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負担付死因贈与契約に民法第1022条は適用されないとした地裁判決紹介

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令和 4年 2月 8日(火):初稿
○一般に、死因贈与については遺贈に関する規定に従う(民法554条)とされ、その趣旨は「遺贈に関する規定を準用する」の意味で、遺言の取り消し(撤回)に関する民法1022条以下の規定も死因贈与に準用され、いつでも遺言の方式で撤回できるとされています。

民法第1022条(遺言の撤回)
 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。


○遺言の取り消しは、何人もその死のときにおいて自由に遺言をすることができるとの遺言自由の原則と表裏をなすものであつて、いつたん遺贈をしてもこれを取り消しまたはこれに抵触する遺贈をするのに何の拘束もありません。しかし、死因贈与は贈与者の死によつて効力を生ずる点で遺贈に類似するけれども、贈与者の死を条件とする契約であつて、契約がなされた以上は受贈者においてその期待権を有することになります。

○死因贈与契約が負担附である場合には双務契約に関する規定が適用されることからみても、その場合の贈与約束には一層強い法的拘束力が与えられるべきです。そこで、少くとも負担附死因贈与契約については遺言の取り消しに関する規定の準用はないと解すべきで、本件の場合、前段認定の契約内容によれば贈与者Aの看護を行うとの負担附死因贈与契約であり、贈与者であるAがこれを一方的に取り消すことは許されず、これが許されることを前提とする取り消しの意思表示は効力がないとした昭和44年1月25日東京地裁判決(判タ234号201頁)全文を紹介します。

○死因贈与契約の契約文言に「負担付」がなくても、事実上、負担付でその負担義務が履行されている場合も、本判決の趣旨に従って、民法第1022条は適用されないと解釈できる場合もあると思われます。

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主  文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事  実
第一、当事者の申

 原告は「(一)別紙〈省略〉目録記載の土地及び建物(以下本件物件という)が原告の所有であることを確認する。(二)被告は原告に対し、本件物件につき東京法務局大森出張所昭和39年4月3日受付第10174号をもつてなされている同年3月31日付停止条件付贈与契約に基づく所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。(三)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張
一、請求原因

 本件物件はもと訴外亡三浦A(以下単にAという)の所有であつた。原告はAの養子であるが、Aは昭和41年8月11日公正証書によつて遺言し、本件物件を原告に遺贈した。Aは同年10月7日死亡したので、原告は本件物件の所有権を取得した。
 しかるに被告は昭和39年3月31日Aから本件物件の贈与を受けたとして、原告の所有権を争つており、本件物件には被告のため請求の趣旨記載のとおりの仮登記がなされている。
 よつて原告は被告に対し本件物件の所有権確認と仮登記の抹消登記手続を求める。

二、請求原因に対する認否
 請求原因事実は認める。

三、抗弁
 被告は昭和39年3月31日Aとの間で、Aの死亡を条件として本件物件の贈与を受ける旨の契約を締結した。被告はこの契約に基づいて本件物件につき原告主張の仮登記を経たのである。ところがAは昭和41年10月7日死亡したから右契約の効力が生じ、被告はその所有権を取得した。よつて原告は遺贈による所有権の取得をもつて被告に対抗できない。

四、抗弁に対する認否
 Aが死亡したときの点は認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告主張の贈与契約なるものは存在しない。

五、再抗弁
(一) 被告が主張する贈与の契約書なるものは被告がAの印章を冒用して作成したものであつて書面によらざる贈与である。仮にそうでないとしても死因贈与については遺贈に関する規定に従うから贈与者はいつでもこれを取り消すことができる。よつてAは昭和41年6月28日付書面をもつて被告に対し贈与を取り消す旨の意思表示をし、右書面はそのころ被告に到達した。

(二) 被告主張の死因贈与がなされたよりも後である昭和41年8月11日、Aは前記のとおり公正証書によつて本件物件を原告に遺贈した。よつて民法第554条によつて準用される同法第1022条、第1023条により、先になされた死因贈与は取り消されたことになる。

(三) 仮に死因贈与がなされたとしても、被告はAの生存中同人を看護する義務を負つており、その義務の履行が贈与の効力発生の条件とされていた。しかるに被告はA死亡に至るまで一回の看護も行わず、Aの死亡によつて条件の不成就が確定した。

(四) 仮に条件ではないとしてもAの生存中その看護をするとの負担附死因贈与であるから双務契約に関する規定に従うべきところ、前記のとおり被告は義務の履行をせず、Aの死亡により負担の義務の履行は不能となつた。よつて被告の贈与を受ける権利は消滅した。

六、再抗弁に対する認否
(一) 再抗弁(一)及び(二)記載の事実中、意思表示の到達の点及び公正証書による遺言がなされたとの点は認めるが、その余の事実は否認する。なお本件贈与契約はAの求めがあれば被告がAの看護をするとの負担附贈与であり、しかも被告は取り消し前すでに負担の履行をしていた。Aの一方的な取り消しまたはこれに抵触する遺言によつて効力を失うものではない。

(二) 同(三)及び(四)記載の事実中、被告がAを看護するとの負担附贈与であつたとの点は認めるが、その余の事実は否認する。被告の看護義務は「Aの希望があればこれを看護する」というのであり、被告はAの希望を容れて前記のとおり看護を行つた。

