平成23年 6月 6日(月):初稿 |
○「奇々怪々・魑魅魍魎政治の世界-小沢氏撤退の真相は?」で、「政界とは、さすっているようで叩き、叩いているようでさすっている,権謀術策渦巻く奇々怪々、魑魅魍魎の世界で、裏の裏の裏を読まなければならない面はあります」と記載していましたが、平成23年6月2日の菅内閣不信任騒動の話しを続けます。彼方此方のブログとその後の状況を見ての後(あと)講釈です(^^)。 ○その後の政治状況を見ると、 菅政権幹部「居座り」否定に躍起…反発拡大でと菅首相を身近で支えてきた岡田幹事長、枝野官房長官までが菅首相早期退陣を語る状況となっています。 ○この騒動、結果は、民主党議員で造反者は2名に止まり、圧倒的多数で菅内閣不信任案は否決され、民主党分裂は避けられ、菅首相の方が勝利した如き見方もあります。一時は、小沢・鳩山新党構想が語られ,両者ともその気があるのような素振りを見せていました。菅内閣不信任案が通り、菅首相がやけくそ解散に踏み切った場合、あの状況では小沢・鳩山氏とも民主党を出て新党で選挙戦に臨むしかなかったと思われます。民主党惨敗、とくに小沢チルドレン壊滅で小沢氏の力が大幅低下すること予想されたからです。しかし新党作りには莫大なお金がかかるところ,両者とも台所事情は相当制約があって厳しそうです。 ○ですから小沢・鳩山両氏とも本音は、やけくそ解散可能性のある菅内閣不信任案が通ることは何としても避けたかったのでは思われます。前夜の小沢派70人参集の誇示、鳩山氏による菅首相自発的辞任説得がその表れです。それが菅首相が頑として自発的辞任に応じないため、小沢・鳩山両氏が、菅首相から辞任表明を取るための最終手段として,敢えて、時期を明示せず,何とでも言い訳の出来る形での確認書を作成し,兎に角、将来の辞意表明を引き出す工作が、6月2日午前中になされたのではと推測します。 ○この菅・鳩山会談は小沢氏に知らされないままなされて小沢氏が激怒したなんて報道もありますが、新聞記者への誤導リークで、実際は全て小沢氏が承知の上で、昼の代議士会を段取りして、小沢氏腹心山岡代議士会会長の司会で、菅首相の曖昧な将来の辞意表明をさせて、鳩山前首相と原口全総務相に民主党一致団結の呼び掛けをさせ、不信任案否決を確実にし、その上で小沢氏は、自主投票に切り替え、自らは棄権との予定の行動を取ったのかも知れません。 ○小沢・鳩山氏は,敢えて曖昧な確認書にしたのは、辞任を確実にさせようとすると菅首相は拒否することは確実であり,菅首相が乗る程度の曖昧さを残し、その後、菅首相が,居座り宣言をすることを想定していたもので、案の定、2日夜の来年1月以降の辞任時期表明に、両者ともニンマリして、翌3日午前、鳩山氏が怒り露わの迫真の演技で「ペテン師」呼ばわりし、菅首相の評価を一気に落とすとの二段構えの戦術だったとしたら、小沢・鳩山氏の企画力は大したものと思います。正に裏の裏の裏をかくものです。 ○問題は、菅内閣後の展開です。菅首相によって権力側から外された小沢氏の復権がなるかは、小沢・渡部合同誕生会で前原氏と根回しを済ませていたのかと思われますが、前原氏は小沢氏ら不信任決議棄権者についてドライに考えて処分すべしなんて発言をしており、裏の裏がどこにあるか素人にはサッパリ判らず、奇々怪々・魑魅魍魎政治の世界が続きます。 以上:1,692文字
|