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1個の腎臓を失った場合の逸失利益についての判例紹介1

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平成28年11月14日(月):初稿
○20年以上前ですが、交通事故で脾臓を摘出した幼児の損害賠償請求事件を担当したことがあります。、当時、「脾臓又は1個の腎臓を失ったもの」は後遺障害等級は第8級と、結構高かったため、大きな賠償額を獲得して両親に感謝されたことがあります。ところが、平成18年の自賠責後遺障害施行令改訂により「脾臓又は1個の腎臓を失ったもの」は削除され、「脾臓を失ったもの」は第13級に格下げされました。「脾臓摘出」は労働能力にさほど影響がないからと説明されています。

○「1個の腎臓を失ったもの」も平成18年施行令改訂により第8級から第13級に格下げされました。この「1個の腎臓を失ったもの」について、一つの腎臓の機能喪失の後遺障害を負った女児につき,残存する腎臓でも生体活動を維持していくうえでの機能はあり,食事制限・運動制限は不要だから逸失利益はないと争われた事件で、後遺障害等級13級に応じた労働能力喪失率9%に見合う逸失利益を認めた平成28年5月31日横浜地裁川崎支部判決(LLI/DB判例秘書)の判決理由全文を紹介します。

○腎臓の亡失については目安とされる検査数値に従い、7、9、11、13の各等級に格付けされ、「胸腹部臓器の機能に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの」と認定されて初めて11級になります。しかし、人体の重要臓器である腎臓2個の内1個を失って後遺障害等級が13級というのは私の感覚では、余りに低すぎると感じます。

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第3 争点に対する当裁判所の判断
1 原告の後遺症に関する認定事実

 前記第2の1の前提となる事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められ,この認定に反する証拠はない。
(1) 腎臓は,①水分の排泄を加減して体内に水分を一定に保ち,②体内の代謝によってできた分解産物や有毒物質を尿として排泄し,③血液中の成分を正常に維持し,血液の酸度を一定に維持する等の機能を有し,人間の生命や健康の維持のための根幹となる臓器である(甲8,乙3)。

(2) 原告の担当医師であるA病院の腎臓・リウマチ・膠原病科医師Bは,平成23年5月20日,原告について,診断名を「左腎茎部損傷(無機能腎),慢性腎臓病」として,左の腎臓の動脈断裂があり,腎臓への血流が絶たれ,左腎の機能が完全になくなっており,腎臓は再生する臓器ではないため,今後左の腎機能が戻ることは期待できないこと,右の腎臓は正常に機能しており,一つの腎臓でも生体活動をしていくうえでの機能は最低限あり,現時点では食事制限や運動制限,透析などの腎代替療法は不要であるが,腎機能は余力がない状態であり,今後,定期的な外来受診が必要であること,また,腎機能低下による高血圧や,残存している左腎臓の外科的な晩期合併症(腎動脈瘤など)が出てくる場合は,外来受診の頻度が増えたり,入院治療が必要になる可能性があると診断している(甲4)。

(3) 同医師は,平成26年2月14日,原告について,診断名を「慢性腎臓病,腎損傷(左腎無機能)」として,右腎の代償があり,現在24時間クレアチニンクリアランスは正常値を示しているが,今後身体の成長とともに,相対的に腎機能が低下してくる可能性が高いと思われ,成長過程にある小児の腎機能として「固定」はしていないと考えると診断している(甲6)。

(4) 同医師は,平成27年8月13日,原告について,診断名を「腎損傷(左腎無機能),機能的単腎症」として,左腎の機能は戻ることなく廃絶しており,右腎については,喪失した左腎機能を補うべく肥大し機能を代償していること,そのため,総腎機能としては単純に半分になっているわけではなく,予測としては経験的に70%前後にはなると想定され,最終的な(体格が成人と同等になったとき)総腎機能として70%程度あれば,日常生活に支障が生じることはまずないと考えるが,予備力はない状態ではあるため,さらなる腎障害をきたすイベントがあれば,通常であれば問題がないレベルのイベントでも,食事や活動に制限がかかる障害へ進行する可能性は否定できず,体格が成人期に達するまでは定期的な検査・受診は必要と考えると診断している(甲11)。

(5) 原告は,同病院を平成23年4月6日に退院し,同月18日から平成24年3月27日までの約1年間のうち10日間通院し,その後も概ね半年から1年に1回の頻度で通院して腎機能の検査と診察を受けている状態である(甲13)。

(6) 原告は,同医師から,発熱した場合には腎機能に影響を与える病気である可能性があるので注意するよう指示されており,通常であれば風邪が原因と思われる発熱であっても,病院に通院して診療してもらわざるを得ない状況にあり,特に,原告は,同年代の子供と比べて溶連菌に感染することが少なくないところ,この溶連菌は感染すると急性腎炎を引き起こす可能性もあるため,原告が発熱するとその心配をする状況にある。さらに,上記のとおり原告の腎機能には予備力がない状態であり,通常であれば問題がないイベントでも,食事や活動に制限がかかる障害へ進行する可能性が否定できないと診断されているため,原告がクラシックバレエを習いたいとの強い希望を有しているのに,両親は,これを躊躇するなどしており,原告の将来について運動や職業の選択に事実上制限が付いて回ることになると心を痛めている(甲13)。

