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任意保険会社・医療機関への一括払いは権利義務を生じないとした判例紹介

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平成28年 9月 5日(月):初稿
○交通事故の被害者を治療した医者(原告・控訴人)が、加害者側任意保険会社(被告・被控訴人)に対し、被害者の治療費を「一括払い」の約定があるとして請求したところ、「一括払い」なるものは、被害者の便宜のため、加害者の損害賠償債務の額の確定前に、いずれは支払いを免れないと認められる範囲の治療費を一括して立替払いしている事実を指すにすぎず、その際保険会社と医療機関との間に成立するという合意は、単に立替払いを円滑にすすめるための協議にすぎないとして請求を棄却した平成元年5月12日大阪高裁判決(交民22巻3号567頁、判タ705号202頁、判時1340号132頁)全文を紹介します。

○事案は、追突によって傷害を受け、原告病院に搬入され治療を受けたが、被害者は事故の翌日死亡したが、原告病院は被害者の治療費は216万円余であり、加害者側保険会社から120万円、被害者相続人らより36万円の各支払いを受けたが、60万円が未払いであるとして、加害者側保険会社にその支払いを求め提訴したものです。

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主  文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人

 原判決を取り消す。
 被控訴人は控訴人に対し金60万5825円及びこれに対する昭和59年3月8日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

二 被控訴人
 主文同旨

第二 当事者の事実上及び法律上の主張
 左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する。
一 控訴人
(一) 任意保険会社においては、現在、一つ一つの案件を具体的に精査して一括払いの適否を論ずるようなことはしておらず、ほとんどすべての案件を「一括払い」として処理している。一般的にいって、交通事故の受傷者の治療は事故直後から開始されるのであって、保険会社においても迅速な対応を要し、当該交通事故の状況を精査するだけの時間的余裕はない。もし保険会社が支払いをしなければ、被害者がまず治療費を支払って加害者に請求することになるが、被害者救済といった見地からもそのようなことはむづかしく、現実にも加害者は保険会社に治療費を直接支払うことを求める。

従って、保険会社としては、契約者対策として、「治療費は保険会社の方でキチンと支払っておきます。」と言うのが実際である。一般的にいえば、交通事故が発生すると、保険会社は契約者(加害者)よりほとんど原則的に「対人賠償一括払用」の「自動車保険金請求書」を受けとり、同時に、医療機関に対し「一括払い」を通知し、その合意を得たうえ、自賠責保険にも「一括払い」を通知している。本件における被控訴人の対応はまさに「一括払い」の合意があった場合のそれにほかならない。

(二) 「一括払い」は、任意保険会社が交通事故の損害の全部を被害者、医療機関その他に対して支払い、その後に自賠責保険に求償するものである。その中で、必要な治療費については、保険会社が直接に医療機関に対して支払う旨の合意がなされる。この合意は個々の具体的ケースに応じて行われるのではなく、現在ではすべてのケースについて原則的、一般的に行われる。従って、個々的に「一括払い」の必要があったかどうかは問題にならない。

(三) 「一括払い」の取り扱いとされたかどうかは、①保険会社が契約者(加害者)から「対人賠償一括払」として自賠責請求のための委任状を取っているか、②保険会社から自賠責保険に「一括払い」の通知がなされているか、③自賠責保険から保険会社に保険金が支払われているか、④保険会社が医療機関に治療費の支払いについて直接交渉していたか、また直接支払った事実があるか、等の点から判断しうる。なお、保険会社から医療機関に対する医療費支払いの申し出は書面または口頭で行われており、本件におけるごとく口頭で行われたからといってその法的性格が変わることはない。

二 被控訴人
 本件事故は、昭和59年2月6日に発生し、被害者は翌日に死亡した。そして、契約者より事故報告及び死亡の経緯の通知が被控訴人になされたのは同月9日午後3時10分であった。
 右のように、被害者は既に死亡していたのであるから、将来にわたって治療が継続することはありえないわけであって、控訴人が主張するように、「治療は事故直後から開始されるので保険会社においても迅速な対応を必要とする」状態ではなかった。控訴人の主張するような「一括払い」の場合がありうるとしても、本件のケースは事態が異なる。被控訴人は控訴人主張のような「一括払い」の申し出をしたことはなく、そもそも本件においてはそのような合意はありえないのである。

第三 当事者の証拠の提出援用認否〈省略〉

理  由
一 当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却を免れないと判断する。その理由として、まず、原判決の理由の記載を左のとおり訂正、削除、付加のうえ、ここに引用する。
(一) 原判決八枚目表三行目の「ところで、」から九行目の「右」までを「そこで、控訴人主張の」に改め、九枚目裏一行目の「告示」を「告知」に訂正し、10枚目表10行目から12行目までを削除する。

