平成28年 5月18日(水):初稿 |
○不法行為による物の滅失毀損に対する損害賠償の金額は、特段の事由のないかぎり、滅失毀損当時の交換価格により定むべきであるとした昭和32年1月31日最高裁判決(民集11巻1号170頁、判タ68号83頁)全文を紹介します。 *************************************** 主 文 原判決を破棄する。 本件を高松高等裁判所に差し戻す。 理 由 論旨第一点について。 原審は所論のように判示し、別件訴訟の結果につき勝訴の確信を有していたと否とに拘わらず、敗訴者である控訴人(上告人)はその起訴の時より悪意の占有者と看做され、従つて別件訴訟につき長崎控訴院が言渡した控訴人(上告人)敗訴の判決言渡前に、控訴人(上告人)が訴外森崎計一に対してなした本件船舶の売却処分は、被控訴人(被上告人)の右船舶につき有する所有権を侵害した不法行為を構成するものであり、控訴人(上告人)は、被控訴人(被上告人)に対し自己所有にかかる本件船舶の一部を滅失毀損したことによつて現実に生じた損害を賠償すべき義務あるものであると判断した。しかし、論旨引用の大審院判例(大判、昭和18、6、19、民集491頁)も示すとおり「不法ニ他人ノ物ヲ占有シタル者カ民法709条ニ依リ其ノ物ノ賃料ニ相当スル損害賠償ノ責ニ任スルニハ故意又ハ過失アルコトヲ必要トシ、本権ノ訴ニ敗訴シタルノ故ヲ以テ起訴ノ時ヨリ故意又ハ過失アリシモノト看做サルルモノニ非ス」と解すべきであり、この理は、本件の如く、目的物の滅失、毀損の理由とする不法行為についても異るところはない。従つて、原審が、本権の訴訟の敗訴者である上告人は、その起訴の時より悪意の占有者と看做されると解し、単にこれのみの理由で、上告人に故意又は過失を認めて不法行為の成立ありとしたことは、法律の解釈を誤り、審理不尽の違法あるを免れない。よつて、論旨は、理由があり、原判決は破棄を免れない。そして原審は、本件船舶の滅失、毀損は何時、いかなる事情によつて生じたものであるか、また、それは上告人の故意又は過失によるものであるか否かを更に審理することを要するから、本件はこれを原審に差し戻すべきものである。 同第二点について。 原審は、所論のように「被控訴人(被上告人)から控訴人(上告人)に対する右船舶所有権確認、所有権取得登記の抹消登記手続竝びに船舶引渡請求事件において、控訴人(上告人)が本件船舶の占有を認めて争わず、その結果前認定のとおり被控訴人(被上告人)勝訴の判決があつたのであるから、控訴人(上告人)は右確定判決の主文によつて生じた事実関係に矛盾する主張をなしえない」と判示した。しかし、確定判決の既判力は、事実審の口頭弁論終結当時を標準とし、現に訴訟物とされた権利又は法律関係の存否(例外として民訴225条の書面の真否)のみを確定するにすぎないと解すべきものである。しかるに、原審が前記の如く判示し、且つこれを前提として本件船舶については、当事者はもはや前記確定判決前にその一部の滅失、毀損のあつた事実関係までも主張し得ないごとく判示したことは、ひつきよう前訴の訴訟物でない単なる事実関係についてまでも、前訴判決の既判力を認めたこととなるのであつて、原判決は法律の解釈を誤り、審理不尽の違法あるを免れない。よつて論旨は理由があり原判決はこの点においても破棄を免れず、また本件不法行為成立の時期については、原審において当事者間に争があつたのであるから、原審はこの点につき更に審理を尽くすべきであり、本件はこれを原審に差し戻すべきである。 同第三点について。 およそ不法行為による物の滅失、毀損に対する現実の損害賠償額は、特段の事由のない限り、滅失毀損当時の交換価格によりこれを定むべきである(大判、民刑連、大正15、5、22、民集386頁参照)。しかるに原審はなんら本件船舶の滅失、毀損の時期、及び右滅失毀損当時におけるその価格を確定せず、恰かも右損害は、被上告人が本件船舶の一部の滅失毀損の事実を知つた時に生じたものの如く解して、「その損害額は右引渡執行の時を基準とすべきである」と判示し、これを前提として上告人に損害賠償を命じたのであつて、原判決には法律の解釈を誤つた違法がある。よつて論旨は理由があり、原判決はこの点においても破棄を免れない。 よつて、民訴407条により裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 岩松三郎) 以上:1,861文字
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