平成29年 7月21日(金):初稿 |
○固有財産である死亡保険金をもって行った被相続人の相続債務の一部弁済行為は、相続財産の一部の処分にあたらないとした平成10年12月22日福岡高裁宮崎支部決定(家庭裁判月報51巻5号49頁)と、処分にあたるとしが原審平成10年11月10日宮崎家日南支審判全文を紹介します。 ******************************************* 主 文 原審判を取り消す。 本件を宮崎家庭裁判所に差し戻す。 理 由 1 本件抗告の趣旨は、主文と同旨の裁判を求めるというのであり、抗告の理由は、別紙「抗告の実情追加書」及び「抗告の実情に関する補充書」記載のとおりである。論旨は要するに、被相続人の子の抗告人らが被相続人の相続につき、民法915条1項所定の熟慮期間中に、被相続人を被保険者とする傷害保険から請求した保険金200万円を受領したうえ、これを被相続人の債務の一部の弁済に充てたが、(1) 抗告人らが受領した保険金は、抗告人ら固有の保険金請求権に基づくものであり、被相続人の相続財産ではないから、これは熟慮期間中に抗告人らが同法921条1号の相続財産の一部を処分したことにはならない。(2) 仮に右保険金が相続財産に含まれるとしても、抗告人らはこれを被相続人の債務の弁済に充てたもので、同条1号但書の相続財産に対する保存行為に当たる。したがって、抗告人らの本件相続放棄の申述は家庭裁判所において受理されるべきである、というのである。 2 記録によれば、次の事実関係が認められる。 (1) 被相続人は、平成9年12月24日、仲間の猟銃誤射により死亡したが、その当時の相続人は子の抗告人らであった。 (2) 抗告人らは同日、それぞれ自己のために被相続人の相続の開始があったことを知ったが、相続財産の状態や、その債権債務を調査するため、民法915条1項の熟慮期間を2回にわたり伸長する申立てをし、原審家庭裁判所によってこれが認められ、その熟慮期間が最終的に平成10年12月31日まで伸長された。 (3) 抗告人らはその熟慮期間中に、社団法人○○会が被保険者を被相続人として加入していた○△火災海上保険株式会社の傷害保険契約(以下「本件保険契約」という。)に基づいて、同保険会社に死亡保険金200万円を請求し、同年3月4日にこれを受領した。 本件保険契約においては、被保険者死亡の場合の保険金受取人の指定がなされていないところ、当審で取り調べた保険約款によれば、死亡保険金は被保険者の法定相続人に支払う旨の条項がある。 (4) 抗告人ら代理人はその熟慮期間中に、本件保険契約によって受領した保険金を、抗告人らの意向を受けて、被相続人の債務の一部である○○農業協同組合に対する借受金債務330万円の弁済に充てた。さらに、被相続人が誤射されたため、猟銃事故共済による共済金300万円の支払が受けられる場合か否かを社団法人□□会に問い合わせたが、共済金の請求がないと回答できない旨を受け、その請求を試みたところ、本件の事故が共済金支払の免責を受ける場合である旨の通知を受け、共済金の支払われないことが確実となった。 (5) 抗告人らは、被相続人を誤射し自殺した加害者の相続人に対する損害賠償請求権も、その支払能力がなく実効性が乏しいため、その相続は次順位以降の相続人に委ねるのが妥当と判断し、伸長された熟慮期間中である同年10月8日、本件相続放棄の申述を原審家庭裁判所にした。 3 これに対して、原審は、本件保険契約に基づく死亡保険金が被相続人の相続財産に属するものとして、抗告人らがこの死亡保険金を熟慮期間中に受領した行為は、民法921条1号本文の「相続人が相続財産の一部を処分したとき」に当たり、かつ、これを相続債務の弁済に充てたことは、一部債権者に対し相続財産をもって相続債務の偏頗弁済のおそれすらある行為をしたものであるから、同号但書の保存行為には当たらないとして、抗告人らは法定単純承認をしたものとみなされるので、本件相続放棄の申述は不適法であるとして、これを却下する旨の審判をした。 