令和 2年10月16日(金):初稿 |
○ちと古い判例ですが、規模も極めて小さく被相続人の個人会社と目すべき有限会社の持分権の評価については、会社の総資産額から総負債額を控除した総資産額を基準とするべきで、この算定は原則として貸借対照表によるべきとした昭和51年2月16日大阪家裁審判(家月28巻12号171頁)を紹介します。 ○この審判は、不動産については、いわゆる帳簿価格と実際の評価額とはしばしば大きく異なるので、評価に関する鑑定の結果によるのが妥当であるとしています。 ○この審判は、永年にわたつて被相続人とともに農業に従事し、主たる働き手として実質上一家の柱となつて相続財産の維持及び増加に寄与し、一家の収益を挙げる主たる力となつた相続人の労に報いるための生前贈与は、民法903条にいわゆる持戻財産ではないとしています。 ********************************************** 主 文 被相続人Aの遺産である有限会社A総業の持分権3900口は、申立人が468口、相手方Y1が877口、相手方Y2が802口、相手方Y3が1753口それぞれ単独取得する。 前項の代償として申立人は相手方Y2に対して金10円、相手方Y1は相手方Y2に対して金2639円、相手方Y3に対して金6820円をそれぞれ支払え。 審判費用は5分し、その2を相手方Y3の、その余を申立人、相手方Y1、相手方Y2の負担とする。 理 由 (事件の経緯) 申立人は、昭和45年12月22日遺産分割調停申立てをなし、当裁判所調停委員会は昭和46年1月26日を第一回期日として昭和48年9月27日までの間20数回に亘り調停期日を持ち、調停を試みたが、ついに合意を得るに至らず調停は不成立となり、審判手続に移行した。 (相続人とその相続分) 本件記録の戸籍謄本、除籍謄本および調査の結果によると、被相続人Aは昭和40年9月7日死亡し、相続が開始したものであること、被相続人には妻として相手方Y3、その間の長男として相手方Y1、長女としてB、二男としてC、三男として申立人X、二女として相手方Y2、四男として相手方Y4があつたが、長女Bおよび二男Cの二人はいずれも夭逝し、その相続人もないことから、結局本件当事者が被相続人の共同相続人であることが認められ、被相続人との身分関係に民法900条の法定相続分によると、各相続人の法定相続分は相手方Y3が3分の1、申立人およびその余の相手方らがそれぞれ6分の1であることは計数上明らかである。 (被相続人の遺言の存在とその効力) (中略) (遺産の範囲) 一 有限会社A総業の持分権 (一) 有限会社A総業(以下、単に会社という。)の定款および登記簿謄本によると、会社は昭和35年1月30日不動産賃貸および管理、建築材料の販売、これに付帯する一切の事業を行うことを目的として設立され、設立時資本金100万円、出資一口の金額1000円、出資口数1000口、社員は被相続人、相手方Y3、申立人、相手方Y4、申立人の妻であるDの五名、代表取締役は被相続人として発足したものであることが認められる。 (二) 前掲の定款および会社の社員名簿によると、被相続人が600口、その余の社員が各100口出資した旨記載され、その旨の領収書も発行されているが、前掲の調査報告書、本件記録の不動産登記簿謄本、相手方Y3、相手方Y4、D審問(以上いずれも第一および第二回)の結果によると、被相続人が一人で全額出資し、他の社員は現実の出資は全くしておらず、相手方Y3および相手方Y4においては、自らが何口出資していることになつているかすら知らない状況であり、会社設立の都合上被相続人が便宣相手方Y3、申立人、相手方Y4、Dを社員にし、出資を仮装したにすぎないものであり、会社の資産の大部分を占める後示の各不動産は全て被相続人が会社に対して贈与したものか、その収益等から買入れたものであつて、結局会社は被相続人の単独会社と目すべく、実質的には被相続人が一人社員として、会社の全資産を所有するものであり、昭和36年3月15日増資し、会社の資本金400万円、出資口数4000口となつたが、この際も被相続人が2400口、相手方Y3、相手方Y4、Dが各200口出資したこととなつてはいるものの、前示同様被相続人が全額出資し、相手方Y3、相手方Y4、Dは現実には出資しておらず、出資を仮装したにすぎず、被相続人一人社員の実質に何ら変化をきたしていないことが認められる。