平成30年12月 6日(木):初稿 |
○「相続不動産の占有につき取得時効を認めた地裁判例紹介1」を続けます。 判決は、「新たな権限」として遺産分割が成立により取得したとの主張については、「本件の証拠関係の下においては、本件遺産分割があったとは認め難いといわざるを得ない。」として認めませんでした。 ○しかし、「原告に本件建物の完成による自主占有事情が生じたのは、昭和54年8月30日であったと認めるのが相当」、「原告が本件土地の主要な部分を敷地とする本件建物を建築し、現在に至るまで本件建物から生ずる収益を独占的に取得していた」、「本件土地に賦課されている固定資産税等を長年にわたって納付してきた」、「本件土地を原告が独占的に使用することについて、被告らが異議を述べるなどしたとの状況が見当たらない」ことから、「原告の予備的請求のうち昭和54年8月30日時効取得を原因とする請求は、理由があるから、これを認容する」としました。 ○ところが、控訴審平成29年12月21日大阪高裁判決では、覆されています。別コンテンツで紹介します。 ******************************************* 第三 当裁判所の判断 一 請求原因について (1)証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(1)の各事実を認めることができる。 (2)請求原因(2)の各事実は、当事者の間に争いがなく、請求原因(3)の事実は、当裁判所に顕著な事実である。 (3)以上によれば、請求原因は、理由がある。 二 抗弁について 抗弁の事実は、当事者の間に争いがない。 したがって、抗弁は、理由がある。 三 予備的請求原因について (1)自主占有権原(本件遺産分割)について ア 原告は、昭和37年5月22日、被告らとの間で、本件遺産分割が成立し、本件土地を原告が単独で相続する旨の遺産の分割がされた旨主張し、これに沿う証拠《略》がある旨も指摘するほか、原告本人の供述にもこれに沿う部分がある。 しかしながら、証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、 〔1〕本件土地を除く本件被相続人が所有していた土地については、おおむね、相続人が法定相続分(当時)に従って相続した旨の登記がされた後に、錯誤により被告甲野が相続しなかった旨の登記に更正され、更にその後に持分放棄又は共有物の分割により原告が全ての持分を取得した旨の登記がされ、原告以外の者の所有に帰属した土地については、その後に、錯誤によって再び被告甲野を除く相続人が法定相続分に従って相続した旨の登記がされ、共有持分の放棄によってそれぞれの者に帰属した旨の登記がされていることが認められるところ、遺産分割がこれらの登記の原因とされた事例が全く見当たらないこと、 〔2〕上記〔1〕の各登記のうち本件遺産分割が成立したと原告が主張する昭和37年5月22日に生じたとされる登記原因は、いずれも錯誤とされていること、 〔3〕昭和37年5月22日付け錯誤を原因としてされた登記の内容は、いずれも、昭和37年1月20日付け相続を原因としてされた所有権の移転の登記のうち所有者とされていた被告甲野(ただし、登記簿上は、旧姓の乙山花子の氏名によっている。)を削除し、それに伴って他の相続人の相続分を増加させる内容の所有者の更正の登記であり、本件遺産分割により本件被相続人の土地の帰属が確定的に定まったことを内容とするものとは認め難いこと の各事実が認められるから、本件被相続人の所有していた土地に関する登記の手続から、直ちに、本件遺産分割が存在していたとは推認し難いといわざるを得ない。これに反する原告の主張は、採用することができない。 これに加え、 〔4〕本件遺産分割の内容を証する文書が全く証拠として提出されていないことや、 〔5〕被告らが本件遺産分割の存在を否認していること、 〔6〕原告本人の供述にも上記の原告の主張と整合しない点があること(原告は、本件被相続人の遺産の分割に関する話合いをしたのは、昭和40年頃であった旨を供述している。) も併せ考慮すれば、本件の証拠関係の下においては、本件遺産分割があったとは認め難いといわざるを得ない。 イ 以上によれば、原告が、本件遺産分割により本件土地の所有権を取得したとは認め難いというべきである。そして、これまでに述べたところを前提とする限り、昭和37年5月22日に本件被相続人の遺産の分割に関する何らかの出来事があったとも推認し難い(少なくとも被告甲野は本件被相続人が所有する土地を一切相続しないことが何らかの形で決定されたことが推認され得るにとどまり、その余の本件被相続人の相続人に関して本件被相続人の遺産を具体的に分割する旨の合意がされたとまでは推認し難い。)