の公租公課の額(固定資産税と都市計画税の合計額)は、次のとおりである。 平成6年度 金184万7499円 平成7年度 金193万9875円 平成8年度 金198万8371円 平成9年度 金150万6617円 2 本件一及び二の土地は、全体について地方税法349条の三第二項により、小規模住宅用地として、同法349条に基づき算定された価格の六分の一の額をもって課税標準とされている。 3 昭和61年4月における本件一の土地の賃料は平方メートルあたり月額金527円、本件二の土地のそれは531円であるが(ただし円未満切捨て)、本件一及び二の土地が存在する駅前商店街の近隣地域内の同種の堅固建物所有目的の借地の平成6年4月におけるそれは金649円、同7年4月及び同8年4月のそれはいずれも金701円であり、右同様の地域にある同種の非堅固建物所有目的の借地の平成6年4月におけるそれは金667年、同7年4月におけるそれは701円、同8年4月におけるそれは金718円である。 以上認定の事実によれは、本件一及び二の土地の本件賃料額は、昭和61年4月以降の経済情勢の変化、公租公課の増額及び近隣地代との顕著な格差に照らして、著しく低い額となっており、その増額の必要性が認められる。 これに対して、被告は①昭和61年当時の本件賃料額自体が近隣に比較して高額であったこと、②いわゆるバブルの崩壊とともに地価は下落していること、③公租公課はさほど増額していないこと、④原告は本件一及び二の土地について住宅用地部分につき東京都都税条例136条の2の規定による「固定資産税の住宅用地等の申告」をすれば、住宅用地部分につき課税額が減少するはずなのにこれを怠っていること、以上を掲げて増額の必要性を論難するので、次にこの点につき検討する。 まず、右①の事実についてはこれを認めるに足りる証拠はない。次に②の事実については、右認定のとおり認められるが、地価の推移と公租公課の額は相応せず、また継続賃料額と地価の動向が必ずしも比例するものでないことは当裁判所に顕著であるから、これだけでは増額の必要性を否定する事情とはなり得ない。さらに③の事実は右認定事実に反するから理由がなく、④の事実についても、右認定事実によれば、本件一及び二の土地全体について小規模住宅用地としての課税の特例の適用を受けていることから、失当といわざるを得ない。 そうすると、本件増額の必要性を否定することはできないというほかはないから、この点に関する被告の主張は採用できない。 二 争点2について 1 本件各増額請求に係る相当額については、当裁判所の鑑定結果(以下「本件鑑定結果」という。)があるところ、被告はその信用性を否定して、いわゆる被告側の私的鑑定である澤野鑑定(乙一)の結果により認定すべきであると主張する。鑑定が裁判所により命じられた中立の専門家により、裁判所の認識、判断能力を補充するものとして専門的知識又は経験則を適用して得られた事実判断を裁判所に提供するという性質を有することに鑑みれば、まずその鑑定結果の信用性について検討し、それが認められればその結果により右相当額を認定すべきである。そして、右信用性を検討するに際しては、本件賃料の相当額の判定という作業の性質に照らして、数式のような作業とは異なり、たぶんに裁量的要素が働くことが避けられないところであり、しかもそれが最終的な判断のみならず、認定事実に基づき基礎的な数値を決定する段階においても作用することを斟酌すれば、結局鑑定結果の信用性は鑑定人による認定事実に重要な誤りがあるかどうか及び鑑定人に与えられた裁量権の範囲を逸脱した判断をしてはいないかどうかの検討を経てなされるべきであると考える。 そこで 、右観点に立って本件鑑定結果について検討するに、証拠(乙一ないし三、鑑定)及び弁論の全趣旨によれば、右結果は次の作業プロセスを経て導き出されたことが認められる。 (一) まず、平成10年3月3日現地調査を行い、それによる概測及び建物の建蔽率・容積率からの逆算により、概ね妥当と認められる契約面積を採用した。それによると本件一の土地は別紙物件配置図表示の「対象物件符号一」の部分に、本件二の土地は同図表示の「対象物件符号二」に(したがって本件一の土地によって分断され、学芸大駅よりの部分(本件鑑定書上「符号二―①とした部分」)と反対側(本件鑑定書上「符号二―②とした部分)とに分かれる。)それぞれ位置する。本件二の土地の面積は、一筆の土地である東京都目黒区鷹番〈番地略〉宅地地積622.1平方メートルの土地から本件一の土地の地積132.23平方メートルを控除した489.90平方メートルとなる。 (二) これを基に、一般分析、地域分析及び個別分析を行い、対象土地の最有効使用を判定し、いずれの土地も中層の店舗、事務所ビル又は同併用共同住宅の敷地とした。 (三) 本件鑑定目的は昭和61年4月の最終合意賃料を出発点として本件各増額請求時における継続賃料を求めることにあるとの観点に立ち、その継続賃料の評価を、差額配分法(価格時点における正常賃料相当額と実際支払賃料額との差額のうち貸主に帰属するべき部分を実際支払賃料額に加算して継続賃料を求める手法)、賃貸事例比較法(対象物件の位置する近隣地域又は同一需給圏内の類似地域に存する継続賃料の改定事例に比準して、対象物件の継続賃料を求める手法)、スライド法(前回改定時の純賃料に、価格時点までに生じた経済情勢の変動率を乗じて得た額と価格時点の必要経費を合算して継続賃料を求める手法)の三方式を適用してそれぞれ試算賃料を求め、これらを関連づけて鑑定評価額を決定した。なお利回法(前回改定時の純賃料の更地価格に対する利回りを求め、価格時点の更地価格に対する利回りを乗じて得た純賃料に価格時点の公租公課を加算して継続賃料を求める手法)も一般に継続賃料を算出する方法として採用されているが、本件の場合、本件賃料の最終合時点における公租公課が不明で当時の性格な純賃料(その当時の実際支払賃料額から公租公課額を控除した残額)を把握できないため、採用されなかった。 (四) 差額配分法の適用については、結局底地価格(基礎価格)に底地の期待利回りを四パーセントとしてこれを乗じて純賃料相当額を求め、これに公租公課を合算して正常賃料相当額を算出した。ここに期待利回りとは、金融資産との関係において、その不動産の有する投資対象としての危険性、流動性を反映して定まるものであり、本件一及び二の土地が属する商業地においては一般的に現在の水準においても四パーセント程度であると考えられている。 また、本件鑑定においては、正常賃料相当額と実際支払賃料額との差額の賃貸人に帰属する配分の割合につき、通常用いられている二分の一の数値を用いずに、三分の一としているが、これは次の事実を認定したことによる。すなわち、①最終合意時点である昭和61年4月以降最初の増額請求時点である平成6年12月までの経済変動だけから算定差額が生じたものではなく、既に最終合意時点において差額が発生していたことやその後の公租公課の増加によっても差額が生じたものといえること、②本件土地賃貸借契約の当事者間においては、通常は賃料が経年的に公租公課の増加に従って増額していくことを暗黙の前提として賃料交渉がなされてきたと考えられ、最終合意時点以後賃料交渉が紛争により中断し、それ以降貸主側からの交渉は途絶えがちであった様であること、③本件賃貸借は昭和10年ころより継続されており、対象物件は合計八棟の店舗敷地として借主により利用されることで、近隣建物とともに駅前商店街を形成し、地域の発展に寄与してきたこと、以上の事実を総合的に検討して当事者間の公平を考慮し、賃貸人に帰属すべき配分率をやや減じて三分の一とした。 (五) スライド法の適用については、継続地代の推移を重視してスライド率を算定している。賃料は土地の価格等の変動に比して一般的に遅効性を有しており、このような賃料の特殊性に照らしてみれば、本件のような継続賃料額を鑑定するに際しては継続賃料の変動率を最も規範性のあるものとして採用することは合理的である。 もっとも、平成6年12月1日時点での賃料の算定にあたっては、最終合意時点の公租公課の額が不明であったため、本来の方法が行えず、次善の方法として、支払賃料そのものをスライドさせる手法で行ったことから、右時点における賃料額を決する上でスライド法は参酌するにとどめた。 (六) 賃貸事例比較法の適用については、本件鑑定は、本件各土地の近隣(向かい側)の事例であり、本件土地との類似性については特に問題がない事例を採用 した。この採用事例は本件各土地と同様原告の貸地であるが、賃料額について紛争が顕在化している土地ではなく、当事者双方が合意して賃料が定められている事例であるから、この手法の適用に際して比較する事例として採用することにつき特に問題はない。 (七) 本件鑑定による継続賃料決定の際の各手法による試算賃料のウェイトは次のとおりである。 平成6年12月1日 賃貸事例比較法;2 : 差額配分法;1(スライド法は参酌にとどめる) 平成7年8月1日 賃貸事例比較法;2 : スライド法;2 :差額配分法;1 平成8年7月1日 賃貸事例比較法;2 : スライド法;2 :差額配分法1 平成6年時点と平成7年及び平成8年時点とではウェイト付けが異なるが、これは平成7年及び平成8年時点が平成6年時点から経過期間が短く、スライド法による試算賃料の規範性は高いものと考えられたこと(平成6年の時点の場合スライド法の適用による試算賃料の信頼性が高くないことから参酌にとどめたことは前記したとおり)、賃貸事例比較法もその性質上規範性が高いと認められたこと、これに対して差額配分法による試算賃料は他の方式による試算賃料と比較考量するためのものとして一段ウェイトを下げたこと、以上の理由によるものである。なお、差額配分法による賃料は理論的には優れた算定方法ではあるが、基礎価格に期待利回りを乗じ求めたもので、元本と果実の相関関係により高めに求められる難があり、下落したとはいえなお高い地価水準を反映して高めに試算される傾向があるから、この手法による試算賃料のウェイトを他の手法による試算賃料よりもやや低く評価することには合理性がないとはいえない。 