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平成28年 5月12日(木):初稿 |
○「低髄液圧症候群との因果関係を認めた平成26年12月6日さいたま地裁判決紹介3」の続きで、争点についての判断です。 低髄液圧症候群或いは脳脊髄液減少症と交通事故による傷害との因果関係を認める判例は、おそらく、地裁の一審レベルでも100件の内1件もないと思われます。仮に地裁で認められても二審高裁で否認されるものが殆どです。従って殆どの裁判官は、右へ習えとなり、脳脊髄液減少症と交通事故の因果関係が問題になる事件については、認めないことが当然の如く意識し、認めない理由を探すことに躍起になっていると感じます。その意味で、一部訴因減額したとしても、正面から低髄液圧症候群と交通事故の因果関係を認めたこの裁判官の判断は貴重なものです。 **************************************** 3 争点(1)について (1) B医師の意見書(乙1)について 本件において,原告を低髄液圧症候群と診断すべきか否かについて,これを肯定するA医師の意見書(甲88,102。以下「A意見書」という。),否定するB医師の意見書(乙1。以下「B意見書」という。)が証拠として提出されており,当裁判所は原告の申請により,両医師の証人尋問を採用したが,B医師は出頭しなかった。B医師に出頭しないことの正当な理由があったことは窺われない。 原告は,B意見書(乙1)を作成したB医師が証人尋問期日に出頭せず,反対尋問を経ていないとして,意見書を証拠から排除することを求めている。しかしながら,意見書は医師の医学的見地からの所見を記したものであり,反対尋問を経ていないことを理由として証拠から排除すべき理由はない。 (2) 原告に起立性頭痛が認められるか。 ア 起立性頭痛は,座位又は立位により発生,あるいは増悪する頭痛があることをいう。 B意見書は,起立性頭痛は,髄液漏の開始以来,起立するたび,つまり毎日続くことになるところ,原告の□□病院入院中の診療録には,原告の主たる症状が「頭痛と眩暈」であることが記載されており,頭痛は時間と関係なく,朝や夜にも生じていて,体位の変換との関係はごく一部を除き記載されていないこと,リハビリ開始後は,何らかの作業負荷がかかると増強することが記載されていること,眩暈は,体位の変換で発生することが多いことが記載されていることを指摘し,□□病院に入院中の原告の頭痛は起立位・坐位のような体位の変化に常に結びついて生じているわけではないから,厚労省の診断基準に合致せず,原告の症状は髄液漏による起立性頭痛とは異なっているとする。 イ A医師の所見 A意見書及び同医師の証言による同医師の所見は概ね次のとおりである。 頭痛は,起き上がると15分位以内に痛くなるのが典型的とされているが,人によっては午前中の後半,午後,あるいは夕方になって痛くなる,つまり起き上がっている時間が長くなると次第,次第に漏れてくるので,髄液の量も減ってきて,症状が出現するということが起こる。首とか背中のほうが痛い場合は頭痛が気にならないことがあり,症状がひどい場合はずっと横になって入院していくので,起き上がったら痛いということに気づかないことがある。原告の場合は,典型的に近い起立性頭痛である。 なお,原告は,ブラッドパッチ治療によりよくなって,また悪くなるときは起立性頭痛であり,起き上がっていると頭が痛くなり,横になっていると頭痛はなくなる(A38頁)。 ウ 判断 診療録上,原告が頭痛を医師に訴えるようになったのは,平成20年7月19日に□□病院に入院して以降のことであり,それ以前に原告が頭痛を訴えていたことを裏付ける証拠はない。 なお,原告は,□□□□クリニック及び□□□クリニック受診当時,がんがん耐え難い頭痛があったと述べているが(8,10頁等),診療録にそれを窺わせる記載はなく,原告がそのような頭痛を医師に訴えたことは認められない。また,甲84の1・3頁(山王病院診療録)に「追突事故その日から眠気,頭痛,めまい」と記載されているが,原告からの聴き取りによるものであり,原告が事故直後に頭痛を訴えていたことの裏付けとはならない。 しかしながら,前記認定事実の経過のとおり,原告は,本件事故直後から,横になって休むことが多かったのであり,上記A医師の所見を考慮すると,原告に事故直後からの起立性頭痛がなかったとまではいえない。 そして,原告が□□病院に入院した後は,原告はしばしば頭痛を訴え,頭部を上げることになるギャッジアップが制限されたことから,起立性頭痛が生じていたと認められる。 (3) RI脳槽シンチについて ア RIシンチの方法 腰に局所麻酔の注射をした後,腰椎穿刺針にて腰椎を穿刺して,髄液の流通する部位にRI(インジウム)を注入して,1時間後,3時間後,5時間後,翌朝(24時間後),シンチカメラで漏れがあるかを調べるものである。