ことにも照らすと、原告が、本件遺産分割により本件土地の所有権を取得したと誤信する余地もなかったということができるのであり、同日を起算日として、原告が本件土地の自主占有を開始したとも認め難いというべきである。 ウ したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求は、理由がない。 (2)自主占有事情(本件建物の建築等)について ア (ア)証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、予備的請求原因(2)ア(イ)及びイに関する外形的な事実関係を認めることができる。 (イ)なお、原告は、昭和48年12月24日に本件建物が完成しており、遅くとも同日から本件建物を所有して本件土地を占有していたという自主占有事情が存する旨主張する。 しかしながら、証拠《略》によれば、原告は、同年7月20日に京都市建築主事から受けた建築確認処分に基づく建築物の建築をその後に取りやめ、同建築確認処分の前提となった建築物の設計を変更した上で、昭和54年3月31日に新たに京都市建築主事から建築確認処分を受け、その後に本件建物が建築されたという経緯であったことが認められるから、原告が指摘する建築確認処分に基づく建築物の建築は、それが完成する前に取りやめられており、昭和48年12月24日に本件建物が完成していたとは認め難い。 これに加え、原告が指摘する最後の請負代金の支払の日(昭和48年11月30日)から、上記の新たな建築確認処分を受けた日(昭和54年3月31日)までの間に約5年4か月が経過していること(これを前提とする限り、工事の内容の変更が軽微なものであったとは直ちには推認することができず、これに反する原告の主張も採用することができない。)や、同建築確認処分において、工事の着手予定日が同年4月1日とされ、工事の完了予定日が同年8月30日とされていて、相当期間の工期を要する工事が予定されていたとうかがわれることにも照らすと、本件の証拠関係の下においては、本件建物が完成したのは、昭和54年8月30日であったと認めるのが相当である。 そうすると、原告に本件建物の完成による自主占有事情が生じたのは、昭和54年8月30日であったと認めるのが相当であり、予備的請求原因(2)ア(ア)の事実は認められない。これに反する原告の主張は、採用することができない。 イ 前記ア(ア)のような事実関係、特に、〔1〕原告が本件土地の主要な部分を敷地とする本件建物を建築し、現在に至るまで本件建物から生ずる収益を独占的に取得していたこと、〔2〕本件土地に賦課されている固定資産税等を長年にわたって納付してきたことを前提とすると、原告が、遅くとも昭和54年8月30日以降、本件土地を事実上支配していたことは、外形的客観的に見て独自の所有の意思に基づくものと推認することができるというべきである。 ウ (ア)原告は、前記(1)のとおり、本件において、本件土地に関する遺産の分割の協議があった事実が認められないことを前提とすると、原告は、本件土地を共有者の一人として占有していることを認識した上で、本件土地の使用収益をしていたにすぎない(共有者は、目的物の全部を使用収益する権利を有する。民法249条)とも評価し得ることになるから、前記ア(ア)のような事実関係を前提としたとしても、原告に自主占有事情があったとは認め難いとも考え得る。 しかしながら、土地の上に建物を建築する行為は、共有物の変更又は管理に該当する行為(少なくとも共有物の保存行為に該当しないことは明白であると認められる。)であるところ、原告の法定相続分は、多くても6分の1(被告甲野が相続分を有することを前提とすると15分の2)であるにすぎず、原告が単独で共有物の変更又は管理に該当する行為をすることは不可能であることになるから、本件建物の建築を原告が単独で決め、そのとおり実行したことは、共有者としての振る舞いを超えた行為であると評価するのが相当である。 そうすると、前記ア(ア)のような事実関係は、原告に自主占有事情があったことを基礎付けるものと評価することができ、かつ、原告が本件土地の共有者であるにすぎないと認識していたことも、それを妨げるものとはいえないと認めるのが相当である。 (イ)原告は、本件土地を除く本件被相続人が所有していた土地については、本件被相続人の死後に何度も所有権の移転の登記の手続をしているにもかかわらず、本件土地のみそのようなことをしておらず、現在に至るまでそのままにしていたところ、本件土地についてのみ登記上の所有名義人を本件被相続人のままにしておく合理的理由がなく、原告は、本件土地を占有しているとしてもそれが他主占有にすぎないことを前提としてその使用収益をしていたにすぎないとも考え得る。 