以上認定の事実を総合すれば、本件鑑定のプロセスにおいて、特に基礎となる重要な事実の誤認があるとか裁量権の逸脱があるとの事実は窺われないといわざるを得ず、したがって本件鑑定結果は信用することができる。 そうすると、右結果に従えば、平成6年12月1日時点における本件各賃料の相当額は、本件一の土地については月額金8万8300円であり、本件二の土地については月額金34万5400円である。平成7年8月1日時点のそれは、順次金9万1800円、金36万1200円、平成8年7月1日時点のそれは、金9万3900円、金37万2100円である。 三 争点3について 本件請求は賃料増額確認請求であるから、その審判の対象である訴訟物は、原告による本件各増額請求の増額効果が発生した時点における賃料相当額であると解される。 してみれば、原告が増額請求をしていない被告主張の平成9年4月1日以降平成10年8月31日までの間の本件各賃料額及び平成10年9月1日以降同年10月31日までの間の本件各賃料額の確認を求める部分は、原告の申し立てていない事項であるといわざるを得ないから、これについて判断することは民訴法246条に違反するといわなければならない。 これに対し、被告は本件訴訟物は、本件最終賃料増額請求に係る賃料増額効果が発生した平成8年7月1日以降本件事実審の口頭弁論終結時までの本件各賃料額が訴訟物となっていると解すべきであるから、被告主張の右各時点における本件各賃料額を確認することは何ら処分権主義に反しない旨反論する。 しかしながら、このように解した場合は、右増額請求のなされた後にさらに対象賃料につき増減額の意思表示がなされてこの部分の賃料確認請求を求める必要が生じたときも、すでに継続中の賃料確認訴訟の口頭弁論が終結しない限り、この訴訟の確定判決に生ずる既判力に抵触しないようにするためにも、右継続訴訟に新しい賃料確認訴訟を併合するか右継続訴訟の反訴として扱うことが必要とされることになろうが、それでは継続中の訴訟が終結間際の場合にも終結できず、さらに新請求の審理のため時間及び労力を費やすことが必然的に求められ著しく訴訟手続を遅滞ならしめる不都合な結果を招くことになるといわざるを得ない。そもそも、賃料確認訴訟が確認訴訟である以上、賃貸借当事者間に賃貸額をめぐって現在紛争が生じており、これが解決のためには賃料確認訴訟が必要かつ有益であることが要件であることはいうまでもないところではあるが、それが故に事実審の口頭弁論終結時までの賃料額が訴訟物となっていると解されなければならない必然性はなく、過去の一定時点(賃料増額請求に係る増額の効果発生時)における賃料額を訴訟物としてとらえたとしても、その確認を右口頭弁論終結時点において求める必要性及び有益性がある限り、そのような訴訟は適法な訴訟として許容されるべきである。 そうすると賃料増額請求のなされた後に提起された賃料確認請求訴訟における訴訟物は前記したとおり、右増額請求に係る増額の効果が生じた時点における賃料額であると解すべきであるから、被告が求める平成9年4月1日以降の本件各賃料額の確認をすることは許 されないというほかはない。 してみれば、被告が平成10年10月20日までの間、本件各賃料の減額の意思表示をして、それに係る賃料確認請求を新訴訟として提起するか反訴として提起していない以上、被告主張の時点における賃料額の確認をすることは、処分権主義の見地から認められないといわなければならない。 よって、争点3に関する被告の主張は採用することができない。 四 争点4について 弁論の全趣旨によれば、争点4についての原告主張事実にあるとおり、被告による本件減額の意思表示は、本訴の終結間際になされたものであることが認められる。そしてこの意思表示に基づく賃料確認の反訴を許容することになれば、その減額賃料の相当額を認定するための原告による鑑定申立てが予想されるのみならず、弁論の全趣旨から原告はその用意がある旨を明らかにしていることが認められ、そうすれば本訴の訴訟手続を著しく遅滞ならしめるといわなければならない。もっとも、被告は右反訴が認められなければ、本訴の既判力が及び被告は右減額請求に係る訴えを封じられることになる旨反論する。しかしながら、前記三において判示したように、本訴の訴訟物は本件各増額請求に係る賃料増額効果が発生した時点における賃料額であり、その点にしか既判力は生じないと解するのが相当であるから、被告の右賃料減額請求について新訴訟を提起することは妨げられず、したがって被告の右反論は理由がない。 そうすると、被告の本件反訴は、民訴法146条一項に但書により、提起することが許されず、これに反してなされた右反訴は不適法であるから、却下されるべきである。 よって、この点に関する原告の主張は理由がある。 第四 結論 以上の次第で、本訴請求については主文第1、2項の限度で本件各賃料額を確認し、その余の請求は理由がないから却下することとし、反訴については不適法であるから、これを却下する。 (裁判官堀内明) 別紙 物件目録〈省略〉 以上:7,007文字
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