4 しかしながら、本件相続放棄の申述を受理しなかった原審の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 (1) 本件保険契約では、被保険者の被相続人死亡の場合につき、死亡保険金受取人の指定がされていないところ、保険約款には、死亡保険金を被保険者の法定相続人に支払う旨の条項があるところ、この約款の条項は、被保険者が死亡した場合において被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものと解すべきであり、右約款に基づき締結された本件保険契約は、保険金受取人を被保険者の相続人と指定した場合と同様、特段の事情のない限り、被保険者死亡の時におけるその相続人たるべき者である抗告人らのための契約であると解するのが相当である(最高裁第2小法廷昭和48年6月29日判決・民集第27巻第6号737頁)。かつ、本件においては、これと解釈を異にすべき特段の事情があると認めるべきものは、記録上窺われないし、抗告人らが本件保険契約による死亡保険金が被相続人のための契約と思い違いをしていても、これが特段の事情となるべきものではない。 そして、かかる場合の本件保険金請求権は、保険契約の効力が発生した被相続人死亡と同時に、相続人たるべき者である抗告人らの固有財産となり、被保険者である被相続人の相続財産より離脱しているものと解すべきである(最高裁第3小法廷昭和40年2月2日判決・民集第19巻第1号1頁)。 したがって、抗告人らのした熟慮期間中の本件保険契約に基づく死亡保険金の請求及びその保険金の受領は、抗告人らの固有財産に属する権利行使をして、その保険金を受領したものに過ぎず、被相続人の相続財産の一部を処分した場合ではないから、これら抗告人らの行為が民法921条1号本文に該当しないことは明らかである。 (2) そのうえ、抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は、自らの固有財産である前記の死亡保険金をもってしたものであるから、これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである。また、共済金の請求をしたのは、民法915条2項に定める相続財産の調査をしたに過ぎないもので、この共済金請求をもって、被相続人の相続財産の一部を処分したことにはならない。 (3) 以上とは異なる法律の解釈の下に抗告人らの本件相続放棄の申述の受理を却下した原審の判断には、法律解釈を誤った違法があり、この点をいう論旨は理由があるので、原審判は取り消しを免れない。 したがって、抗告人らの本件相続放棄の申述は受理すべきものであるが、この申述の受理は相続放棄の申述のあったことを公証する行為で裁判ではなく、家庭裁判所においてなすべきものであるから、本件を宮崎家庭裁判所に差し戻すこととする。 よって、主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 篠森真之 裁判官 安藤宗之 小池晴彦) ******************************************* 参考 原審平成10年11月10日宮崎家日南支審判(平10(家)272号ないし275号) 主 文 申述人らの相続放棄の申述をいずれも却下する。 理 由 一 一件記録によれば、以下の各事実が認められる。 1 被相続人A(社団法人○○会の構成員)は平成9年12月24日加害者(同会構成員)の過失に基づく猟銃の発砲により死亡し、加害者も同日猟銃自殺をした(以下「本件死亡事故」という。)。 2 申述人らはいずれも被相続人の子であり、同日、それぞれが法定相続人に当たることを知り、加害者に対し過失不法行為に基づく損害賠償請求権があることを知った。 3 申述人らは、平成10年1月5日被相続人が相続財産である土地建物を所有することを、同年3月4日以前被相続人が○△火災海上株式会社との間で傷害保険契約(保険契約書上の保険金の受取人欄が空白のもの)を締結していたこと、社団法人□□会が本件死亡事故に対し共済金(△△火災海上保険株式会社扱い)の支払をする余地のあることを、同年4月20日被相続人の○○農業協同組合○×支所(以下「○○農協」という。)に対する消費貸借契約に基づく330万円の返還債務、宮崎県×△会に対する32万6437円の負債及び株式会社△○に対する簡易トイレレンタル料金債務8400円の存在を、それぞれ知った。 