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不動産所有者なりすまし詐欺で弁護士に責任を認めた地裁判例紹介2

平成31年 3月 8日(金):初稿
○「不動産所有者なりすまし詐欺で弁護士に責任を認めた地裁判例紹介1」の続きで、被告Y1(弁護士)、被告Y2(司法書士)の責任論と損害論部分です。

○被告Y1(弁護士)の履行補助者は生年が異なる印鑑登録証明書2通が存在したなどの状況で本件印鑑証明書の真偽を自ら調査確認する義務を怠ったなどとして責任を認め6億4800万円の支払を命じたましたが、被告Y2(司法書士)は、その職務を果たしていないことが明らかであるなどの特段の事情は認められないこと等として責任は否定されました。

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2 争点①(被告Y1の責任)について
(1) 前記認定事実及び弁論の全趣旨によると,本件売買において自称Dと名乗っていた人物は,本件不動産の登記名義である甲山Dの成りすましであったこと,本件登記申請は,本件前件申請の添付書類とされていた本件印鑑証明書が偽造であったことにより却下され,同売買の最終購入者であったc社に対し,本件不動産の所有権移転登記をすることができなかったことが認められる。
 そして,原告は,上記のとおり,本件登記申請が却下となったのは,D・b社間売買の登記申請手続の代理を受けた被告Y1が,同人に要求される専門職としての注意義務に反したためである旨主張するので,以下,検討する。

(2)
ア 登記申請手続の代理の依頼の本旨は,依頼者の権利(登記)を速やかに実現させることにあり,他方で,依頼者は,同申請に係る実体的取引の実情を把握し,又は把握することが可能であることが通常であるから,依頼者の用意した登記申請書類の真偽については,本来的には依頼者において確認するべき事項であるといえ,登記申請手続の代理の依頼を受けた弁護士や司法書士は,原則としてその調査をするべき義務を負わないというべきである。

 もっとも,弁護士が,専門的知識や職業的倫理の下で職務を行うべき専門職であることに鑑みると,依頼者から提出された書類が偽造または変造されたものであることが一見して明らかである場合や,弁護士が有すべき専門的知見等に照らして書類の真偽を疑うべき相当な事情が認められる場合には,登記実現に向けて,書類の真偽についても調査確認するべき義務を負い,同義務違反によって損害を受けた者に対しては不法行為の責任を負うものと解するのが相当である。

イ そこで,本件についてみるに,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,被告Y1について,本件前件申請の関係では,以下の事実を指摘することができる。
(ア) 本件前件申請は,被告Y1が登記申請の代理人となっていたが,被告Y1は,自らは自称Dと1回程度面会したのみで,登記申請に至るまでの事前の事務は,本件法律事務所の事務員であるCが取り扱っており,登記申請書類の点検等も,Cが行っていた。

(イ) Cは,原告が買主候補となる以前の,f社やg社との交渉にも関わっており,その中で,Dのパスポートや住民票の写し,印鑑登録証明書の交付を受けていた。

(ウ) C,被告Y2を始めとする本件売買の関係者(ただし,被告Y1は除く。)は,平成27年9月7日に,自称D立会いの下,本件申請に必要な書類の確認を行うなどしていたが,その際,D名義の印鑑登録証明書について,Dの生年を大正15年とするもの(平成27年7月26日発行)と,大正13年とするもの(同月27日発行)のもの2通が存在することが発覚し,また,これらの証明書は,いずれも,正規の印鑑証明書であればコピーをした際に印字される「複写」の文字が印字されなかった。なお,大正15年の印鑑登録証明書は,Cが,Gから本件の売買に先立って交渉が行われていたg社との取引を進める中で交付を受けたものであり,本件印鑑証明書は,J公証人が自称Dの本人確認をした際に確認したものと同内容のもので,同会合の場でG又は自称Dが取り出したものであった。

(エ) Cは,その後,Eから,もう一度,本件印鑑証明書をコピーしてみたところ,複写の文字が出たこと,Eとしては,同証明書をもって登記申請を行いたい旨を表明されたため,これを承諾し,同証明書を本件前件申請の添付書類とした。なお,Cは,上記二通の印鑑登録証明書について,「不正登記防止の申し出」が出ていないかの問い合わせはしたものの,これらの書類の真偽について直接の確認をすることはなかった。

