令和 6年12月11日(水):初稿 |
○運転免許停止中に発生させた交通事故(人身)について,被告に対する損害賠償請求権が,破産法253条1項3号の非免責債権に該当しないと判断した令和6年3月6日名古屋地裁判決(判タ1525号220頁)全文を紹介します。条文は以下の通りです。 第253条(免責許可の決定の効力等) 免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。 一租税等の請求権(共助対象外国租税の請求権を除く。) 二破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権 三破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号に掲げる請求権を除く。) ○交通事故損害賠償請求訴訟を提起された被告は破産の申立をし、破産手続きにおいて免責許可決定が確定したときは,免責されると主張し,原告は,同損害賠償請求権が,故意又は重大な過失により加えた人の身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権であるから,破産法253条1項3号の非免責債権に該当すると主張しました。 ○名古屋地裁判決は、原告には231万1832円の損害が生じたとしながら、被告の原告に対する不法行為は,故意又は重大な過失により人の身体を害したものともいえず、免責許可決定が確定したときは被告はその責任を免れ、その債務は、給付保持力のみ認められ、裁判上の履行請求や強制執行が許されないいわゆる自然債務になるとして、受領する権利を有することの確認だけを認めました。 ********************************************* 主 文 1 被告は,名古屋地方裁判所令和*年(フ)第*号破産申立事件において,被告に対し,免責が許可されないことが確定したときは,原告に対し,231万1832円及びこれに対する令和2年11月28日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 2 名古屋地方裁判所令和*年(フ)第*号破産申立事件において,被告に対する免責許可決定が確定したときは,原告は,別紙1「訴状」写し末尾添付の別紙「事案の概要」の(1)記載の交通事故によって生じた,被告に対する民法709条に基づく損害賠償請求権に基づき,被告から231万1832円及びこれに対する令和2年11月28日から同免責許可決定が確定する日の前日まで年3パーセントの割合による金員を受領する権利を有することを確認する。 3 原告のその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は,原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨及び原因並びに本件の争点 原告の請求の趣旨及び原因は,別紙1「訴状」写しのとおりであり,これに対する被告の主張は,別紙2「準備書面1」写しのとおりである。なお,略語については,以下,同別紙のそれによる。被告は,令和6年1月11日,名古屋地方裁判所に破産手続開始の申立てをした(同庁令和*年(フ)第*号)。そこで,被告は,原告の被告に対する損害賠償請求権は,同破産手続きにおいて免責許可決定が確定したときは,同決定の効力により免責されるべきものであると主張し,原告は,同損害賠償請求権が,故意又は重大な過失により加えた人の身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権であるから,破産法253条1項3号の非免責債権に該当すると主張する。 本件の争点は,〔1〕原告の損害及び〔2〕原告の被告に対する損害賠償請求権が破産法上の非免責債権に該当するか,である。 第2 当裁判所の判断 1 原告の損害について (1)本件事故の態様は,別紙3「起訴状」記載の公訴事実第2のとおりであると認められる(甲2)。 (2)原告の損害のうち,傷害慰謝料部分以外について、被告は,争うことを明らかにしておらず,別紙1掲記の各証拠により認められる。 (3)原告は,傷害慰謝料について増額すべきと主張する。被告は,運転免許が停止されていた状態で自動車を運転し,本件事故を生じさせたところ,交差点を右折するに際し,横断歩道を歩行中の者を看過したこと自体は過失であるとしても,免許停止中の運転は故意的なものといわざるを得ず,悪質である。そうすると,被告の悪質性に鑑み,傷害慰謝料を増額することが相当である。 一方,事後対応については,任意保険に加入していなかったという点は不相当ではあるものの,不誠実とまではいえず,慰謝料の増額事由とは考慮できない。 以上を踏まえ,原告の症状及び入通院日数を考慮すると,傷害慰謝料は230万円とすることが相当である。 (4)以上の次第であり,原告には,弁護士費用を除き,210万1666円の損害が発生したものと認められ,被告に対し,同額の賠償を求めるために必要かつ相当な弁護士費用は,21万0166円であると認められる。 よって,原告には231万1832円の損害が生じたものと認められる。 2 非免責債権該当性について (1)被告は,名古屋地方裁判所に破産手続開始決定の申立てをし,同時に,免責の許可を求めたところ,同破産手続は,本判決言渡し時点では,開始していない(同庁令和*年(フ)第*号。