平成23年 9月28日(水):初稿 |
○「限定承認の基礎の基礎-民法の条文は僅か16条」を続けます。 限定承認は、あくまで「相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をする」ことで、原則として相続人にとって都合の良い制度です。但し、相続債権者にとって都合の良い場合もあります。例えば被相続人Aは、負債が1000万円のところ、財産も800万円あるところ、唯一の相続人Bが、負債1000万円でB自身の財産が200万円しかない場合です。 ○この場合、Aの債権者は、単純承認するとA、Bの資産負債が混合・合体し、Bは相続承継したAの負債と合わせて2000万円の負債となったところ、財産は相続承継したAの財産と合わせて1000万円となります。そこでB倒産となった場合、Aの債権者は5割の配当しか得られなくなります。しかし、Bが限定承認すれば、Bは、被相続人Aの800万円の財産は、あくまで被相続人Aの債権者に対する配当原資となり、B自身の債権者への配当原資とは出来ませんので、Aの債権者は8割の配当を得ることが出来ます。 ○上記設例の場合、Aの債権者を保護する制度として、財産分離の制度があります。民法条文は次の通りです。 第941条(相続債権者又は受遺者の請求による財産分離) 相続債権者又は受遺者は、相続開始の時から3箇月以内に、相続人の財産の中から相続財産を分離することを家庭裁判所に請求することができる。相続財産が相続人の固有財産と混合しない間は、その期間の満了後も、同様とする。 2 家庭裁判所が前項の請求によって財務分離を命じたときは、その請求をした者は、5日以内に、他の相続債権者及び受遺者に対し、財産分離の命令があったこと及び一定の期間内に配当加入の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、2箇月を下ることができない。 3 前項の規定による公告は、官報に掲載してする。 第942条(財産分離の効力) 財産分離の請求をした者及び前条第2項の規定により配当加入の申出をした者は、相続財産について、相続人の債権者に先だって弁済を受ける。 ○この財産分離の制度は、実務では殆ど利用されておらず、私自身、32年の弁護士稼業中、財産分離制度が適用された場面に出会ったことはなく、また、財産分離制度を利用しようと思った例はありません。と言うのは、お客様が債権者の場合の相談で、債務者が死亡した場合の債権回収相談では、債務者自身の財産状態は分かっても、その債務者の相続人の財産状態はまでは分からないことが多いからです。債務者自身の財産状態が悪い場合は、相続放棄されることが多く、この場合財産分離制度は使えません。また債務者自身の財産状態が悪いのに単純承認された場合は、相続人に請求が出来るので却って都合がよい場合が殆どです。 ○限定承認には、相続人と被相続人の財産を峻別して、相続人の債権者の保護を図る面もありますが、この限定承認も実務では殆ど利用されていないようです。私自身、32年の弁護士生活で、利用した例は5件しかなく、その5件の内3件を現在抱えています。但し、後から考えて、あの事案は、限定承認を進めておくべきであったという事案は何件かあります。お客様自身が、単純承認或いは放棄のいずれを希望し、限定承認を希望しないとしてもそれは、限定承認という制度を知らないからであり、法律のプロである弁護士としては、限定承認のメリット・デメリットをお客様によく説明して、いずれかを選択して頂くべきでしょう。 以上:1,456文字
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