(二) 原判決10枚目表九行目の次ぎに行を改めて次ぎのとおり付加する。
 「なお、〈証拠〉によると、被控訴人は昭和59年2月22日に自賠責保険に対して本件交通事故の通知をなし、有限会社森本商店より自賠責保険金の請求及び受領に関する委任状を徴したうえ、7月12日自賠責保険により支払われることが確実と認められる範囲内で控訴人に対し120万円を支払った(被控訴会社の内部手続きでは「仮払い」として処理されている。)が、同年8月被害者亡秀吉の遺族より右森本商店らを被告として損害賠償の訴えが提起されたので、自賠責保険の方を優先させる取り扱いにすることにし、自賠責保険に対し「爾後一括払いを行わない」旨の通知をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。また、〈証拠〉によれば、亡秀吉の相続人の代理人と控訴人は、昭和60年12月4日治療費残額の支払いに関して協議し、相続人側より「同日現在の未払金が54万7342円であることを認め、これを昭和61年4月末日までに分割して支払う」との趣旨の念書(乙第二号証の原本)を差し入れたが、その後36万円を支払ったにとどまったので、治療費18万7342円がなお支払われないままになっていることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。」

二 本件は、交通事故の被害者を治療した医師たる控訴人から任意保険会社たる被控訴人に対して治療費を請求する事案である。医師が当然に保険会社に治療費を請求できる根拠はないから、本訴請求が成り立つためには、医師が直接保険会社に治療費を請求する権利をもつことになる何らかの法律上の原因がなければならない。

 そこで、控訴人は、昨今交通事故の被害者の治療費の支払いに関し任意保険会社と医療機関との間で行われている一括払いの取り扱い(一括取り扱いともいう。)を挙げ、「一括払いの合意」により、医療機関は保険会社に対し実際に要した治療費全部を請求する権利を取得すると主張する。そして、本件の場合、交通事故の加害者(被保険者)と被害者の相続人との間で治療費を190万7342円とする訴訟上の和解が成立しているけれども、実際の治療費は216万5825円であるとし、また、控訴人と被害者の相続人との間で未払治療費は18万7342円と合意されているけれどもこれは控訴人と被控訴人との関係に影響を及ぼさないとして、実際の治療費であるという216万5825円から被控訴人が既に支払った120万円及び被害者の相続人が支払った36万円を控除した残額金60万5825円の支払いを求めているものである。

 しかしながら、任意保険会社は、その法的地位上、被保険者の損害をてん補すれば足るのであって、被保険者が負担する損害賠償債務の範囲を超えて支払いをなす必要はなく、また、被保険者に対する義務の履行として損害のてん補をすれば足るのであって、第三者に対して直接損害賠償義務を負担する理由はないといわねばならない。現に本件にあらわれた全証拠によっても、被控訴人が被保険者の負担する損害賠償債務の範囲を超えて支払いをなす旨約し、また医療機関自体に直接損害賠償義務を負担する旨意思表示したと認めるに足りるものはない。

 このことと、原判決及び当判決において認定した事実関係に照らせば、昨今交通事故の被害者の治療費の支払に関し任意保険会社と医療機関との間で行われている「一括払い」なるものは、保険会社において、被害者の便宜のため、加害者の損害賠償債務の額の確定前に、加害者(被保険者)、被害者、自賠責保険、医療機関等と連絡のうえ、いずれは支払いを免れないと認められる範囲の治療費を一括して立て替え払いしている事実を指すにすぎず、立て替え払いの際保険会社と医療機関との間に行われる協議は、単に立て替え払いを円滑にすすめるためのもので、保険会社に対し医療機関への被害者の治療費一般の支払い義務を課し、医療機関に対し保険会社への右治療費の支払い請求権を付与する合意を含むものではないと解するのが相当である。

 控訴人は、右解釈に反し、保険会社が医療機関に直接支払義務を負担すると解すべき根拠として種々の事実を主張している。しかし、保険会社が医療機関に対し一括払いをする旨の通知をしたとしても、それを被保険者の損害賠償債務の額にかかわりなく治療費全額を負担する旨の申し入れと解さねばならぬものではなく、保険会社が医療機関に対し現実に治療費の一部を支払ったとしても、これを爾後の治療費全部の支払いの承諾と解すべき根拠はなく、保険会社があらかじめ損害賠償金の一部を概括的に立て替え払いしたと見るのが自然である

 立て替え払い自体は一般の場合と同じく、保険会社が任意にこれを行い、医療機関が受領すれば足るのであって、支払い義務の承認その他特別の合意を必要とするものではない。控訴人が主張するように、①保険会社が被保険者から「対人賠償一括払い」のため必要であるとして自賠責保険金請求の委任状を徴し、②自賠責保険に対して「一括払い」の通知をなし、③自賠責保険から後に保険金を受け取り(求償金を受領し)、④医療機関との間で治療費減額の折衝その他の直接交渉をする、等の行為をしたとしても、一括払いの性質を前記のように解することと何等矛盾するものではない。

三 以上の次第で、控訴人は被控訴人に対し、本件交通事故の被害者訴外亡秀吉の治療費の支払いを求める法律上の権利を有しないといわなければならないから本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、棄却を免れない。

四 してみれば、原判決は結論において正当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法89条を適用のうえ、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官今中道信 裁判官鳥越健治 裁判官仲江利政は転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官今中道信
以上:4,608文字

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