以上の認定に反する証拠はないのみならず、相手方Y3、相手方Y4、Dの自認するところである。 (三) 前掲の社員名簿によると、申立人が昭和35年4月11日にDに対し100口を、被相続人が昭和36年11月24日相手方Y2に対し100口をそれぞれ譲渡した旨記載されている。前者の申立人からDへの譲渡は仮装名義人の譲渡行為として持分権の実質に何ら消長をきたすものでないことは、前認定事実より明らかであり、Dの自認するところでもあるが、後者の被相続人から相手方Y2への譲渡は、権利者の処分行為としてその実質的実体的効力を検討されねばならないところ、相手方Y2は当裁判所からの正当な呼出を受けながら出頭せず、同人より直接その点を確認することができなかつたところであるが、相手方Y2の昭和47年6月28日付およびDの昭和50年11月18日付の手紙によると、被相続人から相手方Y2に対して100口の持分権を譲渡した頃、申立人およびD夫婦には子供がなかつたため、相手方Y2の長女由紀子と養子縁組することとなり、この縁組のために被相続人が相手方Y2に対して持分権100口を贈与したものであるが、後日この縁組が破談になつたが持分権100口の贈与はそのままとなつていることが認められる。そうすると、相手方Y2自身の縁組ではないが、その長女の縁組のために相手方Y2に贈与したものであるから、民法903条の生前贈与にあたるものと解され、いわゆる持戻財産として相続財産にその価額を加えるべきものである。 (四) 以上の次第であるから、会社持分権4000口のうち、3900口は被相続人の遺産に属し、100口については相手方Y2に対する生前贈与として相続財産にその価額を加えるべきものとなる。 二 (1) 大阪市××区××××町286番一 宅地 15440m2 (2) 同地上 家屋番号49番 木造瓦葺二階建居宅12479m2 前掲の調査報告書、不動産登記簿謄本、固定資産評価証明によれば、申立人は昭和33年1月田中登美子と婚姻届を了して夫婦となつたものであるが、結婚を前にした昭和32年に被相続人家族から別居して一家を構えるに際し、被相続人が申立人に対して本件土地および建物を贈与したものであることが認められ、民法903条の婚姻、生計の資本としての贈与に該当することは明らかであり、当事者間にこれについて異議をさしはさむ者は存しない。 従つて、本件土地および建物はいわゆる生前贈与として相続財産にその価額を加えるべきものである。 三 (1) 大阪市××区××××町90番一 (中略) (遺産の評価) 当裁判所は、具体的相続分算定の際の遺産および特別受益財産の評価の時期は相続開始時、現実の遺産分割の際の遺産の評価時期は分割時と解するものである。従つて現実に分割の対象となる遺産は相続開始時と分割時、特別受益財産は相続開始時の各評価を算定する必要があるところである。 一 有限会社A総業の持分権について 前示の如く、会社は被相続人の個人会社と目すべきもので、一件記録によりその規模も極めて小さいものと認められるところであるから、会社の持分権の評価については、会社の総資産額から総負債額を控除した純資産額を出資口数で除した額を持分権一口の評価として算定すべきである。会社の資産額の算定は貸借対照表によるべきであるが、会社資産である不動産のいわゆる帳簿価格と実際の評価額とはしばしば大きな差異のあることは顕著な事実であり、本件会社の貸借対照表と鑑定人佃順太郎の鑑定書を比較すればその例に洩れないことは明らかであるから、不動産の評価についてのみ別途なした鑑定の結果によるのが妥当である。 (一) 会社所有不動産の範囲および現況等について 本件記録添付の不動産登記簿謄本、固定資産評価証明、前掲の調査報告書および前示認定事実を総合すると、会社の所有不動産および現況等は以下のとおりである。 (中略) 以上の会社不動産のうち、〈13〉ないし〈16〉の物件は相続開始後会社の収益から買入れたものである以外は相続開始時から現在に至るまで変化はない。