平成29年 3月28日(火):初稿 |
○「みなし単純承認解釈ミスで弁護士に損害賠償義務を認めた判例まとめ・感想」の続きです。 「民法第921条で単純承認とみなされる”処分”概観」記載の通り,この「処分」の典型例は,①遺産分割協議、②権利行使,③債務の履行です。贈与契約に基づく所有権移転登記手続をすることは、③債務の履行に該当します。以下,「債務の履行」について「処分」に該当し単純承認とみなすことを明言した昭和53年10月23日富山家裁審判(家月53巻9号45頁、判タ1054号255頁)全文を紹介します。 ************************************************ 主 文 本件申立を却下する。 理 由 第一 本件申立の趣旨および理由 申述人らは、亡Aの相続につき、限定承認する旨の申述をなし、その申立の実情として、「申述人Bは亡Aの妻、その余の申述人らはいずれも子であるが、右Aは、昭和53年2月4日死亡し、申述人らは同日相続の開始したことを知つたが、本件遺産中には相当な債務があるので、相続人全員共同して限定承認の申述をする。」旨述べた。 第二 当裁判所の判断 一 本件調査および審問の結果を総合すると、以下の諸事実を認定することができる。 (一) 被相続人Aは、昭和53年2月4日富山市において死亡し、同日相続が開始した事実。 (二) 右相続の相続人は、亡Aの妻B、二男C、三男D、長女E、二女Fの5名であり、いずれも、右Aの死亡の日相続の開始を知つた事実。 (三) 相続人5名は共同して、昭和53年4月20日、当裁判所に対し、いずれもその真意に基いて限定承認の申述をした事実。 (四) 本件遺産をみるに、相続開始当時において相続財産(積極財産)として 〈イ〉 不動産(建物、固定資産評価額481、263円) 〈ロ〉 ○○銀行○○支店普通、当座、定期の各預金(残高合計911、090円) 〈ハ〉 株式(株式会社○○○○、券面額合計2、485、000円) 〈ニ〉 ○○○○合資会社に対する売掛金(373、000円) その他若干の動産があり、一方相続債務(消極財産)としては、 〈ホ〉 支払手形(合計約2800万円) 〈ヘ〉 株式会社○○○○○○○に対する買掛金(304、956円) 〈ト〉 株式会社○○に対する買掛金(手形取引外の分728、147円) 〈チ〉 株式会社○○○○に対する買掛金(1、580、866円) 〈リ〉 商手割引(約1770万円) があつたものと認められる事実。 (五) しかるに、大口の相続債権者の示唆や、一部相続債権者の強い請求があつたことから、申述人Cは、同Dと協議のうえ(申述人Bもある程度この協議に加わつているものと認められる)、いずれも本件相続開始後、本件申立までの間において、 〈1〉 昭和53年2月27日、前示〈ロ〉の普通預金から219、000円を払い戻し、これに申述人B所有の現金を加えて資金をつくり、 〈2〉 同年3月6日ころ、前示〈ハ〉の株式全部を、株式会社○○に対する買掛金債務(手形取引による分で、前示〈ホ〉の一部であり、1、000万円以上と推定される)の代物弁済として提供し、 〈3〉 同年3月20日ころ、前示〈1〉の資金をもつて前示〈ト〉の買掛金債務を弁済し、 〈4〉 同日ころ、被相続人が生前に受領していた約束手形1枚(額面100万円)、および、前示〈1〉の資金のうちの現金58万円をもつて、前示〈チ〉の買掛金債務を弁済し(残額866円の支払義務は免除されている)、 〈5〉 前示〈ニ〉の売掛金債権全額を回収して、同年4月1日ころ〈ヘ〉の買掛金債務の弁済に充当し(過払分について申述人らはまだその返還を受けていない) た事実。 なお、以上は、本件調査の際における申述人C、同Dの自発的な陳述によつて、当裁判所に判明したものである。 (六) 前示の処分行為は、申述人C、同D協議のうえこれをなし、同Bもその事情の概略を知りながら、やむを得ないこととしてこれを是認していたものであること前示認定のとおりであるが、その余の申述人両名は、遠隔の地に居住していることもあつて、遺産の管理、処分についてはあらかじめ一切を前示C、同Dに委せており、従つて、前示処分行為についてもその詳細については知らされていなかつた事実。 二 調査審判の結果明白となつた前示一の(五)〈1〉ないし〈5〉の事実は、その動機が大口の相続債権者の示唆によるものであり、また、本件遺産中の積極財産の処分が、もつぱらその消極財産の弁済に充当するためなされたものであることを考慮に容れても、処分された積極財産が本件のすべての積極財産中に占める割合などからみて、その結果、本件遺産の範囲を不明確にし、かつ、一部相続債権者(特に大口の相続債権者)の本件相続債務に対する権利の行使を著しく困難ならしめ、ひいては本件相続債権者間に不公平をもたらすこととなることはこれを否定できないので、前示のような行為は、民法第921条第1号にいういわゆる法定単純承認に該当する事由と解せざるを得ない。 