しかしながら、前記(ア)に述べたとおり、前記ア(ア)のような事実関係は、他主占有であるとの認識(共有者としての振る舞い)による占有によってはなしえないものである上、本件においては、本件土地を原告が独占的に使用することについて、被告らが異議を述べるなどしたとの状況が見当たらないことに照らすと、原告が本件土地の登記上の所有名義人を変更する積極的な動機を有する状況にはなく、現状を維持する方が望ましいとの動機を有しやすい状況にあったと推認することができる。 そうすると、本件土地の登記上の所有名義人を本件被相続人のままとしていたことをもって、直ちに、原告に自主占有事情があるとはいえないとは、断定し難いというべきである。 (ウ)被告らは、原告が被告らを畏怖させており、原告に対し、本件土地の使用収益について異議を述べる状況にはなかった旨主張し、被告甲野及び被告四郎の供述等にこれに沿う部分がある。 しかしながら、被告甲野及び被告四郎は、いずれも、本件被相続人の遺産の分割の協議は未了であり、本件被相続人の死亡後現在に至るまでその認識に変わりはない旨供述等しているが、他方で、家庭裁判所に対して遺産の分割に関する調停を申し立てたり、本件土地から生ずる収益の一部を配分する旨の訴えを提起したりすることもなかった旨も供述等しており、そのようなことをしなかった理由については、特段合理的な説明をしないから、本件被相続人が死亡したのが本件訴えの提起があったときよりも50年以上も前のことであることも併せ考慮すると、そのような長期間にわたって原告の振る舞いについて、特段の反応をしてこなかったことについては、原告の振る舞いを追認していたものと評価することも十分に可能であると認めるのが相当である。 したがって、被告らの主張するところは、原告に自主占有事情があったとされることを妨げる事情とは認め難い(なお、被告らは、原告がその飼い犬に対して残虐な行為をしたことから原告を畏怖していた旨主張し、原告本人の供述にも原告が飼い犬に残虐な行為をしたことを認めるかのような部分があるが、仮に、そのような事実関係があったことを前提としたとしても,上記のような手続を執ること自体を妨げる事情であるとまでは評価し難いから、この点は、上記の認定及び判断を左右しない。)というべきであり、被告らの主張は、採用することができない。 (エ)被告甲野は、平成26年頃まで本件土地上に本件建物が建築されていることを知らなかった旨主張するところ、そのこと自体は、原告が本件土地の所有権を時効により取得することを直ちに妨げるものとはいえない。 仮にこの点をひとまずおくとしても、被告甲野は、本件土地の近隣に本件被相続人が耕作していた田があり、本件土地の所在地自体は知り、少なくとも本件被相続人の生前には訪れたことがある旨も供述していることに照らすと、本件被相続人の死亡した時点において、本件被相続人の死亡により本件土地についても相続の対象となったこと自体は認識し得たことになる。また、本件土地の近隣に被告二郎の自宅があり、平成16年頃には被告二郎の自宅を訪れたことがあった旨も供述しているから、上記のとおり、本件土地の所在地を認識していた(なお、被告甲野は、周囲の様子が変わっていて本件土地を認識できなかった旨供述するが、土地の場所自体が変わったわけではないから、上記の供述は採用することができない。)ことからすると、遅くとも、平成16年頃には、本件土地上に本件建物が建築されていることを認識していたことがうかがわれる。 その上で、原告の子である乙山夏子が本件建物が建築された当時から被告甲野が被告二郎の家を訪れていた旨を被告二郎から聞いた旨を証言していることにも照らすと、本件の証拠関係の下においては、被告甲野が平成26年頃まで本件土地上に本件建物が建築されていることを知らなかったとまでは認め難いといわざるを得ない。 したがって、被告甲野の上記の主張は、採用することができない。 (オ)以上に検討したもののほか、本件においては、原告に自主占有事情があったことに合理的な疑いを差し挟む事実が存することをうかがわせる証拠ないし事情等は、格別見当たらない。 エ 以上によれば、予備的請求原因(2)(自主占有事情)は、理由がある。 四 結論 以上によれば、原告の主位的請求及び原告の予備的請求のうち昭和48年12月24日時効取得を原因とする請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却し、原告の予備的請求のうち昭和54年8月30日時効取得を原因とする請求は、理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。(裁判官 福渡裕貴) 別紙 物件目録《略》 以上:5,852文字
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