令和 1年 6月28日(金):初稿 |
○「生命保険金は相続財産か」で、「最高裁平成16.10.29決定(判時1884号41頁)が、死亡保険金請求権は,被保険者が死亡した時に初めて発生するもので、保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもなく、被相続人の財産ではないので、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与ではなく『特別受益』には当たらないと判断して決着をみました。」と記載していました。 ○しかし、平成16年10月29日最高裁決定をよく見ると、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる。」と述べています。 ○例えば遺産総額が5000万円のところ、生命保険金が1億円もあり、1億円の生命保険金を1人で受領した相続人が、さらに5000万円の遺産を法定相続分通りに取得できるとなれば、「他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができない」と判断されると思われます。 以下、平成16年10月29日最高裁決定(判タ1173号199頁)全文を紹介します。 ******************************************** 主 文 本件抗告を棄却する。 抗告費用は抗告人らの負担とする。 理 由 抗告代理人宇津呂雄章、同今西康訓、同宇津呂修の抗告理由について 1 本件は、AとBの各共同相続人である抗告人らと相手方との間におけるそれぞれの被相続人の遺産の分割等申立て事件である。 2 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。 (1) 抗告人ら及び相手方は、いずれもAとBの間の子である。Aは平成2年1月2日に、Bは同年10月29日に、それぞれ死亡した。Aの法定相続人はB、抗告人ら及び相手方であり、Bの法定相続人は抗告人ら及び相手方である。 (2) 本件において遺産分割の対象となる遺産は、Aが所有していた第1審の審判の別紙遺産目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)であり、その平成2年度の固定資産税評価額は合計707万7100円、第1審における鑑定の結果による平成15年2月7日時点の評価額は合計1149万円である。 (3) A及びBの本件各土地以外の遺産については、抗告人ら及び相手方との間において、平成10年11月30日までに遺産分割協議及び遺産分割調停が成立し(その内容は原決定別表1及び2のとおり。)、これにより、相手方は合計1387万8727円、X1は合計1199万6113円、X2は合計1221万4998円、X3は合計1441万7793円に相当する財産をそれぞれ取得した。なお、抗告人ら及び相手方は、本件各土地の遺産分割の際に上記遺産分割の結果を考慮しないことを合意している。 (4) 相手方は、AとBのために大阪府伊丹市内の自宅を増築し、AとBを昭和56年6月ころからそれぞれ死亡するまでそこに住まわせ、痴呆状態になっていたAの介護をBが行うのを手伝った。その間、抗告人らは、いずれもA及びBと同居していない。 (5) 相手方は、次の養老保険契約及び養老生命共済契約に係る死亡保険金等を受領した。 ア 保険者を日本生命保険相互会社、保険契約者及び被保険者をB、死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日平成2年3月1日)の死亡保険金500万2465円 イ 保険者を第一生命保険相互会社、保険契約者及び被保険者をB、死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日昭和39年10月31日)の死亡保険金73万7824円 ウ 共済者を伊丹市農業協同組合、共済契約者をA、被共済者をB、共済金受取人をAとする養老生命共済(契約締結日昭和51年7月5日)の死亡共済金等合計219万4768円(入院共済金13万4000円、死亡共済金206万0768円) (6) 抗告人らは、上記(5)の死亡保険金等が民法903条1項のいわゆる特別受益に該当すると主張した。 3 原審は、前記2(5)の死亡保険金等については、同項に規定する遺贈又は生計の資本としての贈与に該当しないとして、死亡保険金等の額を被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に加えること(以下、この操作を「持戻し」という。)を否定した上、本件各土地を相手方の単独取得とし、相手方に対し抗告人ら各自に代償金各287万2500円の支払を命ずる旨の決定をした。 4 前記2(5)ア及びイの死亡保険金について 被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権は、その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)。 また、死亡保険金請求権は、被保険者が死亡した時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく、被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであるから、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁平成11年(受)第1136号同14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。 したがって、上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。 もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。 上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。 これを本件についてみるに、前記2(5)ア及びイの死亡保険金については、その保険金の額、本件で遺産分割の対象となった本件各土地の評価額、前記の経緯からうかがわれるBの遺産の総額、抗告人ら及び相手方と被相続人らとの関係並びに本件に現れた抗告人ら及び相手方の生活実態等に照らすと、上記特段の事情があるとまではいえない。したがって、前記2(5)ア及びイの死亡保険金は、特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。 5 前記2(5)ウの死亡共済金等について 上記死亡共済金等についての養老生命共済契約は、共済金受取人をAとするものであるので、その死亡共済金等請求権又は死亡共済金等については、民法903条の類推適用について論ずる余地はない。 6 以上のとおりであるから、前記2(5)の死亡保険金等について持戻しを認めず、前記3のとおりの遺産分割をした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 福田博 裁判官 梶谷玄 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修) 以上:3,350文字
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