(10)の物件は、会社が申立外Eと共に昭和38年5月同所295番の土地を申立外Fより農地法5条の規定による許可があることを停止条件として売買契約を締結した後同土地をEとの共有持分に応じた広さに分筆したうえ互いの持分を譲渡し合つて(10)の物件に対する単独の権利を取得するに至つたものであり、会社の本件土地に対する権利は停止条件付に所有権を取得する権利と目すべきものであり、(11)および(12)の物件も前認定のとおり停止条件付に所有権を取得する権利であるが、(10)の物件については所有権移転請求権保全の仮登記手続が経由されており、(11)および(12)の物件については停止条件付所有権移転義務者が被相続人の相続人である本件当事者であることからすれば、会社の以上各土地に対する権利が侵害される可能性は殆どなく、また実質上の所有権行使の支障もないから、完全な所有権とみて評価すべきである。 (1)および(2)は第二市川ハウス、(3)および(4)は第三市川ハウス、(5)および(6)は××荘と称するアパートとその敷地であり、(7)は登記簿上地目は畑となつているが現況は宅地で更地のまま放置されているもの、(8)および(9)は三戸からなる貸家とその敷地、(10)および(11)は登記簿上地目は畑であるが、その一部が塚状になつて雑木がその周囲に生えている畑で、相手方Y4が時折使用しているもの、(12)は登記簿上の地目は田であるが、現況は畑で相手方Y4が時折使用しているもの、(13)および(14)、(15)および(16)は貸家とその敷地である。 (二) 会社社員権の評価について 被相続人の死亡した昭和40年9月7日に最も近い昭和41年9月30日現在の会社の貸借対照表によると、土地および建物を除く資産額は金345万7640円であり、鑑定人佃順太郎作成の鑑定書によると相続開始時における、前項(1)および(2)の不動産は金387万7000円、(3)および(4)は金386万円、(5)および(6)は金276万7000円、(7)は金89万3000円、(8)および(9)は金170万8200円、(10)は金189万5000円、(11)は金300万9000円、(12)は金156万7000円であり、不動産合計金1957万6200円となり、結局相続開始時における会社総資産額は金2303万3840円となる。 一方同時期における会社貸借対照表によると、資本金勘定項目以外の純負債総額は金507万9620円となるから、これを総資産額から減ずると金1795万4220円となりこれが相続開始時における会社の純資産額となる。 次に分割時に最も近い昭和49年9月30日現在の貸借対照表によると、土地および建物を除く資産額は金796万6510円であり、前掲の鑑定書によると、鑑定時である昭和49年8月20日における前項(1)および(2)の不動産は金724万4000円、(3)および(4)は金926万1000円、(5)および(6)は金675万2000円、(7)は金595万2000円、(8)および(9)は金496万円、(10)は金1578万8000円、(11)は金2507万1000円、(12)は金1566万9000円、(13)および(14)は金358万1000円、(15)および(16)は金412万4000円であり、不動産合計金9840万2000円となり、結局審判時における会社総資産額は金1億636万8510円となる。 一方同時期における貸借対照表によると、資本金勘定項目以外の純負債総額は金341万4994円であるから、これを総資産額から減ずると金1億295万3516円となり、これが審判時における会社の純資産額となるから、会社の持分権総数4000口のうち3900口が遺産であるから、 102,953,516×(3900/4000) = 100,379,678円(四捨五入、以下特に記すものの他は同じ。) が現実の遺産の分割時における評価額である。 二 前掲鑑定書によると、申立人が生前贈与を受けた前示(遺産の範囲)二(1)(2)記載の各不動産の相続開始時における評価は金246万1000円であり、相手方Y4が遺贈を受けた同三(1)記載の不動産の賃借権の評価は金285万3000円、同(2)ないし(4)記載の不動産の賃借権の評価は金840万9000円合計金1126万2000円である。相手方Y2が生前贈与を受けた会社社員権100口の相続開始時の評価は19,754,220×(100/4000)円である。 (相続分の算定) (中略) 審判費用については、5分し、その3を相手方Y3の、その余を申立人、相手方Y1、相手方Y2の負担とする。 よつて、主文のとおり審判する。 (家事審判官 渡部雄策) 以上:5,539文字
|