訴訟の中断事由に関することであり,職権調査の結果により明らか)。また,原告の被告に対する損害賠償請求権は,人の身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権である。 (2)上記1のとおり,被告は,本件事故当時,免許停止中の運転という故意行為をなし,そのまま,本件事故を生じさせた。しかし,本件事故の直接の原因は,横断歩道歩行中の原告を看過したという過失であり,自動車運転手として基本的な注意義務に違反しているとはいえ,重大な過失であるとまではいいがたく,無免許であったことにより本件事故が生じたり,原告の損害が増加したりしたとまではいえない。 そうすると,被告の原告に対する不法行為は,故意又は重大な過失により人の身体を害したものともいえない。 よって,原告の被告に対する損害賠償請求権は,前記破産手続の中で免責許可決定が確定したときは,同許可決定の効力を受けるものであり,被告は,その責任を免れるものと認められる。 3 破産申立て及び免責の効果と主文について (1)一般に,破産裁判所は,自然人の破産申立ての場合,破産手続開始決定があった後,免責についての意見申述期間が経過すれば,免責の許否について判断をすることができる(破産法251条1項)。しかし,実務上,破産手続が終了してから,又はその終了と同時に免責についての判断がなされているところ,免責の効力は,免責許可決定が確定しなければ生じないから(破産法253条1項),法律的な意味で,免責の抗弁を主張できるのは,破産手続が終了し,免責許可決定が確定してからということとなる。 このような実務を踏まえ,訴訟係属中に当事者が破産を申し立てたときは,受訴裁判所は,免責の判断がなされる前に本案に関する心証形成ができていたとしても,将来,免責の抗弁が主張される蓋然性があるものとして,事実上,破産裁判所が免責の判断をすることを待たなければならないものとすると,破産手続が長期化した場合,当事者に対し,訴訟係属状態を徒に長く強いることとなるし,その間に受訴裁判所の構成が交代する可能性も考慮すると,適切な心証形成に基づく判断が阻害されかねない。免責の抗弁が主張される可能性を念頭に置いて,本案部分について中間判決(民訴法245条)をすることも考えられるが,上記のとおり,法律的な意味で免責の抗弁が主張できない状況で,免責の抗弁を除く部分について中間判決という形式で判断をすることが許されるかが疑問であるし,免責の申立てをしたことのみから終局判決が可能なのであれば,あえて中間判決をすべき理由もない。 ここで,破産申立後の進み方は,同時廃止の場合と,破産管財人が選任される場合があるが,同時廃止の場合,破産手続が開始すると同時に廃止するので,訴訟は中断せず,破産者がそのまま訴訟を追行することとなる(破産法44条6項)。一方,破産管財人が選任された場合は,破産手続開始決定の確定を待つまでもなく,その段階で,訴訟が中断する(破産法30条2項,44条1項)。そして,破産者が損害賠償請求をされている場合,破産管財人が受継することもできないので,破産手続終結後に破産者が当然受継することを待つか(異時廃止型),破産債権の確定手続の中で,異議の有無等に応じて当然終了,破産債権査定,破産債権確定訴訟又は破産手続終結後の破産者の当然受継を待つか(配当型)等,受訴裁判所としては,破産手続の進捗に応じた対応をせざるを得ない(破産法44条1項,6項,125条3項,127条1項)。 一方,申立てから開始決定までが,同時廃止見込みであるとしても補正を要したり,破産管財人が選任される見込みであるものの,予納金の準備に時間を要したりするなどの理由により長期化している場合は,破産手続の進捗が不明となるところ,この場合,中止命令等がなされていない場合,破産者の地位は,単なる,破産申立てをした者というに過ぎず,受訴裁判所は,何ら,手続的な拘束を受けるものではない。そのため,受訴裁判所は,被告に破産管財人が選任されたことや,中止命令がなされたこと等が判明した場合を除き,単に破産申立てがなされたという段階であるのであれば,本案の判断をすることが可能である。本件では,被告の破産申立ては,本件の口頭弁論終結時には,まだ開始しておらず,かつ,本判決言渡し時にも開始していないから,判決言渡日において本案の判断が可能である。 そのうえで,免責の申立てがあった場合における判断について検討するに,まず,非免責債権に該当すると判断したときは,免責許可決定が確定しても,その効果が及ばないから,免責に関する判断を待つまでもなく,単純な給付判決を言い渡すべきこととなる。また,非免責債権に該当しない債権であると判断した場合でも,免責が許可されなかったときは,給付判決を言い渡すことができるが,このときは,免責が許可されないことを条件とする給付判決を言い渡すべきこととなる。 (2)次に,非免責債権に該当しない債権に対し,免責許可決定が確定した場合について検討する。 非免責債権に該当しない破産債権について,免責許可決定が確定したときは,債権の四つの効力(給付保持力・請求力・訴求力・執行力)のうち,給付保持力のみ認められ,任意履行はもちろん,裁判上の履行請求や強制執行が許されない,いわゆる自然債務になるものと解される。ここで,請求力・訴求力・執行力は,債権者から積極的に履行を求めることを前提とする概念であるが,給付保持力は,債務者から任意弁済がなされた場合,どこまでが不当利得にならないのかという範囲を定めるものであり,債務者からの履行態度に関わらず観念し得る。 