4 申述人らは申述人ら代理人弁護士に対し遅くとも同年3月4日以前に借金及び保険金請求の可否など積極財産が消極財産を上回るのか否かの判断に必要な調査をするとともに、右調査に必要な期間相続の承認又は放棄をする期間(以下「法定期間」という。)の伸長の申立てをすることを委任し、当裁判所は申述人ら代理人弁護士の申立てを受けて同年3月24日に同年6月30日まで同月24日に同年12月31日までそれぞれ法定期間の伸長をする審判をした。 5 申述人ら代理人弁護士は、同年3月4日以前に○△火災海上株式会社に対し申述人ら代理人弁護士名義で傷害保険金200万円を請求して同日これを受領し、同年5月7日主として上記3の○○農協に対する債務の保証人らに迷惑をかけたくないという申述人らの意向を受けて、○○農協に対し内金100万円を、同年8月25日内金100万円をそれぞれ弁済し、この間の同年7月1日ころ社団法人○○会の上部団体である社団法人□□会に対し被相続人法定相続人代理人名義で自損死亡共済金300万円の請求をし、同会から同月15日加害者の共済金請求が支払免責条項に該当し認められない旨の通知を、同年9月21日被相続人に対する自損死亡共済金の支払が制度上あり得ない旨の通知を、それぞれ受けた。 6 申述人らは、同年8月24日、相続放棄と限定承認のいずれを選択するか協議検討したところ、遺産が過少なので相続放棄した方が良いとの判断に達し、同年10月8日当裁判所に対し申述人ら代理人弁護士をしてそれぞれ相続放棄の申述をした(以下「本件各申述」という。)。 二 1 上記一の1ないし6の各事実によれば、本件各申述は平成10年1月5日を起算点とする当初の法定期間の経過後にされたものではあるが、二度にわたる法定期間の伸長の審判の結果、伸長された法定期間内にされたものと認められる。 2 しかしながら、上記一の1ないし6の各事実によれば、申述人らは本件各申述以前の充分な熟慮期間中に遺産が単純承認するか否かではなく相続放棄するか限定承認するかの選択を直ちにできない程度に過少である旨の認識を形成する過程で、申述人ら代理人弁護士に対する事前又は事後の委任ないし承諾をして上記一5の各行為をさせたものと認めることができる。 そして、上記各行為には、申述人らが遺産に属する主要な金銭債権の共同行使により金銭の受領行為をしたと認められる行為のみならず、相続財産が万一債務超過の状態であるときには結果的に相続財産に対する一部債権者に対し相続財産をもって相続債務の偏頗弁済をしたこととなるおそれすらある行為も含まれているが、これらのような行為はまさに相続を承認して相続債務を履行する意思を有し債権者に対してその意思を表示する者にのみ許容される行為と言うほかはない。 したがって、申述人らの上記各行為が、民法921条1号本文にいう「相続財産の一部を処分した」行為にあたることは明らかである(以上に対し申述人らは、まず、受領保険金による○○農協に対する債務弁済行為が遺産全体としてみれば最も高い利息及び遅延損害金の発生を回避するための行為であり保存行為に該当すると主張する。しかし、このような個々の財産権の消滅を来す行為が個々の財産権の保存行為ということはできず、また、仮にこれを保存行為であるとして許容すると法定相続人が積極財産をすべて処分し消極財産の弁済をした後、積極財産が残存したときは承認し、相続債務のみが残存したときは相続放棄するという、相続債権者に不測の不利益を及ぼし、しかも、限定承認制度の存在意義を没却する事態を招きかねないから、同主張を採用することはできない。 次に、申述人らは、申述人ら代理人弁護士の上記弁済行為が事務管理にあたると主張するが、上記一の3ないし6の各事実によれば上記行為が申述人らの申述人ら代理人弁護士に対する委任行為の内容を成し事務管理に当たらないことも自明であって採用できない。)。 よって、本件各申述はいずれも不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。 以上:5,131文字
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