(オ) 本件印鑑証明書に記載されたDの住所は,末尾の「号」の文字が欠けており,本件前件申請書に記載された登記義務者の住所及びDの住民票上の住所とも齟齬するものであった。また,本件前件申請書に添付されたD名義の委任状の「甲山D」の署名の筆跡は,f社やg社が買主候補となっていた際に提出された書類に記載された「甲山D」の筆跡と,一見して異なるものであった。

ウ 以上の事情を総合的に考慮すると,本件においては,甲山Dについて,生年が異なる印鑑登録証明書2通が存在するという,通常では考え難い状況にあったことに加え,本件印鑑証明書に記載されたDの住所は,本件前件申請書の登記義務者の住所の記載及び同人の住民票に記載された住所と齟齬があり,Cにおいてもこれを確認し得る状況にあったこと,Cが交付を受けた各種書類に記載された「甲山D」の筆跡が一致していなかったことなど,本件印鑑証明書の真偽について疑義を生じさせる事情が存在していたことを併せ考えると,本件登記申請については,弁護士が有すべき専門的知見等に照らして書類の真偽を疑うべき相当な事情が認められる場合に当たり,弁護士Y1の代わりに事務を取り扱っていたCは,本件登記申請を実現させるために,本件印鑑証明書の真偽を自ら調査確認する義務があったものというべきである。

 それにもかかわらず,Cは,本件印鑑証明書について一度出なかった複写の文字が再び出たという不自然な内容のEの言を軽信し,本件印鑑証明書自体について調査をしたり,新たな印鑑登録証明書を取り直したりすることもないまま,本件登記申請をするなどしているのであるから,上記義務を怠ったものというべきである(なお,前記認定事実によれば,Cは,印鑑証明書が2通あったことを踏まえて,法務局に対し,本件不動産について不正登記防止の申し出がされたか否かの調査をしていることが認められるが,このような調査では,印鑑登録証明書の真偽自体を確認することは困難であり,実際にもその確認はできなかったことが認められるから,上記調査によって,上記義務が果たされたとはいい難い)。


エ そして,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,Cは,被告Y1が行うべき登記代理の事務を,被告Y1の了解の下,同人名義で処理していたものと認められるから,本件において,Cは,被告Y1の履行補助者と位置づけられる。よって,Cの上記義務違反行為は,被告Y1の行為と同視し得るものというべきである。

オ 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被告Y1には,本件登記申請が却下されたことについて過失があったものと認められる。


(3) これに対し,被告Y1は,本件当時,被告Y1は軽度の認知症に罹患して判断力が低下していたところ,弁護士資格のないCが,このような状況を利用し,実質上,自分が弁護士としての業務を行うため,被告Y1の弁護士資格や弁護士事務所の社会的信用力をいわば道具として使用し,被告Y1の名前と職印を冒用していたのであり,本件においてもその一貫として,Cが個人の立場で行ったものにすぎないのであるから,被告Y1は,使用者責任を含め,何らの責任を負わない旨主張する。

 そこで検討するに,確かに,前記認定事実及び被告Y1の本人尋問の結果によれば,被告Y1は,平成23年12月の時点で,軽度認知症と診断されていることが認められ,また,記憶力の低下が目立つ状態であることがうかがわれる一方,被告Y1は現時点においても補助相当と診断されるにとどまり,意思疎通も図られていることが認められることに加え,被告Y1は,本件当時にも,30件を超える訴訟事件について,訴訟代理人として訴訟活動を行うなどしていること,本件の被告本人尋問においても,訴訟関係者との間で意思疎通を図ることができ,記憶にある事実と記憶にない事実を明確に区別して返答していることなどの事情を考慮すると,被告Y1は,本件当時,弁護士としての見当識や判断能力が全くないような状態ではなかったものというべきである(なお,被告Y1は,訴訟案件についても,準備書面の作成などの準備は全てCが行っていた旨主張するが,証拠(乙23)によれば,被告Y1は,Cが作成した準備書面を読み,疑問点について質問したり,ポイントについての説明を受けて裁判所に赴いていたというのであり,自らの判断も交えて訴訟行為を行っていたことは優に認められ,被告Y1の上記主張は前記認定を左右するものではない)。