(甲84の2・14丁) イ B意見書の所見 平成21年3月3日に山王病院で行われたRI脳槽シンチのRI注入5時間後の画像について,髄液漏が認められるが,針孔からRIが漏れている医原性の髄液漏の可能性が高いとし,A医師が,誤った根拠で脳脊髄液減少症と診断したと指摘する。 針孔が1か所なのに,穿刺部位に限局した漏れや両側多発性に広がるRIの漏出画像を示す理由として,硬膜外腔は疎な組織であるために,1か所で漏れても,その漏れは針孔から硬膜外腔の上下左右に幅広く広がり,針孔の位置と漏れた脊髄液がたまる位置が一致していないことが一般的であり,硬膜外腔は通常は脂肪組織が充満していて隙間があるわけではなく,漏れた髄液は脂肪組織を押しのけて,たまりやすい部位にたまるという。そして,針孔からRIが漏れる数多くの報告があり,25%の検査でRIの漏れが生じると報告されているという。 また,原告のRIシンチ画像は厚労省研究班が髄液漏と認定しなかった「腰椎部の非対称の漏れ画像」に該当し,「疑」所見であり,A意見書が,厚労省研究班の画像診断基準によれば「強疑」と診断されるというのは誤りであるとする。 ウ A医師の所見 A医師は,RI脳槽シンチが一番わかりやすく診断しやすく,針の穴からの漏れというのはほとんど診断には問題にならないと述べる。(A5,7頁) そして,A医師は,原告について,平成21年3月3日の入院時,RI脳槽シンチの結果,1時間後,3時間後,5時間後の画像で左側の腰椎部及び胸椎の下部に髄液漏出の直接所見があり,腰椎部の片側限局性のRI異常集積があり,厚労省の診断基準の「強疑」と診断されるとしている。(甲84の2・13頁,88,A12頁以下) エ 判断 B意見書の所見は,針孔からの髄液漏れの可能性を指摘するものの,一般論にすぎず,本件の原告のRIシンチ画像における髄液漏れが針孔によるものであることの理由を示していない。 原告のRIシンチ画像については,本件証拠上,髄液漏出の直接所見であるとするA医師の診断を特に疑う理由がないというべきである。 (4) RIクリアランス(どれぐらいで消えていくか)について A医師は,24時間後にどれくらいRIが残っているか,その残存率によるRIクリアランスの亢進について述べており,間接的な髄液漏出の証明になるという。24時間後にRIの残存率が30パーセントより下回っている場合には,漏れがあって,入れた造影剤が急激に薄まってしまいなくなっていることを意味し,原告の場合に,24時間後の残存率が10.3パーセントであり,かなり漏れは強いと判断したという。 この原告におけるRIクリアランスの亢進は,原告の髄液漏れを示唆するものと考えられる。 (5) ブラッドパッチの効果について ア ブラッドパッチの目的は,髄液が漏れている病態に対して,血液を脊髄硬膜の外側に注入して髄液の漏れをふさぐことであり,方法は,脊椎の骨の隙間を背中側から穿刺して,硬膜の外側に穿刺針先端を進め,点滴ラインから患者本人の静脈血を採取して,その血液を注入し,血液を脊髄硬膜の周囲に鞘のように充満させるというものである。(甲84の2・16丁) イ 原告に対するブラッドパッチ治療等の経過 (ア) 平成21年3月4日に1回目のブラッドパッチ治療がなされ,同月5日に症状ほぼすべて改善し(甲84の2・13丁),同月6日,退院した。 (イ) 平成21年6月25日に2回目のブラッドパッチ治療がなされ,頭痛,まぶしさ減り,目の奥の痛み消失した(甲84の3)。しかし,同年7月から悪化し,横になっていると楽であるが,外出すると悪化し,同年10月7日診察では,全ての症状が悪化傾向で,頭痛,光過敏,目の奥の痛み等を訴えた(甲84の1)。 (ウ) 平成21年10月29日に,3回目のブラッドパッチ治療がなされ,目の奥の痛み,まぶしさ減り,頭痛が減少した。(甲84の4) しかし,同年12月10日の診察で,また悪化傾向であるとして,まぶしい,目の奥の痛み,頭痛,頸部痛,音の過敏等の症状があった。(甲84の1) (エ) 平成22年6月23日に,4回目のブラッドパッチ治療がなされ,症状は完治に近い改善とされ,著明改善として退院した。(甲84の5) なお,4回目のブラッドパッチ治療の前にRIシンチが再度行った結果,まだ腰の部分から漏れがあり,3時間後にも軽い膀胱内集積があり,24時間後の残存率も18パーセントで,1回目(10パーセント)より少し改善したが,正常には遠いクリアランスであった。(甲84の5・12頁,A18頁) 同年8月5日の診察で,たまに動けなくなるが,悪くなる頻度が減り,家事は洗濯をし,干すことも可能で,料理もでき,聴力過敏,まぶしさ,めまいは頻度,程度ともに軽減とのことであった。しかし,同年10月6日の診察では,悪化しているが,4回目のブラッドパッチ前よりは少しよいレベルであった。 また,平成23年1月13日の診察では,iv(静脈内注射)により,6時間くらい症状がほぼ全て消失した。