三 限定承認の申述がなされた場合、その要件につき家庭裁判所がなすべき調査、審理の範囲については、議論が多岐にわかれるところであるが、右申述の受理は単なる公証的行為にとどまるものではなく、その法的性質はむしろ準審判と解すべきものであつて、家庭裁判所はこの判断をなすにつき、職権による事実の調査や必要と思われる証拠調をしなくてはならず、また、これを実効あらしめるための特別な機能(家庭裁判所調査官による調査)を附与されているのでもあるから、当裁判所は、これを活用して、可能な限り事実の確定に努め、将来紛争を生ずるがごときことは極力防止すべき責務を有するものと解する。従つて、限定承認の申述があつた場合、単に形式的要件について審査するにとどまらず、その実質的要件についても、すくなくとも、その申述が申述人の真意に出たものである点の確認は当然これをすべきものであり、一応これをもつて足りるとも解される。 しかしながら、限定承認の申述があつた場合、当事者の自発的陳述等により、調査審理の段階で、申述人中一人または数人につき、法定単純承認に該当する事由のあることが家庭裁判所に明白となつた場合のごときは、家庭裁判所は、それが明白である以上、一般的に言つてその点までの調査審理義務がないからとの理由でこれを不問に付することは許されず、従つて、まず、当該申述人に対する関係では、限定承認の申述を受理することはできない。 そこで本件においても、前示一の(五)掲記ないし〈5〉の事実の存在が明白に認められ、かつ、前示二で説示したとおり、これをもつて、民法第921条第一号所定の法定単純承認に該当する事由があるものというのほかはないのであるから、かかる行為に積極的あるいは消極的に関与した申述人C、同D、同Bの三名は、本件相続について単純承認をしたものと擬制され、従つて、もはや限定承認の申述をする資格を喪失したものというのほかはない。 四 本件申述人中、E、同Fの両名が、申述人Cらの前示一の(五)掲記〈1〉ないし〈5〉の処分行為に深く関与していなかつたことは既に前示一の(六)で認定したとおりであるが、右両名もまた限定承認の申述をなし得ないことは、民法第923条の法意に照らして明白であるといわなければならない。本来限定承認の申述は、その制度の趣旨に照らし、共同相続人全員が共同してはじめてこれをなし得るものであつて、共同相続人中1名でもこれに反対し、あるいは単純承認した場合は、相続人全員につき、もはや限定承認の申述は受理されるべきではないこと法文上明らかであり、共同相続人の一部に法定単純承認に該当する事由が存在する場合においてもこれと異つた考え方をすべきいわれはないからである。 五 このように解すると、相続人の一部に法定単純承認に該当する事由のある場合、もはや全相続人が限定承認の申述をなし得ないこととなつて、右の事由のない相続人にとつて酷な結果となることは否定できず、かかる相続人を保護すべく、民法第937条を類推ないしは拡張解釈して、このような場合においても相続人全員はなお限定承認の申述をすることができ、相続債権者は、同条によつてその権利の実現をはかることができるとする見解があるが、当裁判所はこの見解を採らない。 たしかに限定承認の制度は、遺産中積極財産を上まわる消極財産があると推認される場合に相続人の保護を目的とする制度であるが、他方、相続債権者の権利の行使が、限定承認申述の受理によつて大きな制約を受けることをも考慮に容れると、相続人の保護のみ偏重されてはならないのであつて、民法第937条は類推ないしは拡張解釈してよいものとは考えられない。 同条は、民法第921条第1号、第923条との関連においてこれをみるとき、共同相続人の全員の限定承認の申述が受理され、既にその効果が発生した後、相続人の1名ないしは数名につき、右申述受理前すでに法定単純承認に該当する事由が存したことが判明した場合に限つて狭く適用されるべきものであり、右申述の受理前の時点において、かかる事由のあることが判明した場合、なお、右申述を受理してよいと解する根拠となるものではなく、このような場合は家庭裁判所は右申述の申立を却下するのほかはない。 六 以上説示したとおり、申述人C、同Dおよび同Bについては、既に限定承認の申述をする資格を有しないものとするのほかなく、その余の申述人についても、既に相続人全員が共同して限定承認の申述をすることが不可能となつたものである以上、その申述を受理すべきものではないから、本件申立は理由がなく、却下を免がれない。 よつて、主文のとおり審判する。 (家事審判官 岩野壽雄) 以上:3,981文字
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