 そして,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,本件法律事務所における弁護士業務は,被告Y1名義で行われていたものの,実際にはCが取り仕切っており,被告Y1名義の預り金口座の管理や職印の利用もCが執り行っていたところ,被告Y1も,このようなCの行為を包括的に容認し,事務処理をCに委ねていたことがうかがわれること,本件についても,Dと直接面会するなどして,全く関わりを持っていなかったわけではないことが認められることに照らすと,被告Y1は,自らの判断により,Cが,自らの弁護士としての名と地位を用いて本件売買を含めた法律案件を処理することを容認していたものと評価せざるを得ない。
 以上によれば,被告Y1の上記主張は採用できず,前記認定は左右されない。

3 争点②(被告Y2の責任について)
(1)
ア 前記認定事実によれば,被告Y2は,c社の委任を受け,本件後件申請の代理人を行っていたことが認められるところ,原告は,被告Y2は,本件前件申請書による登記申請が不受理になれば,被告Y2自らが法務局に提出した本件後件登記申請書の記載上の形式が整っていたとしても,必然的に本件後件申請が不受理になり,その登記申請を信頼して売買代金を支払った原告に損害を被らせることを認識していたのであるから,本件後件登記申請の代理を受けた被告Y2についても,本件登記申請について同人に要求される専門職としての注意義務に反したことになる旨主張するので,以下,検討する。

イ 争点①についての検討において判示したとおり,登記申請の代理を受任した司法書士は,一定の場合に,申請書類の真偽についての調査義務を負うことが認められるが,連件の登記申請においては,前件の登記手続に関する資料については,前件の登記手続代理人において,第一義的にその真偽についての調査義務を負うものというべきである。よって,後件の登記手続代理人は,前件の登記申請資料については,原則として,前件の登記が受理される程度に書類が形式的に整っているか否かを確認する義務を負うにとどまり,依頼者との合意があったり,前件の手続代理人がおよそその職務を果たしていないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,これらの書類の真偽についての確認義務は負わないものと解するのが相当である。

ウ そこで,本件についてみるに,前記認定事実及び被告Y2本人の尋問結果並びに弁論の全趣旨によれば,被告Y2について,本件前件申請の関係では,以下の事実を指摘することができる。
(ア) 被告Y2は,平成27年9月7日の会合の際,生年が異なるD名義の印鑑登録証明書が2通あることに疑問を呈したが,本件登記申請をするまでに書類が整えば良いとして,その後の対応は,前件の申請代理人であるCの判断に委ねた。

(イ) 被告Y2は,平成27年9月10日,Cから本件印鑑証明書を含む本件前件申請にかかる申請書類の交付を受け,必要書類が整っているか否かや,書類相互の整合性を確認したが,本件印鑑証明書については,押印してある印章の印影や有効期限,住所の数字部分の確認を主に行い,前件申請書に記載された登記義務者の住所と,本件印鑑証明書に記載されたDの住所に齟齬ある(本件印鑑証明書の住所記載の末尾には「号」の文字が記載されていなかった)ことには気が付かなかった。

 以上の事情を総合的に考慮すると,確かに,被告Y2は,前件申請書に記載された登記義務者の住所と,本件印鑑証明書に記載されたDの住所に齟齬あることには気が付いていなかったという不注意があるものの,その齟齬は「号」の記載の有無にとどまるところ,同記載のもれのみによって,本件前件申請が受理されなかったことを認めるに足りる的確な証拠はないこと,その他の部分については,本件前件申請の申請書類は整っていたこと,被告Y2は,Dの印鑑登録証明書が2通ある部分については問題点を指摘したが,Y1弁護士の履行補助者として本件前件申請の事務を取り扱っていたCが,同指摘を踏まえた上で,本件印鑑証明書を真正なものとして被告Y2に交付してきており,その態度が不自然であったことなど,前件の手続代理人がおよそその職務を果たしていないことが明らかであるなどの特段の事情があることを認めるに足りる証拠がないこと,以上の事実が認められる。
 以上によれば,本件において,被告Y2には,後件申請の代理人に課させるべき注意義務を怠ったとまではいい難い。