A医師作成は,同日付け診療情報提供書(甲84の1)に,外来での点滴治療のお願いとして,「最近,点滴が劇的な効果を示すようになっており,点滴後6時間ほど,症状がほぼ消失します。」「点滴の回数を増やす事で,症状が次第に改善することを期待したい」「点滴の内容は何でもOKです」と記載している。(甲84の1) (オ) 平成23年2月26日に,1回目のアートセレブ(人工髄液注入)がされ,全ての症状が改善し,頭痛が減少した。(甲84の6) しかし,同年4月18日,悪化始まった。(甲84の1) (カ) 平成23年10月24日に2回目のアートセレブがされ,5分後に症状は完治し,目の痛み,頭痛,聴覚過敏,まぶしさがなくなった。(甲84の7) 平成24年1月に入って除々に悪化し,光過敏,めまい,目の奥の痛み,頭痛が6時間動いていると生じ,臥床すると軽減した。同年2月には更に悪化した。 (キ) その後も同様の経過を繰り返し,フェブリン糊パッチ治療に至って,改善した状態が継続するようになった。 原告は,平成26年3月28日,A医師により2回目のフェブリン糊パッチ治療直前の臨床症状をもって症状固定とされた(甲113の1・2)。 ウ ブラッドパッチ治療の評価 A医師は,ブラッドパッチ治療は,2回,3回,あるいは4回と続けることによってほぼ完治するというのが一般的であるが,原告の場合は,ある程度よくなっているが,3か月後ぐらいには悪化する難治症例であるが,ブラッドパッチ治療後7日以内の頭痛消失という要件を満たしていると述べる。(A16頁) また,A医師は,原告がブラッドパッチ治療で完治せず悪化を繰り返す理由について,概ね次のように述べている。 「漏れがブラッドパッチだけではふさがらないで,また破れやすくなるということが人によっては起こっているということではないか。医学的理由は,まだ十分には解明できない。何らかの理由で原告は脆弱というか,弱い部分があって漏れ始めると思う。」(A44頁,44頁) 原告に対するブラッドパッチ治療の効果については,一時的に完治するが,その後次第に悪化することを繰り返しており,これをどう評価するかが問題となるが,一時的な完治と悪化とを繰り返しつつ,改善の方向に向かったことが認められることからすれば,相当程度の効果はあったと評価することが妥当であろう。また,診断基準には含まれていないが,ブラッドパッチ治療と類似したフェブリン糊パッチ治療によって,原告の症状改善が持続するようになったことも考慮に入れるならば,ブラッドパッチ治療の効果を肯定すべきものと思われる。 なお,A医師は,原告に対するフィブリン糊パッチ治療の効果について,「普通の人がブラッドパッチを何回かやることによって完治に結びつけていくようなプロセスに入れることができると思う。」(A21頁)と述べている。 (6) 他傷病,心因について 被告は,原告の頭痛は,頸椎捻挫等の整形外科的な要因による可能性が高く,また,心因性や自律神経失調症状と肩甲帯の下垂による筋力低下も原因として否定できないこと及び原告が本件事故前から腰痛を訴えていたことなどを指摘する。 しかし,これらの要因を否定することができないとしても,これらの要因のみによって本件事故後の原告の症状及び治療経過を説明できるとする的確な証拠はない。 なお,A医師作成は,原告の症状が点滴で一時的に改善することについて,低髄液圧症候群で点滴をするというのは,よく知られている治療法であり,ラクテックで循環血液量を増やしたり,水の量を増やすことが治療に役立つ旨を述べている(A62頁)。 また,A医師は,B意見書が指摘するブラッドパッチ治療のプラシーボ効果について,「外科的な操作について使われる言葉ではない。根本治療のための操作でプラシーボ効果というのを書いた論文はないと思う。プラシーボ効果という薬に使う効果をこういった場面に持ってくるのは,全く不適切だと思う。」(A19頁)と述べている。 上記のA医師の見解を否定すべき証拠は提出されていない。 (7) まとめ 以上によれば,少なくとも事故後12日目に入院した後,原告に起立性頭痛が認められること(事故直後から起立性頭痛が存在したことを否定はできない。),RI脳槽シンチの画像診断によって片側限局性の髄液漏出が認められたこと,ブラッドパッチ治療の効果が相当程度あったこと,他傷病及び心因によって原告の症状を説明できないことなどを総合すると,原告の症状は,低髄液圧症候群によるものと認められる。そして,原告の低髄液圧症候群は,本件事故の外傷により,髄液漏れが生じたことによるものと判断するのが合理的である。 しかし,原告が,ブラッドパッチ治療を繰り返しても完治しなかった難治性のものであることは,医学的に説明できないとされており,原告の素因による影響を否定できない。この点を素因減額で考慮することが妥当である。 以上:6,167文字
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