2 当裁判所の各損害額及び損害賠償金の認定
(1) 入通院治療費        358万5850円(争いがない。)
(2) 装具代             2万8737円(争いがない。)
(3) 文書代             1万0500円(争いがない。)
(4) 入院付添費・原告母の休業損害 69万8600円(争いがない。)
(5) 保育料及び入院雑費      29万7463円(争いがない。)
(6) 付添人交通費          3万7240円(争いがない。)

(7) 後遺症による逸失利益    370万1249円
ア 逸失利益の認定は,労働能力の低下の程度,収入の変化,将来の昇進・転職・失業等の不利益の可能性,日常生活上の不便等を考慮して行い,その労働能力の低下の程度については,労働省労働基準局長通牒(昭和32年7月2日基発第551号)別表労働能力喪失率表を参考とし,被害者の職業,年齢,性別,後遺症の部位,程度,事故前後の稼働状況等を総合的に考慮して評価するのを相当とする(赤い本平成28年版87頁参照)。

 また,最高裁昭和56年12月22日第三小法廷判決・民集35巻9号1350頁は,「かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても,その後遺症の程度が比較的軽微であって,しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては,特段の事情のない限り,労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。」と判示した上,その特段の事情の一つとして,「労働能力喪失の程度が軽微であっても,本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし,特に昇級,昇進,転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合」を挙げている。


 しかし,本件のように後遺症を負った被害者が幼児ないし年少者の場合の逸失利益の算定においては,その考慮要素のうち,後遺症の部位,程度は認定できるものの,被害者の就業が遠い将来のことであり,未だ職業に就いていないために,その職業はもちろん,事故前後の稼働状況や収入の変化等を考慮すること自体不可能であり,また,事故前後の労働生活(労働を伴う生活)における疲れやすさの違い等の労働生活における不便,不都合の有無も感得することができない。さらに,現に職業に就いていない以上,その将来の昇級,昇進,転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれや失業の可能性を具体的な蓋然性や心証度をもって認定することは困難であるといわざるを得ない。

 このように不法行為により後遺症を負った幼児ないし年少者について,その者が将来得べかりし利益を喪失したことによる損害の額を算定することはきわめて困難であるといわざるを得ないが,その算定困難の故をもつてたやすくこれを否定し,その被害者の救済を慰謝料の算定に求めることは妥当なことではない。幼児ないし年少者の場合における逸失利益の認定については,一般の場合に比し不正確さが伴うにしても,裁判所は,被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき,経験則とその良識を十分に活用して,できうるかぎり蓋然性のある額を算出するよう努めるべきである(最高裁昭和39年6月24日第三小法廷判決・民集18巻5号874頁参照)。

 しかるところ,後遺障害別等級表は,身体をまず解剖的観点から部位に分け,次にそれぞれの部位における身体障害を機能の面に重点を置いた生理学的観点から一種又は数種の障害群に分け,さらに,各障害はその労働能力の喪失の程度に応じて一定の順序のものとして配列されている(「障害等級認定基準(労災保険関係)」昭和50年9月30日基発第565号)。

 このように,後遺障害別等級表は,生理学的観点から,障害に係る部位の機能の面に重点を置いて労働能力に及ぼす影響を考慮して評価される労働能力喪失の程度によって配列されているものであるから,被害者に認められる後遺症の部位,程度によってその配列の中から認定される後遺障害等級は,労働能力の喪失の程度の評価において一定の合理性を有しているものということができる。そして,これに応じて定められる上記労働能力喪失率表による労働能力喪失率は,労働能力の喪失による逸失利益の認定において有力な資料となることを否定することはできない(最高裁昭和42年11月10日第二小法廷判決・民集21巻9号2352頁,最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・裁判集民事110号469頁参照)

 そこで,被害者の後遺障害等級及びその労働能力喪失率の主張立証は,被害者側が提出する有力な証拠資料としてそれに見合った労働能力の喪失の程度及びこれによる逸失利益があることを事実上推定させ,これにより一応の立証がされるものと解するのが相当である。このように解することは,その判断の客観性を担保するとともに,交通事故に係る被害者相互間の公平を図ることができるものであり,損害の公平な分担という損害賠償制度の理念にも沿うものということができる。

 そして,上記のとおり逸失利益の認定に係る考慮要素が極めて限定される特殊性のある幼児ないし年少者の場合の逸失利益の認定の場合には,そうではない成人の場合の逸失利益の認定の場合と比較して,後遺症の部位,程度の認定に応じた後遺障害等級の労働能力喪失率に見合った労働能力の喪失の程度及びこれによる逸失利益があることの事実上の推定力は,相対的に増すこととなり,これに反する特段の事情の主張立証のない限り,その立証がされたものと解するのが相当である。


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