平成21年 7月 8日(水):初稿 |
○「自筆証書遺言有効性主張立証責任-この責任は厳しい」を続けます。 自筆証書遺言は,本人が遺言書の全文、日附及び氏名を自書し、押印することで簡単に作成することが出来ます。しかし、本人死去後、これは偽造だ、或いは当時本人が病気で意思能力がなかった等とその効力を争われると、その遺言書の有効を主張する者が、その遺言書は民法第968条の定める要件を満たして作成されたものであることを主張・立証しなければなりません。 ○その文字は,本人の筆跡とは異なり、本人以外の者が書いたと主張されると、本人が書いたものであることを主張・立証しなければならず、その立証は、生前本人が書いたと争いのない文字を探し出し、これと同じ筆跡であることを立証しなければなりません。生前本人が書いたと争いのない文字が見つからないと原則としてアウトです。立証出来ないためその自筆証書遺言は無効になります。 ○本人が書いたことに争いはないが、本人の意思能力に問題があったと言う場合、有効を主張する者が、遺言書作成時遺言者に意思能力があったと言う事を立証しなければなりません。この点の立証は、例えば脳梗塞で倒れた直後や或いは重い認知症に罹患していた等の事情がない限り、意思能力の存在の立証はさほど難しくはありません。 ○この最高裁判例の事案は、本人の筆跡とは異なり本人以外の者が書いたものであると争われたのではなく、遺言者が、老人性白内障と脳動脈硬化症を患い、遺言書作成当時、激しい手の震えと視力の減退があり、妻の添え手によって記載したため自書能力がなかったので無効だ争われました。 ○この自書能力については,最高裁は先ず「遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力を有することを前提とする」とし、病気等で視力が衰え或いは自力で文字を書けない場合について、「全く目の見えない者であつても、文字を知り、かつ、自筆で書くことができる場合には、仮に筆記について他人の補助を要するときでも、自書能力を有するというべきであり、逆に、目の見える者であつても、文字を知らない場合には、自書能力を有しないというべきである。」と述べています。 ○この事案では、遺言者本人が自力で記載した者ではなく,妻の添え手によってようやく記載したことが、本人の自書といえるかどうか問題になり、この他人の添え手による記載について最高裁は次のように述べています。 そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐつて紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするのである。 「自書」を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと、病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、 (1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し、 (2)他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、 (3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合 には、「自書」の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。 ○この事案では、遺言者Aも手を動かしたにせよ、妻BがAの声を聞きつつこれに従つて積極的に手を誘導し、Bの整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成されたものであり、本件遺言書は前記(2)の要件を欠き無効との原審の判断を是認しています。結局、Aの意志ではなくBの意志で記載された遺言として無効と確定されました。 ○この最高裁の姿勢は、自筆証書遺言の「自書」の要件を大変厳しく捉えており、遺言者が病気上がり等将来問題にされそうな場合は、自筆証書遺言ではなく公正証書遺言方式で作成しないと、折角の遺言書が無駄になる可能性が強いと認識すべきでしょう。 以上:1,751文字
|