平成25年12月11日(水):初稿 |
○「民法第903条特別受益制度の基礎の基礎-具体例考察」の続きで、特別受益の対象が金銭である場合、これを相続財産に加算して遺留分算定の基礎財産を確定する場合、その金銭の価値をどのように評価すべきかという問題があります。例えば被相続人死亡時の30年前に生計の資本として金100万円の贈与を受けていたが、贈与時から30年経過した被相続人死亡時には、貨幣価値が変わった場合、この100万円をどのように評価すべきかという問題です。但し、ここ30年ほどは物価・貨幣価値が安定してこの問題は余り表面化していないようです。 ○先ず条文です。 第903条(特別受益者の相続分) 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前3条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。 ○特別受益の持戻において、持戻財産の価額の算定方法については、特別受益の対象が物又は金銭のいずれであるかとも関連して概要次の三説があります。 A説;物は相続開始時で評価し、金銭は贈与時の金額そのままとする説 これは、従来の通説的見解で(我妻=立石・親族法・相続法コンメンタール436頁、中川=泉・相続法〔新版〕249頁、柚木・判例相続法論204頁、川井・新民法演習5209頁など)、裁判例にもこの説に従うものがありました(大板地判昭40・1・18判時424号47頁)。この考え方では、貨幣価値の変動により、物の贈与を受けた者と金銭の贈与を受けた者との間に著しい不均衡を生じます。 B説;物は相続開始時で評価し、金銭は贈与時の金額を物価指数に従つて相続開始時の貨幣価値に換算する説 共同相続人間の衡平を確保することを目的とする特別受益持戻の制度の趣旨から、A説は不公平な結果を招来するもので許されないとします(我妻=唄・判例コンメンタールⅧ112頁、沼辺・演習民法(親族相続)462頁など)。審判例にも同旨のものがあります(新潟家審昭42・8・3月報20巻三号81頁、宇都宮家審昭49・9・17月報27巻九号105頁)。 C説;金銭、物を問わず、贈与時の価額を物価指数に従つて相続開始時の価額に評価換えする説 金銭の贈与についてはB説と同旨ですが、生前贈与の対象が物か金銭か判然としない場合に認定に困難をきたすことなどを理由に、金銭及び物について同じ取扱をすべきとします(谷口・家族法大系Ⅵ320頁、日野原・遺産分割の研究505頁、野田・遺産分割の実証的研究120頁、岡垣・家事審判法講座二巻81頁など)。 ○金銭に関しては、昭和51年3月18日最高裁判決(判タ335号211頁、判時811号50頁)が、相続人が被相続人から贈与された金銭をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産の価額に加える場合には、贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきであるとして問題を解決しました。以下、判決全文です。 主 文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○○の上告理由について 被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に、右贈与財産が金銭であるときは、その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきものと解するのが、相当である。けだし、このように解しなければ、遺留分の算定にあたり、相続分の前渡としての意義を有する特別受益の価額を相続財産の価額に加算することにより、共同相続人相互の衡平を維持することを目的とする特別受益持戻の制度の趣旨を没却することとなるばかりでなく、かつ、右のように解しても、取引における一般的な支払手段としての金銭の性質、機能を損う結果をもたらすものではないからである。これと同旨の見解に立つて、贈与された金銭の額を物価指数に従つて相続開始の時の貨幣価値に換算すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 上告人の上告理由について 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。 よつて民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (岸盛一 藤林益三 下田武三 岸上康夫 団藤重光) 以上:1,955文字
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