平成28年 2月24日(水):初稿 |
○ある過失傷害事故と視力障害の因果関係が問題になった事件で、その被害者の方が通院した病院の一つに井上眼科病院(東京・御茶ノ水)があり、診察・治療を担当された若倉雅登眼科医師に面会してそのご説明を伺ったことがあります。その時、若倉雅登先生の真摯に患者に寄り添う姿勢に大感激しました。患者側の裁判での主張方法について有益な指示をして頂き大いに力づけられました。 ○また別な交通事故による視力障害について、外傷性か心因性かが熾烈に争われた事件の控訴審準備書面で次のように若倉雅登先生のお言葉を引用したことがあります。保険会社側顧問医師が、実際診察することもなく被害者を詐病と決めつけ、さらに仮に心因性視力障害だとしても、心因性の場合は実際は見えているので日常生活になんの支障もない、なんて、とんでもない意見書を出してきたことに対する反論でした。 (2)心因性視覚障害と治癒可能性 上記の通り被控訴人右眼は明らかに外傷による器質的損傷を伴う視力障害で心因性ではない。従って、被控訴人の右眼視力・視野障害は治癒可能性がないことは明白である。しかし、念のため一般に治癒可能性があるとも思われがちな心因性視力障害についての治癒可能性を以下に述べる。 おそらく現在日本のこの心因性視力障害と詐病研究分野についての情報としては最高・最新のレベルと思われる日本神経眼科学会発行「神経眼科」第21巻第4号2004年12月号(甲76)の各種記述からは、大人の心因性視力障害は、治癒可能性がないことが明らかとなっている。 それは同号の以下の記述から明白である。 先ず日本神経眼科学会理事長でこの分野の臨床・研究で第一人者と言える若倉雅登眼科医師(医療法人社団済安堂井上眼科病院院長)は次のように述べている。 「詐病かどうかは、診察室での情報より、その人の日常行動や言動、背景などが大事で、医学的根拠だけで鑑別するのは無理なのではないでしょうか?」 「心因性であれば治る可能性はあるかという質問も受けました。私は子供の心因性視力障害は大半は治るが、私の経験から、大人のそれはその背景が複雑なものが多く,治る可能性は低いと回答」 「詐病と異なり『心因性視力障害』もしくは『転換障害』『身体化障害』といったものは、真の疾患です。もしかすると、これらは大脳皮質のネットワークに障害が生じて生ずるのではないかと思っています。」 「今の医学の中では検出できない器質的なものがあるかもしれないという可能性も指摘しておきたいです。 」 「大人の心因性視力障害は、回復するという事例にあまり出会ったことはありません。 子供の心因性視力障害は、割とよく治ります。」 「しかし、交通外傷などに絡んだようなものは、治った、回復したというのはあまり見たことがないように思う」 「最近、心理療法、心のケアや何かがいろいろあります。(※清澤眼科医師へ質問)そのようなものを受けて症状が改善してくるという例はあまりないですか。」 清澤眼科医談 「(※若倉眼科医の質問を受けて)あまりないような気がします。」 ○その若倉雅登先生の「心療眼科医・若倉雅登のひとりごと」と言うブログに表記「脳脊髄液減少症、『保険金目当て』『心因性』と解釈されてきたが… 」が掲載されました。若倉先生の患者に寄り添う姿勢をヒシと感じてまたも感激しました。若倉先生のような医師が増えることを祈るのみです。 ******************************************* 若倉雅登(わかくら まさと) 井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長 1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。北里大学医学部客員教授、日本神経眼科学会理事長などを兼務し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」(春秋社)、「健康は眼に聞け」(同)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「高津川 日本初の女性眼科医 右田アサ」(青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・執筆活動のほか、NPO法人などのボランティア活動に取り組む。 先日のコラム(「ぼやけて見える」には2種類の原因…テレビ番組で大反響)でもとりあげた脳脊髄液減少症(髄液漏れ)について、ブラッドパッチ(自家血硬膜外注入)が4月から保険適用されるという朗報が流れました。脳脊髄液が漏れている部分に、自分の血液を注入してのり付けする治療法です。 これは、医師や研究者らの功績というより、この症状に悩まされ続けたにもかかわらず、保険でも裁判でも認められにくかった当事者が、声を上げ続けた結果だと私は思います。 医師の一部は、脳脊髄液減少症という病態の存在自体を、さしたる根拠もなく、「ありえない」と否定していました。頭頸部外傷や尻もち外傷をきっかけにさまざまな症状が生じることが多い中、「保険金目当て」とか、「心因性」などと解釈されていたのです。 症状は非常に多彩で、症例ごとに部位や性質の異なる痛みや不調がある点も、ひとつの疾患単位として認められにくかったことは確かです。しかも、痛みや不調の自覚症状は、検査などで客観的に証明しにくく、検査値や画像には表れないと非器質的疾患、心因性疾患に分類してしまう臨床医の習性が問題なのかもしれません。 実際、医師自身が、その症状になって実感してやっとわかるという事例もあります。 古くから頭頸部外傷後に、ピントが合いにくくなったり、動いているものが見にくい、あるいは尋常でないまぶしさを感じたりする症例があることが知られていました(その一部は本症かもしれません)。しかし、多くの眼科医は、今でもこれを心因性としているのです。 自身の運転する車に追突されて、そうした症状が出現した知り合いの眼科医が、「患者の言っていることが本当だったとやっとわかった」と、私の前で告白したことがありました。 脳脊髄液減少症で闘病する宮城県の内科医が、同病者の署名を集めて厚生労働大臣に提出したという新聞報道が以前ありました。当事者になって、はじめてわかることもあるのです。 しかし、まだまだ問題点や、心配なことがあります。 多彩な症状の中で、視覚に関する症状はかなり多いと思われます。しかし、多くの眼科医は脳脊髄液減少症に種々の視覚異常症状があることを認識していませんし、本症の研究者にも視覚系の専門家が含まれていないので、そうした症状の解明はほとんど行われていないのです。 私の懸念は、視覚症状を主体とした症例を見落とす可能性があることに加え、多彩で頑固な症状があっても、髄液漏出が検査上あるかないかの境界線だと、診断から除外されてしまう恐れです。 こうした高次脳機能障害では、髄液漏れだけが問題なのではなく、頭部外傷などに際して種々のメカニズムで脳に損傷が起こり、その後のわずかな髄液漏れでそれが悪化していく可能性もあると考えるからです。 以上:2,966文字
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