第三、証拠〈省略〉

理  由
一、請求原因事実は当事者間に争いない。

二、贈与契約の成否について判断する。成立に争いない甲第4号証の2、同じく乙第1、2及び5号証、証人Bの証言によつて真正に成立したと認められる乙第3号証、証人Bの証言ならびに被告本人尋問の結果によれば、昭和39年3月31日ごろA(当時満83才)はその孫娘である被告との間で「Aは被告に対し本件物件を贈与する。但しその効力はAの死亡に因つて発するものとする。他方被告はAが死亡するまでの間、Aの請求次第Aの看護に当る。」旨の契約を締結し、被告はこの契約に基づいて請求の趣旨記載の仮登記を経たことが認められる。

証人Cの証言と被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第3号証(但し公証部分は当事者間に争いない)によればAは昭和41年3月当時「私は雅子に本件物件を贈与したことは絶対になく、雅子は私の印章を勝手に持出して仮登記をしてしまつたものと思う」旨述べていたことがうかがえるけれども、これを前掲各証拠と対照すると、これをもつて右の認定を覆えすことはできず、他に本件の全証拠を検討しても右認定を覆えすに足りる的確な証拠は存しない。

三、再抗弁について判断する。
(一) Aが昭和41年6月28日付書面で被告に対し贈与を取り消す旨の意思表示をし、これがそのころ被告に到達したことは当事者間に争いない。原告は取り消しの理由としてまず書面によらざる贈与を主張するけれども、前掲乙第1、2号証によれば贈与契約の書面が存在していることは明らかであり、原告も右書証の成立自体はあえて争わないのであるから原告の右主張は理由がない。

 次に死因贈与は贈与者においていつでもこれを取り消し得るとの主張につき考える。死因贈与については遺贈に関する規定に従う(民法第554条)ものとされているが、その趣旨は「遺贈に関する規定を準用する」の意味であり、準用の範囲については単独行為である遺贈との差異に従つて限定すべきものである。

そこで遺言の取り消し(撤回)、に関する民法第1022条以下の規定が死因贈与に準用されるか否かが問題であるが、そもそも遺言の取り消しは、何人もその死のときにおいて自由に遺言をすることができるとの遺言自由の原則と表裏をなすものであつて、いつたん遺贈をしてもこれを取り消しまたはこれに抵触する遺贈をするのに何の拘束もない。

他方死因贈与は贈与者の死によつて効力を生ずる点で遺贈に類似するけれども、贈与者の死を条件とする契約であつて、契約がなされた以上は受贈者においてその期特権を有することになる。ことに死因贈与契約が負担附である場合には双務契約に関する規定が適用されることからみても、その場合の贈与約束には一層強い法的拘束力が与えられるべきである。

以上彼比考え合わせると、少くとも負担附死因贈与契約については遺言の取り消しに関する規定の準用はないものと解すべきである。本件の場合前段認定の契約内容によれば贈与者たるAの看護を行うとの負担附死因贈与契約であると認められるから、贈与者であるAがこれを一方的に取り消すことは許されず、これが許されることを前提とする前記取り消しの意思表示は効力がない。


(二) 本件の死因贈与契約締結後の昭和41年8月11日Aは公正証書によつて遺言をし、それによつて本件物件を原告に遺贈したことは当事者間に争いなく、これが被告との間の死因贈与契約に抵触することは明らかである。しかしながら本件の死因贈与について遺言の取り消しに関する民法第1022条以下の規定が準用されないことは前項で示したとおりであるから、右の遺言は先にした死因贈与取り消しの効果までは有しないものといわなければならない。

(三) 被告がAの生存中同人を看護する義務を負つていたことは死因贈与契約の成立を前提とする以上当事者間に争いないが、前掲乙第1号証及び証人Bの証言によつても右の債務履行が死因贈与の効力発生の条件となつていたとまでは認められないのみならず次項に認定するごとく、被告としては約旨に従つた義務の履行をなしたものである。よつて条件不成就の主張は理由がない。

(四) 成立に争いない甲第4号証の1、前掲甲第4号証の2及び同じく乙第1号証、証人B、同Cの各証言ならびに被告本人尋問の結果によれば、死因贈与契約締結当時Aは東京都太田区新井宿三丁目○○番地に独りで居住しており、他方被告はDと結婚して岡崎市の肩書地に居住し、時々Aを訪れていたこと、被告がAを看護する負担の趣旨は、Aの希望により「Aの請求次第」その看護に当るべきものとされていたこと、右契約締結後の昭和40年7月から昭和41年2月末日までの間、Aの希望によりAは被告方に同居して被告がAの看護をしたこと、ところが同年2月末日ごろAは被告の許を離れて原告方に赴き、そのまゝ原告方で生活するようになり、同年10月7日満86歳で死亡するまでもつぱら原告及びその家族の看護を受けたこと、そしてその間被告は何の看護も行わなかつたが、Aは被告の看護を欲せず、被告に対し看護の請求をした事実もないこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右事実によれば被告は昭和41年2月末日までは看護義務を履行しており、それ以後はAの請求がなかつたのであるから被告の看護義務は具体化せず、またはAはすでに被告から看護を受ける権利を放棄していたものというべきであるから、結局被告としては約旨に従つた義務は履行したことになる。よつて負担の不履行とその履行不能を理由とする原告の主張は理由がない。

四、以上のとおりであるから原告の再抗弁はすべて理由がなく、原告は遺贈による所有権の取得をもつて被告に対抗し得ない。よつて原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判官 原健三郎)
以上:4,764文字

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