エ よって,原告の上記主張は採用できない。
 なお,原告は,被告Y2が原告に対し,本件登記申請をすれば,c社は間違いなく所有権移転登記を受けられることを明言した旨主張するが,被告Y2はこれを否認し,このような事情を認めるに足りる的確な証拠もないから,原告の同主張も採用できない。

(2)
ア また,原告は,被告Y2は,原告(またはc社)から,自称Dの本人性や,同人の登記意思について確認することの依頼を受け,その確認義務があったにもかかわらず,これを怠った旨主張し,原告代表者もこれに沿って,被告Y2には,自称Dの本人確認を依頼した旨供述し,Iの陳述書(甲26)にも同旨の記載がある。

イ そこで検討するに,登記手続申請の依頼の本旨は,速やかな登記の実現にあること,登記義務者の本人性や登記意思の確認は,原則としては,その取引の実情に通じている依頼者において確認するべき事項であること,さらに,連件申請の場合,後件の登記手続の申請の依頼は,あくまで,後件の登記にかかる手続の依頼であり,前件の登記にかかる登記義務者の本人性や登記意思の確認まで依頼する趣旨を含むものとは通常考えにくいことに照らせば,連件申請の登記手続において,後件の登記手続代理人に,前件の登記義務者の本人性等の確認を依頼するには,同確認をする旨の特段の合意をすることが必要と解すべきである。しかし,本件においては,被告Y2は,上記委任を受けた旨を否認し,これを的確に裏付けるに足りる契約書その他の客観的な証拠もないことに照らすと,本件において,原告(またはc社)が,前件の登記名義人であるDの本人性等の確認までも正式に依頼していたとにわかに認めることはできず,被告Y2が同確認の義務を負うものとはいえない。
 よって,原告の上記主張は採用できない。

4 争点③(損害)について
 前記認定事実によれば,原告は,本件登記申請がされた後,c社から受領した売買代金6億8100万円のうち,6億4800万円を被告Y1の預り金口座に送金したこと(本件送金),原告は,本件登記申請が却下されたことにより,c社に本件不動産の所有権及びその登記を移転させることができず,c社から原告・c社間売買を解除され,その転売代金全額である6億8100万円及び違約金の合計7億4710万円の支払義務を負うに至ったことが認められる。

 そして,支払義務のうち,少なくとも,本件送金にかかる部分については,既に判示したとおり,被告Y1が注意義務に違反したことにより生じたものといえるから,同義務違反と相当因果関係のある損害に当たるものというべきである。
 よって,本件における原告の損害は,6億4800万円と認められる。

5 争点④(過失相殺)について
 被告らは,本件においては,原告において,Dの本人性及び売買意思の確認を自ら行うべきであったにもかかわらず,これを怠った過失がある旨の主張をするようである。
 そこで検討するに,前記認定事実及び原告代表者の本人の尋問結果並びに弁論の全趣旨によれば,本件売買におけるDの本人性の確認は,一義的には,契約当事者である原告において行うべきであったというべきであるが,本件において,自称Dが提示したパスポートは偽造されたものであったものの,自称甲山の本人性の確認は,主に,公証人作成の公正証書によって行われており,これについて,関係者から疑問が呈されたことはなかったこと,原告は,平成27年9月7日の会合に参加することにより,二通の印鑑証明書が存在していることを認識したものの,これに対する対応は,主に,EとCの間で行われ,原告は,新しい印鑑証明書を取り直すと聞いていたにとどまっていたことなど本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件において,原告に損害の公平な分担から過失相殺を認めるには足りない。

第4 結論
 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告Y1に対する請求は理由があるからこれを認容し,原告の被告Y2に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第32部 (裁判官 日浅さやか)

 
以上:7,219文字

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