平成26年 8月 9日(土):初稿 |
○「”不動産取引における心理的瑕疵の裁判例と評価”紹介1」を続けます。 平成7年12月11日仙台地裁大河原支部決定(判タ931号297頁)を受けた私は、渾身の理由書を書いて仙台高裁に抗告しました。しかし、残念ながら、これも棄却されて、裁判所の形式判断に大変詳しい思いをしました。この平成8年3月5日仙台高裁決定(判タ931号294頁、判時1575号57頁)全文を以下の通り紹介します。この判決についての感想・まとめ等は別コンテンツで説明します。 ********************************************** 抗告人 株式会社A 代表者代表取締役 B 同代理人弁護士 小松亀一 主 文 本件抗告を棄却する。 抗告費用は抗告人の負担とする。 理 由 1 抗告人は、「原決定を取り消す。仙台地方裁判所大河原支部が同裁判所平成6年(ケ)第61号不動産競売事件について、同7年8月9日になした抗告人に対する売却許可決定を取り消す。」との裁判を求め、その理由は、別紙「執行抗告理由書」及び「第一回準備書面」記載のとおりである。 2 当裁判所も、原決定は相当であり、抗告人の本件抗告は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原決定の理由説示のとおりであるから、これを引用する。 (1) 抗告人は、競売物件の共有者の1人が、競売物件である土地建物(以下「本件競売物件」という。)の取得代金の一部を街の金融業者から借り入れたが、その返済を苦にして自殺(以下「本件自殺」という。)しており、同事実の存在は、民執法75条1項の不動産の「損傷」に当たる旨主張するところ、同条1項は、競売物件の物理的損傷が判明した場合の規定であるが、競売物件の交換価値が著しく損なわれていることが判明した場合にも同条が類推適用されるべきであると解すべきことは、抗告人の主張のとおりである。 ところで、民執法75条1項は、前記したとおり、競売物件自体に生じていた物理的損傷についての規定であるところから、交換価値の著しい減少に同条を類推適用できるとしても、その範囲は競売物件に生じた事由(例えば、公法上の規制により競売土地上に建物の建築が認められない場合とか、競売建物内で殺人があった場合等)により、競売物件の交換価値に著しい減少をきたしている場合に、不動産の損傷に類するものとして同条の不許可事由又は取消事由となるものと解するのが相当である。 これを本件についてみるに、抗告人の主張によれば、本件自殺は、本件競売物件の所在地から約200ないし300メートル離れた山林内であったというのであり、本件競売物件内での出来事ではないから、同自殺か民執法75条1項を類推して売却許可決定の取消事由となると解することはできない。確かに、本件自殺が、本件競売物件の取得代金の借入金の返済を苦にした結果であるとのことであれば、同競売物件の交換価値に何らかの影響を及ぼすであろうことは窺えるとしても、これをもって同条1項を類推適用し、本件競売物件の「損傷」と同視できる交換価値の著しい減少があったものとまで解することができないことは前記したとおりである。 (2) 抗告人は、本件自殺の事実を現況調査報告書や物件明細書に記載しなかった不備があり、また、同事実を競売物件の評価額に反映させなかった評価書にも不備があり、これらの不備は違法である旨主張するが、現況調査報告書や評価書の内容について、仮に不備が認められたとしても、それ自体の不備が売却許可決定に対する執行抗告の事由となるとの規定はない。しかしながら、同主張の趣旨を善解すれば、これらの不備によって、執行裁判所の最低売却価額の決定、あるいは物件明細書の作成に重大な誤りが生じている(民執法74条2項、71条六号)旨の主張と解することができるので、以下判断する。 抗告人は、本件自殺という著しい競売物件の「損傷」があるのに、これを全く考慮せずになされた評価は見直しの必要がある旨主張するが、同自殺が著しい競売物件の「損傷」に当たらないことは前記したとおりである。確かに、抗告人提出の不動産鑑定評価書によれば、本件競売物件については、通常の売買価格から競売市場減価30%をし、さらに、自殺による40%の減価をするのが妥当であるとしているが、他方、本件記録によれば、本件競売物件を評価した不動産鑑定士は、執行裁判所に対し、本件自殺によって競売物件の評価額を変更する必要はない旨回答していることも認められるのであって、本件競売物件内での自殺ならともかくも、同競売物件から約200ないし300メートル離れた山林での自殺が競売物件の評価に及ぼす影響については、専門家の間でも意見の分かれるところであるから、上記抗告人の提出した不動産鑑定評価書をもってしても、未だ競売物件の評価の見直しをすべきものとまではいえない。 また、前記したとおり、本件自殺の事実が民執法75条1項の不動産の「損傷」に当たるものと解することができないことをも考慮すると、執行裁判所が、同事実を本件競売物件の価額に反映させていない評価書の評価額に基づき、同競売物件の最低売却価額を定めたものであったとしても、これをもってその最低売却価額の決定に重大な誤りがあるとすることはできない。 次に、抗告人は、物件明細書に本件自殺の事実を記載していないのは違法である旨主張するが、物件明細書は、競売不動産の明細及び権利関係、殊に売却条件(売却後の負担)を明らかにすることにあり、民執法62条は、①不動産の表示、②不動産に係る権利の取得及び仮処分の執行で売却によりその効力を失わないもの、③売却により設定されたものとみなされる地上権の概要、の3点を必要的記載事項として法定しているのであるから、同事項の記載のないことは違法であるとしても、同事項以外の執行裁判所が任意に記載する事項について、これが記載されていないからといって、その不記載を物件明細書の違法とすることはできないものと解すべきである。そうすると、執行裁判所が、前記した必要的記載事項ではない本件自殺の事実を物件明細書に記載しなかったからといって、その物件明細書の作成に重大な誤りがあるとまでいえないことも明らかというべきである。 抗告人の主張はいずれも採用することができない。 (3) 以上のほか、本件記録を検討しても、未だ原決定を不当とすべき理由はない。 よって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 武田平次郎 裁判官 栗栖勲 裁判官 若林辰繁) 以上:2,725文字
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