平成28年 9月24日(土):初稿 |
○交通事故で歯を欠損した方から歯の治療費はどこまで認められるかとの質問を受けました。歯の治療費についての判例は結構出ていますが、近いところで、被告の普通乗用車が道路を走行中,前方から歩行してきた原告(事故時13歳)に接触し,歯牙欠損等の受傷をした原告のインプラント治療の可否及び事故と矯正治療の因果関係が争われ、インプラント治療の相当性及び事故と矯正治療の相当因果関係を認め,インプラント治療費,矯正治療費の請求全額を認容した平成24年2月28日仙台地方裁判所判決(自保ジャーナル1870号28頁、LLI/DB 判例秘書)全文を紹介します。 ********************************************* 主 文 1 被告は,原告に対し,346万4982円及びこれに対する平成20年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決の1項は仮に執行することができる。 事実び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,375万6101円及びこれに対する平成20年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,交通事故により負傷した原告が,被告に対し,不法行為ないし自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償として,375万6101円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金(起算点は,不法行為の日である平成20年12月26日。)の支払を求める事案である。 1 前提事実 (1) 被告は,平成20年12月26日午後5時45分ころ,宮城県宮城郡七ヶ浜町菖蒲田浜新大谷地地内汐見台小学校南方約350メートル付近の直線道路において,自家用普通乗用自動車(宮城○○○ち○○○○)を運転中,前方を十分に確認することなく漫然と同車両を直進させ,道路左側(歩道なし)を前方から歩行してきた原告に対して,同車両の左前面・左側面付近を接触させた(以下「本件交通事故」という。)。 これにより,原告は,顔面多発裂傷,顔面骨多発骨折,歯牙(3歯)欠損の傷害を負った。 よって,被告には,本件交通事故により原告の被った損害につき賠償の責任がある。 (2) 原告は,平成7年○月○○日に出生した男性であり,本件交通事故時13歳であった。 (以上,(1),(2)は争いなし。) (3) 原告は,被告に対し,本件交通事故によって被った損害の額として弁護士費用を除き総計734万8986円を主張する。 ア そのうち,入院治療費(137万7576円),付添看護費(53万7252円),入院雑費(2万1000円),入院交通費(4120円),入通院慰謝料(95万円)及び後遺症慰謝料(110万円)の合計398万9948円は,争いがない。 イ 争いがあるのは,原告が歯牙欠損の障害に関する,インプラント治療費(106万3804円),矯正治療費(98万7000円),将来のインプラント更新費(76万1096円),将来のインプラントメンテナンス費(47万4208円)及び将来の矯正メンテナンス費(6万7680円)並びにそれらの立証の費用としての意見書作成費用(5250円)の合計335万9038円である。 (4) 原告の主張する損害に対しては393万4348円が既に支払われているから,これを差し引くと,原告の主張によれば未填補の損害額は341万4638円となる。これに,弁護士費用として1割相当額の34万1463円を加えた375万6101円が原告の請求額である。 2 争点 (1) インプラント治療費 (原告) 原告の歯牙欠損の障害に対する治療としてはインプラント治療が相当である。 インプラント治療の費用は本件交通事故後5年間の継続治療で合計135万7760円であるから,5年のライプニッツ係数を用いた次の計算式による106万3804円の賠償が少なくともなされるべきである。 (計算式)135万7760円×0.7835=106万3804円 (被告) 原告の歯牙欠損の障害に対する治療としては,他に選択可能な安価な治療法があるから,インプラント治療費の賠償は否定されるべきである。 (2) 矯正治療費 (原告) 原告に対しインプラント治療を実施するにあたっては,矯正治療が前提となる。 矯正治療の費用は合計98万7000円であり,同額の賠償がなされるべきである。 (被告) 原告については,本件交通事故より前から重度の不正咬合が存在し,その矯正治療は,本件交通事故と関わりなく,不可欠であった。したがって,矯正治療費の賠償は否定されるべきである。 (3) 将来のインプラント更新費 (原告) ア インプラント本体の平均耐用年数は10年から15年であり,本件交通事故から5年後の18歳時点で初回のインプラント植立がなされるとすれば,本件交通事故の23年後,38年後,53年後にはインプラントの更新を必要とする蓋然性が高い。 インプラント更新1回の費用は107万7000円であるから,上記各年のライプニッツ係数を用いた次の計算式により,57万6841円の賠償がなされるべきである。 (計算式)107万7000円×(0.3255+0.1566+0.0535)=57万6841円 イ アに加えて,インプラントのうち,上部補綴(樹冠)部位については,少なくとも本件交通事故から20年後には上記更新とは別個に交換を必要とする蓋然性が高い。 上部補綴(樹冠)部位の交換1回の費用は48万9000円であるから,20年のライプニッツ係数を用いた次の計算式により,18万4255円の賠償がなされるべきである。 (計算式)48万9000円×0.3768=18万4255円 ウ ア及びイにより,将来のインプラント更新費としては,76万1096円の賠償がなされるべきである。 (被告) インプラントについて,適切なメンテナンスを行えば相当長期間耐用できることが明らかとなっていること,インプラント治療が他の安価な治療法があるのにもかかわらず選択されること等からすれば,初回のインプラント治療をもって最終治療として扱うのが相当であり,将来のインプラント新費の賠償は否定されるべきである。 (4) 将来のインプラントメンテナンス費 (原告) インプラント治療は1回で終わるものではなく,定期的なメンテナンスが必要である。 このメンテナンスは年間平均4回程度行われ1年間の費用は2万9000円であるから,平均余命まで63年のライプニッツ係数(年金現価)及び3年のライプニッツ係数(年金現価)を用いた次の計算式により,47万4208円の賠償がなされるべきである。 (計算式)2万9000円×(19.075-2.723)=47万4208円 (被告) 健全歯においてもメンテナンスは必要であるから,将来のインプラントメンテナンス費は,本件交通事故とは関わりがなく,その賠償は否定されるべきである。 (5) 将来の矯正メンテナンス費 (原告) 矯正の動的治療終了から5年後までそのメンテナンス及び検査が必要である。 その費用は合計10万円であるから,8年のライプニッツ係数を用いた次の計算式による6万7680円の賠償がなされるべきである。 (計算式)10万円×0.6768=6万7680円 (被告) 将来の矯正メンテナンス費は,本件交通事故とは関わりがなく,その賠償は否定されるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 インプラント治療費について 106万3804円(請求 同額) 乙1によっても原告に対するインプラント治療は相当であるとの意見が述べられており,原告の歯牙欠損の障害に対する治療としてインプラント治療は相当と認められる。これに対し被告は,他に選択可能な安価な治療法があると主張するが,他に選択可能な安価な治療法である義歯については異物感等が強く咀嚼力に劣る等の,同じくブリッジについては欠損歯の両側の歯を大きく削る必要がある等の各欠点に鑑みれば,いずれも原告の歯牙欠損の被害回復方法としては不十分であるから,インプラント治療が相当と言うべきである。 そして,甲8及び甲9によりインプラント治療の費用は本件交通事故後5年間の継続治療で合計135万7760円と認められるから,5年のライプニッツ係数を用いた次の計算式による上記認定額の賠償がなされるべきと判断される。 (計算式)135万7760円×0.7835=106万3804円 2 矯正治療費について 98万7000円(請求 同額) (1) 原告が本件交通事故により歯牙欠損の障害を受け,その治療としてはインプラント治療が相当であることは,以上までに認定したとおりであるところ,甲11により,インプラント治療を実施する前提として矯正治療が必要であることが認められる(乙1・3頁16行目以下「検討事項4」「回答4」も同旨。)。したがって,本件交通事故と矯正治療とは相当因果関係がある。 そして,矯正治療費としては,甲10により,上記認定額の賠償がなされるべきと判断される。 (2) ア 以上に対し,被告は,原告には本件交通事故前から重度の不正咬合があったため,本件交通事故と関わりなく矯正治療が不可欠であり,その費用の賠償は否定されるべきであると主張する。 イ (ア) しかしながら,現在,我が国において矯正治療は,口唇裂,口蓋裂,顎変形症の場合でなければ,不正咬合であろうとも健康保険の適用がなく,矯正治療の費用は一般に50万円から100万円程度と高額になるため,多くの一般家庭において,日常の咀嚼に支障がなければ,行われることが期待できない治療であるといえる。 しかるところ,本件全証拠によっても,原告が不正咬合により日常の咀嚼に支障を来していたとは認められないから,原告の不正咬合は本件交通事故と関わりなく矯正治療が不可欠であったとは言えず,上記(1)のとおり,本件交通事故と矯正治療とは相当因果関係があると言うべきである。 (イ) さらに被告の提出した乙1(4頁10行目)には,原告の不正咬合を素因と捉えて,矯正治療費の賠償を否定する考え方が述べられているが,そのように原告の不正咬合を素因と捉えてみても,それを理由とする矯正治療費の賠償の否定については,原告の被った身体的損害である歯牙欠損は,本件交通事故のみを原因として発生したものであり,不正咬合は歯牙欠損の発生に何らの寄与もしていないこと,そのような歯牙欠損の被害回復のために矯正治療は必要になること,上記のとおり不正咬合には健康保険の適用がなく,従前の原告の歯の状態が不正咬合により日常の咀嚼に支障を来していたとは認められないから,原告の不正咬合を法的に疾病と言うのは困難であること及び不正咬合は改善されたとしても歯牙欠損をインプラントの人工歯で代替しているという状態が,本件交通事故の前よりも格段に良い状態とまでは認めるに足りないことからすれば,採用できない。 3 将来のインプラント更新費について 62万2055円(請求 76万1096円) (1) ア インプラント本体の耐用年数については,10年~15年は確実で,現在は20年はもつだろうと考えられている旨の意見が述べられていること(甲12・1頁冒頭~4行目)からすれば,メンテナンスを継続して行うことを前提として,インプラント本体の耐用年数を20年とするのが相当と認められ,そうすると,原告が本件交通事故から5年後の18歳時点で初回のインプラント植立がなされるとすれば,25年後及び45年後の2回のインプラント更新の必要性があると認められる。 そして,甲12によりインプラント更新1回の費用は107万7000円と認められるから,25年及び45年の各ライプニッツ係数を用いた次の計算式により,43万7800円が認められる。 (計算式)107万7000円×(0.2953+0.1112)=43万7800円 イ さらに甲12により,上記アに加えて,インプラントのうち上部補綴(樹冠)部位については,上記更新とは別個にもう1回,交換を必要とする蓋然性が高いこと及びその時期について本件交通事故から20年後(初回のインプラント植立から15年後)を想定するのは妥当であることが認められる。 そして,甲12により上部補綴(樹冠)部位の交換1回の費用は48万9000円と認められるから,20年のライプニッツ係数を用いた次の計算式により,18万4255円が認められる。 (計算式)48万9000円×0.3768=18万4255円 ウ 上記ア及びイにより,将来のインプラント更新費としては,上記認定額の賠償がなされるべきと判断される。 (2) 被告は,インプラント治療が他の安価な治療法があるのにもかかわらず選択されること等からすれば,初回のインプラント治療をもって最終治療として扱うのが相当であり,将来のインプラント更新費の賠償は否定されるべきである旨主張するが,インプラントは,義手,義足等の装具に類する人工物であって,耐用年数を経過したときに更新する必要があるのは当然であるから,初回のインプラント治療をもって最終治療として扱うことはできない。 4 将来のインプラントメンテナンス費について 43万1273円(請求 47万4208円) (1) 甲12(2頁・19行目~20行目)には,インプラントを所期の年数もたせるには定期的なメンテナンスが必要である旨の意見が述べられており,したがって,将来のインプラントメンテナンス費は,本件交通事故と相当因果関係を有すると認められる。 そして,甲12(2頁21行目~3頁5行目)により1年間の費用は2万9000円と認められるから,本件交通事故から平均余命までの66年のライプニッツ係数(年金現価)及び初回のインプラント植立までの5年のライプニッツ係数(年金現価)を用いた次の計算式により,上記認定額の賠償がなされるべきと判断される。 (計算式)2万9000円×(19.2010-4.3295)=43万1273円 (2) 被告は,健全歯においてもメンテナンスは必要となるとして,賠償は否定されるべきである旨主張するが,健全歯のメンテナンスと人工物たるインプラントのメンテナンスとを同列に扱うことはできず,将来のインプラントメンテナンス費は賠償の対象となると言うべきである。 5 将来の矯正メンテナンス費について 0円(請求 6万7680円) 甲12(3頁10行目~11行目)に徴すれば,原告について,将来のインプラントメンテナンス費(前記4)とは別に,将来の矯正メンテナンス費の支出を要するとは認めるに足りない。 6 認容額のまとめ ア 前記1ないし4の各費目での認容額のほかに,それらの費目における判断結果と甲13により,意見書作成費用5250円(請求同額)も認容でき,これらの合計310万9382円を,前記第2の1(3)アの争いのない398万9948円に加えると,認容できる損害額は総計で709万9330円(請求734万8986円)となる。 イ 上記の損害総計額から,前記第2の1(4)の既払金393万4348円を差し引くと,未填補の損害額は316万4982円(請求341万4638円)となるから,弁護士費用は30万円(請求34万1463円)が相当と認められる。 ウ 以上によれば,原告の請求は,被告に対し,損害賠償金346万4982円及びこれに対する本件交通事故の日である平成20年12月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 7 よって,主文のとおり判決する。 仙台地方裁判所第3民事部 裁判官 渡辺 力 以上:6,445文字
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