そうであるならば,非免責債権に該当しない債権について,免責許可決定が確定した場合,債権者からの履行を求めることができる給付判決を言い渡すことはできないとしても,給付の訴えには訴訟物たる権利関係についての確認の訴えが包含されるとの,債務不存在確認請求に対する給付の訴えの反訴があった場合の訴えの利益に関する一般的な見解や,可能な範囲で有利な結論を求めるという原告の合理的意思解釈を踏まえると,給付の訴えに対し免責の問題が出た場合,質的一部認容として,免責を許可しない判断が確定したとき,破産申立てや免責の申立てそのものが取り下げられたとき,破産手続開始決定が取り消され,これが確定したとき等,免責が許可されないことが確定することを条件とする給付判決と,免責許可決定が確定することを条件とする給付保持力の範囲を確定する利益は残るものと解することが相当である。なお,ここでの給付判決は,将来の条件にかかるものであるから,仮執行をすることができることの宣言をすることは性質上許されない。 (3)もっとも,債務者が応訴している以上,任意弁済の意欲がないことは明らかになっていることから,何の効力もない債権であるとして棄却するということも考えられるが,そうであるならばそもそも訴えを却下すべきであるし,給付保持力があるにもかかわらず棄却判決が言い渡された場合,既判力の効果を訴訟法上の効果に限るものと解するとしても,訴訟手続上,給付保持力も含めた債権債務関係の不存在が確定することとなり,事後的に,自然債務となった債務に対する弁済について不当利得であると主張して返還を求めてきた場合,信義則や非債弁済の適否はともかく,訴訟法上は,本件の判決の既判力によって,債権債務関係の不存在が確定していることとなってしまうので,原告の立場が不安定なものとなり,給付保持力を認めるという建前に反する。 また,免責の問題が出るかどうかが不確定な段階で確認判決を出すことは,現在の確認の利益との関係で問題となり得るが,自然人の破産の場合,特段の意思表示がなければ,免責の問題が生じることは法律上確実になっているうえに(破産法248条4項),本件で,被告は,そのような意思表示をしていない。そうすると,破産申立てがなされた現時点で,何らかの免責に関する判断がなされることを前提とする判断を行うことは,現在の法律関係に照らし,確実なものと解される。 なお,被告が,破産手続が開始する前に破産申立てを取り下げたり,即時抗告等により開始決定が取り消されたりすることは,抽象的には観念できるが,前記のとおり,その場合,現在申し立てている破産手続において免責が許可されないことが確定することとなるし,後日の新たな破産申立て等については,現時点において,抽象的な可能性に過ぎないから考慮を要しない。 (4)以上の検討を踏まえると,債務者が破産の申立てをし,免責の問題が法律上現実化している段階では,免責の判断を待つまでもなく,以下のような主文を言い渡すことが可能かつ相当であり,本件において,原告及び被告は,かかる見解に対し,同意した。 ア 非免責債権に該当するとの判断をした場合 通常の給付判決 イ 非免責債権に該当しないとの判断をした場合 現在申し立てている破産申立事件において,免責が許可されないことを条件とする給付判決及び免責許可決定が確定した場合に給付保持力の範囲を確認する確認判決 (5)よって,本件は,上記(4)イの場合に該当するので,免責が許可されないことを条件とする給付判決と,免責許可決定が確定した場合に給付保持力の範囲を確認する確認判決を言い渡すことが相当である。なお,給付保持力の範囲については,上記1の元本部分に加え,破産手続開始後の遅延損害金請求権も破産債権となること(破産法97条2号),免責許可決定の効力が,確定により生じ,その後は,債権者からの履行を求めることができなくなることを踏まえると,免責許可決定が確定する日の前日までのものに限り認めることが相当である。 4 結論 以上によれば,原告の請求は,名古屋地方裁判所令和*年(フ)第*号破産申立事件において,被告に対し,免責が許可されないことが確定したときは,民法709条に基づき231万1832円及びこれに対する不法行為の日である令和2年11月18日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で,同破産申立事件において,被告に対する免責許可決定が確定したときは,原告が,本件事故によって発生した,被告に対する民法709条に基づく損害賠償請求権に基づき,被告から231万1832円及びこれに対する令和2年11月18日から同免責許可決定が確定する日の前日まで年3パーセントの割合による金員を受領する権利を有することを確認する限度で理由があるからこれを認容することとし,その余の請求は理由がないから棄却することとし,原告の,仮執行をすることができることの宣言を求める申立ては相当ではないからこれを付さないこととし,訴訟費用の負担について破産申立てがなされている点を踏まえ,民訴法64条ただし書きを適用し,全部原告に負担させることとして,主文のとおり判決する。 (裁判官 西尾太一) 別紙 1 訴状(写し)〈省略〉 2 準備書面1(写し)〈省略〉 3 起訴状〈省略〉 以上:6,664文字
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